P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
私がクリーチャーの遺体を鞄から引っ張り出した瞬間、お茶の準備をしていた屋敷しもべが悲鳴を上げる。
だが、すぐに自分の口を自分で塞ぎ、目をギュッと瞑りながらお茶の準備を進め始めた。
私は少し配慮が足りなかったかと反省しつつ、硬く冷たくなったクリーチャーの遺体を鞄の中に戻す。
「うちの屋敷しもべを埋葬してあげたくて。闇祓いに殺されたようなの」
「屋敷しもべを埋葬? それはなんというか……ご丁寧なことですわね」
ナルシッサは横目でお茶を準備している屋敷しもべを見ると、ほっとため息をつく。
そしてソファーから立ち上がり、客間の隅に置いてあった机の引き出しから羊皮紙を一枚取り出した。
「でしたら貴方のお母様の墓跡の近くに埋葬して差し上げたらどうでしょう? あの子はクリーチャーを可愛がっておりましたから」
ナルシッサはサラサラと羊皮紙の上に高そうな万年筆で地図を描き込んでいく。
目を瞑りながらお茶の準備を進めていた屋敷しもべ妖精はそのまま手探りで私の前にティーカップを差し出した。
「おお、お茶が入りましたご息女さま」
「あらどうも」
私は時間を停止させると、差し出された紅茶に探知魔法を走らせる。
そして毒物や呪いの有無を確認すると、時間停止を解除して紅茶に口をつけた。
うん、まあこんなもんだろうといったレベルの味だ。
クリーチャーには及ばないが、その辺の喫茶店で出てくる紅茶よりかは美味しい。
何より、茶葉がいいのだろう。
私がいつも飲んでいるものより味が上品だ。
「さて、こんなところでしょうか」
ナルシッサは万年筆のキャップを締め、懐から杖を取り出す。
そして羊皮紙に無言呪文でなんらかの魔法をかけた。
「これが墓地の地図ですわ。場所はエディンバラの南の外れ。普段はただの荒れ果てた墓地にしか見えませんが──」
「それを持っていれば正しく認識できる……ということですね」
私はナルシッサの手元にある地図を指し示す。
ナルシッサは私の言葉に頷くと、説明を続けた。
「その通りでございますわ。魔法界にあるあらゆるものと同じように、墓地は隠されている」
まあホグワーツや魔法省、聖マンゴが良い例だろう。
学校や病院が隠されているのなら、墓地だって隠されているはずだ。
「その地図が通行証になっています。期限は明日の日の出から日没まで」
「明日? 今日ではなく?」
ナルシッサはティーカップを手に取ると、その中に注がれている紅茶に視線を落とす。
「ついで……というとあの子に失礼ではありますが、是非セレネのお墓参りもしてあげてください。それの準備の時間も含めて、ということです」
「あー……」
今まで墓参りという行為に縁が無さすぎて完全に忘れていた。
確かにナルシッサの言う通り、親の墓参りはしなければならないだろう。
ナルシッサの話では、地図の墓地にお母さんの墓があるらしい。
「そうですね。ご両親のお墓参りもしなければ──」
そこまで口にして、私はあることを思い出す。
そして、そのことを頭の片隅に留めておきながら改めて口を開いた。
「……ええ、そうですね。墓参りは明日でも遅くはない」
私はナルシッサにそう返事をすると、地図を折り畳みポケットの中に入れる。
「今日は一日準備をして、明日の朝に向かおうと思います」
「ええ、それが良いと思いますわ。あの子に……セレネにあまり墓参りに行けなくてごめんなさいと伝えてくださる?」
「わかりました」
私はナルシッサに軽く頭を下げると、ソファーから立ち上がる。
そしてナルシッサの見送りを受けて玄関ホールへと向かった。
「私の方からも、ドラコによろしくとお伝えください」
「……ええ、伝えておきますわ」
私は玄関の扉を開けると、時間を停止させる。
そして、ロンドンにある孤児院の私の部屋へ向けて姿くらましした。
「……ええ、伝えておきますわ」
ナルシッサがそう言った瞬間、目の前に立っていたサクヤが忽然と姿を消す。
姿くらましではない。
もっと得体の知れない魔法だ。
ナルシッサは開けた扉を閉めることもできずにそのまま十分以上立ち尽くす。
そして、恐る恐る右手をドアノブにかけ、そのままゆっくり扉を閉じた。
「……」
その瞬間、ナルシッサは張りつめていた糸が切れるようにその場に崩れ落ちる。
そして全身から吹き出た汗を拭うこともできずにドアノブを握ったまま震え始めた。
「お、奥様!? いかがなされましたか!?」
ナルシッサが膝をつく音を聞きつけたのか、屋敷しもべ妖精のドビーが玄関ホールに現れナルシッサに駆け寄る。
ナルシッサは首だけを動かしてドビーを見ると、震える声で言った。
「夫を……あの人を今すぐ呼び戻しなさい!」
「そ……いえ、はい! ドビーめはご主人様を呼び戻してまいります!」
ナルシッサの看病の方が優先度は高いのではないか。
そんな考えがドビーの脳裏に過ったが、ナルシッサの意思を尊重しドビーはすぐにその場から姿をくらます。
ナルシッサはドビーが消えたことを確認すると、ドアノブを掴みながらなんとか立ち上がり、リビングのある方向へと歩き始めた。
リビングのソファーにぐったりと座り込んだナルシッサのもとにルシウスが駆けつけたのはサクヤが姿を消してから三十分後のことだった。
ルシウスは妻の無事を確認すると小さく息をつき、ナルシッサの横へと腰掛ける。
そして横並びのまま、慰めるような声色でナルシッサに問いかけた。
「サクヤ・ホワイトがこの家を訪ねてきたというのは本当か?」
ルシウスの問いに、ナルシッサは無言で頷く。
ルシウスは口の前で指を組むと、じっとリビングの机を見つめながら再度口を開いた。
「一体何が目的で──」
「あの子は……ブラック家の墓を探しておりました。クリーチャーを埋めたいからだと……」
「クリーチャー?」
「ブラック家に仕える屋敷しもべ妖精でございます」
ルシウスの疑問に横で控えていたドビーが答える。
「ああ、そのような名前だったか。生前ヴァルブルガ夫人が連れているのを見たことがある」
ルシウスはソファーから立ち上がると、部屋の中をゆっくり歩き始める。
「しかし屋敷しもべ妖精を埋葬だと? どうしてそのようなことをする?」
「私が思うに、きっと知りたかったのは母親の墓……セレネの墓だと思いますわ。クリーチャーは体のいい言い訳作りとして、きっとサクヤ・ホワイト自身が殺したに違いありません」
「まあ、確かにそう考えるのが妥当か。屋敷しもべ妖精を埋葬なぞ聞いたこともない。だが、何故今更親の墓を探す? まさか墓参りなんていうくだらない理由ではないだろうな?」
ルシウスの疑問に、ナルシッサは顔を上げる。
「もしかしたら、親の遺体の一部を得るためかもしれません」
闇の魔術では血の繋がりがある者の一部を使う魔法薬が多々出てくる。
実際、ヴォルデモート卿の肉体を復活させる際にもヴォルデモート卿の父親と娘の肉体の一部を魔術に使用したほどだ。
ナルシッサはその後もサクヤが訪れてきた時のことを詳しくルシウスに説明する。
ナルシッサの話を聞き終えたルシウスは、リビングの窓際に立ち、その外に広がる広大な庭に視線を向けた。
「なんにしてもだ。すぐに私に連絡を入れたのは英断だ。これだけ時間があれば、準備を行うには十分だ」
「では、やはり……」
「ああ。魔法省へ出かけてくる。闇祓い局の局長にこのことを報告しなければ」
ルシウス・マルフォイは間違いなく死喰い人ではあったが、ヴォルデモートが滅びた後上手く立ち回り、逮捕されることを免れていた。
親子共々死喰い人であったことは魔法省も掌握している。
だが、それ以上に現在のルシウスがもたらす闇の魔法使いの情報や人脈が有益だと判断されているのだ。
「サクヤ・ホワイト拘束の功績があればマルフォイ家の発言力を大きく取り戻すことができる。ゆくゆくは今まで以上にマルフォイ家を大きくすることも可能だろう」
ルシウスはリビングにある暖炉に魔法で火を灯し、煙突飛行粉を投げ入れる。
そして色の変わった炎の中に入り、魔法省へと移動していった。
「……これで、これでいいのです」
ナルシッサは赤く色の戻った炎を魔法で消し、燻る薪を見ながら呟いた。
魔法省へと移動したルシウスは半ば顔パスで受付を通り過ぎエレベータに乗り込む。
そして魔法法執行部のある地下二階で降り、エレベータのあるエントランスのすぐ前にある受付にて職員に声をかけた。
「特別協力員のルシウス・マルフォイだ。闇祓い局長に緊急の要件で来た。ホワイト案件だ」
受付の職員はホワイト案件と聞き、すぐに席を立ち局長室へと駆けていく。
そして数分もしないうちに闇祓い局長であるガウェイン・ロバーズを連れて戻ってきた。
「ああ、ルシウス君か……とにかく応接室へ」
ロバーズは受付の職員にお茶の準備をするように言いつけるとルシウスを応接室へと案内する。
そしてルシウスと向かい合うように座り、深く息を吐いた。
「それで、ホワイト案件との話だったが、何があった?」
「つい先ほど、私の家をサクヤ・ホワイトが訪れました」
「……なに? それはその……本当かね?」
ルシウスは先ほどナルシッサから聞いた情報をロバーズに伝える。
ロバーズはルシウスの話を聞き終わると、目頭を押さえて大きなため息をついた。
「なるほど、サクヤ・ホワイトが明日の朝、エディンバラの墓場に現れると」
「確証はありませんが、確率としてはかなり高いと思われます。罠を張るには絶好の機会でしょう」
「罠……罠か。しかし昨日の今日でよく動く娘だ。ルシウス君、君は昨日の騒動については聞いているかね?」
昨日の騒動……そう、サクヤ・ホワイトがダイアゴン横丁に現れたという話だ。
「大通りのカフェテラスに居座り続けた、という話は聞いていますが。今朝私の家に現れたということはレミリア・スカーレットは敗北したということですかな?」
「あの後レミリア・スカーレットと連絡が取れておらん。おそらくは……いや、ほぼ間違いなくサクヤ・ホワイトに敗れ、どこかで死んでいる可能性が高いだろう」
魔法省の人間が最後にレミリア・スカーレットと連絡を取ったのは昨日の午前中のことだ。
レミリアが現地に到着してからすぐに戦闘が始まり、ほどなくてサクヤ・ホワイトとレミリア・スカーレットは姿を消した。
魔法省はその後レミリア・スカーレットと連絡を取ろうとしたが、使用人曰くまだ屋敷にも戻っていないとのことだった。
そして、今日の朝サクヤ・ホワイトがマルフォイ邸に現れたとなると、生存している可能性は限りなく低い。
「あのレミリア・スカーレットでも殺しきれなかった化け物だ。正直、魔法省として打つ手があるかどうか……下手に刺激しないほうがいいという可能性もある」
「では、闇の帝王の娘をこのまま野放しにすると? 魔法省の発表では、アズカバンを襲撃したのもサクヤ・ホワイトである可能性が高いという話ではなかったですかな?」
もっとも、ルシウスはアズカバンを襲撃したのがサクヤではない可能性が高いとは思っている。
第一次魔法戦争の際に癒者として活躍した死喰い人のホワイト、犯人はきっと奴だろうと。
だが、魔法省の正式な発表では犯人はサクヤであるとされているのだ。
ロバーズがどのように考えているかはさておいて、その前提で話を進めるしかない。
「野放しでいいとは露程も思ってはいない。すぐにでも拘束し、然るべき罰を与えるべきだ」
ロバーズは少し視線を逸らして、独り言のように付け足す。
「いや、殺してしまった方が世のためだろうな」
イギリス魔法界に死刑制度は存在しない。
故にどのような凶悪犯であろうと終身刑止まりだ。
「それに、奴を捕らえておくには特別な監獄を用意しなければならない。たった一人の凶悪犯のために多額の予算を使うわけにもいかないだろう」
「殺してしまっても構わないなら、やり方はいくらでもあるのではないですか? 大規模な爆破魔法で空間ごと爆破してしまうとか」
「あの吸血鬼は生け捕りにこだわっていたが……いない者の主張を尊重する必要もないだろう。だが、奴は魔力を察知する能力に非常に長けている。不死鳥の騎士団のメンバーであるルーピンの証言では、目隠しをしたままでも決闘が出来るほどだそうだ。呪文が届く前に時間を止められては意味がない。そして、初撃を外したら残るのは闇祓いの死体の山だけだ」
「だとしたら、魔法以外の方法で何らかの空間攻撃を加えるしかないと……」
「そういうのが得意だったのがレミリア・スカーレットだったんだがな。あの吸血鬼はマグルの社会と関わりが深かった。そういう意味でも、レミリア・スカーレットが敗れたのは痛い損失だ」
魔法省として、一匹の吸血鬼に頼りきりなのは如何なものかという話はあちこちで囁かれていた。
だが実際、サクヤ・ホワイトに痛手を負わせることが出来たのはレミリアただ一人なのだ。
サクヤと接触した闇祓いはそれこそ赤子の手を捻るようにあしらわれている。
「サクヤ・ホワイトに有効打を与える数少ない方法の一つをあの吸血鬼は提示した。ようはサクヤ・ホワイトと魔力的な繋がりを持つことができれば時間停止を無効化できるそうだ。その方法を用いて時間停止を無効化し、四方八方から失神呪文を浴びせかければあるいは……」
「そういうことでしたら、私にお任せください。良い作戦がございます」
ルシウスは応接室の扉が閉まっていることを確認すると、扉に防音呪文を掛ける。
そして小さな声でロバーズに作戦を告げた。
設定や用語解説
ルシウス・マルフォイの立ち位置
魔法省からは死喰い人であったと言うことはバレているが、魔法省に協力することを条件に無罪判決を受けている。
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