P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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建前と身代わりと私

 棺の中に横たわるこの男性は、本当に私の父親なのだろうか。

 ヴォルデモート卿と私を繋げているのは、他人の証言だけだ。

 そして、その肝心の他人の証言も、ヴォルデモートの言葉を信じているだけ。

 

「ヴォルデモート卿が私のことを娘であると認識したのはペティグリューと合流してから。私がペティグリューをロンの元から逃がしたのが三年の学期末だから……」

 

 もし私がホグワーツに通い続けていたら九月から七年生だ。

 だとすると丁度三年前。

 ヴォルデモート卿が私のことを娘だと認識したのは三年前……。

 三年前にペティグリューと合流したヴォルデモートは、アルバニアの森でホワイトと再会して──

 

「──ッ、そうだ。ホワイト。私にそっくりな私の祖母。彼女は……彼女はなんでヴォルデモート本人も知らなかったことを知っていたの?」

 

 本当にヴォルデモートがその時に私のことを実の娘だと知ったのだとしたら。

 ホワイトと呼ばれている私の祖母はヴォルデモートを納得させるだけの証拠をヴォルデモートに提示したことになる。

 もしお母さんが何らかの理由でお父さんとの間に出来た私の世話を祖母に任せていたのだとしたら。

 

「可能性はある……可能性は……というか、それ以外に考えられない」

 

 私の父親がヴォルデモート卿であるという確証はないが、ホワイトが私の祖母である可能性は限りなく高いだろう。

 

「やっぱり、おばあちゃんには会う必要がある。私の出生の謎を知るためにも」

 

 私は鞄から手鏡を取り出すとぐしゃぐしゃになった顔や髪を整え、変装をしなおす。

 そして時間停止を解除し、棺の中に横たわるヴォルデモート卿の遺体を持ち上げた。

 

「うっ、重……」

 

「手伝おうか?」

 

 私の後ろにいたシックネスが扉の前を離れ、棺へと近づいてくる。

 私はヴォルデモート卿の遺体を一度棺の中に戻すと、杖を取り出して魔法で遺体を宙に浮かせた。

 

「私が鞄の口を広げているので、足から押し込んでください」

 

「あ、ああ。わかった」

 

 シックネスは宙に浮くヴォルデモート卿の体に恐る恐る触れると、慎重に鞄の中に押し込み始める。

 内部の容積はほぼ無限なため、ヴォルデモート卿の遺体は簡単に鞄の中に収まった。

 

「これでよしっと」

 

 私は鞄を魔法で小さくすると、ポケットの中に仕舞いこむ。

 そして、改めてシックネスに向き直った。

 

「あの……なんか色々ありがとうございました」

 

 私はポケットからシックネスの杖を取り出すと、シックネスに差し出す。

 シックネスは杖を受け取ると、そのまま自分のローブの内ポケットに仕舞いこんだ。

 

「これからどうするんだ? まあ、きっと、遺体を埋葬しに……行くんだろうね」

 

「ええ、まあ。明日の朝、早速エディンバラに行こうかなと。こういうのは早いほうがいいですし」

 

「そ、そうか。明日の朝にね」

 

 シックネスは言葉を詰まらせると、何かを思い悩むように俯く。

 そして、意を決したように口を開いた。

 

「実はだね……さっき許可証を渡しに行った時、闇祓い局の事務員から聞いた話なのだが……」

 

 シックネスは私の目を真っ直ぐ見る。

 初めは嫌悪感すら感じた視線だが、今となっては少し親近感すら感じる。

 

「明日の朝、エディンバラの南部に闇祓いが派遣されるらしい。任務の内容はサクヤ・ホワイトの捕縛。つまり、君の逮捕だ」

 

「魔法省が私の行動を掴んでいる? まさか貴方……」

 

「いやいやいや、そもそも私は君の母親の墓がエディンバラにあると聞かされていないし、明日の朝埋葬しに行くことも聞いていない」

 

「ということはつまり……」

 

 マルフォイ家の人間が魔法省に情報を流したということか。

 情報を流したのはナルシッサ……いや、ルシウスだろう。

 ルシウス・マルフォイは魔法省との繋がりも強い。

 きっと今も上手に立ち回って、特に罪に問われることもなく魔法省に入り浸っているに違いない。

 

「売られたか……まあ、ルシウス・マルフォイならやりかねないわね」

 

 ルシウス・マルフォイとはそこまで深い関係というわけでもない。

 それにルシウス・マルフォイという男は自分の利益のためならヴォルデモート卿ですら裏切るだろう。

 

「でも、そんなこと私に話してしまってよかったんです? もしかしたら、私を逮捕する一番のチャンスを台無しにしたかもしれませんよ?」

 

「下手に刺激したほうが危険だという判断だ。まあ、私としては自首して欲しいところだが……」

 

「一生牢獄から出られなさそうなので嫌です」

 

 私はシックネスに対して悪戯っぽく笑う。

 

「……まあでも、その判断は間違っていなかったと思いますよ。流石の私も親の葬儀を邪魔されたら相当怒ると思いますし」

 

「だが、作戦自体を中止させることは難しいだろう。作戦を中止させる合理的な理由がない。上手くやり過ごすことはできるかね?」

 

「それに関しては……まあ安心してください。私みたいな人間をここまで連れて来てくれた恩もありますし、誰も傷つけないようにうまくやりますよ」

 

 私はヴォルデモート卿が入っていた棺を回り込むと、ベールの掛けられた石作りのアーチに触れる。

 死の間に置かれているアーチだ。

 これもきっと死に関係するものなのだろう。

 

「そういえば、私のような犯罪者をこんな場所まで連れて来て、ヴォルデモート卿の遺体の強奪を手伝うなんて大丈夫なんです? いや、まあ大丈夫じゃないんでしょうけど」

 

「全然大丈夫じゃないさ。サクヤ・ホワイトに協力したとなれば私がアズカバン入りだろうな。このままではな」

 

「このままでは?」

 

 シックネスは自分のこめかみをコツコツとつつく。

 

「記憶を飛ばしてしまえばこっちのものだ」

 

「いやそれ罪を私に押し付けているだけ……」

 

「今更だろう?」

 

 私は大きなため息をつくと、ポケットから自分の杖を取り出す。

 まあ、確かに今更ではあるし、なんなら当初の予定ではシックネスを服従の呪文で操ってここまで案内させる予定だった。

 

「記憶を消すだけで大丈夫ですか? 念のため服従の呪文も掛けておきます?」

 

「何を言う。服従の呪文は許されざる呪文の一つだ。本人の同意があったとしても人に使っていいものではない」

 

「マッドアイに聞かせてやりたいですねそれ。あ、いや……あれはクラウチだったか」

 

 私は真紅の杖を指先でクルリと回すとシックネスに向けて構える。

 

「今更ですよ。インペリオ、服従せよ」

 

 私はシックネスを魔法で服従させる。

 シックネスは一瞬目を見開いたが、すぐにトロンとした表情になった。

 

「貴方はサクヤ・ホワイトに服従させられ、ここまで案内させられた。そして、散々利用され、最後には記憶を消される」

 

 私はもう一度シックネスに杖を向ける。

 

「オブリビエイト」

 

 そして、シックネスのここ数時間の記憶を消し飛ばした。

 

 

 

 

 父親の遺体は取り戻すことができた。

 あとはエディンバラにあるという母親の墓の横に埋葬するだけだが、馬鹿正直にノコノコと墓場に向かうわけにはいかないだろう。

 シックネスの話では闇祓いは朝から墓場の近くで張り込みを開始するだろう。

 きっと私が墓場に現れるまでその場から動かないはずだ。

 

「まあ、時間が止まった世界でひっそり埋葬すればいいんだけど、それはそれで負けた気がするのよね。それにどんなトラップが仕掛けられてるかわからないし」

 

 できれば闇祓いたちが完全に撤収してからのんびり葬儀を行いたい。

 

「一回闇祓いたちの罠に掛かって、捕まったフリをして、その後脱獄して……いや、面倒くさいか」

 

 かといって闇祓いたちと我慢比べをするつもりもない。

 魔法省から帰ってきた私は変装したまま薄暗い夜のロンドンの街を歩く。

 取り敢えず、腹ごしらえでもしながら考えよう。

 私はサラの運営するパブに入ると、カウンターにいるレイラに酒と料理を注文する。

 レイラは私の注文した料理の量に少々顔を顰めたが、私の正体に気がついてはいないようだった。

 

「やっぱり止まった時間の中で埋葬するのがいいのかしらね……でも、ナルシッサから貰った通行証が時間の止まった世界でも通用するかはわからないし」

 

 その場合、一度時間停止を解除する必要が出てくる。

 魔法省がどのような作戦を考えているかはわからないが、その隙をつかれる可能性もある。

 シックネスとあのような約束をした手前、闇祓いと真正面からぶつかることは避けたほうがいいだろう。

 

「はいビールおまち。料理はお連れさんが来てからの方がいい?」

 

 レイラはビールのジョッキを私の前に置くと、不思議そうな顔で質問してくる。

 まあ、頼んだ料理の量からして、複数人での待ち合わせだと判断したんだろう。

 

「私一人よ。出来たものから運んでもらえればいいわ」

 

「え? この量を一人で?」

 

 レイラは伝票に書かれている料理のリストを見て今度は顔を顰める。

 

「なによ。悪い?」

 

「いや、そんなことないけど……残さないでよね」

 

 私はレイラに肩を竦めてみせる。

 そしてレイラが持ってきたビールのジョッキをグイっと傾けた。

 その時、ふとある作戦を思いつく。

 私が現れない限り、闇祓いたちは墓場を動かないだろう。

 だとしたら、私を捕まえさせればいい。

 

「レイラ、ちょっといい?」

 

「え? なんで私の名前を──」

 

「インペリオ」

 

 私は振り返ったレイラに服従の呪文を掛ける。

 

「明日空いてる?」

 

「いえ、明日もシフトが入ってます」

 

「そう。じゃあ明日は休みなさい」

 

「はい。わかりました」

 

 レイラは虚な目で機械的な返事をする。

 

「それじゃあ、今日バイトが終わったらサラの部屋に来るように。サラ、レイラと部屋を借りるわよ」

 

「はい? 何の話ですか?」

 

「インペリオ」

 

 私は早速料理を運んできたサラにも服従の呪文を掛ける。

 

「今日は近くのホテルにでも泊まりなさい」

 

「はい。かしこまりました」

 

 サラはレイラと同じように虚な目で頷くと、料理を載せていたトレイを片手にキッチンへと戻っていった。

 これで、身代わりの確保は出来た。

 もし魔法省が大規模爆破魔法や毒ガスなどで攻撃してきたらレイラは死ぬだろうが、まあそれに関しては私に大きなデメリットはない。

 むしろ無関係のマグルを殺したということで、魔法省の勢いを削ぐこともできるはずだ。

 

「シックネスは捕縛作戦って言ってたからよっぽど大丈夫だと思うけどね」

 

 私はサラが運んできたソーセージの盛り合わせにフォークを突き立てる。

 そして黙々と料理を胃袋の中に詰め込み始めた。

 

 

 

 

 サラのパブである程度の腹ごしらえを済ませた私は、そのまま店の奥にある階段を上り、サラの生活スペースへと入る。

 そしてリビングにあるソファーに腰掛け、テレビのリモコンを手に取った。

 

「そういえば孤児院にはテレビがなかったわね。ラジオはあったけど」

 

 グリモールド・プレイスにある私の家にはテレビはないし、ホグワーツではそもそもテレビの電源すらつかないだろう。

 そう思うと、こうやって落ち着いてテレビを見るのは初めての経験かもしれない。

 私はBGM代わりにバラエティ番組を聞き流しつつ、鞄の中からポリジュース薬の入った小瓶を取り出す。

 そして自分の髪を手櫛で梳き、抜けた髪の毛をポリジュース薬の中へと入れた。

 その瞬間、ポリジュース薬は一瞬で泡立ち、すぐにミルクのような白色に変わる。

 私は色の変わったポリジュース薬を軽く振るうと、机の上に置き直した。

 

「なんというか、あまり美味しそうじゃないわね。まあ、ポリジュース薬が美味しいはずないけど」

 

 あとはレイラの仕事が終わるのを待つだけだ。

 私は机の上に置かれているリモコンを手に取り、テレビのチャンネルを変える。

 知らないタレントが出ているバラエティほどつまらないものもない。

 時間も時間ではあるし、暇を潰すならニュース番組の方が楽しめそうだ。

 

「嫌だわ……完全に魔法界に染まりきってる。入学当初はかなり嫌々通ってたのに」

 

 テレビの画面に映るニュースキャスターは、ロンドンで立て続けに発見されている謎の焼死体についての原稿を読み上げている。

 謎の焼死体か。

 十中八九逃げ出した死喰い人の仕業だろう。

 きっとマグルから金を巻き上げているに違いない。

 

「やり方がスマートじゃないわね。まあその辺も含めて死喰い人の犯行っぽいけど」

 

 金を得るだけなら失神呪文と忘却呪文で十分だ。

 あえて残虐な方法で殺しているところを見るに、犯人はマグル虐めそのものを楽しんでいる。

 

「魔法省も大変だわ。私なんかに構っている場合じゃないんじゃないかしら」

 

『ロンドン市警の発表では、一連の事件はサクヤ・ブラックの犯行である可能性が高いとのことで、夜間の外出自粛、並びに女性、年少者の単独での外出の自粛を呼びかけております。市民の皆様に置かれましては──』

 

「……」

 

 私はリコモンでテレビの電源を落とす。

 きっとシリウス叔父さんもこんな感じで罪が膨れ上がったんだろうなぁ。

 

「本当に焼き殺してやろうかってんだ」

 

 私がその気になれば、一瞬でロンドンを火の海にすることだって──

 

「あはは、冗談だけどね」

 

 私はリモコンを机の上に投げると、ソファーに寝転がる。

 そしてレイラが上がってくるのを待った。




設定や用語解説

なんの躊躇もなく服従の呪文を唱えるサクヤ
 シックネスに対しては親切心でだが、サラやレイラに対しては完全に自己都合。普通に犯罪だしアズカバンで終身刑。

ルシウス・マルフォイならやりかねない
 ルシウスがそういう男だということはサクヤもよくわかっているため、失望や怒りというよりかは呆れの感情しか抱かなかった。

レイラの扱いが酷いサクヤ
 無意味に殺そうとは思わないが、死んでも別に困らないから囮として使おうという判断。だんだん祖母に似てきた。




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