P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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ネズミと白色と私

 アズカバンにいた囚人たちが野に放たれて一週間ほどが経過した。

 新聞を読む限りでは、空き巣犯などのどうでもいいような犯罪者は捕まっているが、幹部クラスの死喰い人は一人も捕まっていないらしい。

 日刊予言者新聞新聞は私の記事も書き飽きていたのか、最近はアズカバンの集団脱獄に託けての政府批判の記事が多くなっていた。

 とくに魔法省大臣や魔法法執行部長を叩く記事が多い。

 

「日刊予言者新聞は魔法省とベッタリだと思っていたけど、案外そうでもないのかしら」

 

 私は漏れ鍋のカウンター席に座りながら新聞を捲る。

 今のところまだ逃げ出した死喰い人が何か大きな罪を犯したという記事は載っていない。

 いや、正しくは「死喰い人が犯人であると断定できる事件がない」だ。

 今日の新聞を読む限りでは、一週間前と比べて明らかに事件が増えている。

 この一週間だけで行方不明者が何十人も出ているのだ。

 きっと逃げ出した死喰い人が杖を入手するために魔法使いを襲っているのだろう。

 杖さえ入手してしまえば、死体の隠蔽などいくらでも出来てしまう。

 

「今までは私のお父さんを旗頭にして団結していた集団ではあるけど、それを失った今どう動くか全く予想が出来ないわね。今はプラスに働いているけど、今後もそうとは限らないし……」

 

 体制を立て直したらこちらに牙を剥いてくる可能性だって大いにあり得る。

 だとしたら、何かされるよりも先に殺してしまった方がいいだろうか。

 

「何か、いい方法は無いかしら。私に対する誤解をいっぺんに解くようないい方法が……」

 

 ダンブルドアを殺したことは事実だが、世間一般で囁かれていることは事実では無いことが多い。

 このままでは、私はグリンデルバルドやお父さんと同じ扱いになってしまう。

 

「ハーマイオニーに全てを伝えられなかったのが悔やまれるわぁ」

 

 今からでもフクロウで手紙を送るという手はあるだろう。

 ダイアゴン横丁やホグズミードには郵便局がある。

 そこのフクロウを使えば、手紙を送ることは可能だ。

 だが、ハーマイオニーに真実を知らせたところで、状況が良くなるというわけでもない。

 この状況をひっくり返すには発言力のある人物からこの話をしてもらわなけば意味がないのだ。

 

「日刊予言者新聞に記事を寄稿するとか? 私の独占インタビュー……いや、日刊予言者新聞はそんな博打は打たないか」

 

 私は新聞を折り畳み、元あった位置へと戻す。

 そして孤児院へと戻ろうと椅子から立ち上がったその瞬間、私はカウンターの陰に見覚えのあるネズミを見つけた。

 

「スキャバーズ?」

 

 私はしゃがみ込み、カウンターの下を覗き込む。

 そこには、ロンのペットのネズミのスキャバーズ……いや、死喰い人のピーター・ペティグリューの姿があった。

 よく見ると片方の前足の指が一本欠けている。

 

「逮捕されてないことは知っていたけど……まさかこんなところにいたなんて」

 

 死喰い人が集団脱獄したと聞きつけ、情報を集めるために漏れ鍋に潜伏しているのだろうか。

 もしくは、ただ生きるために漏れ鍋の残飯を漁っているだけかもしれないが。

 私は魔法でペティグリューを浮かせると、鞄の中に放り込む。

 そして孤児院の私の部屋へと姿現しすると、ペティグリューを床の上に置いた。

 私は、時間停止を解除すると同時にペティグリューに変身解除の呪文をかける。

 変身解除の呪文が直撃したペティグリューはみるみるうちに大きくなると、人間の姿へと変身した。

 

「ひ、ひぃ! 一体何が──」

 

「久しぶりね」

 

 私は目の前で縮こまるペティグリューに対しニコリと微笑む。

 ペティグリューは私の姿を見ると、どこか安心したようにほっと息をついた。

 

「な、なんだサクヤかぁ……へへ、脅かすなよ。闇祓いに捕まったのかと思った」

 

「むしろまだ捕まっていないことに素直に感心するわ」

 

 私はペティグリューに勉強机の椅子に座るように促す。

 ペティグリューは少し警戒しながらも、私の指示通りに椅子に腰掛けた。

 

「き、君が闇の帝王を滅ぼしてしまったから、こっちはてんてこ舞いだよ。魔法省には僕が生きていることはもうバレているみたいだし……闇祓いの捜索リストの中にも僕の名前が入ってた」

 

「闇祓いの捜索リストって……まさか魔法省に忍び込んだの?」

 

 私が少し驚いた様子で尋ねると、ペティグリューは得意げに耳をぴくりとさせる。

 

「魔法界にネズミはどこにでもいるからね」

 

「意外と大胆なことするわね」

 

 私はベッドに腰掛けると、鞄の中からティーセットを取り出し、紅茶の準備を始める。

 ペティグリューは少し落ち着いてきたのか、その様子を目で追いながら私に尋ねた。

 

「大体予想はついてるけど……なんでダンブルドアを殺したんだい?」

 

 大体予想はついている……か。

 ペティグリューはヴォルデモート卿の復活に立ち会っている。

 つまり、私とヴォルデモートが親子を演じるというくだりも聞いているのだ。

 

「それは……ダンブルドアが私を騙したからよ」

 

「君を騙し、実の父を殺させた……ということだよね」

 

 ペティグリューの確認のような問いに、私は静かに頷く。

 

「それじゃあ君は本当に、闇の帝王が実の父親であると知らなかったんだ」

 

「あの場でのやり取りがブラフだったと、そう言いたいの?」

 

「いやいや! 滅相もない!」

 

 ペティグリューは両手をブンブンと振って否定する。

 

「ただ、半信半疑だったんだ。君と闇の帝王の真意がわからなかったからさ」

 

 私はしばらく黙って紅茶の準備を進め、淹れた紅茶をティーカップに注ぐ。

 そしてそのうちの一つをペティグリューに差し出した。

 

「あ、ありがとう。紅茶なんて久しぶりだ」

 

「お父さんが死んでから、ずっとネズミのまま生活を?」

 

「ん、そうだね。漏れ鍋を拠点にしてロンドンをウロウロしてた」

 

 私はティーカップに口をつけると、火傷しないようにゆっくり傾ける。

 

「それじゃあ、死喰い人の残党や脱獄した死喰い人とはコンタクトを取ってないのね?」

 

「闇の帝王を中心に集まっていた組織だ。頭が無くなったらもう機能しない。みんな散り散りに逃げたよ」

 

 あの時と同じだ、とペティグリューは感慨深そうに言う。

 

「それに、アズカバンを襲撃して囚人を逃したのは君じゃあないか。てっきり君と行動を共にしているのだと思っていたんだけど……」

 

「私じゃないわ。……でも、アズカバンに現れた何者かは私に変装していたみたいだけど」

 

「そうなの?」

 

 報道では私が犯人にされている。

 アズカバンで囚人に確認を取った限りでも、犯人は私に限りなく近い容姿をしていたらしい。

 

「アズカバンに侵入して逃げ損ねた囚人に話を聞いたけど、髪の色も目の色も、顔つきだって同じだったって。きっとポリジュース薬ね。それに、私の名前を誇張するかのように真っ白なローブを着ていたらしいわ」

 

「真っ白な、ローブ……だって?」

 

 ペティグリューは目を見開くと、静かにティーカップを机の上に置く。

 そして改まった様子で私に向き直った。

 

「その人物、心当たりがある」

 

「なんですって?」

 

「第一次魔法戦争の時に闇の帝王に近い位置にいたものは誰だってその人物を知ってるよ」

 

「何者なの?」

 

 ペティグリューはキョロキョロを周囲を見回すと、声を小さくして言った。

 

「ホワイトだ」

 

「ホワイトは私──」

 

「そう、君の親族だ」

 

「……は? 親族?」

 

 私は思わずペティグリューに聞き返す。

 ペティグリューは音が聞こえるほど大きく唾を飲み込むと、もう一度周囲を見まわし、言った。

 

「ホワイトは、セレネ・ブラックの実の母親の名前だよ」

 

「セレネ・ブラックの実の母親? でも、確かセレネ・ブラックはオリオン・ブラックとヴァルブルガ・ブラックとの間に生まれた魔法使いだって──」

 

「ホワイトはオリオン・ブラックの浮気相手だ。ホワイトは自分に出来た赤子をヴァルブルガのお腹に移動させ、代わりに産ませたんだ」

 

 セレネ・ブラックのお母さんと言うことは、私のおばあちゃん?

 そもそも、オリオン・ブラックの浮気相手?

 

「それじゃあ、私のホワイト姓って……」

 

「僕はてっきりホワイトの名前を受け継いでいるんだと思ってたけど……というか、古くからいる死喰い人はみんな思ってたと思うよ。ブラックの方じゃなく、ホワイトの方を継いだんだって」

 

 思考が混乱する。

 あまりの情報に、一気に現実感が失われる。

 それじゃあ、私の祖母は生きているということなのか?

 

「か、確証はあるの?」

 

「この話がどこまで本当かはわからないけど……ほら、僕も新参だからさ。でも、ホワイトのやつが生きているのは確かだ。僕と闇の帝王は実際にアルバニアの森でホワイトに会ってる。君がセレネと闇の帝王の血を引いている子供だと聞いたのもその時だ」

 

「いつ頃の話?」

 

「僕が闇の帝王と再会してすぐだから……一九九四年の夏じゃないかなぁ。容姿だけで見れば、今の君と瓜二つだよ。まあ、年齢的には君がホワイトの容姿に追いついたっていうのが正しいけど」

 

 ペティグリューを逃がしてすぐということは、三年生の終わりから四年生になるまでの間か。

 

「聞いたのもその時って……どういうこと?」

 

「そのままの意味だよ。闇の帝王は君が実の娘であると知らなかった。ふらりと現れたホワイトが、別れ際にそのことを伝えて去っていったんだ」

 

 それを聞いて、私はあることを思い出す。

 一年生の終わり、私が初めてお父さんと会った時。

 あの時お父さんは私のことを自分の実の娘であると説明しなかった。

 何故説明しなかったのか疑問だったが、これでわかった。

 あの時、お父さんは私が自分の娘であると知らなかったんだ。

 

「私のお婆ちゃんが生きている?」

 

「あ、会いに行くとか言わないでくれよ? 絶対やめた方がいい」

 

「どうして?」

 

 家族が一ヶ所に集まるのは自然なことだ。

 親族が生きているなら、一緒にいた方がいいに決まってる。

 

「赤子だった君を放置して逃げるようなやつだ。それに、あいつは……ホワイトはヤバい。闇の帝王も、なんとかしてホワイトを殺そうと動いていた」

 

「お父さんがお婆ちゃんを殺そうと?」

 

「……そのお父さんお婆ちゃんっていうのやめてくれないか? それが闇の帝王とホワイトのことを指していると思うと気が変になりそうだ」

 

「事実だもん」

 

 私はティーカップを傾ける。

 ペティグリューは小さく肩を竦めると、私に釣られてカップを手にした。

 

「ホワイトは危険だ。倫理観のカケラもない。死喰い人への帰属意識も、闇の帝王に対する忠誠心も何も持ち合わせちゃいない。ホワイトにあるのは研究心だけだ。きっと闇の帝王にも、利害が一致していたから協力していたに過ぎないに違いない」

 

「それがお父……ヴォルデモートがホワイトを殺そうとしていたことに関係してくると?」

 

「まあ、そうだね。闇の帝王は君を守るためにホワイトを殺そうとしていた。それは確かだと思う」

 

「私を守るため?」

 

 私の問いにペティグリューは頷く。

 

「そうさ。闇の帝王は言っていた。ホワイトは君を殺すつもりだって。その前にホワイトのやつを見つけ出して殺さないといけないって」

 

 ……わからない。

 何故、私は祖母に命を狙われているんだ?

 そんな祖母が、何故アズカバンから囚人を──

 

「まさか──」

 

「多分考えている通りだよ。ホワイトはきっと君に恨みを持っている死喰い人を集めて、君を殺そうとしているに違いない。多くの死喰い人からしたら、君は闇の帝王を殺した裏切り者だ」

 

「──ッ、割と最悪だわ」

 

 もしペティグリューの話が全て真実なら、状況はかなりまずい。

 アズカバン襲撃という余計な罪を着せられた上に、私の命を狙う凶悪犯が大量に野に放たれたのだ。

 しかも、アズカバンを単独で襲撃できるような魔法使いが、そのトップにいる。

 

「その、ホワイトっていう人物は魔法の腕はどうなの?」

 

「高いと思うけど……でも、正直わからないな」

 

「わからない?」

 

「戦っているところを見たことがないから……僕が死喰い人になってすぐホワイトは姿をくらませたんだ」

 

「姿をくらませた、ねぇ……」

 

「うん。闇の帝王がハリー・ポッターに敗れてすぐだよ。まあ、その時行方不明になった死喰い人は何人もいるからその時はそこまで話題にはならなかったけど」

 

 ホワイトか。

 そのような死喰い人がいたという話は聞いたことがない。

 そのことをペティグリューに質問すると、ペティグリューはそれは当たり前だと言わんばかりに笑った。

 

「魔法省や不死鳥の騎士団のメンバーはホワイトの存在を知らないんじゃないかな? スネイプのやつがダンブルドアあたりに話しているかも知れないけど」

 

 イギリスでホワイトという苗字はそこまで珍しいものではない。

 そのホワイトという祖母に私がどこまで似ているかはわからないが、名前だけを聞いたところで同姓の別人だと思うのが普通だ。

 

「……なんというか、私の親族には驚かされてばかりだわ」

 

「僕も別に詳しいわけじゃないけど……色々お察しするよ」

 

 ペティグリューは曖昧に笑うと、ティーカップに残った紅茶を飲み干した。




設定や用語解説

ホワイト
 第一次魔法戦争の時に死喰い人陣営で主に癒術を担当していた魔法使い。ヴァルブルガ・ブラックに自分の子供を托卵したんじゃないかという噂が死喰い人内で流れていた。

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