P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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生ける屍と試験管と私

「なるほど……可能性はある。そして何より、失敗した時に逃げることも容易だ」

 

 魔法省地下一階にある大臣室にて、魔法大臣であるルーファス・スクリムジョールは闇祓い局長のガウェイン・ロバーズからサクヤ・ホワイトを捕縛する作戦の説明を受けていた。

 

「物はあるのか? 用意するのに時間が掛かるようなら現実味は薄いが……」

 

「その点に関してはご安心を。押収品が闇祓い局の金庫にいくつかあります」

 

 ロバーズはテーブルの上に押収品の一覧表を広げる。

 そして該当する押収品を指し示した。

 

「闇の魔法使いの間では昔から流行っている劇薬です。効果自体は生ける屍の水薬と同じですが、こいつには揮発性があります」

 

「ああ、よく知っているとも。というかガウェイン。こいつの調査を二人でやったのをもう忘れたか?」

 

「おっと、そうでしたな。いやはや私としたものが……実は当時の記憶が曖昧でしてね。顔の厳ついスパルタな上司にこれでもかと指導を受けた結果、軽い記憶障害に陥っていたようです」

 

「そうか、忘れたか。ならば再教育の必要性があるな」

 

 もはや日常となりつつある皮肉の応酬を二人は交わすと、表情を変えずに話を本筋に戻す。

 

「それで、こいつをどうする? 事前に墓場に散布しておくか?」

 

「それだと事前に察知される可能性があります。ですので、薄いガラスの試験管に詰めて石畳の下に仕込む予定です」

 

「石畳を踏めば試験管のガラスが割れて薬品が揮発。対象は一瞬で気を失うと。作戦の立案は君かね?」

 

 スクリムジョールの問いに、ロバーズは首を振る。

 

「いえ、ルシウス・マルフォイです。というか、今回の話を私のもとに持ってきたのもあの男ですよ」

 

「マルフォイか……あの男も立ち回りが上手い。元死喰い人であったことは間違いない。だが、奴の場合は明確な犯罪の証拠もなければ、例のあの人が死んだ瞬間にこちら側に寝返る狡猾さも持ち合わせている。まさにスリザリンの代表のような男だよ。それに、そこから先は死喰い人の残党狩りに協力的だ。もしかしたらアズカバンを脱獄した囚人たちを家で匿っているという可能性もあるが……現状は泳がせていたほうがこちらの利になる」

 

 スクリムジョールの言葉通り、ルシウス・マルフォイはヴォルデモート卿が死んだ今、完全に魔法省側の人間になっていた。

 残党の死喰い人の情報から始まり、闇のルートで出回っている薬物の出所調査や、元死喰い人の視点から闇祓いや魔法警察へのアドバイザーを務めたりもしている。

 元死喰い人というだけでアズカバンに収監してもいいのだが、それ以上にルシウス・マルフォイが魔法省にもたらしている利益の方が大きかった。

 

「だが、もしマルフォイが裏でサクヤ・ホワイトと繋がっていたらどうする? 罠に嵌めるつもりが、逆にこちらが罠に掛かるかもしれんぞ?」

 

 スクリムジョールの当然の問いに、ロバーズが静かに首を横に振る。

 そして諦めにも似た笑顔を浮かべてスクリムジョールに言った。

 

「お忘れですかな大臣。奴は……サクヤ・ホワイトはやろうと思えばいつでも魔法省の人間を皆殺しにできる。そう、それこそ、今この瞬間にだって」

 

 ロバーズの言葉にスクリムジョールは小さく唸る。

 ロバーズの言う通りなのだ。

 レミリア・スカーレット、そして死後の世界から召喚されたダンブルドアが言うには、時間が止まった世界ではありとあらゆる魔法が無効化されるらしい。

 

「奴に我々を罠に嵌める必要などありません。私はむしろ、ルシウスという男がこの話を持ってきたからこそ信憑性のある話だと思っていますがね。なにしろマルフォイ家の夫人はブラック家の人間です。今現在サクヤ・ホワイトがブラック家の人間を訪ねるとしたら彼女の元以外には考えられないでしょう」

 

「姉のベラトリックスは姿をくらませているから論外として、アンドロメダ夫人も……まあ、騎士団側の人間か。そうなると、ブラック家の人間を訪ねるとなったらナルシッサ夫人の元に向かうのは理に適っている。それに、息子のドラコはサクヤ・ホワイトと同学年だ。寮は違うとはいえ親戚同士。家を知っていてもおかしくはない」

 

 まあ、そう言うことならばとスクリムジョールはルシウスの提案した作戦を了承する。

 ロバーズは許可が下りたことにほっと胸を撫で下ろすと、羊皮紙をまとめながらスクリムジョールに提案した。

 

「どうです? この後景気付けに漏れ鍋にでもいきませんか。時間的にもそろそろ退勤時間でしょう?」

 

 スクリムジョールはロバーズの提案を受けて大臣室の時計を確認する。

 ロバーズの言う通り、確かにそろそろ退勤時間だった。

 

「うむ。そうだな。久しぶりにサシで飲みにいくか」

 

 スクリムジョールは椅子にかけていたローブを手に取ると、ロバーズと共に大臣室を出た。

 その時だった。

 大臣室に向けて一人の青年が駆けてくる。

 大臣補佐のパーシー・ウィーズリーだ。

 

「大臣……とロバーズ局長。おでかけですか?」

 

「ああ、少しガウェインと出てくる。今日はそのまま帰る予定だからパーシー君も適当に上がりなさい」

 

「ああ、そういうことでしたら大臣、先ほどシックネス魔法法執行部長が例のあの人の遺体が保存されている神秘部の死の間への入室許可を申請しにきてましたよ」

 

「シックネスが? あんなところに何の用事がある?」

 

「何でも先進魔法研究所の職員があの人の遺体を調査したいとのことで。その付き添いで入るという話だったような」

 

 先進魔法研究所と聞いて、スクリムジョールは納得したように何度か頷く。

 そしてパーシーから許可証を受け取ると、サラサラとサインを書き込んだ。

 

「あそこの所長があの人の遺体を調査したがっているという話は聞いたことがある。シックネスには所長から目を離すなと伝えておいてくれ。気がついた時にはあの人の杖腕がないみたいなことが起こりかねない。あんなのでも大切な歴史的資料なのでな」

 

「かしこまりました。確かにお伝えします」

 

 パーシーは書類を受け取ると、スクリムジョール達と一緒にエレベータに乗り込む。

 そして一つ下の階層である地下二階で降りていった。

 

 

 

 

 

 次の日の朝。

 エディンバラの南の外れにある墓地を見下ろせる山の斜面に十名以上の闇祓いと魔法省の役人が集結していた。

 その中には闇祓い局長のロバーズや、現役闇祓いの中では最も優秀だと言われているキングズリー・シャックルボルト、エリート街道を一直線に進んでいるジョン・ドーリッシュの姿もある。

 

「奴はまだか?」

 

 魔法によって性能が強化された望遠鏡を覗き込んでいる闇祓いの一人にロバーズが声を掛ける。

 闇祓いは望遠鏡から顔を上げることなく答えた。

 

「まだ日が昇ってすぐですよ?流石にあと数時間は来ないんじゃ……」

 

「何を言う。勝負は一瞬だ。命懸けの任務だと言うことを忘れるな」

 

 ロバーズは忌々しげな表情を浮かべると、吐き捨てるように付け足す。

 

「トンクスがどうなったか忘れたわけじゃないだろう? あれでも運がいい方だ。生きて帰ってきたんだからな」

 

 トンクスの名前が出た瞬間、周囲にピリリとした緊張感が走る。

 トンクスがサクヤ・ホワイトに腕を切り落とされたのはつい一昨日のことだ。

 腕そのものは聖マンゴの癒者が元通りにくっつけたが、トンクスはまだ退院できていない。

 一週間は絶対安静とのことだ。

 

「サクヤ・ホワイトが罠にかかる前にこちらの存在に気が付かれたら、その時点で作戦は失敗だ。どうせ失敗するならサクヤ・ホワイトがこの場に現れないほうがよっぽど──」

 

「目標、現れました」

 

 ロバーズの言葉を遮るように、望遠鏡を覗いていた闇祓いが報告する。

 ロバーズは苦虫を噛み殺したような顔をすると、鞄から双眼鏡を取り出して覗き込んだ。

 

「確かにサクヤ・ホワイトか? 散歩中のマグルという可能性は?」

 

 ロバーズは報告をしてきた闇祓いにそう尋ねつつ、自らも双眼鏡で墓場に現れた人物を確認する。

 白い肌に白い髪、嫌と言うほど見慣れた整った容姿。

 簡素な黒いワンピースを身につけた少女は、間違いなくサクヤ・ホワイトその人だった。

 

「……確かに間違いないようだな」

 

 双眼鏡を覗いた先、数キロ先にいるサクヤ・ホワイトはポケットの中から羊皮紙を取り出すと、キョロキョロと周囲を見回し始める。

 この場所で本当に間違いがないのか確認しているのだろうか。

 

「あの羊皮紙……ルシウスが言っていた通行証というやつか」

 

「ええ、その可能性が高いでしょう。そういえば、ルシウス・マルフォイは今日はこの場には来ないのですか?」

 

 手持ち無沙汰に杖を指の間で回していたドーリッシュがロバーズに質問する。

 ロバーズは一度双眼鏡から目を離すと、ドーリッシュのほうを向いた。

 

「奴は一応協力員という位置付けだ。闇祓いではないし、なんなら魔法省の役人ですらない。作戦に参加させることはできんさ。やつが作戦への参加を熱望するなら話は別だがな」

 

「熱望……はしないでしょうね。このような危険な作戦には直接的には関わろうとはしないでしょう」

 

「そこがやつの上手いところだ。直接的に犯罪行為を犯していないからこそ、奴は今アズカバンに収容されていない」

 

 サクヤ・ホワイトは羊皮紙を見ながら何度か頷き、墓場の中に入っていく。

 ロバーズはそれを確認すると、自らに泡頭の呪文を掛ける。

 他の闇祓いや役人たちもそれに倣って泡頭の呪文を自らに掛けた。

 

「準備はいいか? 対象が完全に昏睡状態に陥ったら、あの場に姿現しする。逆に対象がその場から消えたら、すぐに指定した場所まで退避するんだぞ」

 

「そのどちらでもない場合は?」

 

「私の指示を待て」

 

 サクヤ・ホワイトは墓石を一つ一つ確認しながら墓場の奥へと進んでいく。

 次の瞬間、少しふらついたかと思うと、大きな欠伸を一つしてその場にゆっくり横になった。

 

「……寝たか?」

 

「どうでしょう、薬は効いているようですが」

 

 サクヤ・ホワイトは自分の腕を枕代わりにして小さく寝息を立て始めている。

 

「寝たフリの可能性はないか? 普通はもっと気絶するように眠りに落ちないか?」

 

「薬の効果は人それぞれなところはありますが──」

 

 その瞬間、サクヤ・ホワイトのすぐ近くに黒い人影が現れる。

 黒いローブに死喰い人の仮面で顔を隠した何者かはサクヤ・ホワイトに向かって全速力で駆け寄ると、サクヤ・ホワイトを抱き抱えた。

 

「まずっ──」

 

 ロバーズの口から焦りの言葉が漏れた直後、それを阻止するように姿現ししたシャックルボルトが死喰い人を蹴り飛ばす。

 死喰い人はサクヤ・ホワイトを守るようにして地面を転がると、焦った様子で杖を抜いた。

 

「ステューピファ──」

 

「エクスペリアームス!」

 

 死喰い人の失神呪文よりも先に、シャックルボルトが放った武装解除の呪文が死喰い人の杖を吹き飛ばす。

 死喰い人の杖は放物線をえがきながら宙を舞い、シャックルボルトの左手の中に収まった。

 

「何者だ?」

 

 シャックルボルトは死喰い人に杖を突きつけながら問う。

 死喰い人は昏睡状態のサクヤ・ホワイトを庇うようにしながらゆっくり後退りした。

 その瞬間、ドーリッシュとウィリアムソンが死喰い人の男の真後ろに姿現しで現れ、一瞬にして死喰い人を拘束する。

 死喰い人は一瞬抵抗したものの、逃れられないことを悟ったのかすぐに大人しくなった。

 

「やはり死喰い人を仲間に引き入れていたか」

 

 少し遅れて姿現ししてきたロバーズが死喰い人へと近づき、死喰い人の仮面を剥ぐ。

 そして死喰い人の顔を覗き込み、苦々しげな表情を浮かべた。

 

「──っ、これはこれは……少々予想外だ」

 

 仮面の下から現れたのは、この作戦を立案したルシウス・マルフォイの一人息子、ドラコ・マルフォイの顔だった。

 ドラコはロバーズを睨みつけるが、すぐに弱々しい表情へと変わる。

 ロバーズはどうしていいかわからないといった表情でシャックルボルトの方を見た。

 

「あー……キングズリー。この状況をどう見る?」

 

「話を聞いてみないことには何とも言えませんが……」

 

 シャックルボルトは二人がかりで拘束されているドラコを見下ろす。

 そして、大きなため息をついた。

 

「このドラ息子が死喰い人としてサクヤ・ホワイトに忠誠を誓っている……というふうには見えませんな。どちらかといえば、若気の至りというか、もっと青春を感じる理由のような気が……」

 

「か、彼女は無実だ! こんな騙し討ちのような形で罠に嵌めて逮捕しようだなんて……サクヤ! 頼む、起きてくれ! 君だけでも──」

 

「たっぷり十二時間は起きんだろうな。……とにかく、サクヤ・ホワイトを拘束しろ。ついでにこの勇敢なるアホもな。闇祓い局の取調室でたっぷり絞ってやれ」

 

 ドーリッシュとウィリアムソンは手際よくドラコの腕を魔法で拘束すると、そのまま付き添い姿くらましする。

 ロバーズはそれを見送ると、改めて地面に倒れ伏しているサクヤ・ホワイトへと視線を向けた。

 

「ルシウスも不幸な男だ。息子の愚かな行為がなければ、今回の件で世間からの信用を大きく取り戻せたものを」

 

 キングズリーはサクヤ・ホワイトに杖を向け、拘束魔法を掛ける。

 それと同時に、サクヤ・ホワイトの首に魔法のかけられた首輪を装着した。

 

「魔法具の装着完了しました。これで時間停止の魔法を無効化できるはずです」

 

「ご苦労。いやはや、被害が大きくなる前に逮捕することが出来て何よりだ。キングズリー、そのままサクヤ・ホワイトを特別製の留置所へ」

 

 シャックルボルトはサクヤ・ホワイトを抱え上げると、姿くらましでその場から消える。

 ロバーズは安堵のため息をつくと、部下や他の役人を引き連れて魔法省へと戻った。

 

 

 

 

 

 闇祓い局長や魔法省の役人たちが墓場からいなくなって十分後。

 私は通行証片手に墓場の前へと姿現しした。

 

「ドラコ、大丈夫かしら」

 

 まあ、もしアズカバンに収監されるようなことがあれば助けに行けばいいか。

 私は適当に割り切ると、母親の墓を探して墓場を歩き始めた。




設定や用語解説

揮発する生ける屍の水薬
 要は強力な催眠ガス。水薬を直接飲むよりかは効果は薄いが、ガスを吸い込んだ者は耐え難い睡魔に襲われ、そのまま死んだような深い眠りに落ちる。

アンドロメダ夫人
 ニンファドーラ・トンクスのお母さん。まだ普通にご存命。ベラトリックスやナルシッサとは姉妹の間柄。

パイアス・シックネス魔法法執行部長
 原作ではヴォルデモートに服従の呪文で操られ、完全に悪役と化していたが操られてなければ普通にいい人。



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