P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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許可証と棺と私

 私の人生は、どこまでが運命づけられたものなのだろう。

 魔法使いの両親を持つため、ホグワーツに入学することはきっと私が生まれた時から決まっていたことだ。

 ハリーと出会ったのも……偶然というわけではない。

 私もハリーも孤児であるため、入学準備には教員の手助けがいる。

 あそこでハリーと仲良くならなければ今の人生も大きく変わっていただろうか。

 私があの場で組分け帽子に無茶な要求をしていなければ、きっと私はスリザリンに入れられていただろう。

 そうなったらマルフォイとはもっと仲良くなっていただろうか。

 逆に、ハリーたちとは険悪な雰囲気になっていただろう。

 

「あの時、ハリーと出会わなければ……いや、そもそも私のお母さんが生きていたら……」

 

 私のお母さん、セレネ・ブラックが死ぬことなく女手一つで私を育てていたら。

 考えても仕方のないことだが、もっと幸福な未来があったかもしれない。

 

「いや、私にとっては幸福だけど、魔法界は荒れに荒れてそう」

 

 もっと早い段階でお父さんが復活し、私とお母さん、お父さんの三人で魔法界を征服する。

 

「ふふ、世界征服なんて毛程も興味ないけど、環境が変われば考え方も変わるかしら」

 

 なんにしても、もう私にはお父さんもお母さんもいないのだ。

 大切な人は、みんなこの手で殺してしまった。

 私はシックネスの執務室の壁にもたれ掛かると、そのままゆっくり座り込む。

 

「こんな能力……持ってなかったら良かったのに」

 

 そう呟いた瞬間、執務室の扉が音を立てて開く。

 私は咄嗟に時間を止め、少し開いた扉の隙間から入室してこようとしている人物を覗き見た。

 

「……なんだ、シックネスか」

 

 私はほっと胸を撫で下ろし、シックネスの机へもたれ掛かる。

 そして、時間停止を解除した。

 時間が動き出すと同時に、シックネスは扉を開け執務室の中に入ってきた。

 その表情は明るくはない。

 大臣に死の間への入室を申請する過程で何かあったのだろうか。

 

「申請通らなかった?」

 

 私は単刀直入にシックネスに問う。

 シックネスは首を横に振りながら答えた。

 

「いや、そもそも取り込み中で大臣に会うことが出来なかった。君を長い間ここに一人にするわけにもいかんのでな。書類は補佐官に預けてきたよ」

 

「それじゃあ、しばらく時間が掛かるんですね?」

 

「いや、そこまで長い時間待つことはないだろう。もうそろそろ魔法省の勤務時間も終わりだ。大臣もそれに間に合うように話を切り上げるだろう」

 

 私はポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。

 確かに、あと三十分もしないうちに魔法省は終業時間だ。

 

「きっと補佐官が書類を届けてくれるだろう。彼は几帳面な性格だからな」

 

 ああ、確かに大臣の補佐官は真面目過ぎるほどに真面目だ。

 同じ寮で数年過ごしていたこともあり、嫌というほどよく知っている。

 

「では、補佐官が来るまでの間に変装しおいた方がいいですね」

 

 私はポケットから鞄を取り出すと、さらに鞄の中から大きな姿見を取り出す。

 そして姿見に映る自分の姿を見ながら身体のあちこちに変身魔法を掛けた。

 白い髪をブロンドに染め、頭の後ろで一つに纏める。

 身長を高くし、胸も少し盛っておこう。

 顔に関しては目元を少し弄るだけで随分印象が変わるはずだ。

 最後に目の色だが……流石に目に魔法を掛けるのは少し抵抗がある。

 だが、私がパーシーの顔を嫌というほど見ているということは、逆も然りだ。

 私は小さく深呼吸をすると、慎重に目の色を青から緑へと変えた。

 最後に服装だが、これは無難に目立たない色の洋服とローブでいいだろう。

 変装を終えた私は姿見の前でくるりと回り、不自然な箇所がないか確かめる。

 そして仕上げに伊達メガネを掛け、姿見を鞄に仕舞い直した。

 

「うまいものだな。闇祓いたちが見つけられないのも頷ける」

 

「まあ、見つけられないのは単純に時間を止めたまま移動しているからですけどね。ポリジュース薬に比べればお粗末なものですよ」

 

 あとは声だが、これは軽くトーンを落とせばそれでいいだろう。

 私は変装を終えると、執務室にあるソファーへと腰掛ける。

 その瞬間、見計らったかのように執務室の扉がノックされた。

 

「大臣補佐のパーシー・ウィーズリーです」

 

「ああ、入ってくれ」

 

 シックネスが許可を出すと同時に執務室の扉が開き、パーシーが中へ入ってくる。

 パーシーはソファーに座る私を一瞥するとシックネスに書類を手渡した。

 

「頼まれていた許可証です」

 

「ああ、ありがとう。退勤時間も近いというのに手間を掛けたな」

 

「いえ、またいつでもお申し付けください」

 

 パーシーはシックネスに対し丁寧にお辞儀をすると、執務室を出ていく。

 私はそれを横目で見送り、ソファーから立ち上がった。

 

「無事許可は下りた……んですよね?」

 

 私はシックネスの手元にある羊皮紙を覗き込む。

 そこにはスクリムジョールのサインが書き込まれていた。

 

「ああ、これで死の間へと入れる。許可証がないとあそこの扉は開かないからな」

 

 シックネスは許可証を折りたたんで懐に仕舞うと、執務室のドアノブに手をかける。

 そしてそのまま少し固まると、ドアノブから手を離し私の方へと振り返った。

 

「約束して欲しい。もし何らかの要因で君の正体がバレた時、魔法省の職員に危害を加えないと。君の能力を使えば、正体がバレたところで誰も傷つけることなく逃げることは容易なはずだ」

 

「まあ、それに関しては約束しますけど……身の危険を感じたら抵抗はしますからね」

 

 シックネスは私の答えに一応の納得をしたのか、ドアを開けて執務室の外に出る。

 私はシックネスに続いて執務室を出ると、そのまま後ろを歩き始めた。

 

 

 

 

 地下二階の廊下を進み、エレベーターで地下九階へと下る。

 魔法省の地下九階には神秘部しか部署はない。

 エレベータを下りた先には廊下が真っ直ぐ続き、神秘部への入り口はその突き当たりにある。

 私とシックネスは無言で神秘部までの廊下を進むと神秘部の扉の前で立ち止まった。

 

「中に職員は?」

 

「こういうことはあまり言いたくはないが、神秘部という部署はあまり仕事がない。普段通りなら既に全員退勤済みだろう」

 

 シックネスは神秘部の扉を少し開け、中をチラリと覗き見る。

 そして、音を立てないように静かに扉を開けた。

 神秘部に入るのは初めてではない。

 五年生の時にお父さんと入ったのが一度目。

 叔父とハリーを殺した時が二度目。

 そして、これが三度目。

 

「こんなところに三度も来るなんてね」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

 私の独り言を聞き、シックネスが聞き返す。

 私は小さく首を振ると、扉が円状にならんだ神秘部のエントランスへと入った。

 私とシックネスが扉を閉めた瞬間、周囲の扉が壁ごと回り始める。

 だが、シックネスが許可証を取り出し部屋の中で掲げると、壁の回転は次第に遅くなり、私たちの正面で停止した扉がひとりでに開いた。

 もしかしたら、これが本来の挙動なのかもしれない。

 シックネスの様子を見るに、特に焦りや戸惑いなどは感じない。

 

「この扉で合ってるんです?」

 

「許可証が正常に機能していたらな」

 

 私はシックネスに続いて扉の奥へ進む。

 部屋の中にはベールの掛けられた大きな石のアーチがあり、その横に無造作に一つの棺が置かれていた。

 

「この中だ。防腐の呪文が掛けられている」

 

 シックネスは私に前を譲るように部屋の隅へと移動する。

 私は恐る恐る棺へと近づくと、棺の蓋に手を掛け、ゆっくりと持ち上げた。

 

「──っ」

 

 棺の中には、記憶にあるままの状態で私のお父さん……ヴォルデモート卿が横たわっていた。

 青白い肌に、魂を分割しすぎたせいで人間離れしてしまった、蛇のような顔。

 胸の辺りは赤黒く血液で染まっており、本当に当時のままの状態で保管されていることが窺えた。

 

「……ぉ、おとう……さん」

 

 私は父親の肩に軽く触れ、静かに揺する。

 当たり前だが、目を開けることはない。

 だって、私が殺したんだから。

 

「お父さん……ごめんなさいっ……私……私っ!!」

 

 視界がぼやける。

 いや、違う。

 泣きにきたわけじゃない。

 泣きにきたわけじゃないのに……。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいっ!! 私、そんなつもりじゃ……」

 

 とめどなく涙が溢れ、頬を伝い棺の中へと落ちていく。

 騙されていたから仕方がなかった?

 いや、違う。

 それでも、お父さんをナイフで刺したのは私なのだ。

 お父さんを殺したのは私なんだ。

 無意識に左手が懐中時計を掴む。

 私は時間を停止させると、お父さんの手を握りながら子供のように大声で泣いた。

 

 

 

 

 『サクヤ、本当に忘れ物はない? 貴方は頭はいいけどどこか抜けているところがあるから心配だわ』

 

 もう、心配しすぎだよ。

 私ももう十一歳だよ?

 

『セレネ、サクヤは俺の子だ。新入生の誰よりもしっかりしているに決まっている」

 

『あら、半分は私の血です。それに……ふふ』

 

『何がおかしい?』

 

『いーえ、なんでもありません。貴方これを言ったら怒るもの』

 

 お母さんの悪戯っぽい笑みに、お父さんは肩を竦める。

 その時、私の背後でホグワーツ特急の甲高い汽笛が鳴り響いた。

 

『あら大変。サクヤ、急ぎなさい』

 

『寮生活が落ち着いたら手紙を出すんだぞ? 寮は……まあスリザリンだろうな』

 

 私は重たいトランクを引きずりながら客車へと乗り込む。

 そして、不安な気持ちを押し殺し、両親に笑顔で手を振った。

 

『行ってきます』

 

 

 

 意識が覚醒する。

 目を開けると、ベールが掛けられた石造りのアーチが視界に映る。

 ああ、そうか。

 泣き疲れて寝てしまったんだ。

 私はもたれ掛かっていた棺から体を起こし、目を軽く擦る。

 

「二人が生きていたら、こんな未来もあり得たのかな」

 

 いや、あり得ないか。

 二人が出会った時には既に第一次魔法戦争は始まっている。

 そもそも二人は結構な歳の差婚のはずだ。

 

「お父さんとお母さんは愛し合っていたのかしら」

 

 ピーター・ペティグリューが言うには、お父さんは私が実の娘であることを数年前まで知らなかったらしい。

 だが私の年齢を考えると、私はお父さんがハリーに敗れるよりも前に産まれたはずである。

 産まれていたにも関わらず、お父さんは私の存在を知らなかった。

 いや、少しでも心当たりがあれば、母親そっくりの私を見て少なからず自分の子供ではないかと勘繰るはずなのだ。

 

「お父さんにとって、私は想定外の子供だった……でも、そんなことあり得るの?」

 

 仮に……仮にもしピーター・ペティグリューの話が本当だったとして……私がお父さんに初めて会った時、賢者の石騒動の時は私のことを娘だと認識していなかったとしたら。

 

「本当に私はヴォルデモート卿の娘なのかしら」

 

 私がヴォルデモート卿の娘であるという明確な証拠はない。

 セレネ・ブラックが私の母親だというのはわかる。

 私と母は血の繋がりがなければ不自然なほど容姿が似通っている。

 だが、父親に関しては他人から聞いただけで本当に血の繋がりがあるかどうかはわからない。

 

「そうだ。考えれば不自然なことが多い。クラウチは私のことを何の疑問もなくセレネ・ブラックとヴォルデモート卿の娘であると思っていた。それはつまり、二人の間に子供がいても不自然ではなかったということ」

 

 恋仲か、それを匂わせる距離感ではあったということだ。

 

「でも、お父さんはお母さんそっくりの私のことを自分の娘だとは思っていなかった」

 

 つまり、お父さんとお母さんの間に体の関係は無かったということになる。

 

「もしかして、私はヴォルデモート卿の娘ではない?」

 

 周りから見れば子供が出来ていてもおかしくない間柄なんだったとしたら、死喰い人たちに私のことを娘だと思わせることは容易だ。

 私がセレネ・ブラックの娘であるというのは間違いないだろう。

 だが、私がヴォルデモートの娘であるというのは、考えれば考えるほど不自然に思えてくる。

 もしかしたら、私の父親は他にいるのか?

 セレネ・ブラックの子供が生きていることを知り、自分の手元に置くために嘘をついたのか?

 

「お父さん……貴方は、本当に私のお父さんなの?」

 

 ダンブルドアは私がヴォルデモート卿の娘であることを知っていた。

 だが、それはスネイプによってもたらされた情報である可能性が高い。

 クラウチも私のことをヴォルデモート卿の娘であると信じていた。

 だが、それはヴォルデモート卿本人から聞いただけという可能性もある。

 私は棺の中に横たわるヴォルデモート卿の遺体を見下ろす。

 分霊箱の影響で崩壊しかかった顔からは、私との共通点を見出すことは出来ない。

 私は、時間の止まった世界でしばらく呆然と遺体を見つめ続けることしかできなかった。




設定や用語解説

大臣補佐
正式には魔法大臣付下級補佐官。

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https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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