P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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キャビネットとコンピュータと私

 サラの料理を食べながら三十分ほどパブで待っていると、レイラが一冊のアルバムを胸に抱えて店の中に戻ってきた。

 私はレイラからアルバムを受け取り、ページを捲る。

 生徒一人一人の写真はないが、集合写真はある。

 私はその中から、白い髪の少女の姿を見つけ出した。

 

「間違いない。私だ」

 

 そこには、確かに私の姿があった。

 学校行事の写真にも、私が写り込んでいるものがある。

 私は必死に記憶を探るが、どこかぼんやりとしており、この時のことはどうにも思い出せない。

 まるで記憶が意図的に改竄されたかのように。

 

「……孤児院を調べなきゃ」

 

 私はレイラにアルバムを押し付けると、孤児院の玄関へと姿現しする。

 そして階段を駆け上がり、自分の部屋へと飛び込むと、勉強机の引き出しをひっくり返した。

 様々な小物が床に跳ね、そこら中に散乱する。

 小さなクマの人形や綺麗な色をした石、浜辺で拾った貝殻など、昔大切にしていた宝物ばかりだ。

 

「プライマリースクールに通っていた痕跡はない」

 

 私は自分の部屋を飛び出して、他の子供の部屋に入る。

 床の血は綺麗になっているが、ベッドに残されているマットレスやシーツは赤黒く変色している。

 確かにここで子供たちは死んだのだ。

 

「……っ」

 

 可能な限りベッドを直視しないようにしながら、私は勉強机の引き出しを開け、中身を漁る。

 その中には、レイラと同じ学校の卒業アルバムが入っていた。

 

「やっぱり、ここの子供たちは初等教育を学校で受けている……みんな、学校に通っていたんだわ」

 

 では、私のこの記憶はなんだ?

 何者かが、私の記憶を弄ったのか?

 可能性があるとすれば……

 

「……院長」

 

 この孤児院では唯一魔法使いの存在を知っていた人物だ。

 もしかしたら、本当は魔法使いだったのかもしれない。

 私は子供部屋を飛び出すと、院長室へと急ぐ。

 階段を駆け下り、廊下を抜けた奥。

 私は院長室の扉を開けると、院長室を見回した。

 院長室は余分なものがあまり置かれていない、非常に質素な内装をしている。

 孤児院運営に関する書類が収められている本棚に、大きな書斎机。

 座り心地の良さそうな椅子は、代々受け継がれてきたものらしく、革が擦り切れていた。

 パッと見た限りでは、私のよく知る院長室だ。

 私は書斎机の内側に回り込むと、書斎机の引き出しを開ける。

 そこにはボールペンやら万年筆用のインク瓶やらが無造作に入れられているが、魔法使いらしい持ち物は何も無かった。

 魔法使いだったら、羽ペンや羊皮紙の一枚ぐらい入っていそうではある。

 私は念の為に部屋全体に探知魔法を走らせる。

 だが、魔法の痕跡どころか、魔道具の一つも見つけることが出来なかった。

 

「院長は魔法使いじゃない……だったら……」

 

 私は唾を飲み込み、院長室を後にする。

 そして、真っ暗な廊下を進み、もう一人の職員の部屋の前に立った。

 

「まさか……まさかよね?」

 

 私はもう一人の職員、セシリアの部屋の扉を開ける。

 院長室と違い、私はこの部屋に殆ど入ったことがない。

 セシリアの遺体を確認した、あの夜に入ったのが最初で最後だ。

 セシリアの部屋は院長室と違い、執務を行う部屋ではなく、セシリアの生活スペースとなっている。

 そのため大人用のベッドや姿見、クローゼットに、キャビネットなども置かれていた。

 そして他の部屋と同様に、血痕等は残されていない。

 だが、他の子供部屋と同様に、ベッドのマットレスだけは赤黒く変色していた。

 

「机はあるけど、引き出しはないわね」

 

 机はあるが、本当に読み書きをするだけの簡易的なものだ。

 私はクローゼットを開けると、中を漁る。

 魔法使いならば、ローブの一つでも持っていそうなものだが、クローゼットの中には彼女が普段よく着ていた洋服やエプロンしか入ってなかった。

 小物の類いは見当たらない。

 きっとキャビネットの中だろう。

 私は部屋の中に設置されている少し大きめのキャビネットの扉を開ける。

 そして、その中を覗き込んで愕然とした。

 

「なに……これ……」

 

 キャビネットの中には、もう一つ扉が設置してあり、そのガラス窓からは白色の何かが見える。

 私はキャビネットの中に潜り込むと、もう一つの扉を開けてキャビネットの外に出た。

 キャビネットを抜けた先には、現代的な研究室が広がっていた。

 大きな机にはコンピュータが設置されており、その周辺には印刷機で印刷したのであろう書類が散乱している。

 部屋の壁際にはガラス棚が立ち並び、よくわからない液体が入れられた瓶が所狭しと並べられていた。

 

「なにここ……セシリア、貴方は何者なの?」

 

 私は一度セシリアの部屋へと戻り、キャビネットを詳しく調べる。

 キャビネットは壁に設置されておらず、床から動かすことができる。

 つまりは、この研究室はセシリアの部屋から地続きではないということだ。

 私はもう一度キャビネットを見つめ、そしてその正体を察する。

 これは、姿をくらますキャビネットだ。

 今年度、マルフォイが必要の部屋で修理していたものと同じものだろう。

 明らかに魔法界の道具である。

 これで、セシリアが魔法使いであったことは間違いないだろう。

 だが、セシリアが魔法使いだとしたら、繋がっている先が明らかにおかしい。

 私はもう一度キャビネットをくぐり、研究室へと出る。

 そして散らばっている書類の一枚に目を通した。

 

「……『蓬莱の薬』?」

 

 書類に書かれた化学式の内容はよくわからないが、私はその書類に書かれた薬の名前に目が止まる。

 どうやらこの書類は、『蓬莱の薬』と呼ばれる薬について書かれているようだ。

 逆に言えば、それ以上のことはどの書類を読んでもわからない。

 私は、それなりにマグルの勉強もできる方だ。

 魔法界の薬物学に関しては言わずもがなである。

 だが、そんな私でも全く読み解くことができない。

 マグルの化学、魔法界の薬学、そのどちらでもない。

 私は書類を机に戻すと、研究室の探索を始める。コンピュータの置かれた机の他には、何かを洗浄するための流しや簡易的なベッドが置かれている。

 そして他の部屋へと続くのであろう扉がいくつか確認できた。

 

「……調べる以外の選択肢はないわね」

 

 私は一番近くにある扉のドアノブに手を掛け、ゆっくりと捻る。

 その先には無機質な廊下が真っ直ぐと続いていた。

 

「あ、ここが入り口か」

 

 廊下に出て振り返ったところで、この扉が本来の研究室の入り口だということに気がつく。

 どうやらこの研究室は、大きな建物の一室のようだった。

 私は廊下を少し歩き、廊下の窓から外を覗く。

 窓の外は人工的な光で溢れており、遠くの道路には多くの車が走っていた。

 

「かなり都会……」

 

 きっとそれほどロンドンから離れていない。

 窓から下を見下ろすと、有名な製薬会社のロゴが見えた。

 

「製薬会社のビル……でも、どうしてそのビルの一室が孤児院と繋がっているの?」

 

 私は研究室に戻ると、違う部屋の扉を開ける。

 その瞬間、かなりの熱量が私の体を包み込んだ。

 

「あっつ……え? なんで?」

 

 私が開けた扉の先には、ガラス張りのベッドが設置されていた。

 そのガラスの内側では、赤い炎が人の形を作っている。

 いや、違う。

 ガラス張りのベッドの上で、人間が一人燃え続けていた。

 通常、人間というのは燃え続けるということはない。

 最終的は炭化し、火が消えるはずである。

 だが、その人間の肌は燃える先から沸き上がるように新しくなっていっている。

 その横にはデジタル表記の数字が一秒間ごとに一ずつ増え続けている。

 どうやら、何かの時間を刻んでいるようだ。

 もしこの表示をそのまま信じるのだとしたら……

 

「二十四年?」

 

『コロシテェエエエエエエエエエエ!!!』

 

 その瞬間、ベッドの上で燃えている人間が暴れ出す。

 ベッドに張られているガラスは高さがないため、体を起こすことは出来ていなかったが、その中にいる人間、いや少女は発狂したように体をバタつかせた。

 

『もう殺してっ! もう嫌ぁ……コロシテ、殺しなざい!! 早く殺せぇええええええ!!!』

 

「……っ、あ、アバダケダブラ!」

 

 私は杖を引き抜き、ベッドに向かって死の呪いを放つ。

 緑の閃光はガラスを通り抜け、中にいる人間を一瞬で死に至らしめた。

 その瞬間、中で燃えていた人間の肌が再生することはなくなり、溶けて黒く炭化していく。

 私はその死体が燃え尽きるまでその場を動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 やはり、この研究室は普通じゃない。

 私はその後も研究室の他の部屋を探索したが、ろくなものは出てこなかった。

 かなり巨大な培養槽や複雑な機械、牢獄のような施設もある。

 だが、もう何年も使われていないのか、どの機材も薄く埃を積もらせていた。

 もしセシリアがこの研究室の管理をしていたのだとしたら、セシリアが死んだことで管理する者がいなくなったということだろう。

 セシリアとは、一体何者だったのだろうか。

 

「何かが分かったようで、結局何もわからない……もどかしいわ」

 

 だが、明らかに一般人でなかったことは確かだ。

 私は研究室の椅子に座り込むと、大きく伸びをする。

 そしてもう一度書類にぼんやりと目を通した。

 

「蓬莱の薬……ねぇ。そんな名前の薬、聞いたこともな──」

 

 本当にそうか?

 頭の中で何かが引っ掛かる。

 最近、どこかで名前を見かけた気がする。

 私は鞄の中に手を突っ込むと、ホグワーツの隠し部屋で見つけたレイセンの日記帳を手に取る。

 そしてイザヨイモモヨが出てくるところまでページを飛ばした。

 

「どこかで見たとしたら……あった。ここだわ」

 

 一九七二年 十月二十二日

 やはり、私はかなり運がいいようだ。まさかこんな辺境な地でイザヨイモモヨ様と出会うことができるなんて。蓬莱の薬を研究した罪で依姫様に逮捕されたことは知っていたが、地上に堕とされていたことは知らなかった。

 

「蓬莱の薬を研究した罪で、イザヨイモモヨは逮捕され、転生という形でイギリスに追放された。もし、この研究室の主がイザヨイモモヨだとしたら……セシリアの正体がイザヨイモモヨだとしたら!」

 

 私の中でバラバラだった情報が少しずつ繋がる。

 セシリアの正体が転生した魔法使いだったとしたら……。

 一九七二年に学生だとしたら、年齢的にもセシリアと同じぐらいだ。

 

「そっか。そっか……」

 

 私は知識欲が満たされたことによる多幸感に包まれながら、日記を鞄の中に仕舞い込む。

 そのまま少し物思いに耽り、そして気がついた。

 

「でも、これ今の状況に全く関係ないわね」

 

 セシリア……イザヨイモモヨは死んだ。

 どうして死んだのか、誰が殺したのかは謎だが、確かにベッドの上で死んでいた。

 もう過去の人物だ。

 もっとも、魔法使いということもあり、私の母親と知り合いだった可能性は高い。

 私の母親、セレネ・ブラックは知り合いの魔法使いであるイザヨイモモヨに私を預け、そして死んだ。

 年代的にもホグワーツで同級生だった可能性が高い。

 もしそうだとしたら、セシリアが魔法使いであると名乗り出なかったのにも説明がつく。

 私の母親は闇の魔法使いだった。

 セシリアが魔法使いであると私に話していたら、私を通じてセシリアが魔法使いであるとマクゴナガルやダンブルドアにバレる。

 そうなれば、芋蔓式に闇の魔法使いとの関係も知られてしまう。

 

「その辺の話がいざこざとなって、孤児院の皆を殺すことになったとか?」

 

 まあ、何にしても、今の状況を解決する手立てにはならない。

 満たされたのは私の知識欲だけで、パチュリーへの手がかりも、レミリアへの対抗手段も何も得られなかった。

 てっきり私は、レイラとレオがレミリアのしもべや、パチュリーからの遣いかと思ったのだが。

 

「イザヨイモモヨ……どんな人物だったのかしらね」

 

 私の中のセシリアのイメージは、優しげな大人の女性だ。

 そんな彼女に裏の顔があったことに多少なりとも驚いてはいるが、今の状況には何も関係ない。

 私は椅子から立ち上がると、キャビネットを潜ってセシリアの部屋へと戻る。

 そして赤く変色したベッドを一度見下ろし、彼女の部屋を後にした。




設定や用語解説

セシリア
 孤児院に住み込みで働いていた女性。誰にでも丁寧で優しく、そして少々心配性な面がある。

姿をくらますキャビネット
 対になったキャビネットと内部が繋がっており、どんなに離れていようが一瞬で対になったキャビネットが設置されている場所まで移動することができる。設置場所がホグワーツのような魔法で隠されている場所や、忠誠の術で隠されている場所であっても例外ではない。

製薬会社
 世界的に有名な製薬会社。現代社会に生きるなら誰しもが一回はその名前を耳にしたことがあるレベルで大企業。

イザヨイモモヨ
 ホグワーツの隠し部屋で見つけたレイセンの日記の中に出てくる謎の人物。日記の記述が本当なら月から追放されたそうだが……

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