P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
「……え?」
頭部を失ったレミリアの体はそのまま重力に従って地面に倒れ込む。
私は倒れ込んできたレミリアを押し退けると、慌ててその場から立ち上がった。
「一体何が起こったの?」
立ち上がって初めに目に入ってきたのはレミリアと同じように頭部を失ったパチュリーの姿だった。
首の断面からは止めどなく鮮血が溢れ出ている。
確かめるまでもなく死んでいるだろう。
『一人逃したわ』
「でも一番厄介なお嬢様を一回休みにできたのは大きいですよ」
『とにかく、すぐに逃げた方がいいわね。杖に込められた魔力なんてちっぽけだし。急いでサクヤを連れて地下に来なさい』
「了解です!」
美鈴は折れた私の杖をポケットに仕舞い込むと、私の方へと走り寄ってくる。
そして私の手を握り、館の方へと引っ張った。
「ほら、サクヤちゃんこっちです!」
「え!? ちょ、ま──」
私はパチュリーの死体を飛び越え、美鈴に引っ張られるがままに館の中へと引っ張り込まれる。
そしてそのまま美鈴と一緒に薄暗い廊下を走り始めた。
「な、なんで助けて──」
「その話は後にしましょう。とにかく今は妹様の元へ」
長い廊下を何度が曲がり、階段を転がり落ちるように駆け降りる。
そして地下通路を真っ直ぐ走り抜けると、突き当たりにある部屋の中へと飛び込んだ。
「お待たせしました!」
「ちゃんとサクヤを連れてるわね。上々だわ」
私は一瞬、この部屋がレミリアの寝室なんじゃないかと思った。
大きな天蓋付きのベッドにたくさんのぬいぐるみ。
部屋を飾る調度品の数々はどれも一級品だ。
だが、部屋の一角に数多くの画材が無造作に散らばっている。
確か、レミリアに絵を描く趣味はないはずだ。
だとしたら……
私は美鈴と話している少女に目を向ける。
赤を基調としたふんわりとしたドレスを身に纏い、金色の髪をサイドテールにしている。
そして背中からは色とりどりの宝石がぶら下げられた枝のような羽を生やしていた。
私は、この少女に見覚えがある。
この館の玄関ホールに飾られている自画像。
確か、名前は──
「フランドール・スカーレット……」
「私の名前を知っているとは博識ね。でも、込み入った話はあとよ。パチュリーやお姉様が復活する前にここから逃げなきゃ」
「サクヤちゃん、左手を握ってください!」
美鈴は右手でフランドールの左手を握る。
私は一瞬躊躇したが、意を決して美鈴の左手を握った。
その瞬間、姿くらましに似た感覚が私の全身を襲う。
そして気がついた時には私は薄暗い路地裏に立っていた。
「ここは?」
「闇の魔法使いですら立ち入ることのないノクターン横丁の外れですよ」
美鈴は簡単に説明すると路地裏から出て通りを歩き始める。
周囲は薄暗くどこの家も明かりをつけていない。
いや、もしかしたらつけているのかもしれない。
だが、どの家の窓にも異常なほど板が打ち付けられており、完全に塞がれていた。
幸い今日は満月だ。
明かりがなくとも周囲を見渡すことはできる。
「ロンドンにこんな通りがあったなんて……人は住んでいるんです?」
私は前を歩く美鈴に尋ねる。
だが、私の問いに答えたのは後ろを歩くフランドールだった。
「人間は住んでいないわ。ここに住んでいるのは吸血鬼の出来損ないや人狼。あとはゴブリンとか」
「吸血鬼の出来損ない?」
「人間から吸血鬼になったような奴らのこと。私のような純血種と違ってね」
美鈴は通りを少し歩くと、周囲を見回して通りに誰もいないことを確認する。
そして、通りに並ぶ店なのか家なのかもわからない建物の扉のドアノブを握った。
「お邪魔しまーす」
美鈴は無理矢理ドアノブを捻り、鍵を破壊して扉を押し開ける。
そしてそのまま特に警戒することもなく建物の中へと入っていった。
「私たちも行きましょう」
「え? あ、はい」
私は美鈴に続いて建物の中へと入る。
建物の中は蝋燭が灯っている。
どうやら中に誰かいるようだ。
「だ、誰だ!? 女?」
その瞬間悲鳴にも近い叫び声が奥の部屋から聞こえてくる。
そして、間髪入れずに断末魔が響き渡り、その後静かになった。
「家主も運が悪いわね」
フランドールは立ち尽くしている私を追い越すと、奥の部屋の中へと進んでいく。
私は急いでその後を追った。
「うわっ……」
部屋の中は案の定の惨状になっていた。
ひっくり返った机と椅子、割れた酒瓶。
床には首があらぬ方向に捻られた死体が一つ。
様子を見るに、多分この建物の家主だろう。
人のように見えるが、フランドールの話が本当なら人ではないのだろう。
いや、吸血鬼や人狼は人扱いでいいとは思うが。
「とりあえずこんなもんですかねー。月が沈むまではここでやり過ごしましょう」
美鈴はひっくり返った机と椅子を元に戻すと、そのうちの一つを少し引いた。
「フラン様、どうぞ」
「ありがと」
フランドールは椅子に腰掛けると、死体に向かって右手を伸ばす。
そして、その右手を握り込んだ瞬間、死体が風船のように破裂し跡形もなく消え去った。
「ゴミ掃除も済んだことだし……っと、まずはサクヤの治療をしないと」
「と、そうですね」
美鈴はポンと手を打つと、蝋燭の近くへ私を手招きする。
私は自分の全身に意識を向けながら軽く手を振った。
「あ、いえ。これぐらい自分で──」
私は杖を取り出そうとポケットに手を伸ばしかけたところで杖がないことを思い出す。
美鈴は私の視線に気がついたのか、折れた杖を取り出し私に差し出した。
「これ、返しておきますね。もう杖としては使えないですが」
私は美鈴から杖を受け取ると、折れた断面を覗き込む。
断面は空洞になっており、芯材となっていた髪の毛は綺麗さっぱり消え去っていた。
「アカミノキに、吸血鬼の髪の毛……てっきりレミリアの髪の毛が使われているんだと思ってました」
「もしそうだったらお嬢様はもう少し早くサクヤちゃんを捕まえていたと思いますよ。吸血鬼は切り離した自分の一部を自由に動かすことができますし。魔力的な繋がりもありますからサクヤちゃんの時間停止能力だって──」
「だとしたら、もしかして……」
私は少し高すぎる椅子の上で足をぶらぶらさせているフランドールの方を見る。
フランドールは私の視線の意味を理解したのか大げさなぐらい肩を竦めた。
「多分、たびたび時間が止まってたわ。ずっと地下に引きこもっていたからあまり影響はなかったけど」
「不思議には思っていたんです。もしこの杖にレミリアの髪の毛が使われていたとして、その髪の毛がレミリアと繋がっているのだとしたら、レミリアは時間停止の影響を受けないんじゃなかって。でもその予想に反してちゃんと時間は止まるし、レミリア自体が私の時間停止能力を無効化しようと躍起になっていた。だから切り離した髪の毛はとっくの昔に本体との繋がりが途切れているんじゃないかと思っていたんですが……」
「あなたの当初の予想が正しかったってことね。間違いがあったとすれば、使われていた髪の毛がお姉様のものではなかったこと」
美鈴は私に近づくと、着ている服を手際よく脱がしていく。
そして全身を観察しながら擦り傷や打撲がある箇所に軟膏のようなものを塗り始めた。
「魔法界由来のものではないので即効性はありませんが、多少はマシになるはずです」
「あ……ありがとうございます」
アドレナリンが切れたのか、体のあちこちがズキズキと痛み始めてきていたが、美鈴が軟膏を塗った箇所から痛みが和らいでいくのを感じる。
ハナハッカ・エキスほどの即効性はないようだが、そこまで大怪我をしているわけではないのでこれぐらいで十分だろう。
私は美鈴に軟膏を塗ってもらいながら、改めてフランドールの方を見る。
細くしなやかな金色の髪に赤い瞳、顔つきはレミリアとよく似ているが、レミリアと違いどこか無邪気さを感じる。
背中には木の枝のような羽が二本生えており、その羽には七色の宝石が吊り下げられてた。
羽というよりかは、装飾に近いように感じる。
こんな羽では空は飛べないだろう。
「あの……どうして……」
「なにが?」
「どうして助けてくれたんですか? その……家族や主人を裏切ってまで」
私の問いに、フランドールと美鈴は顔を見合わせる。
そして吹き出すように笑い始めた。
「もしかして、貴方のために、貴方が可哀想だから助けるためにお姉様の頭を吹き飛ばしたんだと思ってる?」
「じゃあ、他に何か目的があると?」
「まあ、貴方を助けるためにお姉様たちを裏切ったのは否定しないわ。貴方がお姉様に捕まるっていうのはちょっと困るのよ」
私がレミリアに捕まると困る?
私が首を傾げていると、フランドールはにこやかに笑いながら話を続けた。
「お姉様も言っていたけど、あいつは貴方を捕まえた功績を足がかりにイギリス魔法界での地位向上を狙っているわ。それこそ、最終目標は魔法大臣でしょうね」
「私を捕まえた功績って……私の首にそこまでの影響力はないと思うんですけど」
「あるのよ。貴方の首にはそれだけの価値が秘められている。ヴォルデモート卿の娘という肩書きは伊達じゃないわ。まあ、それ以上にヴォルデモートの首の方が価値があったわけだけど」
レミリアは言っていた。
ヴォルデモート卿はレミリア自身が討ち滅ぼすはずだったと。
だが、レミリアの思惑に反してヴォルデモート卿は娘である私が殺してしまった。
ダンブルドアも生きていて、ヴォルデモート卿を討ち滅ぼすという功績も奪われ、手元に残ったのはホグワーツ防衛という名誉だけ。
「ダンブルドアが死亡した状態で、ヴォルデモート卿とその娘の首を手柄に絶対的な支持を獲得し、イギリス魔法界のトップに立つ。それがお姉様の計画だった。実際、お姉様の計画は直前までかなり順調に進んでいたわ」
「ちょっとした歯車の食い違いで一気に崩れましたけどねー」
寝床のようなものを確認していた美鈴が割り込むように言う。
「そうね。結局のところ貴方はクラウチと出会う前にヴォルデモートと対峙し、時間停止能力で一方的にヴォルデモートを殺した。殺した人物が実の父親であるとも知らずにね。お姉様としてはかなり予想外だったはずよ。死ぬはずの人間が生きていて、殺すはずの人間が死んでいるんですもの。その時点でお姉様は計画を変更せざるを得なかった」
「では、私がクラウチに会いに行ったのは、レミリアが仕組んだことだったと?」
「それは違うわ。ね? 美鈴」
「はい。それに関してはサクヤちゃん自身の意思ですよ。お嬢様は手紙という形でサクヤちゃんに真実を伝えようとしてましたから」
なら私がクラウチに会いに行ったのは完全に偶然ということか。
だが、結果としてはレミリアの思惑通りになってしまったわけだが。
私はクラウチから真実を聞かされ、激怒した挙句ダンブルドアを惨殺した。
「というか、サクヤちゃんもサクヤちゃんですよ? 折角私がなんとかお嬢様の目を掻い潜って忠告したのに」
「ならもっとわかりやすく忠告してくださいよ」
「あれ以上わかりやすく忠告してたらそれはそれで真実が伝わっちゃうじゃないですか。だからこそ、平穏を望むなら何もするなとしか言えなかったわけで……」
「だからって──」
「それじゃあサクヤちゃん。サクヤちゃんは『実はこの前殺したヴォルデモートが真の父親で、貴方はダンブルドアに騙されているけど、それを利用してお嬢様が名声のために貴方の命を狙っているからこのまま何も気づかないふりしてクラウチと親子ごっこしててね』って言ったらその通りにしましたか?」
「それは──」
まあ、今と同じ結果になっていたとは思うが。
美鈴は小さくため息を吐くと、話を続ける。
「だからこそ。遠回しに伝えるしかなった。そこは理解してください」
美鈴は家主が寝床として使っていた布を部屋の隅に放り投げると、「新しいベッドが必要ですね」とひとり呟いた。
「でも……そもそもというか。まだあまり状況がよく分かってないんですけど……フランドールさんと美鈴さんの目的って一体なんなんです? 今の所レミリアの邪魔がしたいということしかわからないんですけど……美鈴さんとか、レミリアの従者ですよね?」
「邪魔がしたい……ね。あながち間違いではないわ。私も美鈴も、今のあいつの方針には賛同していないの」
「方針に賛同していない?」
私が問い返すとフランドールは力強く頷く。
「出世欲なのか自己顕示欲なのかわからないけど、お姉様は私を蔑ろにして人間に擦り寄ろうとしてるわ。昔は私さえいればそれでいいみたいな感じだったのに。きっともう私のことなんてどうでもいいんだわ。地下室に会いに来る頻度も減ったし、紅魔館を離れてホグワーツで教師を始めるし。だから……だからね?」
フランドールは椅子に座りながら重心を後ろに傾け、椅子を揺らし始める。
そして両手を挙げ、天を仰ぐようにして言った。
「私がイギリス魔法界を支配してやろうと思って。お姉様が政治で実権を握る前に、力と恐怖で魔法界を支配してやる。そしたら、もう私を無視することなんてできない」
フランドールは挙げていた手を握り込む。
「だから、貴方にはその手伝いをしてもらうわ」
そして、私に対して無邪気に微笑んだ。
設定や用語解説
フランドール・スカーレット
レミリアの実の妹にして凶悪な能力を持ち合わせる吸血鬼。館に引きこもりがちというかここ何百年一歩も地下室から出ていなかった。
ノクターン横丁の外れ
吸血鬼や人狼の集落がある。非合法なだけでなく倫理観の欠片もないようなものが取引されている(養殖した人の肉、人間の奴隷等)
吸血鬼の出来損ない
ある意味では一種の差別用語。穢れた血に近いニュアンスだが、吸血鬼の場合は血の濃さが実際に実力として現れる。
Twitter始めました。
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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。