P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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隠し部屋とウサ耳と私

 パチュリー・ノーレッジが使っていた部屋を隅から隅まで調べたが、魔力の痕跡はおろか髪の毛の一本すら見つけることができなかった。

 まあ、用心深い彼女のことだ。

 しっかりと痕跡を消してからホグワーツを離れたのだろう。

 

「結局無駄骨かぁ」

 

 私は時間を停止させると、ぐぐぐっと背伸びをする。

 予想はしていたとはいえ、徒労に終わるのは少し心に来る。

 このままではホグワーツに寄ったこと自体が徒労になってしまうだろう。

 それは少し嫌なので、厨房から食料を少々くすねていくことにしよう。

 私の鞄は容量こそ無限だが、無限に中身が詰まっているわけではない。

 貯蔵してある食料も、三日もあれば食べ切ってしまうほどの量だ。

 ここから先の逃亡先に食料があるとは限らない。

 少しでも多くの食料を確保しておくべきだろう。

 私は階段を使って四階から地下一階まで降りると、薄暗い廊下に飾られている果物の絵画の前へと移動する。

 厨房に直接入るのは久しぶりだ。

 最近はテーブルの上に並べられた料理を保存するばかりで、厨房へ直接食料を貰いに行ってはいなかった。

 

「えっと、どれをどうするんだっけ」

 

 私は絵画に描かれた果物をとりあえず手当たり次第に触れてみる。

 りんご……いやぶどうだったか?

 何度かペタペタと絵画に触って首を捻り、そういえば時間を止めていたことを思い出し時間停止を解除した。

 その瞬間、私の背後で何かが動く音が聞こえてくる。

 私は咄嗟に時間を止め、一呼吸置いてから背後を振り返った。

 

「えっと……なにこれ」

 

 廊下を挟んで絵画の反対側の石壁に扉が出現している。

 ホグワーツの厨房は絵画がかけられた壁の奥なので、厨房へと続く扉ではない。

 どうやら私は全く別の隠し部屋を発掘してしまったようだ。

 

「すっかり慣れちゃってたけど、そういえば摩訶不思議な建物だったわね」

 

 私は入学当初のことを思い出す。

 今でこそ慣れてしまったが、一年生の頃は階段が動くというだけで大騒ぎしていた。

 いや、大騒ぎはしていなかったかもしれないが、少なからず新鮮だったのは確かだ。

 

「……」

 

 私は背後に現れた扉の前に立つ。

 

「ダンブルドアのおまるコレクション部屋とかだったらどうしよう」

 

 まあ、少なくとも中に危険生物が閉じ込められている可能性は低いだろう。

 学校に潜む怪物はバジリスクで十分だ。

 私は左手に杖を構えると、右手でドアノブを掴む。

 そしてそっと捻り、扉を引いた。

 

「……なにこれ。個室?」

 

 部屋の中にはホテルの一室のような空間が広がっていた。

 大きなベッドにテーブルと椅子。

 壁際にはクローゼットが備え付けられている。

 部屋にはいくつか扉があり、その扉の奥はバスルームやトイレになっていた。

 

「客室……いや客室を地下に作るかしら」

 

 私はふとダンブルドアに監禁された時のことを思い出す。

 あの時の部屋も内装はこんな感じだった。

 だが、扉の形状を見るに外から閉じ込められるようにはできていない。

 座敷牢としては機能不足だ。

 

「牢屋でもないとしたら……」

 

 私はふと隠し部屋の壁を見る。

 そこには額縁に入れられた大きな月の絵が飾ってあった。

 

「……綺麗」

 

 私の目は自然とその絵画に惹きつけられる。

 月ってこんなに綺麗なものだったっけ?

 今までは夜空に浮かんでいる球体ぐらいのイメージしかなかった。

 月なんて、ただのゴツゴツした大きな岩だ。

 そこに感動を誘う要素はないはずなのに。

 私はしばらくの間その絵画から目を離すことができなかった。

 十分、いや二十分は経過しただろうか。

 私はふと我に返り部屋の探索を再開した。

 

「っと、いけないいけない。って、なんなのかしらこの部屋は」

 

 まあ、不良学生の隠れ家という説が濃厚だろう。

 私はとりあえずクローゼットを開けて中を確認する。

 するとそこにはスリザリンの制服が何着かハンガーにかけられていた。

 

「やっぱり学生の隠れ家ね」

 

 それにスリザリンだ。

 レイブンクロー生だったパチュリーとは関係ないだろう。

 私はクローゼットを閉めると、今度は枕元に顔を近づける。

 そしてマットレスの上から一本の長い髪の毛を拾い上げた。

 

「薄い紫色……髪色と長さはノーレッジ先生そっくりね」

 

 スリザリンの制服がかけられているが、もしかして本当はパチュリーの隠れ家なのか?

 私は細く長い髪の毛をクルクルと指に巻き付け、鞄の中からポリジュース薬の入った小瓶を取り出す。

 そして小瓶のコルク栓を抜き、髪の毛を薬に溶かし込んだ。

 ポリジュース薬は便利だ。

 髪の毛一本あれば、その人物がどのような容姿だったのかを調べることができる。

 まあ、もう少し味はなんとかしたいところだが。

 私は薄いピンク色になったポリジュース薬を一気に飲み干し、部屋に備え付けられていた姿見の前に立つ。

 ポリジュース薬は即効性の薬だ。

 私の容姿はすぐにぐにゃりと変形し、別人へと変化した。

 

「……なにこれ」

 

 私は変化した姿をマジマジと観察する。

 少なくともパチュリーではない。

 髪色は確かに似ているが、パチュリーよりかは灰色がかっている。

 瞳は赤く、顔つきは東洋人に近いだろうか。

 少なくともイギリス人ではなさそうだ。

 まあ、チョウのようなコテコテの東洋人というわけでもなさそうだが。

 だが、一番気になるところはそこじゃない。

 私は姿見に映る少女を見ながら、そっとその異物に手を伸ばす。

 頭の上に生えたそれをゆっくり触り、そして神経が通っていることを確かめた。

 

「なに、この耳」

 

 そう、私の頭頂部からは、ウサギのような大きく白い耳が二本ピンと立っていた。

 

「獣人? ポリジュース薬って獣人にも使えるんだっけ?」

 

 ポリジュース薬では動物に変身することはできない。

 間違えて動物の毛をポリジュース薬に溶かして飲んでしまうと、人間の姿のまま全身が毛で覆われ、しばらく元に戻れなくなる。

 だが、人狼や吸血鬼のような殆ど人間の姿そのものの場合はどうなんだろう。

 私はもう一度頭から生えた耳を触り、その感触を確かめる。

 少なくとも血や神経は通っている。

 自分の意思で動かせるかと言われると少し微妙だが、感覚さえ掴めば向きぐらいは変えることができそうだ。

 

「って、そうじゃなくて」

 

 頭から生えたウサ耳を冷静に分析している場合ではない。

 少なくとも、この部屋の主はパチュリー・ノーレッジとは無関係のようだ。

 私はウサ耳をぴょこんと動かすと、他には何かないかと部屋の中を探索する。

 クローゼットにはあまり多くの服は残されていなかった。

 まあ、もしこのウサ耳少女がホグワーツ生ならこの部屋の他に自分の寮にもベッドがあるのだ。

 私物は基本的に自分の寮に置いていたのかもしれないが。

 

「っと、何か挟まっているわね」

 

 ベッドのシーツを剥ぎ、マットレスを持ち上げたところでマットレスとベッドフレームの間から一冊の手帳を発見する。

 魔法界の書物や手帳は羊皮紙が多いが、隠されていた手帳は紙……それもかなり上質なものだった。

 

「こういうのなんて言うんだったかしら」

 

 私は手帳になにかしらの魔法が掛けられていないかを調べる。

 杖を向け何度か探知の呪文を走らせてみるが、この手帳には特になにも魔法が掛けられていないようだった。

 私はウサ耳姿のままベッドに腰掛けると、手帳の表紙を捲る。

 そこにはぐにゃぐにゃとした象形文字もどきがびっしりと書き記されていた。

 

「……これ、多分漢字ね。だとしたら中国語……いや、日本語かしら」

 

 生憎私は日本語は読めない。

 だが、ここは魔法界だ。

 私自身が日本語を読めなくても、日本語を読む方法はいくらでもある。

 私は手帳を机の上に置くと、翻訳魔法を掛ける。

 すると手帳に書かれている日本語がぐにゃりと変形していき、英語の文章になった。

 

「えっと何々……」

 

 手帳に書かれているのはどうやら日記のようだった。

 

 

 

 一九七二年 八月二十五日

 隠れ家も完成し、ようやく落ち着ける環境が整った。なんにしても私は運がいい。着地した森のすぐ近くに人間たちの集落や学校があったのだ。特に森のそばにある学校では大部屋で食事を取る習慣があるらしく、透明になって忍び込めば食料の調達は容易だ。また、生活に必要なものも学校からいくらか拝借させてもらった。個人宅から物を盗むよりかは罪悪感が少ない。これで、私も立派な罪人だ。体に溜まった穢れのことも合わせれば、もう月へと戻ることはできないだろう。

 

「……月?」

 

 どこかの地名だろうか。

 翻訳魔法も完璧ではないため、誤訳という可能性もある。

 私は手帳のページをペラペラと捲り、数ページ先まで流し読みをする。

 どうやらこの髪の毛の主は何処か遠くから禁じられた森へと逃げてきて、そこで暮らし始めたようだった。

 『透明』や『変身』、『幻影』という言葉が随所に出てくるため、少なくとも魔法使いではあるようである。

 だが、ホグワーツが魔法使いの学校であることはよくわかっていないらしい。

 手帳に書かれている文章が日本語であることを考えると日本から逃亡してきた魔法使いなのだろうか。

 私はその後も日記を読み進めていく。

 化け物の幻影で生徒を追い払った話や、ホグワーツ内で迷子になった話、森に作った隠れ家を改装する話などの極々平和な逃亡生活がつらつらと綴られている。

 だが、十月に入ってすぐ、日記に変化があった。

 

 

 

 一九七二年 十月二十二日

 やはり、私はかなり運がいいようだ。まさかこんな辺境な地でイザヨイモモヨ様と出会うことができるなんて。蓬莱の薬を研究した罪で依姫様に逮捕されたことは知っていたが、地上に堕とされていたことは知らなかった。モモヨ様は人間の子供として転生し、十一年間も地上で暮らしているようだ。そして、モモヨ様から色々と地上の話を伺うことができた。どうやら私が色々と盗みを働いた学校は魔法使いを育成するための学校であるらしい。変な格好をしているとは思っていたが、まさか魔法使いだったとは。そして、この世界(魔法界というらしい)では、今現在戦争の真っ最中らしい。人間との戦争が怖くて逃げてきた私からしたら、最悪の場所に最悪のタイミングで降りてきてしまった。だが、天は私を見放してはいなかった。モモヨ様の言葉を信じるなら、どうやら私に協力してくれるらしい。月の都では玉兎の扱いが雑な者も多いが、モモヨ様は違うようだ。

 

 一九七二年 十月二十三日

 今まで生活していた森を離れて城の中に引っ越してきた。モモヨ様が城の中に隠し部屋を用意してくれていたらしい。それにしても、魔法とは便利なものだ。部屋に設置してある殆どの家具はモモヨ様が魔法で作り出したものらしい。私も練習したら魔法を使えるようになるだろうか。

 

「イザヨイモモヨ……その人物がこの手帳の主をここへ招き入れたのね」

 

 ホグワーツの学生だろうか。

 十一年という数字を見る限りではホグワーツの生徒である可能性が高いだろう。

 それに転生という単語。

 もしかしたら日本では罪人を殺し、赤子へと転生させる呪いでもあるのかもしれない。

 私はその後も手帳を読み進めていく。

 どうやら手帳の主は日本にある幻想郷という土地に向かう手立てを探しているようだ。

 日本から逃げてきたのに日本へ戻ろうとというのはどういうことかと思ったが、日記を読む限りではどうやら結界によって隠された土地らしい。

 そこならば月の監視も回避できるかもしれないと書かれている。

 

「幻想郷……ねぇ。どうしようもなくなったら、時間を止めて幻想郷とやらを探すのもアリかもしれないわね」

 

 なんにしてもこの部屋にパチュリー・ノーレッジの痕跡はなさそうだ。

 私は手帳を鞄の中に放り込むと、もう一度姿見の前に立つ。

 そして頭から生えているウサ耳をそっと撫でると、地下へ来た本来の目的を思い出した。

 

「あ、厨房に用事があるんだったわね」

 

 時間を止めて食材だけ拝借しようと思っていたが、この姿なら時間を動かしている状態で厨房に入れる。

 屋敷しもべ妖精にサクヤ・ホワイトだということがバレなければ、調理後の料理を提供してもらえるだろう。

 私はクローゼットの中に入っていたスリザリンの制服を身に纏うと、時間停止を解除し隠し部屋の外へと出た。

 隠し部屋の扉をキッチリと閉め、再度果物の絵画の前に立つ。

 そしてまた絵画のあちこちを触り、正解の果物を探した。

 

「お」

 

 洋梨に手が触れた瞬間、洋梨がドアノブへと変化し、絵画がゆっくりと開き始める。

 ああ、そうだ。洋梨だ。

 私は少しスッキリした気持ちで厨房の中へと足を踏み入れる。

 ホグワーツに生徒は殆ど残っていないが、全く残っていないわけではない。

 厨房内では、残っている生徒のための昼食を作っている真っ最中だった。

 

「懐かしいわね……」

 

 そういえば、厨房に入り浸っていた時期があったっけ。

 私はその頃のことを思い出し、少しノスタルジックな気分になった。

 その時、一人の屋敷しもべ妖精が私が厨房内に入ってきたことに気が付く。

 そして目をぱちくりさせると、私の顔を見上げて呟いた。

 

「れ、レイセン様……レイセン様でございますか?」

 

「……え?」

 

 レイセン様という名前に厨房内にいる殆どの屋敷しもべ妖精が反応し、一斉にこちらに振り向いた。




設定や用語解説

厨房裏の隠し部屋
 ホグワーツ創設当初は食糧庫として使われていたが、時間が経つごとに存在を忘れられていき、最終的には屋敷しもべ妖精すら知らない隠し部屋となった。そんな隠し部屋を見つけ出し利用していた者がいたようだが……

ウサ耳
 決してつけ耳ではない。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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