P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
孤児院育ちの私に家族なんていないと思っていた。
生きているか死んでいるかもわからない。
探そうと考えたこともなかった。
私にとっては両親がいないことは当たり前のことで、それに対して悲しみも寂しさも感じたことはない。
だが、それももしかしたら作られた記憶なのかもしれない。
私は孤児院の子供達としか関わりがないと思っていたが、実際には普通の子供と同じように公立の学校に通っていた。
当たり前に家族がいる子供達と一緒に授業を受けていたのだ。
もしかしたら、今感じている家族へのこだわりはその頃培われたものなのかもしれない。
「セレネ・ブラックが母親で、ヴォルデモート卿が父親。シリウス・ブラックが叔父さんでホワイトという祖母はまだ生きている……」
そして、両親と叔父に関してはこの手で殺している。
「ホワイト……私の祖母はどんな人間だったの?」
私はお茶請けに出したクッキーに齧り付いているペティグリューに聞く。
ペティグリューは一瞬ビクリとすると、両手で持っていたクッキーを口から離した。
「そんなに関わりがなかったからあんまり詳しくはないんだけど……ホワイトは死喰い人の治療を担当してた。死にかけで運び込まれた死喰い人が一時間後には無傷で戦闘に参加しているのを何度も見たよ」
「死喰い人の癒者だったってこと?」
「うん、そうみたい。それ以外にも何かやってるみたいだったけど……」
ペティグリューが死喰い人に加入したのはお父さんがハリーに敗れる一ヶ月ほど前のことらしい。
つまり、ホワイトとの関わりも一ヶ月ほどしかないということだ。
「お父さんからは何も聞いてないの? 少なくとも長い間一緒にいたはずでしょう?」
「おおお、恐ろしくて世間話なんてできないよぅ!」
「役立たず」
私は小さくため息をつくと、皿の上のクッキーを一つ口の中に放り込む。
「性格は?」
「うーん……わかんない。でも、闇の帝王に対してもタメ口で、妙に馴れ馴れしい感じだった、かな?」
「まあ、ホワイトが本当にセレネ・ブラックの母親なら、ヴォルデモート卿は義理の息子ということになるもんね。というか、そのホワイトがセレネ・ブラックの母親という話、本当なの?」
「あくまでそういう噂を聞いただけだから確証があるわけじゃないよ。でも、ほぼ間違いないと思うけど……ホワイトとセレネは瓜二つだ。逆にセレネとヴァルブルガは全然似てない。ホワイトとセレネに血の繋がりがないなんて考えられないね」
私は鞄の中から母親の写真を取り出す。
ブラック家の金庫で見つけたこの写真に写る女性は、私と瓜二つだ。
そして、アズカバンに現れた襲撃者も私そっくりだという。
「まあ、ホワイトとセレネ・ブラック、そして私の三人が血縁者と考える方が自然よねぇ」
「正直、同一人物だって言われても違和感ないよ」
まあ、流石にそれはないが。
私はティーカップの汚れを魔法で綺麗にすると、鞄の中に仕舞い込む。
そしてベッドから立ち上がり、改めてペティグリューの前に立った。
「で、貴方はこれからどうするの? 脱走した死喰い人と合流する?」
「ホワイトの仲間になろうとは思わないよ。逃がしてくれるならまた漏れ鍋で残飯でも漁りながら生きていくさ。あそこなら退屈はしないしね」
ペティグリューはヘラヘラと笑うと、少し真面目な表情になる。
「サクヤ……君はどうするんだい? 魔法省からも、死喰い人からも命を狙われてる。この先も一人で生きていくつもりなの?」
私はペティグリューの問いに対して肩を竦める。
「一人がいいとは思ってないけど、今の状況じゃ邪魔になるだけよ。まあ、私を心の底から崇拝して、私のためなら命を投げ出せるって人間がいるなら話は別だけど」
「そういうところはあの人そっくりだ」
「あの人って?」
「闇の帝王だよ」
ペティグリューはそう言い残すとネズミへと変身する。
私はペティグリューの時間を止め、鞄の中に放り込んだ。
「……私におばあちゃんか」
私は時間を停止させ、漏れ鍋へと姿現しする。
そして、カウンターの下にペティグリューを移動させると、再度孤児院へと姿現しした。
「私のおばあちゃん」
アズカバンにいた囚人は、私と瓜二つの存在を見たという。
ペティグリューの話からしても、ホワイトという私の祖母が生きているという話は本当のようだ。
「私のおばあちゃん!」
まさかおばあちゃんが生きているなんて。
まさか私におばあちゃんがいるなんて。
「どこに行ったら会えるかな? いや、おばあちゃんも私を見つけ出そうとしているみたいだし」
会いに行きたい。
会って話がしたい。
おばあちゃんが私の命を狙っているとお父さんは予想をしていたみたいだが、それもお父さんの勘違いかも知れない。
もしかしたら、一緒に暮らすこともできるかも。
「うふふ、それって素敵だわ」
私はポケットから懐中時計を取り出すと、今の時刻を確認する。
現在時刻は午前の八時半。まだ一日は始まったばかりだ。
私は姿見の前で身なりを整えると、時間停止を解除して孤児院の外へ出た。
「もう夏って感じね」
外は雲一つなく晴れており、ギラギラとした太陽が孤児院前のアスファルトを照り付けている。
私は魔法で日焼け対策を施すと、漏れ鍋を目指してのんびり歩き始めた。
もっとも、漏れ鍋には先程行ったばかりだ。
姿現しを行えば一瞬で移動することは出来る。
だが、今は私の姿を晒すことが重要だ。
私は姿を隠すことなくロンドンの大通りを進んでいく。
道ゆく人の半分ほどが私に視線を向けるが、ぼんやりと無意識下に残っているだけなのか、軽く首を傾げる程度だった。
まあ、指名手配犯の顔をはっきり覚えている人間なんて捜査を行っている警察ぐらいだろう。
私はロンドンの大通りから狭い路地へと入り、漏れ鍋のある通りへと出る。
そして漏れ鍋の前で一度立ち止まると、おもむろに扉を開けた。
「いらっしゃいま……」
店主のトムはグラスを磨きながら顔を上げる。
そして私の顔を見て、そのまま言葉を失った。
「お久しぶりです、トムさん。裏借りますね」
「あ、ああ。うん……」
ポカンとした表情で私を見ているトムの横を通り過ぎ、そのままパブの中庭へと進んだ。
中庭へと進んだ私は、中庭にあるレンガの壁を杖で叩き、レンガの壁を変化させる。
そして、多くの魔法使いが闊歩するダイアゴン横丁へと足を踏み入れた。
ダイアゴン横丁にはダンブルドアを殺した後もよく来ている。
だが、このように時間を止めずに大通りを歩いたのは私に変装したハーマイオニーと会った日以来だろうか。
なんなら、変装すらせず自分の姿のまま人前に姿を現したのは一ヶ月ほどぶりかもしれない。
私は、それこそ口笛でも吹かんばかりの足取りで大通りを闊歩する。
その時だった。
「さ、サクヤ・ホワイトだ!!」
競技用の箒の用具店で買い物をしていた魔法使いが私を指差し悲鳴に近い叫び声を上げる。
それを合図にしたかのように、通りにいた人々はパニックに陥りながら一斉にどこかへ逃げ出した。
「なによ、人を化け物か何かみたいに」
まあ、私が逆の立場ならトラブルに巻き込まれる前に逃げるが。
私は一瞬で人通りのなくなったダイアゴン横丁を少し歩き、カフェのテラス席へと腰掛ける。
カフェのカウンターを見るが、そこには既に店員の姿はなかった。
逃げ足の早いことだ。
私は鞄の中から紅茶の入ったティーカップを取り出すと、机の上に置く。
先程ペティグリューと共に一杯飲んだばかりだが、カフェのテラスにいるのに何も飲み物がないというのはあまりにも締まらない。
私は椅子に深く腰掛けながら意識を集中する。
しばらくそのまま待っていると、私の周囲にポツポツと魔力の塊が出現した。
闇祓いたちのお出ましだ。
闇祓い局の事務室に、魔法省の守衛が駆け込みながら叫んだ言葉に、事務所内にいた闇祓いたちは耳を疑った。
なんでも、あのサクヤ・ホワイトがダイアゴン横丁に現れたという通報が後を絶たないらしい。
通報が一件だけなら悪戯の可能性もあるが、通報が複数件、それもサクヤ・ホワイトによるアズカバン襲撃事件があったばかりということもあり、信憑性はかなり高い。
「すぐに現場に向かえる者は?」
「俺とトンクス、あとウィリアムソンならすぐにでも急行出来ます」
闇祓い局長であるロバーズの問いにドーリッシュが答える。
ロバーズは腕を組むと、静かに唸った。
「できればシャックルボルトを付けたいが……兎にも角にも、まずは偵察だ。その場に留まっているとは思えないが」
「接触する必要は?」
「無い。無いが……状況次第だ。安全だと判断したら接触し、可能ならば拘束するんだ」
まあ、そこまでは期待しないがな、とロバーズは付け足す。
「大臣への報告は──」
「それは後だ。通報が本当だと確証を得てからでも遅くは無い。だが……」
ロバーズはそこで一度言葉を切ると、少し溜めて言った。
「レミリア・スカーレットには連絡を入れる。現状、サクヤ・ホワイトと正面から戦えるのは彼女だけだ」
「局長、私は──」
「わかってる」
トンクスの言葉をロバーズは遮る。
「魔法省として、一個人の吸血鬼に頼りきりなのがまずいことなのは重々承知だ。レミリア・スカーレットに関しては魔法界での権力を高めようとしている動きも見られる。正直、私としてもあまり頼りたくはないんだ」
「だったら──」
「だが、彼女でなければサクヤ・ホワイトに対抗できないことは君もよくわかっているだろう? 時間を止めることができる相手にどう立ち向かう? 殺されるだけならまだしも、死体すら残らない可能性だってあるんだぞ?」
ロバーズは椅子に腰掛け、指を組む。
「バケモノの相手はバケモノにさせておけばいい。ただでさえ人手が足りてないんだ。私はこれ以上部下を失いたくはない」
トンクスはロバーズの言葉にぐっと拳を握りしめ、ツカツカとドーリッシュの元へと歩く。
「行きましょう」
「あ、ああ」
そして姿くらまし用に用意された部屋へと入ると、ダイアゴン横丁へ向けて姿くらましした。
ダイアゴン横丁へ姿現しした三人は互いに目くらまし呪文を掛け合うと、目撃情報が多数あったカフェの近くへと移動する。
そしてゆっくり物陰から頭を出すと、カフェのテラスへ視線を向けた。
「いたぞ」
そこには、手持ち無沙汰な様子で何かを待っているサクヤ・ホワイトの姿があった。
テーブルの上にはティーカップが一つ置かれている。
「本物か?」
「わからない。でも、ポリジュース薬でも使わない限りあのレベルの変装はできないでしょうね」
トンクスは記憶の中の容姿と、視線の先にいるサクヤの容姿が一致することを確認する。
実際に接触しなければ本物かどうかの判断はつかないだろう。
「私が行くわ」
トンクスは物陰から頭を引っ込めると、ドーリッシュとウィリアムソンの二人に告げる。
それに対しドーリッシュは頷いたが、ウィリアムソンが首を横に振った。
「やめろ。危険だ」
「本物かどうか確かめなくちゃ。それに、こうなる前まではそこそこ仲が良かったんだから」
そう言うが早いか、トンクスは目くらまし呪文を解いて物陰から飛び出す。
ウィリアムソンは咄嗟にトンクスの腕を掴もうとしたが、トンクスの方が一瞬早かった。
「あいつッ」
「もうこうなったらトンクスに任せるしかない」
ドーリッシュはいつでも加勢できるように杖を右手に構える。
ウィリアムソンは頭を軽く振ると、ドーリッシュと同じように杖を取り出し構えた。
トンクスはスタスタと特に身構えることもなくサクヤに近づいていく。
だが、内心はかなり緊張しており、それを表すかのように心拍数も高い。
まるで心音に拡声呪文でも掛かっているんじゃないかと錯覚しそうなほどにトンクスの頭の中では心音が響いていた。
サクヤとの距離が縮まるにつれてトンクスの歩くペースはゆっくりになっていく。
サクヤもトンクスの存在に気がついたのか、顔を上げてトンクスの方を見た。
「よっ!」
トンクスは可能な限り平静を装い、右手を挙げてサクヤに挨拶する。
そして自然な動作でサクヤの向かいの席に座った。
「なんだ。トンクスさんですか。ご無沙汰してます」
サクヤはがっかりしたような顔を一瞬したが、すぐにいつも通りの笑顔へと戻る。
トンクスは内心で最大限の警戒をしつつも、表面だけはいつも通りの態度で続けた。
「いやぁ、サクヤちゃんがここにいるって通報が多数きちゃって。サクヤちゃんがどこに居ようがサクヤちゃんの勝手だとは思うんだけどね? 一応様子を見にきたってわけ」
「そうなんですか。私はてっきり私を捕まえに来たものだと思ってました」
その通りだよコンチクショウと、トンクスは内心ボヤく。
だが、トンクスはそんな心情をおくびにも出さずに言った。
「そういうサクヤちゃんは何の用でここにいるの? 店員も逃げちゃったし、紅茶のおかわりは注文出来なさそうだよ?」
「ああ、私ですか」
サクヤはヘラリとした表情で笑う。
「人を待っているんですよ。私はここにいるぞって、その人にアピールしたくて」
トンクスはサクヤの言葉に首を傾げる。
その瞬間、トンクスの両腕がぼとりと地面へと落ちた。
「だから、ひと騒ぎ起こしに来ました」
設定や用語解説
ガウェイン・ロバーズ
スクリムジョールの後釜として闇祓い局長に就任した男。
ジョン・ドーリッシュ
トンクスの先輩の闇祓い。
ウィリアムソン
トンクスの先輩の闇祓い。
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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。