P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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甘噛みと拘束具と私

 初めに話を聞いた時、なんだそれはと思った。

 時間を止める能力?

 そんな力があってたまるか。

 時間を止めてしまったら、光の動きも大気の動きも止まるということ。

 たとえ世界の時間を止めれたとしても、何も見えず、動けず、酸素さえ吸うことが出来ずに死ぬだけだ。

 そのような認識もあって、私はどこか時間停止能力というものを軽視していた。

 だが、それは私の認識不足だった。

 実際に対峙してみて、改めて実感する。

 時間を操る能力というものは、神にも等しい能力だと。

 今回の作戦、私は囮役だった。

 本命は地上で20mmの高射砲を構えている私の兄だ。

 私と、足役の頼りなさそうな魔法使いの二人で目標を上空へと誘い出し、私の兄が目標の胴体を吹き飛ばす。

 遮るものが何もない上空の方が、目標を仕留めるには好都合だ。

 そして、その作戦は途中までは完璧に推移していた。

 地上に撃ち込んだ弾が弾かれたのは予想外だったが、目標を上空に誘い出すことに成功する。

 きっと時間を止めて上昇してきたのだろう。

 気がついたら、目標は私たちの横に浮いていた。

 手には私のライフルのマガジンを握りしめ、楽しそうに笑っている。

 時間を止めて、マガジンを引っこ抜いたのだろう。

 私はボルトが閉鎖していることを確認すると、視線を一瞬地上へと向け、兄が放った高射砲のマズルフラッシュを確認する。

 私とは違い兄は元軍人の狙撃のプロだ。

 この距離の静止している目標を外すことはないだろう。

 すぐにでも私の目の前で血の花が咲く。

 そう思っていた。

 

「──なッ!?」

 

 目標を吹き飛ばす筈だった銅でコーティングされた鉛玉は、目標のすぐ手前で文字通り爆発した。

 なんらかの魔法だろうか。

 高射砲の弾には爆薬は仕込まれていないため、自爆というのはありえない。

 だが、目標からしても予想外の攻撃だったのだろう。

 目標は唖然とした表情で後ろを振り返る。

 私は、そんな隙だらけの背中に向けてライフルを振り上げた。

 その瞬間だった。

 目の前から目標が消えたかと思えば、箒の操作をしていた魔法使いの男が箒から転げ落ち、地面へと落下していった。

 魔法使いではない私は箒で空を飛ぶことなどできない。

 だが、魔法使いの箒というものは乗り手がいなくなってすぐに墜落するものでもないらしい。

 私は左手をライフルから離すと、なんとか空中に止まっている箒の柄をしっかりと握った。

 

 「私も落とすか?」

 

 このままでは、何も為せぬまま地面に叩き落とされることになる。

 私は小さく深呼吸をすると、目標に向かって話しかけた。

 

「いえ、貴方にはまだ聞きたいことがあるわ」

 

 目標は余裕そうな表情でナイフを弄ると、私に問う。

 

「貴方の雇い主は誰? 魔法省? 吸血鬼? それとも、ホワイト?」

 

「……」

 

 流石にこの問いに素直に答えるわけにはいかない。

 ここは無言を貫く他ないだろう。

 

「私の能力はね、実は凄く応用が利くの」

 

 そんな私に対して目標が口を開く。

 その瞬間、私は首の下から先が指先一つ動かせなくなった。

 まるでコンクリートの中に埋め込まれたかのようなそんな感覚が私の全身を襲う。

 一瞬私の体の時間を止められたのかと錯覚したが、すぐに気がつく。

 止められたのは私の周囲の大気だと。

 目標は余裕そうな表情で私に近づくと、私が握ったまま離せないでいる箒を真っ二つに蹴り折った。

 

「私が能力を解除すれば、貴方は地球と情熱的なハグを交わすことになるでしょうね」

 

 目標は赤い目を光らせ、不気味な笑みを浮かべる。

 

「もう一度聞くわ。貴方の雇い主は誰?」

 

「話すと思うか?」

 

「話さなければこちらが離すだけの話よ。徹底的に拷問してもいいけど、痛いのは嫌いでしょう?」

 

 ふざけたような態度で、まるで冗談かのように目標は言うが、目を見ればわかる。

 こいつは、きっと私を拷問することになんの抵抗もないだろう。

 その後も目標は聞こえのいい甘い言葉をケラケラ笑いながら私に浴びせる。

 だが、私が何も言う気がないことを察したのか、途端に冷めた目で私を見て言った。

 

「あっそ。じゃあね」

 

 その瞬間、私を支えていた大気の拘束具が解かれ、代わりに浮遊感が全身を包み込む。

 目標は落ちていく私を一瞥すると、興味なさそうに視線を逸らした。

 さあ、これがラストチャンスだ。

 私はライフルを振り上げ、スコープを覗き込む。

 そして薬室の中に一発だけ残っていた特殊な弾頭を目標に向かって叩き込んだ。

 銃声、そして赤い血液。

 私の放った弾頭は目標の腹部にヒットする。

 これで、私の仕事は終わりだ。

 私はライフルを手放し、近づいてくる地面に目を向ける。

 この高さと速度だ。

 このまま地面にぶつかれば、確実に死に至るだろう。

 

「あとは任せましたよ。バケモノ」

 

 私は静かに目を瞑る。

 

「誰がバケモノだ」

 

 そんな声が聞こえた瞬間、私は何者かに抱きかかえられる。

 咄嗟に見上げると、そこには青い髪の吸血鬼の姿があった。

 

「よくやったわ。あとは私にまかせなさい」

 

 吸血鬼、レミリア・スカーレットは不敵な笑みを私に向ける。

 

「目標が銃器に無知で助かった」

 

「まあ、マグル育ちって言っても魔法使いだし。弾はどこに当たったの?」

 

「脇腹だ」

 

「それじゃあこの前みたいに切り離すことはできないわね」

 

 レミリアは地上スレスレで方向転換すると、兄が構える高射砲のすぐそばに私を降ろす。

 そしてすぐに上空へと戻っていった。

 

 

 

 

 私は自分の洋服が赤く染まっていくのをしばらく呆然と眺めていたが、すぐに痛みで我に返る。

 

「あぐっ……ぅ……エピスキー」

 

 杖を抜き、治癒魔法を唱えるが魔法は発動しない。

 

「ぐ、ああ、もう!」

 

 私は役立たずの杖を仕舞うと。鞄の中からなけなしの命の水を取り出して一口飲み、残りを腹部の傷に掛けた。

 これで失血多量で死ぬことはないはずだ。

 

「と、とにかく逃げなきゃ……」

 

 私は時間を停止させ、箒で地上を目指す。

 だが、数十メートルも降下しないうちに今一番会いたくない相手に行く手を塞がれた。

 

「あら、こんなところで会うなんて奇遇ね」

 

 薄いピンク色のドレスを身に纏い、レースでフリフリの日傘を差している青い髪の吸血鬼。

 レミリア・スカーレットその人だった。

 

「しかも、凄くいい天気だわ。晴れているのに、肌が焼けない」

 

 レミリアは優雅に傘を畳み、これによがしに日の光を浴びる。

 どうやら時間の止まっている世界では、太陽光は吸血鬼の肌を焼かないらしい。

 私は左手で脇腹の傷の具合を確かめると、一度時間停止を解除した。

 

「おっと」

 

 時間が動き出した瞬間、レミリアは慌てて日傘を差し、その影の中に入る。

 時間を止めていた方が脅威の数は少なくなるだろうが、レミリアの動きを制限するためにも日傘を差させておいた方がいいだろう。

 

「……ええ、奇遇ですね。でも、私今から病院に行かないといけないので今日はこれで失礼することにしますね」

 

「あら大変。凄く出血してるじゃない。病院まで送っていくわよ?」

 

 レミリアは私の脇腹を見てわざとらしく目を丸くする。

 私は軽く歯ぎしりすると、ファイアボルトを全速力で加速させた。

 傘を差しているのなら、傘が空気抵抗で壊れない速度でしか移動できないはずだ。

 箒と一体になるように体を伏せ、数十秒全力で直進する。

 少しでも引きはがせれば、姿くらましで逃げられる。

 私は箒を急停止させ、レミリアが追いついていないことを確かめてから無理矢理箒を回し、箒ごと姿くらましをする。

 そしてロンドンからかなり離れた位置にあるリトル・ハングルトンの墓場へと姿現しした。

 

「これで、しばらく時間が稼げるはず」

 

「ええ、それは何より」

 

 耳元でレミリアの声が聞こえ、私は咄嗟に振り返る。

 背後には誰もいない。

 だが、私の肩の上には一匹のコウモリが止まっていた。

 

「逃げられると思わないことね」

 

 コウモリは口を歪ませ、私の耳たぶを甘噛みする。

 私は咄嗟にコウモリを振り払い、地面に降り立った。

 

「本体ならまだしも、分身なら──」

 

「勝てるかもね」

 

 私は地面に止まっているコウモリに足を振り下ろす。

 だが、コウモリはすぐに飛び立つと、しばらく私の周囲をおちょくるように飛び回りはじめた。

 

「二度同じ手は食わないわ。姿くらまし対策はバッチリなんだから」

 

 また背後で声が聞こえ、私は恐る恐る振り返る。

 そこには、不敵な笑みを浮かべているレミリアの姿があった。

 

「瞬間移動は魔法使いの特権だと思わないことね」

 

 私の周囲を飛んでいたコウモリはレミリアの方へと飛んでいくと、レミリアの肩に止まる。

 そして、素肌に溶け込むようにレミリアの体内に吸収された。

 

「新型の弾頭の威力はどう? かなり改良を進めて、ちょっとやそっとじゃ摘出できないようにしてみたわ。しかも、今回は前回と違って脇腹。切り離すことも出来ないわよ」

 

「人をトカゲか吸血鬼みたいに言わないでください。右足を切断したのも苦渋の決断だったんですから」

 

 だが、確かにレミリアの言うように脇腹から下を切断することなど出来ない。

 抉り取ることは出来るだろうが、その場合内臓にも大きなダメージが残るだろう。

 私はもう一度傷口に触り、傷口に残る残存魔力を確かめる。

 抉り取るのは論外として、強力な魔力で掛けられている魔法を滅茶苦茶にすることは出来るだろう。

 

「普通の人間は必要に駆られても自分の足を切断するなんてことは出来ないのよ」

 

 レミリアはゆっくり私に向かって歩きながら肩を竦めた。

 

「安心なさい。イギリス魔法界に死刑はないわ。一生アズカバンから出られないだけで……いや、貴方の場合グリンデルバルドみたいに特別な監獄が用意されるかもね」

 

「そんな、私のためだけに悪いですよ。費用対効果って言葉知ってます? それに維持費も別で掛りますし」

 

「維持費に関してはあまり心配する必要はないわ。だって──」

 

 レミリアは口を歪ませて笑う。

 

「貴方、来年の夏には死ぬんだもの」

 

 それを聞き、私はレミリアの死の予言を思い出す。

 

「だったら死ぬまで自由にさせてください。最期の一年を監獄で過ごすとか私嫌ですよ」

 

「それとこれとは話が別。さあ、観念なさい」

 

 レミリアは私の目の前に立つと、真っ直ぐ私に向かって手を伸ばす。

 だが、レミリアの右手は私の肩に触れる前に動きを止めた。

 

「ん? ……あれ?」

 

 レミリアはパントマイムを行うように空間に手を押し当てる。

 そして、目には見えない壁を拳で強く叩いた。

 

「なにこれ」

 

「なにって、即席の監獄ですけど」

 

 私はキョトンとするレミリアに対して笑いかける。

 

「周辺の大気を壁の形になるように停止させました。こうしてしまえば動物園のライオンと変わらないですね」

 

 そう、レミリアを囲うように箱状に大気を停止させたのだ。

 これで私が能力を解除しないかぎり、レミリアは外に出ることは出来ないだろう。

 

「こんな壁ごときで私の前進を止められると本当に思ってるの?」

 

 レミリアは右手に魔力を集中させ、槍上に固める。

 私はそれを見て姿現しで少し距離を取った。

 

「私のスピア・ザ・グングニルに貫けぬものなど──」

 

 レミリアは大きく振りかぶり、私に向けて全力で魔力の塊を放つ。

 槍状の魔力は壁に干渉することなく通り抜けると、私の横スレスレを物凄い速度で通り過ぎていった。

 

「あんまり……って、え?」

 

「魔力は通り抜けるんですよその壁」

 

 レミリアは今度は拳を握りしめ、何度も壁を叩き始める。

 だが、肉のぶつかる音が響くのみで壁が壊れることはなかった。

 

「うふふ、あはははは! 時間操作の影響を受けないだけで、周囲の時間に干渉できるわけじゃないですからね」

 

「器用なことを……、でも、一つ見落としているわ」

 

 レミリアは右手の中指に嵌めていた指輪を外し、握りこむ。

 その瞬間、レミリアがその場からいなくなった。

 

「瞬間移動の魔法具!?」

 

「正解」

 

 背後からレミリアの声が聞こえ、私はすぐに姿現しで距離を取る。

 レミリアは指輪を見せびらかすように私に掲げた。

 

「この指輪があれば魔法使いじゃなくても姿現しができるってわけ」

 

「へえ、世の中便利な魔法具があるんですね」

 

 だが、今の一瞬で魔法具の弱点は見えた。

 

「でも、その指輪セーフティが掛けられているみたいですよ」

 

 私は今度はレミリアの周辺にある大気の時間を止める。

 これで、レミリアは指先一つ動かせなくなったはずだ。

 

「予期せぬ起動をしないように、指輪につけられている宝石に触らないと術が発動しないようになってますね。つまり、指から外して握りこまないと効果がない」

 

 レミリアの口周りが少し動くが、口を開くことも出来ていない。

 そもそも、酸素すら吸えていないはずだ。

 私はレミリアに近づくと、日傘の柄をへし折ってレミリアを太陽光に晒す。

 太陽光に晒されたレミリアの白い肌は、すぐに赤みを帯び始めた。

 

「吸血鬼って太陽光に晒されてどれぐらいで死ぬんです?」

 

 レミリアの眼球だけがぐるりと動き、私の方を睨みつける。

 私はそんなレミリアを笑いながら見下ろした。




設定や用語解説

時間停止の矛盾
 サクヤの時間停止は物理的に見ると大きな矛盾を孕んでいる。それなのに時間停止できている理由は、サクヤがそこまで深く考えていないから。

薬室の中に一発
 マガジンを取っただけでは薬室の中の弾は抜けない。故に狙撃手のライフルには弾が一発だけ残っていた。

狙撃手の兄妹
 実は過去作で登場している。

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