P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
「……逃げられたわね」
急に直射日光に照らされ慌ててカフェの店内へと移動したレミリアは、忌々しげに日の当たる大通りを睨みながら呟く。
そしてポケットからハンカチを取り出すと、首筋に残った血液を拭い始めた。
「それにしても凄いですね。あの子吸血鬼の首を落としましたよ」
小悪魔は感心したように何度か頷く。
実際、吸血鬼の皮膚というのは恐ろしいほどに頑丈だ。
しなやかで柔らかくはあるが、その辺の刃物で軽く切り付けるだけでは傷一つ与えることは出来ない。
皮膚でその強度なのだ。
高速移動と凄まじい怪力を支える骨の強度はその比ではなく、下手な鋼鉄よりも硬い。
そんな吸血鬼の首を、サクヤは綺麗に両断してみせたのである。
「攻撃が魔力的なものじゃなくてよかったわ。物理的なダメージならそこまでの痛手にはならないし」
レミリアは自分の服やハンカチに染み込んだ血液をコウモリへと変化させ、自らの前腕に止まらせる。
レミリアの前腕に止まったコウモリは、溶けるようにレミリアの前腕に吸収されていった。
「さてと」
レミリアは体の調子を確かめるように、もう一度首をぐるりと回すと、固まって席から動けずにいるハーマイオニーのもとへと歩き出す。
そして半ば呆れたような表情で言った。
「これでわかったでしょう? 彼女は英雄なんかじゃない」
「でも……サクヤが私たちを騙している素振りなんて微塵も……」
「そりゃ、全部が全部演技だったってことはないでしょうけど、実際に彼女は親友をその手で殺しているわ。貴方に関しても、特に理由がなかったから殺してなかっただけで、理由さえあれば躊躇なく殺されていたでしょうね」
レミリアは少し厳しい口調でハーマイオニーに語りかける。
だが、ハーマイオニーがシュンとしたタイミングで更に言葉を続けた。
「でも……貴方には辛い役回りだったかもね。サクヤを誘き出すための餌役なんて」
そう、今回の一件はハーマイオニーの独断ではない。
冷静に考えればわかることだが、帰省中の魔法使いがたった数時間でポリジュース薬を用意することは不可能だ。
ハーマイオニーがサクヤに変装し、サクヤを誘き出す作戦を立てたのはレミリアなのである。
「いえ、私としても本人から直接聞くまでは到底信じられる話ではありませんでしたから」
実のところ、サクヤがダンブルドアを殺したという事実は、ダンブルドアの死亡をレミリアが確認してから数時間もしないうちにハーマイオニーの耳へと届いていた。
魔法省から逃げたサクヤが逃亡先として選びそうな場所は限られている。
ハーマイオニーの実家はその中でも有力候補の一つだった。
グリモールド・プレイスにあるサクヤの実家、ブラック家の館に捜査の手が入るのは実はかなり遅かった。
誰もサクヤが呑気に実家のベッドで寝ているとは思わなかったからだ。
なんならハーマイオニーに事情を説明した際にどこか逃亡先として考えられる場所はないかと聞いた時、「サクヤなら自分の家のベッドで不貞寝してそうだけど」という一言がなければ更に捜査の手が入るのが遅れていただろう。
「でも……貴方はサクヤのことをよくわかってる。大通りや店内でのサクヤの態度を見ても、きっと貴方とサクヤとの間には確かな友情があったんでしょうね」
レミリアはハーマイオニーの肩にそっと手を置く。
「でも、親友だからこそ、サクヤは貴方が止めて上げないといけないわ。あの子がこれ以上罪を重ねないためにも」
「……はい」
ハーマイオニーは表情を暗くしながら立ち上がる。
ハーマイオニーとしては、親友が無実であると信じていた。
きっと何かの間違いだ、勘違いだろうと。
だが、本人の口からはっきりと聞いてしまった。
サクヤは、本当にハリーを殺したのだ。
「さて、それじゃあ騎士団本部に戻りますか。迷惑かけたわね」
レミリアはポケットの中から革の小袋を取り出すと、ガリオン金貨を一握り店員に手渡す。
「迷惑料だと思って頂戴」
そして少し得意げに胸を張った。
「足りません」
「え?」
「ですのであの……注文を受けた料理、合計で二十五ガリオン八シックル二十六クヌートです。十二ガリオンと八シックル二十六クヌート足りません」
「……はい」
レミリアを殺すことを諦め逃亡した私は何度か姿現しを繰り返しホグズミードの近くまでやってきていた。
ロンドンは危険だ。
魔法省の他に不死鳥の騎士団の本部もある。
わざわざ敵の本拠地に潜伏する必要もないだろう。
私はホグズミードの街を少し歩くと、三本の箒へと足を踏み入れる。
そしてカウンターからバタービールの瓶を一本拝借し栓を開けた。
「つけといて」
私はカウンターの前でぴくりとも動かないロスメルタに向かってバタービールの瓶を掲げる。
そして瓶に直接口をつけ、大きく傾けた。
「……ふぅ。さて、どうしようかしら」
まさか吸血鬼があそこまで頑丈な生き物だとは思ってもみなかった。
吸血鬼は純血に近ければ近いほど生物として強いということは聞いていた。
だが、まさか首を切り落としても問題なく動けるとは……。
呪文を掛けても避けられる。物理攻撃は殆ど効かない。
「味方にいた時は彼女ほど心強い人もいなかったけど、敵に回したら厄介この上ないわ」
どうすればレミリア・スカーレットを殺し切れるだろうか。
避けられない密度で死の呪いを放ってみるか?
いや、そもそもそんな密度になるほど死の呪いを連発したら私の魔力が枯渇してしまうし、レミリアならなんの問題もなく避けてしまいそうな気がする。
日陰のない場所へ放り出すとか?
いや、レミリアの速度ではダメージを負う前にすぐに日陰に隠れられてしまうだろう。
それこそ宇宙空間にでも放り出さないと効果は薄い。
それを行うには、他人をワープさせる魔法を開発しなければならない。
現状、自分自身の体ならまだしも、他人の体を瞬間移動させる魔法は世間に出回っていない。
そんなことができれば戦闘でかなり優位に立てる。
世間に出回っていないということは、自分自身の瞬間移動より何倍も難易度が高いか、そもそも原理的に不可能なのだろう。
「いや、ノーレッジ先生の瞬間移動魔法を応用すればいけるか? ……いや、難しいでしょうね」
私はチビチビとバタービールを飲みながら変装を解く。
変装後の姿をレミリアに見られたこともあり、もう変装の効果は薄いだろう。
私は鞄の中から手鏡を取り出すと、髪の色が元に戻っているかを確認する。
やはり私の青い瞳には白髪がよく似合う。
「よし、サクヤ・ホワイト復活。っと、このあとどうしようかしら」
何か深い考えがあってダンブルドアを殺したわけじゃない。
この先、私は一体どうすればいいんだろう。
ずっと時間の止まった世界に引き篭もっているわけにはいかない。
寿命が尽きるまで暇を潰すこと自体は簡単だろうが、それは生きているとは言えないだろう。
私が望む平穏な日々とは程遠い。
そもそも、時間を止めている間、私の体は成長しているのか?
体の成長を実感するほど長い間時間を止めていたことはない。
もしかしたら、時間を止めている間は歳を取らないという可能性も……
「いやいや、そもそも命の水で不老になろうとしている分際で歳を取るかを気にするだなんて馬鹿らしいわね」
もう少しだけ身長が伸びるのを待ち、私は自らの体の成長を止めるつもりでいる。
目指すは町の郊外でひっそりと暮らしている、何年経っても歳を取る様子がない絵本作家のお姉さんだ。
それを実現するためには、なんとかしてこの状況を打開するしかない。
なんにしても、レミリア・スカーレットを排除か説得しなければ私に未来はない。
どこかに私とレミリアの仲を仲裁してくれそうな人はいないだろうか……
私はバタービールの瓶を少し傾けると、静かに口に含む。
そして、それが行えそうな人物を一人思い出した。
「パチュリー・ノーレッジ……ノーレッジ先生ならなんとかしてくれるかも」
彼女の書庫に迷い込んだ時、彼女は私のことを弟子だと言っていた。
良い機会ではあるし、ノーレッジ先生に全てを打ち明けて味方についてもらうのはどうだろうか。
彼女なら、多少の殺人歴など気にも留めないだろう。
重要なのは、私が彼女の知的好奇心を満たせるかどうか、その一点だ。
「しばらくモルモット扱いされそう」
だが、弟子には甘い一面もある。
一つ問題があるとすれば、私の方からコンタクトを取る方法がないことだろうか。
前回彼女の書庫に迷い込んだのはある種の偶然が重なった結果だ。
瞬間移動の失敗によるものだが、あの時魔法を書き換え、失敗しても彼女の書庫ではなく、ホグズミードに飛ばされるようになってしまった。
同じ方法を使っても、ホグズミードにワープしてしまうだけだろう。
だとすれば、自力で彼女のもとへと辿り着くしかない。
だが、なんの手がかりもない状態で、彼女の書庫を探し当てるというのも不可能に近いだろう。
どうにかしてもう一度あの書庫に辿り着くことはできないだろうか。
「なんでもいいから何か手掛かりが欲しいわね」
だが、今の状況をひっくり返すにはレミリアに対抗できるだけの味方を得るしかない。
死喰い人の主力はアズカバンに収容されているし、ヴォルデモートのことを殺した私のことをどう思っているかわからない。
ロンやハーマイオニーはもしかしたら無条件で味方になってくれるかもしれないが、なんの戦力にもなりはしない。
盾にするのが憚られる分、死喰い人よりも役に立たないだろう。
「闇雲に探し回るわけにもいかないし」
私はバタービールの空き瓶を鞄の中に放り込むと、三本の箒を後にする。
時間の止まっているホグズミード村は静寂に包まれており、どこか物寂しげな雰囲気が漂っていた。
私は歩き慣れた道を辿り、ホグワーツ城を目指す。
パチュリー・ノーレッジという人物は謎に包まれている。
数年前に三大魔法学校対抗試合の審査員として世間に顔を出したが、それまではどこで何をしているのか、そもそも本当に生きているかも謎だったのだ。
それまでは殆どの魔法使いがパチュリー・ノーレッジという存在を小難しい本の執筆者か、カエルチョコのおまけカードで出てくる魔女ぐらいの認識しかしていなかった。
彼女がホグワーツを卒業してからの一切が謎に包まれている。
だが、逆に言えば、ホグワーツには卒業までしっかり在学していたのだ。
もうかなり昔の話にはなるが、もしかしたら何か痕跡を残しているかもしれない。
まあ、それぐらいしか手掛かりがないとも言えるが。
私はホグワーツ城へと向かう一本道をのんびり歩くと、ハグリッドの小屋を横目に城の中へと入る。
臨時休暇中ということもあり、城の中には殆ど人影がなかった。
それこそ、残っているのは休暇を取る余裕がないほど追い詰められている一部のNEWT試験受験学生と、教職員ぐらいだろう。
私は玄関ホールの真ん中でしばらく考え込む。
パチュリーの痕跡を探すためにホグワーツへと戻ってきたが、どこを探すのがいいだろうか。
パチュリーが所属していた寮か?
それともパチュリーがホグワーツの職員として在籍していた時に使用していた私室がいいだろうか。
「……まずは図書室で当時の新聞でも漁りますか」
私は図書室のある方へと足を向ける。
ホグワーツの生徒が新聞に取り上げられることは殆どない。
だが、毎年決まってホグワーツを首席で卒業した生徒には日刊予言者新聞から取材がくる。
パチュリーなら十中八九首席で卒業しているだろうし、もしかしたら当時の記事がまだ残っているかもしれない。
しばらく音のないホグワーツの廊下を歩き、図書室の中へと入る。
図書館の机にはまばらに生徒がおり、皆苦悩の表情で固まっていた。
「どうしてこういう人たちってギリギリになって慌てるのかしら」
毎日少しずつ勉強していれば、こんなギリギリまで羊皮紙と教科書に齧り付く必要はなかったはずだ。
私はそんな生徒たちを尻目に新聞のアーカイブを漁り始める。
ここの司書を務めているマダム・ピンスはかなり几帳面な性格だ。
日々一部ずつ増えていく新聞もしっかり整理がなされており、百年前の新聞を探すのもそう苦労する話ではなかった。
私は一八九九年の六月頭の新聞から順番に目を通していく。
ホグワーツの首席の記事なんて、普通は一面になることはない。
だが、お目当ての記事はすぐに見つけることが出来た。
『ホグワーツの秀才、ついに卒業』
「……あった」
新聞に載せられている写真では青年時代のダンブルドアが表彰状を掲げてにこやかに笑っている。
そしてその横には気だるげな表情のパチュリーの姿もあった。
どうやら男子の首席がダンブルドア、女子の首席がパチュリーだったようだ。
「でも、記事の内容は殆どダンブルドアに関することね。ノーレッジ先生に関することは殆ど何も書いてない」
写真の片隅に、女子の首席はパチュリー・ノーレッジだったと記載がある程度だ。
パチュリーが魔法界で認知され始めたのは、彼女が卒業してから何年もしてからだ。
この頃のパチュリーはまさに無名の生徒だったのだろう。
だが、重要なことを一つ知ることが出来た。
記事によれば、パチュリーはレイブンクロー生だったようだ。
まあ、イメージ通りだと言えるだろう。
スリザリンならまだしも、グリフィンドールやハッフルパフはありえない。
「だとすれば、彼女の痕跡を探るならレイブンクロー寮かな?」
いや、レイブンクロー寮に侵入したところで大した成果は得られないだろう。
それよりかは、在学中の彼女を知っている人物に聞き込みした方がまだ有意義というものだ。
私は新聞を片付けると図書室を後にする。
そしてあちこちをキョロキョロと見回しながら学校の中を歩き始めた。
設定や用語解説
ホグワーツの首席
ホグワーツには監督生の他に、各学年の監督生を束ねる首席生徒が存在している。監督生と同じく男女一人ずつ。最上級生が務めることが多い。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。