P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

172 / 233
タダ読みと襲撃と私

 一九九七年、七月。

 足の傷はもうだいぶ良くなってきており、繋いだ痕もうっすらと残るだけだ。

 私は孤児院の自分の部屋に設置されている姿見で右足の様子を見ながら、机の上に置いた命の水を飲む。

 傷が良くなるまで半ば習慣的に飲んでいたが、最近なんだか命の水を生成した時の賢者の石の光り方が渋い。

 もしかしたら、賢者の石にも使用限度というか、魔力的な限界があるのかもしれない。

 

「まあ、無尽蔵に命の水を生成できるわけじゃないわよね。ノーレッジ先生の本では魔力の貯蔵庫にもなるって話だったけど……」

 

 まさか、溜め込んだ魔力を使って命の水を生成しているのか?

 もしそうだとしたら、外部から魔力を入手しなければ命の水を生成し続けることが出来ないことになる。

 やはり永遠の命を得るにはそれなりの代償が必要だということか。

 

「自分の魔力を使って不老不死を得る……いや、多分それは無理ね」

 

 基本的に魔法というものは、入力より出力の方が大きくなることはない。

 もし自らの魔力のみで命の水を生成し続けることができてしまったら、なんの供給も無しに不老不死が得られてしまう。

 命の水を生成するために必要な魔力量は、きっとかなり膨大なはずだ。

 

「他人から魔力を吸い取るわけにもいかないし、常飲は諦めて非常時の治療用として魔力を蓄えておきますか」

 

 私は机の上に置いていた賢者の石を左手で握り込むと、魔力を注ぎ入れる。

 なるほど、魔力を注いでみて分かったが、賢者の石は底なし沼だ。

 この小さな石の中に、かなり莫大な量の魔力を貯蔵できそうだ。

 私はほどほどに魔力の供給を止めると、賢者の石を懐中時計の内部に空間を弄って隠し込む。

 そして裏蓋をぱちりと閉じ、ポケットの中に入れた。

 

「さて。新聞の調達にでもいきますか」

 

 私は傷の確認のために脱いでいたズボンを穿き直すと、時間を停止させる。

 そして漏れ鍋のカウンター前に姿現しした。

 漏れ鍋は宿屋としても経営しているため、朝は宿泊客向けに朝食や紅茶の提供を行っている。

 私はカウンターの奥で紅茶を注ぎながら固まっている店主のトムに軽く手を振ると、カウンターに置かれている日刊予言者新聞を手に取る。

 宿泊客用にトムが取っているものだ。

 

「さてさて……何かめぼしいニュースはあるかなっと」

 

 私はカウンターの椅子に座り、足を組んで新聞を広げる。

 紅茶でもあれば優雅な朝のひと時だが、タダ読みさせてもらっている身なのでめぼしい記事だけ読んだらさっといなくなろう。

 まあ、時間が止まっているのでどれだけ長居しても一秒も経過してないのだが。

 

「……て、なにこれ?」

 

 最近の日刊予言者新聞は私に関する記事もネタ切れだったのか、新体制になったホグワーツの話題やレミリア・スカーレットに関する記事が多かった。

 だが、今日の記事は久々に私の記事のようだ。

 

「サクヤ・ホワイト、アズカバンを襲撃。アズカバン内から囚人が集団脱獄……って、私じゃないわよ?」

 

 そこには、アズカバンが何者かに襲われ、中にいた囚人の殆どが脱獄してしまったという記事が掲載されていた。

 容疑者として名前が上がっているのは私だ。

 自らの勢力を拡大させるためにアズカバンを襲撃し、囚人を脱獄させた疑いがあるとして闇祓いが捜査を進めているのだという。

 しかも、逃げ遅れた囚人の証言では、実際に私の姿を見たというのだ。

 

「誰かが私に変装してアズカバンを襲った? でも、アズカバンを襲撃できる魔法使いなんて……」

 

 アズカバンの周囲には吸魂鬼が数えきれないほど飛んでいる。

 魔法省の役人が正式な手続きを踏んで立ち入るならまだしも、外部から無理矢理侵入しようとすれば吸魂鬼の餌食になるのがオチだ。

 そんなアズカバンを襲撃し、囚人を脱獄させることが出来る魔法使いなんて限られているはず。

 まあ、だからこそ私が犯人であると断定されているんだろうけど。

 

「いや、いやいやいや。これはまずいわね……」

 

 私の知らないところで私の罪状が増えた。

 今までは、ダンブルドアとクラウチを殺した罪で追われていたところが大きい。

 だが、そこにアズカバンを襲撃して囚人を脱獄させた罪が追加されてしまった。

 パチュリー・ノーレッジに仲介をお願いしてレミリアと和解し、身の安全を確保することが目標ではあったが、このままではそれも厳しいかもしれない。

 

「これ、真犯人を私が捕らえないといけないパターン? だとしたら相当面倒ね」

 

 アズカバンを襲撃した何者かは、かなり高い魔法の技術を保持しているはずだ。

 もしその正体が死喰い人であるのなら、考えられる魔法使いは……

 

「確かレストレンジ兄弟は捕まっていなかったわね。ベラトリックスおばさんを助けるためにアズカバンを襲撃したとか?」

 

 実力のある死喰い人で捕まっていないのはレストレンジ兄弟とルックウッド、ヤックスリーあたりだろうか。

 あとルシウス・マルフォイも捕まっていないが、彼はヴォルデモート死亡後もうまく立ち回り罪には問われていなかったはずだ。

 

「なんにしても、脱獄した死喰い人に話を聞きに行った方がいいわね」

 

 脱獄した死喰い人はどこに潜伏しているだろうか。

 私が知っている死喰い人のアジトはリトルハングルトンにあるリドルの館ぐらいだ。

 だが、スネイプが完全にダンブルドア側の人間だとはっきりした今、スネイプも所在地を知っているアジトを使用しているとは思えない。

 どうしたら脱獄した死喰い人に接触できる?

 

「いや、無理に行方の分からない人間を探す必要はないか」

 

 私は新聞を折りたたむと元あった場所に戻す。

 そして大きく深呼吸し、その場で姿くらましをした。

 

 

 

 

 

「っとと、あんまり自信なかったけど……」

 

 姿現しによって石造りの床に着地した私は、目的の場所に無事移動できたことを確認し安堵の息をつく。

 一度訪れたことがある場所ではあるが、正確な位置を把握しているわけではないので少し心配だったのだ。

 私はガラスではなく鉄格子が嵌められている窓へと近づくと、外の様子を窺う。

 鉄格子の外は荒れた海になっており、その周辺には吸魂鬼が空中に浮かんでいた。

 そう、私が姿現ししたのは北海の孤島に位置している魔法界の監獄、アズカバンだ。

 私は鉄格子から離れ、石造りの建物内を歩き始める。

 そして囚人が収監されている区域まで足を踏み入れ、その中の様子を観察した。

 

「集団脱獄があったというのは本当の話のようね」

 

 通路の左右に設置されている牢には空室が目立つ。

 だが、逃げ損ねた囚人もいるようだ。

 私は牢屋の前を歩きながら比較的健康そうな囚人を探す。

 殆どの囚人が床の上で蹲るように丸まっているが、中には壁を背もたれにして座り込み、顔を上げている囚人もいる。

 私はそのうちの一人に目星をつけると、その囚人の時間停止を解除した。

 

「意識ある? ちょっと話が聞きたいんだけど」

 

 私は鉄格子越しに囚人へと声を掛ける。

 囚人はいきなり現れた私をぼんやりと見つめると、表情を歪めてこちらに駆け寄ってきた。

 

「よ、よかった……置いていかれたかと思った……」

 

 囚人はヘラヘラと笑いながら鉄格子に縋りつく。

 

「置いて行かれた?」

 

「何言ってんだ。昨日も来たじゃねぇか」

 

 囚人は一瞬キョトンとしたが、途端に焦り始める。

 

「そ、そんなことはいいんだ。助けに来てくれたんだろ? 出してくれよ……」

 

「まあ、それに関しては構わないんだけど……多分昨日の襲撃犯と私は別人よ?」

 

「……は? 別人?」

 

「うん、別人。というか昨日ここに来た襲撃犯ってそんなに私に似てたの?」

 

 囚人は目をぱちくりさせて私の顔を見る。

 そして冗談キツイぜと言わんばかりに笑顔になった。

 

「似てたってか……本当に本人じゃねぇのか? 確かに服装は違ってたが……」

 

「どんな服を着ていたの?」

 

「真っ白なローブだ。だが、髪の色も目の色も顔つきもあんたと瓜二つだったぞ?」

 

「真っ白なローブねぇ」

 

 勿論私は真っ白なローブなんて持っていない。

 

「それで、昨日来た私そっくりの白ローブさんはどうやって囚人を逃がしたの? 簡単に囚人を逃がせるほどアズカバンは甘い監獄ではないでしょう?」

 

「そんなこと俺が知るわけないだろ。だが、随分余裕そうな表情だった。アフタヌーンの紅茶でも楽しむかのように鉄格子の外を闊歩していたな」

 

「単独犯なのね?」

 

「あ? ……ああ、そいつ一人だった」

 

 単独でアズカバンを襲撃出来る死喰い人は存在しない。

 そんなことが出来るとしたら私のお父さんぐらいだ。

 

「なぁ、出してくれよ。あんた、サクヤ・ホワイトだろ? 例のあの人の娘だって話じゃねぇか」

 

「それが公表されたの割と最近だと思うんだけど、よく知ってるわね」

 

「鉄格子越しに囚人同士で会話することは出来るからな。アズカバン内の唯一の娯楽が出所不明の噂話ってわけだ」

 

「なるほどねぇ」

 

 私は杖を取り出し、鉄格子へ向ける。

 

「オブリビエイト」

 

 そして中にいる囚人に向けて記憶消去の呪文を掛けた。

 その瞬間、囚人の時間を停止させる。

 

「ごめんなさいね。私がここに来た証拠を残してはいけないの」

 

 私はアズカバンを襲撃した犯人の正体を探るべくここへきたのだ。

 囚人を脱獄させるためではない。

 私は孤児院の自分の部屋へと姿現しする。

 そして時間停止を解除し、綺麗に清掃したベッドの上に寝ころんだ。

 

「白いローブの偽物……一体何者?」

 

 私はパチュリーほど徹底して自分の痕跡を消してはいない。

 私の髪の毛を採取しようと思えば、比較的容易に入手することができるだろう。

 

「いや、逃亡中の死喰い人には難しいか」

 

 部屋が同じのハーマイオニーならまだしも、逃亡中の死喰い人がホグワーツの私のベッドから髪の毛を入手できるとは思えない。

 カーディフのホテルなら可能性はあるが、そうだとしても私の動向を追跡できているということになる。

 

「私の髪の毛を入手出来て、しかもアズカバンを余裕で闊歩出来る魔法使い……」

 

 パチュリーなら可能性があるか?

 いや、彼女がそれを行う理由がない。

 

「もしかして、魔法省側の工作とか?」

 

 もしこの件が魔法省の自作自演だとしたら、ある程度の説明はつく。

 吸魂鬼を遠ざけることも出来るだろうし、囚人を逃がすと見せかけて違う場所に移送しただけかもしれない。

 

「魔法省が私の罪を意図的に増やそうとしている?」

 

 だが支持率が著しく下がりそうなことを魔法省がするだろうか。

 アズカバンからの集団脱獄となれば、多くの民衆の不安を煽る結果になる。

 

「そこまでして私を悪者にしたかったということかしら」

 

 魔法省に押しかけて魔法省がどう動いているか確認したほうがいいだろうか。

 いや、ダンブルドアの式場のような罠が張られている可能性もある。

 流石に魔法省に狙撃手が配置されていることはないだろうが、ドアノブなどに触った瞬間レミリアがすっ飛んでくるようなことは考えられる。

 もう少し魔法省の動向を窺ったほうがいいだろう。

 私はベッドから起き上がると、自分の部屋を出て孤児院のダイニングへと向かう。

 そして鞄の中からホグワーツの厨房で調達した料理をテーブルに並べると、一人黙々と食べ始めた。

 

 

 

 

 ロンドンにある不死鳥の騎士団の本部。

 会議室の机の上に並べられた書類や写真を覗き込みながら、レミリアは深くため息をついた。

 

「死喰い人は殆ど脱獄しているわね……誰が捕まっていたんだっけ?」

 

「ベラトリックス・レストレンジ、アントニン・ドロホフなどホグワーツ内に侵入した死喰い人は全員収監されてましたね」

 

 レミリアの問いに、資料の整理と担当していたルーピンが答える。

 

「サクヤ・ホワイトはヴォルデモートを殺している。その部下である死喰い人には接触しないものだと思ってたけど……」

 

「仲間になることを条件に脱獄させたとか?」

 

 部屋の隅で椅子を傾けて暇そうにしていた美鈴が言う。

 だが、レミリアはすぐにその考えを否定した。

 

「残された囚人に話を聞きに行ったけど、そのような交渉は行われていなかったそうよ。アズカバンに現れたサクヤはアズカバンに掛けられた魔法を手当たり次第に破壊した後に、吸魂鬼を蹴散らしながらアズカバン内を練り歩き、姿を消した。直接囚人とは接触していないそうよ」

 

「え? それじゃあ囚人たちはどうやって逃げたんです?」

 

 美鈴は当然の疑問を口にする。

 レミリアはそんな美鈴に対し肩を竦めながら答えた。

 

「言ったでしょ。アズカバンに掛けられた魔法を手当たり次第に破壊したって。姿現しを妨害する魔法も破壊されたのよ」

 

「それじゃあ、逃げ出した囚人っていうのは……」

 

「そう。みんな姿くらましで逃げたのよ。魔法省は魔法の痕跡を辿って姿現し先の特定を急いでいるけど、今のところ姿現わしに失敗してバラけてしまったアホしか捕まえられてないみたい」

 

「その中に死喰い人は?」

 

 美鈴の問いに、ルーピンが資料を漁る。

 そして首を横に振った。

 

「主要なメンバーはいない。死喰い人のなりそこないのような小悪党はいるけどね」

 

 ルーピンはやれやれと言わんばかりに微笑むと、ぐったりと椅子の背もたれにもたれ掛かる。

 小悪魔は脱獄した囚人のリストを魔法で複製すると、折りたたんでポケットの中に入れた。

 

「でも、なんでサクヤちゃんはアズカバンの中にいる囚人を助けたのかな? 仲間が欲しくなったとか?」

 

 レミリアの頭越しに資料を覗き込んでいた美鈴が首を捻る。

 確かに、サクヤ・ホワイトがアズカバンを襲撃する明確な動機は存在しない。

 

「もしくは、闇祓いの人手を囚人の捜索に割かせるためだろう。凶悪犯が複数逃げたとなったら魔法省としても追わざるを得ない。どうしてもサクヤ・ホワイト捜索の人数を減らすことになる」

 

 ルーピンの考察に、レミリアも同意するように頷く。

 

「騎士団としてはどうするの? サクヤ・ホワイトに集中する?」

 

「セブルスは魔法省の動き方次第だと言っていましたけど……どうでしょうね。まあ、私としてはサクヤ・ホワイトに集中したいところですがね」

 

「まあ、そうよねぇ。ホグワーツの授業が始まるとスネイプやマクゴナガルは学校に集中せざるを得ないし。貴方は年中暇そうでいいわね」

 

「例のあの人が死んで、ようやく就職できるかと思ったらこれですよ」

 

「かたがついたら私が就職先を斡旋してあげるわよ」

 

 レミリアはルーピンの顔を覗き込むようにして微笑む。

 

「実はね、入省しようと思ってるのよ」

 

「魔法省に? 貴方がですか?」

 

 レミリアの発言に、ルーピンは目を丸くする。

 

「そんなに意外?」

 

「そのようなことには興味はないと思っていましたので」

 

 レミリアはフフンと不敵な態度で鼻を鳴らす。

 

「私が政権を取った暁には純粋な魔法族以外の地位向上を推進していくつもりよ。今よりも人狼への風当たりは弱くなると思う。いや、弱くするわ」

 

「それはそれは……期待して待っていることにしましょう」

 

 ルーピンはレミリアに対して微笑み返すと、資料の整理を再開した。




設定や用語解説

姿くらましと姿現し
 姿くらまし、姿現しは杖が無くても使える魔法の一つ。アズカバンには姿くらましを防止する魔法が掛けられていたが、何者かによって破られてしまった。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。