P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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side B シリウス・ブラック、おぜうに拾われる3/3

「いや、知らない……」

 

「あ……そう」

 

 ブラックの言葉に、レミリアはわかりやすく肩を落とす。

 気まずい空気が部屋の中に流れる。

 レミリアは何か言いたげに口をパクパクさせたが、すんでのところで飲み込んだようだった。

 

「まあいいわ。……引きこもりのパチェの方が知名度が高いのは納得いかないけど。とにかく、貴方を助けたのはこの私、レミリア・スカーレットよ」

 

「運んだの私で、治療したのパチュリー様なんでお嬢様何もしてないですけどね」

 

「助けるように指示を出したわ。それだけで値千金の働きというものよ」

 

 レミリアはフフンと胸を張る。

 この短いやり取りで、ブラックはレミリア・スカーレットという少女がどのような吸血鬼かわかり始めていた。

 

「……それでその、スカーレットさんはどうして私を助けてくれたんです? 私は知っての通り脱獄犯だ。普通なら、魔法省に通報するか、そのまま放置するかだと思いますが……」

 

 ブラックがそう聞くと、レミリアはブラックと向かい合うようにソファーに腰掛け足を組む。

 パチュリーは少し迷った挙句、部屋の隅の方に移動した。

 

「貴方に聞きたいことがあったの。実を言うとね、この一年、貴方が脱獄してからの動きを監視させてもらっていたわ。貴方がどのような目的で脱獄したのかもわからなかったし、こちらに被害が及ぶ可能性もあったからね」

 

「監視……ですか? 一体どのように?」

 

「人の位置を地図上に表示する魔法がある」

 

 パチュリーが口を挟む。

 それを聞いて、ブラックは学生時代にある書物を参考にして作ったホグワーツの地図の存在を思い出した。

 

「そうか……確かにあの魔法は貴方の本に記されていたものだ」

 

「ええ。それに、空に目を飛ばしてある。天文学を習っているなら衛星の存在はわかるでしょう? ようは月と同じように地球の周りを回る……まあ自転と共に回ってるから静止して見えるんだけど、人工的に作り出した目を宇宙まで飛ばして、それを通して直接貴方を見ていたわ。だから貴方が動物もどきであることも知っているし、とあるホグワーツ生にナイフで殺されかけたことも知ってる」

 

 ナイフで殺されかけた。

 いや、ブラックの感覚では殺されたに等しい。

 ブラックはいきなり首元の肉がパックリと開く感覚を思い出し、思わず身震いした。

 

「そう、貴方はあの孤児院の生き残りであるサクヤ・ホワイトにナイフで刺された。私もここからパチェの魔道具で覗いていたけど、気がついたら貴方が倒れたようにしか見えなかった。一つ目の質問よ、シリウス・ブラック。貴方はあの時何をされたの?」

 

 レミリアの問いにブラックは押し黙る。

 言いたくないのではなく、ブラック自身、自分でも何が起こったのか理解できていないのだ。

 

「……わからない。気がついたらホワイトが私の前に立っていて、気がついたら私は首と心臓を切り裂かれていた」

 

「風は? それに、姿現しのような破裂音はした?」

 

 パチュリーがそう聞くと、ブラックは静かに首を横に振った。

 

「いや、音もなかった。本当に、気がついたらそうなっていたとしか言いようがない。まるで、私の時間が止まっていたかのような──」

 

 ブラックはそこまで口に出して、あることに気がつく。

 レミリアはそんなブラックの様子を見てニンマリと笑った。

 

「そう、まるで時間が止まっていたようだった。さて、次の質問なのだけれど、貴方はどうして孤児院の事件を調べにわざわざロンドンまで戻ってきたの?」

 

「……彼女の協力を得るためだ。ホワイトの。彼女は私が孤児院を襲った犯人ではないかと疑っていた。その容疑を晴らすために私はロンドンへ──」

 

「そこまでして、彼女の助けを必要とする理由はなに?」

 

 ブラックは少し悩んだ後、十二年前、自分の身の回りで起きた出来事の真実を語り始めた。

 ポッター家がヴォルデモートに狙われたこと。

 忠誠の呪文で隠すことになったこと。

 自分が秘密の守人として選ばれたこと。

 直前になって、秘密の守人を友人のピーター・ペティグリューに替えたこと。

 そのペティグリューが裏切り、秘密をヴォルデモートに暴露したこと。

 ペティグリューを追い詰めたが、ペティグリューはマグルを殺してその隙をついて逃げたこと。

 結果として、裏切り者だと勘違いされた自分がアズカバンに投獄されたこと。

 レミリアは時折相槌を打ちながらブラックの話を聞く。

 

「つまり、貴方は無実の罪でアズカバンに投獄された。でも、それにしては随分大人しくアズカバンにいたものね。普通ならもっと抗議するものじゃない? 『自分は無実だ。裏切り者はピーターだ』って」

 

「……直前になってピーターを秘密の守人に替えようと提案したのは私だ。誰もピーターが秘密の守人だなんて思わない。奴らの裏をかくにはそれが一番だと思った。『連中は私が秘密の守人だと思って追ってくる。私が連中と鬼ごっこしている間、ピーターは安全なところに身を隠しておけばいい』と、私はそう提案した。だが、まさかピーターが裏切るなんて……」

 

「つまりこういうわけ? ポッター家が襲われたのは自分の責任だ。だから、自分はその罪を背負う必要がある、と」

 

 レミリアは呆れたと言わんばかりに肩を竦める。

 パチュリーも理解できないといった表情をしていた。

 

「まあ、それはいいわ。でも、じゃあ何故このタイミングで脱獄を? アズカバンの生活に今更嫌気が差したからというわけではないんでしょう?」

 

「私が動物もどきであるように、ピーターもまた動物もどきだった。あいつはネズミに変身することができる。私が取り逃した時も、あいつはネズミに変身して逃げていった。私がアズカバンを脱獄した理由は、新聞でやつを、ピーター・ペティグリューが変身したネズミが写った写真を見つけたからだ。あいつはホグワーツ生のペットになっていた。このままではハリー・ポッターに危害が及ぶ可能性があると判断した私は犬に変身し吸魂鬼の目をかいくぐり、アズカバンを脱獄したというわけだ」

 

「ハリー・ポッターに危害……ねぇ。まあ、貴方からしたらポッターは自分の子供のようなものなのかもしれないけど、何にしてもよくやるわ。じゃあ、貴方の目的はホグワーツに潜伏しているピーター・ペティグリューを捕まえることだったわけね」

 

 レミリアが確認すると、ブラックは静かに頷いた。

 

「一度ホグワーツに忍び込んだが、思った以上に警備がしっかりしていて、談話室に忍び込むことはできなかった。だからこそ、私には協力者が必要だったんだ。幸い、グリフィンドール生が飼っている猫を味方に引き入れることはできたんだが、その猫の飼い主の友人によるガードが相当固いようでね。ピーターに触れることすらできなかったらしい。まあ、その飼い主の友人というのはホワイトのことなんだが……だが、偶然私はホワイトと接触する機会があった。私は自分の事情を説明し、ホワイトに協力を仰いだ。ホワイトの協力さえ得られることができれば、ピーターはもう捕まえたも同然だ。だが、ホワイトは私をすぐには信用しなかった。当然だ。自分が暮らしていた孤児院を襲った犯人かもしれない男が目の前にいるんだ」

 

「よくその時に殺されなかったわね」

 

「実際、私はその時殺される一歩手前だった。今思えば、ホワイトは時間を止めて私を拘束したのだろう。ホワイトは協力する条件として、私に孤児院の事件を調べて欲しいと言ってきた。貴方が犯人でないのなら、孤児院を襲ったのは一体誰なんだとね。ホグワーツに忍び込むよりも協力者を得るほうが先決だと判断した私は孤児院の事件を調べるためにロンドンへと戻ったというわけだ」

 

 レミリアはブラックの話を聞き終わると、口に指をあてて考え込む。

 一分ほど思考を巡らせたのち、レミリアは口を開いた。

 

「なるほど、貴方は孤児院の事件を調べた結果、この事件がマグルにも魔法使いにも不可能な犯行だということにたどり着いた。つまり、時間を止めるでもしない限り不可能な犯行だと。そして、その事実を伝えた結果──」

 

「私はホワイトに襲われた」

 

「……解せないわね。自分が犯人だとバレたから殺したのだとしたら、貴方に孤児院の事件を調べさせる意味が分からない。ただ貴方を殺すのが目的なんだとしたら、もっとやりようはあったはず。ホワイトの目的が全く分からないわ」

 

 レミリアは大きなため息と共にソファーへと深く腰掛ける。

 

「まあなんにしても、何があったのかは大体理解出来たわ。興味深い話も聞けたし、貴方を拾った甲斐があったわね」

 

 レミリアは子供のような無邪気な笑みをブラックに向ける。

 ブラックはその笑顔を見て、唐突に不安に駆られた。

 

「……この後、私はどうなる?」

 

「あら、それ聞いちゃう? そうねぇ……聞きたいことは全部聞けたし、こちらのことも結構話してしまったし……何よりパチュリー・ノーレッジがうちにいることを知られてしまったっていうのが大きいのよねぇ」

 

「もう少しここで飼育して、肥えてから食料にするのはどうです?」

 

 レミリアの横に座っていた美鈴が嬉々として提案する。

 

「いや、私としては貴重な動物もどきなんだし、生きたまま解剖してみたいわ。新しい魔法も試してみたいし、魔法薬の材料にもなるかもしれない」

 

 恐ろしいほど無表情でパチュリーがそう提案する。

 

「この場で血を吸ってしまうのもアリね」

 

「レミィ、貴方小食じゃない」

 

「ここで吸わないでくださいよー。お嬢様血を吸うの下手すぎて結構溢すじゃないですか。ラグのシミ落とすの私なんですからー」

 

 ブラックは目の前で行われるやり取りを見ながらどうにかこの場から逃げる方法を考える。

 状況はよくわからないが、このままここに居ては命の保証はないのは確かだ。

 ブラックは悟られないように周囲を見回し、逃げ道を探す。

 この部屋に窓はないため出入りができるのは先程レミリアたちが入ってきた扉だけだ。

 犬に変身し一気に足元を駆け抜ければ、相手の不意を突いて部屋の外に出てるかもしれない。

 幸い扉の近くには誰もおらず、一番厄介そうなレミリアはソファーに深く腰掛けている。

 いくら吸血鬼の速度が速かろうと、部屋を飛び出すぐらいなら可能だろう。

 ブラックは隙を伺うために一度レミリアに視線を戻す。

 だが、ブラックが視線を戻した時には既に、先程まで談笑していた三人の顔が真っ直ぐブラックへと向いていた。

 

「さぁて、どうしましょうか。折角だから、貴方に選ばせてあげる。明日の朝に食卓に並ぶか、パチェの実験動物になるか、この場で血を吸われるか……」

 

 レミリアはそこで一度言葉を切る。

 

「それか、私に忠誠を誓うか、ね。好きなものを選びなさい」

 

 ブラックはそれを聞いて目を見開くと、苦々しげに笑みを浮かべた。

 

「実質一択じゃないか」

 

「どうせ私が拾わなかったら死んでいたんだから、生まれ変わったと思って私に仕えなさい。悪いようにはしないわ」

 

 レミリアはブラックの方に手を差し出す。

 ブラックはやれやれと言った表情で膝を折り、レミリアの手の甲にキスをした。

 

「さて、知的好奇心も満たされたところだし、私はそろそろ仕事に戻るわ。パチェ、しばらくブラックを預けるわよ。ここのことを色々教えてあげて」

 

 レミリアはそう言うと、大きく伸びをしながら部屋を出ていく。

 

「じゃあブラック君、私も仕事に戻りますね。何かわからないことがあれば聞いてください」

 

 美鈴はソファーから立ち上がり、ブラックの肩を叩いてから部屋を出ていった。

 部屋に残ったパチュリーはベッドの横の机に置かれているすっかり冷めたスープに手をかざす。

 すると冷めきっていたスープから湯気が立ち上り始めた。

 

「まあとにかく、明日まではゆっくり寝ておきなさい。貴方には当面の間私の研究の手伝いと外回りの雑用をこなしてもらうわ。あとそれと、明日私が迎えに来るまでこの部屋から出ないほうがいいわよ。そんなに広い館じゃないから迷うことはないはずだけど、危ない部屋もあるから」

 

 パチュリーはそう言い残し部屋を出ていった。

 部屋に一人残されたブラックは、机の上に置かれたサンドイッチを手に取る。

 

「なんにしても、ピーター・ペティグリューの問題は片付いていない。今は生き残って、何としてでも奴を仕留めなければ」

 

 ブラックはサンドイッチを口に詰め込むと、スープで胃の中に流し込む。

 サンドイッチの味は今まで食べたどんなサンドイッチより美味しかったが、中に挟まっている肉が、ブラックにはどうしても牛や鳥などの家畜の肉とは思えなかった。




設定や用語解説

紅魔館組の一員となるシリウス・ブラック
 掘り下げれば面白エピソードが山のように出てきそうだが、あいにく番外編を書く予定は今後無い。

次回から本編に戻ります。

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