P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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ナイフと闇の囁きと私

 目が覚めた私は大きく伸びをして全身の凝りをほぐす。

 どうやら寝ている間に金縛りは解けたようだった。

 私は止まった時間の中でこのあとどうするか考える。

 ひとまず賢者の石の守りがどのようなものなのか確認しにいこう。

 止まった時間の中で行けるところまで行ってみて、無理そうなら引き返せばいい。

 

「さて」

 

 私は肖像画を押し開けて廊下に出る。

 

「ルーモス」

 

 杖の先端に明かりを灯し、薄暗い廊下を進んだ。

 十分もしないうちに私は立ち入り禁止の廊下の前に辿り着く。

 ハリーたちの姿は見なかったが、まあ当たり前だろう。

 三人は透明マントを被っているのだ。

 目には見えないし、止まった時間の中では足音すら聞こえない。

 三人を見つけることは困難だろう。

 私は立ち入り禁止の廊下の扉を見る。

 普段鍵が掛かっている扉は半開きになっており、既に誰かが入ったことを示唆していた。

 

「まさか、本当に誰かが石を盗もうとしている?」

 

 なんにしても、今は奥に進むしかない。

 このまま進んでいけば、その何者かを見つけることができるだろう。

 私は扉を押し開けてフラッフィーのいる廊下へと入る。

 フラッフィーは前回見た時と変わらない様子で、こんな夜中にも関わらず三つある頭のうち二つの頭の目は開いていた。

 

「まあ止まった時間の中ではハロウィンの飾りと大差ないけど」

 

 私はフラッフィーに触れないようにしながら大きな足を跨ぎ、隠し扉の前に移動する。

 隠し扉を押し開けると、そこには縦にまっすぐ伸びる底の見えない穴があった。

 

「流石に落ちたら死ぬわよね……」

 

 時間を止めることは出来ても、空を飛ぶことはできない。

 私は一度フラッフィーのいる廊下を出ると、城から出てスタジアムの近くにある箒置き場へと向かう。

 確かそこに授業で使用した箒も置いてあったはずだ。

 私は箒置き場にある備品の箒の中から状態の良さそうなものを手に取ると、箒に乗ってホグワーツ城へと戻る。

 そして四階まで飛び上がると、開いている窓から城の中へと入った。

 私はそのままフラッフィーのいる廊下へと戻ると、箒に飛び乗ってゆっくり穴の下へと降下する。

 もう何百メートル下りただろうか、ついに私の両足は地面に着いた。

 

「ルーモス」

 

 私は杖の先に明かりを灯し、周囲を注意深く観察した。

 どうやら何か植物の上に着地したようだった。

 確か薬草学のスプラウトも賢者の石の守りに手を加えているのだったか。

 だとしたら、本来この植物は何か危険な植物なのだろう。

 

「この植物対策はあとで調べるとして……次ね」

 

 私は植物を踏みしめ、次の部屋へと移動する。

 そこには先程とは打って変わって幻想的な空間が広がっていた。

 部屋の中に羽の生えた鍵が無数に浮かんでいる。

 アーチ状の天井からは眩い光が溢れ、部屋をキラキラと照らしていた。

 

「多分これを作ったのはフリットウィックね」

 

 私は入ってきた通路の向かい側にある分厚そうな木の扉の前に移動する。

 その扉は鍵が掛かっているのか、押しても引いても開くことはなかった。

 

「アロホモラ」

 

 一応鍵開けの呪文も試してみるが、開くことはない。

 だとしたら、きっとこの中に扉の鍵があるのだろう。

 私は改めて空中で静止している鍵を見回す。

 きっとドアノブと同じデザインの鍵だろう。

 飛び回っていたら探すのは一苦労だっただろうが、止まっていたら子供用の絵探し絵本と変わらない。

 私は天井近くで静止している羽根の半分折れた鍵を見つけると、箒で飛び上がり鍵を手に取る。

 きっとこの先にいる何者かに捕まえられたときに羽が折れてしまったのだろう。

 私は鍵穴に鍵を差し込み、ぐるりと回す。

 するとコトンと音を立てて扉の鍵は開いた。

 

「お大事に」

 

 私は鍵を地面に放り捨てると、扉を開けてその先へと進む。

 扉の奥の部屋は真っ暗だった。

 私は杖先に明かりを灯し、部屋の中を見回す。

 どうやら、次の部屋は全体が大きなチェス盤になっているようだった。

 時間が動いていたら、部屋に入ったと同時にチェス盤も起動するようになっていたのだろう。

 だが、今は時間が止まっている。

 だとしたら美術館に飾られている石像と大差ない。

 私は杖明かりを頼りに大きなチェスの駒の横を通り過ぎる。

 そしてそのまま次の部屋へと向かった。

 扉を開けて奥に進むと、部屋の中央に見たことのある怪物が倒れ伏していた。

 私はその倒れている怪物を観察する。

 

「ああ、これトロールね」

 

 私が前に殺したトロールより一回り大きなトロールが頭から血を流して倒れていた。

 どうやら既に倒されたあとのようだ。

 時間を止めているため生きているか死んでいるかはわからないが、なんにしても既に行動不能だろう。

 私は倒れているトロールを無視して次の部屋へと続く扉を開き、その先に進む。

 扉の奥は先程までと比べると狭く感じる個室だった。

 部屋の中央には机が置いてあり、その上にはそれぞれ形が違う小さな小瓶が七つと羊皮紙が一枚置かれていた。

 私は机の上の羊皮紙を広げ、中身を読む。

 どうやら論理パズルのようだ。

 正しい小瓶の中身を飲めば炎の奥へと進めるらしい。

 まあ、時間が止まっているので今は炎は出ていないが。

 

「時間停止対策がなってないわね」

 

 私は机の上の小瓶を無視し、部屋の奥へと進む。

 部屋の奥に扉はない。

 ただ狭い通路がまっすぐと続いている。

 私は大きく深呼吸を一度すると、通路の奥へと歩く。

 十メートルほどの通路を抜けた先は、大きな鏡が置いてある部屋だった。

 鏡の前には今まさに賢者の石を盗もうとしている魔法使いが立っている。

 私はその人物に見覚えがあった。

 

「クィリナス・クィレル?」

 

 そこにいたのは闇の魔術に対する防衛術の教授であるクィレルだった。

 クィレルは真剣な表情で鏡を観察している。

 その表情にはいつものおどおどした様子はなかった。

 

「石を守りに来た……のだとしたらトロールが気絶しているのはおかしいわよね? まさか、石を盗もうとしていたのは……」

 

 スネイプはクィレルに石の守りの破り方を問い詰めていたのではなく、クィレル自体を疑っていたのだろう。

 いや、決めつけるのは早い。

 話を聞いてから判断しても遅くはないだろう。

 私は通路の陰に隠れると、時間停止を解除する。

 そして鏡を観察しているクィレルの後ろに歩み寄った。

 

「誰だ?」

 

 私の気配を感じ取ったのか、クィレルがこちらに振り返る。

 クィレルは私の姿を確認すると、興味なさげに鏡に視線を戻した。

 

「なんだ。ミス・ホワイトか。ダンブルドアがもう異常を嗅ぎつけたのかと思って肝を冷やしたじゃないか。私は忙しい。後で殺してやるからそこで待っていろ」

 

 クィレルは投げやりにそう言うと、鏡を観察し始める。

 私はクィレルの横へと歩み寄った。

 

「先生、この鏡は?」

 

「知るか。だが、この鏡に石が隠されているはずだ」

 

 私はクィレルの横で鏡を見る。

 鏡の上には奇妙な言葉が書かれていた。

 

『すつうをみぞののろここのたなあくなはでおかのたなあはしたわ』

 

「私は貴方の顔ではなく貴方の心の望みを映す」

 

 どうやら何か特殊な魔法具のようだ。

 

「先生はどうして賢者の石が欲しいんですか?」

 

 私はじっと鏡を見つめながら言う。

 鏡に映る私は一軒家に住んでおり、紅茶を飲みながら本を読んでいた。

 部屋の隅にはスピーカーが置いてあり、有名な女性歌手の歌が流れている。

 平穏な日常、特別でない生活。

 ああ、私が求めるものはまさにこれだ。

 

「お前には関係ない」

 

「永遠の命、溢れんばかりの黄金、闇の帝王の復活……」

 

 予想される答えを順番に口に出していく。

 クィレルは闇の帝王の復活と聞いた瞬間体をピクリとさせた。

 

「まさか、ハリーの予想がこんな形であってるなんて」

 

「お前がどうしてそれを知っている」

 

 クィレルは鏡から目を離し、私を睨みつける。

 私もクィレルに正対した。

 

「何者かが賢者の石を盗もうとしているのは知っていました。では先生がグリンゴッツを破ったのですね」

 

「ああ。ハグリッドに先を越されてしまったがね」

 

「クィディッチの試合でハリーを殺そうとしたのも先生が?」

 

「スネイプに邪魔されていなければ今頃ご主人様の敵を殺すことができていた。スネイプめ、勘のいいやつだ」

 

 なるほど、ハリーに呪いをかけていたのはスネイプではなくクィレルだったのか。スネイプは反対呪文を唱えていたのだろう。

 

「それにしても解せない。何故お前のような普通の学生がここにいる? トロールは私が倒したにしても、それ以外の障害が数多くあったはずだが?」

 

 ようやくクィレルは私に脅威を感じ始めたようだった。

 クィレルは数歩距離を取り、杖を構える。

 

「障害なんてありました? 散歩感覚でここまで来たので先生の言う障害がなんのことかわかりません」

 

 私は杖を持っていないことを示すように両手を掲げて肩を竦める。

 何にしても、どのような仕掛けがあるかはわかった。

 フラッフィーさえ突破してしまえばすぐに死に至るような仕掛けは無さそうだった。

 だとしたら、ここにいるクィレルさえどうにかしてしまえばハリー達が死ぬことはないだろう。

 

『邪魔者は殺せ……』

 

 突如クィレルのいる方向から高くしわがれた声が聞こえてくる。

 

「はい、仰せのままに」

 

 クィレルはその声の指示に従い、杖を振り上げた。

 

「いいんですか?」

 

 私はクィレルが呪文を唱える前に呼びかける。

 クィレルの杖の動きがピタリと止まった。

 

「何の話だ?」

 

「私なら賢者の石を鏡から取り出せるかもしれませんよ?」

 

『その娘は嘘を吐いている。殺せ』

 

 またクィレルのいる方向から声が聞こえてきた。

 まさか、目には見えないだけでこの部屋にヴォルデモートがいるとでも言うのだろうか。

 クィレルは今度こそ躊躇することなく杖を振り上げ、呪文を唱えた。

 

「アバダ──」

 

 私はその瞬間時間を止め、クィレルに近づく。

 そしてクィレルが握っている杖を引っ張り、あと少しで抜け落ちてしまうようにした。

 このままの勢いで杖を振れば杖はすっぽ抜けて飛んでいくだろう。

 私は元の位置に戻ると、時間停止を解除する。

 

「──ケダブラ!」

 

 クィレルが杖を振った瞬間、私の思惑通り杖はクィレルの手からすっぽ抜け、私の方に飛んでくる。

 私はクィレルの杖をキャッチすると、真っ二つに折った。

 私とクィレルの間に微妙な空気が流れる。

 クィレルは何が起こったのか理解できていなかった。

 

『何をしている』

 

 沈黙を破ったのはヴォルデモートと思われる謎の声だった。

 

「も、申し訳ありませんご主人様……」

 

『その娘を絞め殺せ! 杖を奪え!』

 

「はい、仰せのままに」

 

 クィレルは私の方に襲いかかってくる。

 さて、次はどうしようか。

 折れた杖をクィレルの足元に置いて転ばせようか。

 ターバンをズラして目隠しをしようか。

 

『止まれ!』

 

 そんなことを考えていると、ヴォルデモートの声が辺りに響く。

 クィレルはつんのめるように停止すると、ヴォルデモートの言葉を待った。

 

『気が変わった。私が直接話す』

 

「ですがご主人様。ご主人様はまだ十分にお力が戻っておりません……」

 

『お前の意見など聞いていない』

 

「申し訳ありません……」

 

 クィレルは私を警戒しながらターバンを解いていく。

 ターバンを解き終わったクィレルは、ゆっくりと後ろに向き返った。

 

「──ッ……そういうことね」

 

 クィレルの後頭部には人間の顔が張り付いていた。

 目は血走り、鼻孔は蛇のように細く裂け目のようになっている。

 

『サクヤ・ホワイトよ……』

 

 分け目のような口から私の名前が発せられる。

 どうやらヴォルデモートはクィレルの後頭部に寄生しているようだ。

 

『貴様からは私に近いものを感じる……貴様のその力、ホグワーツで燻らせておくには惜しい。私についてこい。私が望む世界は、貴様にとっても住みやすい世界の筈だ』

 

「仲間になれ……そう言っているの?」

 

『そうだ。ホグワーツに居ても子供のままごとのような呪文しか教わることはできん。私が魔法とは何なのかを教えてやろう』

 

「ご主人様、ですがこの娘は──」

 

『黙れクィレル。私はホワイトと会話している。お前の相手などしていない』

 

 私はヴォルデモートの目を見る。

 

「私に、闇の魔法使いの素質が?」

 

『貴様の本質は悪だ。このような生温い環境にいたとしてもいつか居場所を無くす。貴様は今の友人とは一生分かり合えない。この先貴様を待ち構えているのは孤独だけだ』

 

 ヴォルデモートが言っていることは多分真実だろう。

 身寄りもなく、突然魔法界に放り込まれた私だ。

 いつ居場所がなくなってもおかしくはない。

 この先魔法界がどのように変化していくかは分からないが、ヴォルデモートが復活するのであれば魔法界の勢力は二分されるだろう。

 その際私もどちらかの勢力に組み入れられることになる。

 すなわち、ヴォルデモートにつくか、歯向かうかだ。

 

「今の貴方に魔法界を牛耳るほどの力があるようには見えない」

 

『私は今弱っている。だが、賢者の石さえ手に入れることができれば力も戻るだろう』

 

 悪くはない提案のように思う。

 ヴォルデモートに刃向かえば命を狙われるが、ヴォルデモートの仲間になったとしても魔法界から追われはするものの命を狙われることはない。

 いや、そもそもヴォルデモートの仲間であることを知られなければ普通に魔法界で生活することも可能だろう。

 ここでヴォルデモートの仲間になるメリットも十分あるように感じた。

 だが、一つ不可解なことがある。

 

「なんで、私のようなただの小娘にそのような誘いを? 目撃者は殺しておいた方がいいんじゃないでしょうか」

 

『このような状況でも論理的に考え、尚且つ腹芸もできるとは。ますます気に入った。それに、ただの小娘などと……隠さなくてもいい。私の前では全てがお見通しだ』

 

 まさか、私の心を──。

 

『閉心術を使えない者の心など、幼児向けの絵本よりも読むのは容易い。貴様のその時間を止める力。私に預けてみる気はないか?』

 

 ドクン、と心音が聞こえた気がした。

 血の気が一気に引き、一瞬で頭の中が真っ白になる。

 次の瞬間には無意識的に時間を止め、クィレルを押し倒しその上に馬乗りになっていた。

 

「知られた……」

 

 私は止まった時間の中で、焦るように周囲を見回す。

 部屋に置かれた鏡には、クィレルに馬乗りになっている私の姿が映っている。

 

「──ッ!? ご主人様、私は何を……」

 

 止まった時間の中でクィレルに触れているため、クィレルの時間も動き出す。

 私は時間を止めている意味がなくなったと判断し、時間停止を解除した。

 

「この小娘が時間を止めてお前を押し倒したのだ」

 

「動くなッ!! 動いたら殺す。指一本動かさないで!」

 

 私はクィレルに向かって叫ぶ。

 クィレルは状況が呑み込めていない顔をしていたが、私を押しのけようとはしなかった。

 

『動いたら殺す? 面白いことを言う。貴様は殺す。たとえクィレルが指一本動かさなくとも最終的にはクィレルを殺すだろう。それがお前の本質だ。それがお前の本性だ』

 

 私は焦るように周囲を見回す。

 何か、この状況を打開できる何かが欲しい。

 いや、そもそも私は一体何がしたいんだ?

 助けを求めるように私は部屋に置かれた鏡を見る。

 その鏡には、血だまりの中に倒れているクィレルを見て笑っている私が映っていた。

 

「そんな、私は……私は……」

 

 鏡の中の私はにっこりと笑うと、手に持っているナイフでクィレルを刺す。

 その度に赤い液体がクィレルの体から吹き出し、ナイフと私を赤く染めた。

 

『クィレルを殺すなら殺せ。立ち塞がる障害は全て殺せ。都合の悪いものは殺せ。殺せ、殺せ、殺せ!』

 

「うわぁぁあああああああ!!!!」

 

 私はいつの間にか握り込んでいたナイフをクィレルの顔面に向けて振り下ろす。

 渾身の力で振り下ろされたナイフはクィレルの眼球を深々と貫いた。

 ビクンッとクィレルの体が大きく跳ねる。

 私は無我夢中でナイフを捩じり、引き抜き、またクィレルに振り下ろす。

 その度に鮮血が飛び散り、私の体を赤く染めていく。

 

『それでいい。それでこそいい。サクヤ・ホワイトよ。私は貴様が気に入った。どんな手を使っても、貴様をこちら側に引き込んでやる』

 

 突如クィレルの体から黒い影が飛び出し、通路の奥へと消えていく。

 鏡の置かれた部屋には、もうクィレルだと判別できない人間の死体と、返り血まみれでナイフを握る私が取り残された。

 

「わ、私は……」

 

 カランと音を立ててナイフが地面に落ちる。

 人を殺した。

 人を殺した。

 人を殺した。

 しかも、ヴォルデモートに私の能力まで知られてしまった。

 あの様子ではヴォルデモートは賢者の石を諦めどこか遠くへ逃げたのだろう。

 今から追っても捕まえられるとは思えない。

 

「なんとかしないと……なんとかしないと……」

 

 私はナイフを拾い上げ、クィレルの元へと戻る。

 試しに胸の位置に手をかざしてみたが、動いている様子はない。

 呼吸、心拍ともに止まっており、クィレルが完全に死んでいることがわかった。

 

「死体を隠して……服を着替えて……この部屋の掃除も……」

 

 半ばパニックに陥りながら私はやらなければならないことを整理する。

 そもそも、私はこのナイフをどうやって取り出した?

 私の手に握られているナイフには綺麗な装飾が施されており、よく見れば今日の昼の実技試験で嗅ぎタバコ入れに施した装飾に良く似ている。

 刀身の真ん中には血のように赤い石が埋め込まれていた。

 私は、直感的にナイフの正体を察する。

 これは、賢者の石だ。

 どのようにして手に入れたかはわからないが、私が賢者の石をナイフに変化させたのだろう。

 

「どうしてこんなことに……」

 

 とにかく、一度落ち着かなければ。

 私は大きく深呼吸すると、時間を止める。

 そしてポケットからクリスマスに貰った懐中時計を取り出し、耳元に当てた。

 チクタクと小さな音を立てて懐中時計は動いている。

 私にはその音が子守唄のように聞こえた。

 

「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫」

 

 大丈夫。

 いつも通りに。

 冷静になって物事を整理するんだ。

 私がクィレルを殺したと知っているのは私とヴォルデモートだけ。

 つまり、クィレルの死体は隠さずとも、私が殺したという証拠さえ消してしまえば問題はない。

 私はナイフをもう一度クィレルの眼孔に突き刺すと、柄の部分に清めの魔法をかける。

 するとナイフの柄にこびり付いていた血液が綺麗さっぱり消え去った。

 それと同様に、私は自分に対しても清めの魔法をかける。

 そして部屋にある鏡で返り血がついていないかしっかりと確認した。

 私は部屋を見回し、他に私の痕跡が残っていないか入念に確かめる。

 

「……よし」

 

 私が残した痕跡はナイフについた指紋ぐらいだ。

 その痕跡も先程の清めの魔法で綺麗さっぱり消え去っているだろう。

 あとは私さえここから消えてしまえばクィレルを殺した犯人は特定できなくなる。

 私はクィレルの死体をもう一度確認すると、鏡のある部屋を後にする。

 そして近くに置いていた箒に飛び乗ると、来た道を引き返した。

 道中ハリーたちとすれ違うかと思ったが、フラッフィーを越えてもハリーたちの姿は見えない。

 どうやらまだ談話室からここまでたどり着いていないようだ。

 私はスタジアム近くの箒置き場に箒を戻すと、歩いてグリフィンドールの談話室へと戻る。

 そして私が先程まで倒れていた場所でゴロンと横になった。

 私はここでハーマイオニーに全身金縛り呪文を掛けられ、そのまま眠ってしまったことにしよう。

 私は立ち入り禁止の廊下の奥に行っていないし、クィレルやヴォルデモートに会っていない。

 私は目を瞑ると、時間停止を解除した。

 私の長い一日が終わろうとしている。

 できれば本当に眠ってしまいたかったが、あんなことがあった後だ。

 流石に今眠ることは出来なかった。

 誰もいない談話室で一人天井を眺めながら、私は今後のことを考える。

 私に残されている選択肢は多くない。

 すなわち、ヴォルデモートの仲間になるか、ヴォルデモートを殺すかのどちらかだ。

 将来の平穏を得るためにはどちらの選択が正しいのだろうか。

 幸い、今回ヴォルデモートは復活しなかった。

 考える時間はまだある。

 それに、ヴォルデモートが言っていたことも気になる。

 『閉心術が使えない者』……つまりは魔法界には心を読む魔法と、心を読ませない魔法があるのだろう。

 閉心術を習得しなければ、私の能力の秘密はダダ漏れになってしまう。

 

「どこかに都合のいい魔法の先生はいないかなぁ……」

 

 それこそ、ヴォルデモートがそうなのだろうか。

 ヴォルデモートにつけば、閉心術などの魔法も教えてもらえるかもしれない。

 逆に、ダンブルドアに全てを話して閉心術を教えてもらうというのはどうだろう。

 能力のことは他人に漏らしたくはないが、必要なリスクと言えなくもない。

 いや、ダメだ。

 ダンブルドアに能力の秘密を教えてしまったら、魔法界で好き勝手に犯罪行為を行えなくなる。

 それこそクィレルを殺した罪を問われるかもしれない。

 そういう視点で見れば、ヴォルデモートなら私がどのような罪を犯そうが気にもしないだろう。

 ヴォルデモートの仲間になるか、ヴォルデモートを殺すか。

 私は天井を見つめながら思考を巡らせたが、結局朝になっても答えは出なかった。




設定や用語解説

クィレルが犯人だということ以外ほぼ満点なハリーの予想
 実は偶然ではなく、ヴォルデモートの考えが少しハリーの中に流れ込んできている

道中にあった植物
 悪魔の罠と呼ばれる危険な植物。暗く湿った場所を好み、生物が近づくと巻き付いて絞め殺す

時間停止対策
 時間を戻す魔法については逆転時計という形で実用の域にはあるが、時間を止める魔法については実用には至っていない。また、止めている間は莫大な魔力を消費するためそもそも実用的ではない。そもそもサクヤの時間停止の能力は魔法ではない

みぞの鏡
 クリスマス休暇中にハリーを虜にした姿見。鏡の前に立った者の心の望みを映す

サクヤの望み
 平穏な日常。人並みの生活

ヴォルデモートに目を付けられるサクヤ
 時間停止の能力を持っているという特質性に目を付けられる

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