P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
図書室を出た私はキョロキョロと見回しながら廊下を歩き始める。
学生時代のパチュリーを知っている者はもうかなりの高齢だ。
勿論ホグワーツには残っていないし、同期の卒業生を探してイギリス中を奔走するのも骨が折れる。
だが、在学中の彼女を知るものは同級生だけではない。
「見つけた」
時間の止まっているホグワーツ内を体感時間で三時間ほど歩き回った末、目的の人物を発見する。
時計塔の最上階、大きな歯車が幾重にも重なりあっている空間に彼女は浮かんでいた。
腰まで伸びた黒い髪に灰色の瞳、時代遅れなドレスを身に纏っている彼女は、もうこの世のものではない。
灰色のレディ、彼女はレイブンクロー憑きのゴーストだ。
私は時計塔の手すりに腰掛けると、灰色のレディの時間停止を解除する。
灰色のレディは大きな歯車を見つめるような形で立っていたが、いきなり歯車が音もなく停止したことで、若干眉を顰めた。
「……もしかして時間が──」
「そう。時間が止まっているのよ」
私が後ろから声をかけると、灰色のレディはゆっくりと振り向く。
その表情に恐れはない。
どこか高慢な雰囲気を漂わせながら、灰色のレディは口を開いた。
「サクヤ・ホワイト。まさかホグワーツへ戻ってきていたとは」
灰色のレディはゆっくりと周囲を見回す。
そして本当に時間が止まっているかを確かめると、私に向き直った。
「ダンブルドアを殺した貴方が、今更ホグワーツになんの用があるというのです?」
「それに関してはダンブルドアが悪いわ。あいつは私を騙して利用して、私自身に実の父親を殺させたんだもの」
私は分かりやすく肩を竦めてみせる。
「ダンブルドアが貴方を利用して? 貴方がダンブルドアを利用して、例のあの人を殺したと聞きましたが?」
「そんなわけないじゃない。ダンブルドアは私に嘘をついていたの。ヴォルデモートが……トム・リドルが私の実の父親であると、知っていながら私に黙っていた。私を騙して、ヴォルデモートを殺すための道具として利用したのよ」
灰色のレディは訝しげに眉を顰める。
「そんな話を信じろと?」
「まあ、証拠なんて何もないわ。だからこの話はここでおしまい。本題は別にあるしね」
本題という言葉に、灰色のレディは少し身構える。
私は手すりから飛び降りると、灰色のレディの方へと数歩近づいた。
「貴方に聞きたいことがあって戻ってきたのよ。レイブンクロー憑きのゴーストである貴方に」
「貴方に話すことなど何もありませんわ」
「どうして? 別に私は貴方に危害を加えないし、なんなら貴方の情報次第では全て丸く収まる可能性だってあるのよ?」
「貴方の思惑は全てお見通しです。あの人の娘なのですもの。貴方もあの人と同じで母の髪飾りを──」
「あの人って私のお父さんのこと? 私のお父さんを知っているの?」
私はつい灰色のレディに尋ねてしまう。
灰色のレディは少しキョトンとしたが、すぐに元の高慢な表情に戻った。
「貴方の父を知らないものは今の魔法界にはいません」
「いや、そういう話じゃなくて。父親の……トム・リドルの学生時代を知っているの?」
「……そうですね。知っています。貴方の父親はよくも悪くもよく目立つ生徒でしたから」
灰色のレディは私に背を向けて窓の外に視線を向ける。
「学生時代の貴方の父親は絵に描いたような優等生でしたよ。誰にでも優しく、貼り付けたような笑顔で接していました。そういう意味では、貴方にそっくりですね」
「えへへ、そうですかね」
父親と似ているか。
ちゃんとヴォルデモートと私の間には血のつながりがあるのだ。
容姿は母親に激似な私だが、性格は案外父親似なのかもしれない。
「褒めたつもりはないのですが」
「まあ、父親が碌でもない人間だったことは理解してるつもりよ。私は別に純血主義でもないし。マグルを支配してやろうとか、マグル生まれを虐げようとかそんな思想は全くないわ」
「だから、ダンブルドアを利用して父親を排除したと?」
「だから、違うって言ってるでしょ?」
私は大きなため息を吐く。
「ダンブルドアはイラッときてつい殺しちゃったのよ。だってひどいじゃない。私の父親が誰かわかっていたくせにそれを教えずに、なんなら嘘まで吹き込んで私に親を殺させたんだから」
灰色のレディは訝しげな視線を私に向ける。
完全に信じていないという顔だ。
一から説明するのも面倒くさいし、単刀直入に聞きたいことを聞くことにしよう。
「まあ、信じてくれなくてもいいわ。本題に入らせてもらうわよ」
本題と言う言葉を聞いて灰色のレディは少し身構える。
「貴方に話すことなど──」
「まあそう言わないでよ。さっきも言ったけど、上手くいけば私はこの先誰も殺さずに済むんだから」
「……どういうことです?」
「私としても今の状況は不本意なのよ。親の仇ってことでダンブルドアを殺したけど、別に私は魔法界を支配しようとかそういう思想はないわけ。復讐が済んだ今、この先はのんびり平穏な日々が過ごせたらそれで満足なのよね」
父親の後を継いで魔法界を支配してやろうだなんて思っていない。
私はただ日々をのんびり過ごせればそれでいいのだ。
「でも、今の現状を見ている限りそれは厳しいでしょ? 魔法省はなんとしてでも私を捕らえようとしているし、レミリア・スカーレットも動いてる。まあ、闇祓いがどれだけ束になってかかってきても文字通り瞬殺できるわけだけど」
「人を殺すと言うことはそれだけで大罪なのです。大人しくアズカバンで罪を償われてはいかがですか?」
「嫌よ。寒いところは嫌いなの」
っと、随分話が逸れてしまった。
私は一度深呼吸をすると、灰色のレディの目を見る。
「そこで、私の先生に仲介を頼もうと思って」
「先生?」
「そう。パチュリー・ノーレッジよ。レイブンクロー憑きのゴーストである貴方なら学生時代の彼女を知っているでしょう? 卒業後、彼女はどこへ行ったの?」
灰色のレディは何かを考えるように首を傾げると、ふわりと浮き上がり空中を一回転する。
そして、しばらく悩んだ末に答えた。
「まあ、それぐらいなら教えてもいいでしょう。ですが条件があります。ホグワーツの生徒を人質に取らないこと。それをお約束して頂けるのでしたらお教えするのもやぶさかではありませんわ」
「生徒を人質に? しないわよそんなの」
「約束ですからね」
灰色のレディは釘を刺すと、ほっと息をついて言った。
「パチュリー・ノーレッジは卒業後、当時の流行に倣って卒業旅行に行きました。その時点で就職先は決まってなかったはずです」
「卒業旅行……百年前ぐらいに流行った文化よね」
「そうです。彼女はその卒業旅行の最中に姿をくらませた」
「行き先は?」
「国内。それ以上の詳細は誰にも語っていなかったそうです」
つまりは何も情報がないということか。
灰色のレディが素直に私に話してくれたのも理解できるというものだ。
「そう……わかったわ」
「彼女の居場所を探るなら、もっと新しい痕跡を辿ったほうがいいと思いますけどね。短い間ではありましたが、彼女はホグワーツの教師だったのですから」
「勿論そのつもりよ」
さて、用は済んだ。
私は灰色のレディの時間を停止させると、時計塔の階段を下り始める。
次に調べるとしたらパチュリーが教鞭を取っていた時に使用していた教職員用の私室だろう。
確かパチュリーはシリウス・ブラックが使っていた私室をそのまま利用していたはずだ。
私はホグワーツの廊下を歩き、教師の私室が集中している四階へと向かう。
彼女が在籍中に訪れたことはなかったが、場所だけは把握していたので特に迷うことなく部屋にたどり着くことができた。
私は扉に掛けられた鍵を魔法で解錠し、ドアノブを引く。
時間の止まっている世界では、魔法的な施錠は全て無効化される。
そうなれば残るは物理的な施錠のみとなるので、一年生が覚えるような簡単な解錠魔法でどこへでも侵入が可能となるのだ。
まあ、溶接された鉄の扉を開けることは解錠魔法では叶わないが。
「お邪魔しまーすっと」
部屋の中に足を踏み入れた私は、ぐるりと内部を見回す。
部屋自体には特に変わったところはない。
生徒が使っているものよりも少し高そうなベッドに大きな書斎机。
そして空の本棚が一つ。
壁際には暖炉があり、暖炉の内部は綺麗に清掃されていた。
生活感はないが、まあそれが当たり前だ。
この部屋は今は誰も使っていないんだから。
「流石に持ち物は残ってないわよねぇ」
私は書斎机の引き出しを順番に開けていく。
だが、どの引き出しも空になっている。
まあ、あのパチュリーが自分の持ち物をホグワーツに残すとは思えない。
ここまではある意味予想通りだ。
私は扉の鍵を施錠し、時間停止を解除する。
そして杖を取り出し、パチュリーの魔力が残存していないか探り始めた。
目の前に立っていたサクヤ・ホワイトが消えたと同時に、灰色のレディ……ヘレナ・レイブンクローは時計の歯車が噛み合う音に包まれる。
音のない世界とはこれほどまでに静かなのかとヘレナは少し驚いたが、すぐに我に返った。
「こうしてはおられません。急いで報告しなくては……」
ヘレナは時計塔の床をすり抜け、一直線に校長室を目指す。
その道中でおしゃべり相手を欲していたほとんど首無しニックに声を掛けられたが、完全に無視してホグワーツ城内を突き進んだ。
「マクゴナガル……マクゴナガル校長はいらっしゃる?」
ガーゴイル像をすり抜け校長室に滑り込んだヘレナは近くにあった歴代の校長の肖像画に話しかける。
居眠りをしていた肖像画たちはその大声に一斉に目を覚ますと、ぐるぐると額縁の外や中を見回し首を振った。
「まだ騎士団の本部から戻られておらんな。その慌て様、緊急の御用心かな?」
「城内にサクヤ・ホワイトが出現しました。まだ城の中にいる可能性があります」
ヘレナの報告に肖像画たちはどよめく。
「なんと……ホグワーツに?」
「戻ってきたのか。しかしなんの目的で……」
「おい、誰か騎士団本部に飾られているやつはいないか?」
「あそこには魔法界の絵画はない!」
歴代の校長たちは額縁の中を行き来しながら慌ただしく動き始める。
「今ホグワーツに残っている教師は?」
「フリットウィックだな。探してくる」
そして何人かの校長が校長室を離れてフリットウィックを探しに行った。
ヘレナが校長室へと駆け込んでから十分ほどが経過しただろうか。
少し髪の乱れたフリットウィックが大慌てで校長室へと駆け込んできた。
フリットウィックは肩で息をしながら校長室の壁にもたれ掛かると、ヘレナを見上げる。
「さ、サクヤ・ホワイトがホグワーツに現れたというのは本当ですか?」
ヘレナはフリットウィックの前にしゃがみこむと、先ほどのサクヤとのやりとりを包み隠さずフリットウィックに報告する。
フリットウィックはパチュリー・ノーレッジという予想外の名前が出てきたことに少々驚きながらも、落ち着いた様子でヘレナの報告を聞いた。
「なるほど……ミス・ホワイトが時間を止める力を持っているというのは本当の話だったのですな。実に興味深い」
フリットウィックは感心したように何度か頷く。
「とにかく、今は下手に刺激しないほうがいいでしょう。騎士団本部へ守護霊を伝令に出します。もっとも、その頃にはミス・ホワイトは遠くへと逃げてしまっているかもしれませんが、今は生徒の安全が優先です」
フリットウィックは杖を一振りし、守護霊を飛ばす。
そしてヘレナや歴代の校長の肖像画に向けて言った。
「このことは内密に。ミス・ホワイトが賢い生徒であることはよくわかっています。意味もなく生徒を傷つけるような、愚かな真似はしないでしょう」
もっとも、賢いほうが厄介ではありますが、とフリットウィックは続ける。
「校長先生方はミス・ホワイトの動向を追ってください。見つかる可能性は低いとは思いますが、少しでも所在を掴んでおいたほうがいい。ヘレナ嬢、貴方はホグワーツ内にいるゴーストへそれとなく忠告を」
フリットウィックの指示で皆校長室を去っていく。
フリットウィックは校長室に誰もいなくなったことを確認すると、小さくため息をついた。
設定や用語解説
灰色のレディ
本名をヘレナ・レイブンクローといい、ホグワーツ創始者のロウェナ・レイブンクローの娘。母親の髪飾りと血みどろ男爵、トム・リドルとの間に本が一冊書けるほどのストーリーがあるが、サクヤは知る由もない。
卒業旅行
百年ほど前にホグワーツ生の間で流行った。就職を少し遅らせて国内、海外を旅行し見聞を深めるというもの。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。