P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
カーディフのホテルで姿くらましした私は、ロンドンにあるウール孤児院の自分の部屋へと姿現しした。
この部屋に来たのは何年振りだろうか。
私は着地と同時にバランスを崩すと、ベッドの上に倒れ込む。
取り敢えずここなら少しの間身を隠すことが出来るだろう。
「いや、式場に戻るべきなのかしら……」
まだお目当てのパチュリー・ノーレッジには会えていない。
ダメ元でもう一度式場内を探してみるべきか?
いや、やめたほうがいいか。
あれほど綿密に策を練っていたのだ。
きっとパチュリーが葬式に来るという記事も嘘なのだろう。
「……それに、今は足を繋げることが先ね」
簡易的に処置を行い義足も作ったが、繋げられるならさっさと繋げてしまったほうがいい。
だが、私はレミリアのような吸血鬼とは違い普通の人間だ。
断面をくっつけるだけで治癒するような回復力は持っていない。
本来ならば足をくっつけるのは諦めるところだ。
だが、幸いにも私は錬金術の到達点である賢者の石を所持していた。
「まずは右足から弾丸を取り除かないと」
私は鞄を開くと、体を鞄の中に滑り込ませる。
鞄の中は無重力になっているため、その中を移動するには一工夫必要だ。
靴の時間を停止させ、空中に固定させる。
その状態で膝を曲げ、軽く伸ばすと同時に靴の時間停止を解除する。
そうすることで反作用を上手く殺して移動することができるのだ。
私はゆっくりとしたスピードで鞄の中を移動する。
お目当ての右足はそう離れた位置にあるわけではない。
私はすぐに右足の位置まで辿り着くと、靴の時間を止めその場に静止した。
「さてと」
私は右足の時間停止を解除する。
時間停止を解除したことでレミリアも動き出してしまうが、鞄の中という異空間にいるため場所までは特定されないだろう。
時間が動き出した右足の断面からは赤い血液が溢れ出す。
私はポケットの中から懐中時計を取り出すと、その中に空間を弄って隠している賢者の石を取り出した。
「出所のわからない賢者の石で少し怖いけど……」
背に腹は代えられない。
私は少し遠くに浮かんでいる水差しを魔法で呼び寄せると、その中に賢者の石を放り込む。
そして生成された命の水を右足に掛け、撃たれた傷の周りの血を洗い流した。
「意外と傷口は小さいわ」
私は右足に探知魔法を走らせる。
魔力的な繋がりを持たせているということは、微量ながら魔力を帯びているということだ。
「うげ……砕けるタイプか」
探知魔法を信じるならば、私の体内に侵入した弾丸は内部で砕け、五十七もの破片になっているらしい。
私は弾丸の破片を一つずつ消失させていく。
全ての破片の場所が正確に把握出来ているなら一気に消すことも可能だろうが、下手をするとただでさえボロボロの私の右足を更に痛めつけることになる。
時間は掛かるが、地道に消していくしかないだろう。
「うふ、あはははは」
なんだこの状況は。
どうしてこんなことになっているんだろう。
私は目の前に浮かぶ自分の右足を見ながら笑う。
あまりにも非現実的な光景だ。
自分の足であるはずなのに、まるで肉屋で買ってきた肉を捌いているような気持ちになる。
本当に、この足は自分の体にくっつくのか?
勢いに任せて取り返しのつかないことをしてしまったのではないか?
「ひひ、ははは……」
笑いが止まらないのは、きっと脳内麻薬のせいだろう。
私は一度杖を自分の頭に向け、鎮痛魔法を掛け直す。
そして魔法で作り上げた義足を消し去り、薄く皮の張っている右足の断面を切断魔法で薄く削いだ。
「あぐ……」
痛みはない。だが、自然と声が漏れる。
私は足の断面と断面をピッタリ合わせ、ゆっくり命の水を足の切断面に纏わせる。
すると、目に見える速度で私の右足は繋がっていき、すぐにつま先までの感覚を取り戻した。
「成功……よね?」
私は慎重に右足の膝や足首を曲げ伸ばす。
違和感はない。神経や血管は綺麗に繋がったようだ。
「……はぁぁぁ。もう二度とこんなことやりたくないわ」
私は残りの命の水を一息に飲み干すと、空中に散らばった血液を魔法で消去する。
そして靴の時間を操作し空間を蹴ると、そのまま鞄の外へと飛び出した。
部屋の中に着地した私は、改めて過去自分が暮らしていた部屋を見回す。
咄嗟のことで、今まで自分が一番長い時間過ごしてきた場所へ姿現ししてしまった。
ここへ来るのは何年振りだろうか。
シリウス・ブラックによる襲撃を受けてから……いや、あの事件は結局シリウス・ブラックの犯行ではなかったんだっけ。
私は太ももの接合面に残る血液をハンカチで拭う。
そして、少し埃っぽいベッドに腰掛けると、左手に杖を構えて神経を集中させた。
もし右足に破片が残っているとしたら、レミリアはすぐにでもこの場所を突き止めるはずだ。
私はレミリアを誘うように一度時間を停止させると、再度時間を動かす。
そして全神経を集中し、レミリアの魔力が近くに来ていないかを探った。
「……大丈夫、かしらね」
神経を尖らせること約十分。レミリアがやってくる様子はない。
どうやら、上手く身を隠すことが出来たようである。
私はほっとため息を吐くと。慎重にベッドから立ち上がる。
命の水の驚異的な治癒力で繋がっているとはいえ、足の接合もまだ完璧ではないだろう。
しばらくは激しい動きをせず、リハビリに努めた方がいい。
私は今の自分には少し小さすぎる勉強机の前へ移動すると、椅子に座って窓の外を見る。
思えば、この窓を一匹のフクロウが突き破ったのが始まりだったか。
「懐かしいわね」
確かあの時はストーンウォール入学に向けて勉強している真っ最中だった。
うちの孤児院は初等教育は孤児院内で行われる。
私としては、ストーンウォールが初の学校デビューになるということもあり、気合が入っていたはずだ。
私は引き出しの中から当時の参考書を引っ張り出すと、ペラペラと捲る。
多少忘れている問題もあるが、今でもある程度はスラスラと問題を解くことが出来た。
「ん? 初等教育?」
私はその単語が引っかかり、引き出しの中から当時のノートや参考書を引っ張り出す。
そうだ、私は初等教育には……プライマリースクールには行ってない。
嫌な汗が出る。
私は当時の参考書を静かに閉じると、悪寒の正体を吐き出すように呟いた。
「それじゃあ、プライマリースクールでクラスメイトだったレオとレイラって……」
そんなものは存在しない。
だってプライマリースクールには通ってないんだから。
冷や汗が背中を伝っていくのが感じ取れる。
「あの二人……一体何者?」
私は参考書やノートを見つめながら、しばらく動くことが出来なかった。
その日の夜、私は孤児院の自分の部屋の扉を開けると、二階廊下を歩き一階へ続く階段へ進む。
私がつけた血液の足跡の痕跡はない。
他の部屋の扉を開けてみる勇気はないが、きっと子供達の亡骸はマグルの警察が回収して丁重に葬ってくれていることだろう。
一階へと降りた私は、リビングへと立ち寄ることなく廊下を進み玄関ホールへと出る。
そして玄関ホールに置かれている姿見の前に立つと、スカートを捲って右足の接合面を確認した。
「これ、流石に痕になりそうね」
繋ぎ合わせた部分は赤くみみず腫れになっている。
炎症が治っても痕は残りそうだ。
「癒療は専門じゃないからなぁ」
まあ、位置的にかなりのミニスカートを穿くか、水着にでもならない限り目立たないような位置ではある。
それにどうしても気になるなら、専門家に診て貰えばいい。
私は姿見の前で時間を停止させると、着ていたホグワーツの制服を鞄の中に仕舞い、私服を着込む。
そして髪の色を変化させようと杖を手に取り、少し考えてから仕舞い直した。
「このままのほうがいいわね」
逃亡するわけではない。
追及しに行くのだ。
私は姿見の前で髪を整えると、玄関を開けて外へと出た。
孤児院の玄関を出た私は、申し訳程度に張られた立ち入り禁止のテープを潜って敷地内を出る。
今更ながらだが、この孤児院取り壊されていなかったのか。
普通に考えたらかなりの事故物件だ。
建物の持ち主が誰かはわからないが、建て直されていてもおかしくはないはずである。
「それか、少し寝かせているのかしらねぇ」
私にとっては随分昔のことのように感じるが、数字だけで見たら数年前だ。
私より何倍も長く生きている大人たちからしたら、まだ短いと言える期間なのかもしれない。
私は一度孤児院の建物を見上げてから、時間の止まったロンドンの街を歩き始める。
時間の止まったロンドンの街は実に静かだ。
私の呼吸音と靴の踵が地面を叩く音、布擦れの音以外の音が一切存在しない。
耳を澄ませば、私の心臓の音やポケットの中の懐中時計の音すら聞こえてきそうだ。
私はポケットから懐中時計を取り出すと、そっと左耳に当てる。
アンクルがガンギ車にぶつかる音を聞きながら、私はリズミカルに地面を蹴った。
そうしているうちに、サラの店の前までやってきた。
私は一度店の扉を開け、既に営業が終了していることを確かめる。
店の中ではサラとレイラが閉店後の片付けをしているところだった。
「レオの姿がないわね」
私は一度扉を閉め、時間停止を解除する。
そして改めて店の扉を開け、店内に入った。
「あ、すみませんもうお店閉めちゃってて……」
店の扉につけられた鈴の音を聞いて、サラがグラスから顔を上げずに声をかけてくる。
私はそんなサラの言葉を無視すると、店の扉に鍵を掛ける。
その音を聞き、サラはグラスから顔を上げ、そして小さく悲鳴を上げた。
「さ、サクヤ・ホワイト……」
サラの手からグラスが滑り落ち、床に落ちて粉々に砕け散る。
その音を聞き、レイラも私の存在に気がついたのか、恐怖に顔を歪めて店の奥に走り出そうとした。
「あ、待ちなさい」
私は服に隠していたナイフを一本レイラに向けて投擲する。
一回転して飛んでいったナイフは、レイラがたった今開けようとした扉のドアノブ近くに突き刺さった。
「ひっ……」
「貴方に用があるのよ」
レイラは腰を抜かしてしまったのか、そのままぽてんと後ろに尻餅をつく。
私はそんなレイラに向かって歩き出した。
「ち、違うの! わ、わたし別に貴方を怒らせようだなんてそんなつもりはなくて!」
レイラは足をバタバタとさせながら、なんとか私と距離を取ろうとする。
私は固まって動けないサラの横を通り過ぎると、立ち上がれないでいるレイラの側に立って見下ろした。
「貴方、私とクラスメイトだったって言ってたけど、それ本当?」
「はぁ!? 何わけわからないこと言ってるのよ!?」
レイラは両腕で顔を隠すようにうずくまる。
私はそんなレイラの腕を退かすと、レイラの目を見る。
そして開心術でレイラの心の中に侵入した。
「……え?」
レイラの心の中には、確かに小さい頃の私がいた。
レイラが私に対して抱いている感情は、嫉妬と後悔。
「私は……プライマリースクールに通っていた?」
「そうよ、そう……だから殺さないで……」
私が手を離すと、レイラはその場で顔を隠して泣き出してしまう。
彼女は嘘をついていない。
彼女の記憶では、私は確かにプライマリースクールに通っていたのだ。
「なんで……うちの孤児院では、初等教育までは孤児院で教えるはず──」
「それは、孤児院の運営的にはかなりおかしいです」
カウンターにいたサラがゆっくりとこちらに近づきながら口を開く。
「イギリスでは、十六歳までは無償で教育を受けることが出来ます。孤児院内で勉強を教えるよりも、学校に通わせてしまった方がよっぽどいい」
私は何か反論しようと口を開きかけたが、言葉が出てこない。
確かに、サラの言う通りだ。
イギリスでは十六歳まで学費は掛からない。
私のいた孤児院はかなり貧乏だったが、貧乏であるなら尚更学校で教育を受けさせるべきだ。
「おかしい……おかしい……絶対に何かがおかしい」
私はガリガリと頭を掻く。
「私の記憶がおかしいの? それともレイラの記憶が改竄されているの?」
そして少し考え、ふと、ある結論に達した。
「もしかして、おかしいのは孤児院の方?」
全身に寒気が走る。
もしレイラの記憶が真実ならば、私の部屋に残された参考書やノートと矛盾が生じる。
だが、もしその参考書やノートが意図的に用意されたものだったら?
私の記憶が、何者かに改竄されているとしたら?
「あ、あの……大丈夫ですか?」
頭を抱えて動けない私に、サラがそっと声を掛けてくる。
私は左手で杖を抜くと、部屋の隅で啜り泣くレイラに向けて服従の呪文を掛ける。
レイラはピタリと泣き止むと、とろんとした表情で立ち上がった。
「プライマリースクールの卒業アルバムを持ってきなさい」
「はい。わかりました」
レイラはそのまま店の扉の鍵を開け、外へと出ていく。
私はレイラの後ろ姿を見送ると、サラにも同様に服従の呪文を掛けた。
「何か料理を作りなさい」
「はい」
サラは一度綺麗にしたコンロに火を入れ、肉を焼き始める。
私はその様子を見ながらレイラの帰りを待った。
設定や用語解説
イギリスの義務教育
イギリスでは五歳~十六歳までは無償で教育を受けることが出来る。
二人に服従の呪文を掛けるサクヤ
許されざる呪文のはずなのに、何故か温情を感じる不思議。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。