P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
サクヤたちがノクターン横丁の外れで寝床の確保をしている頃。
紅魔館の庭に転がる二つの死体を杖でつついている人影があった。
「話には聞いていたけど、ここまでとはね」
赤いネクタイに黒いベストとスカート、腰まで真っ直ぐ伸ばした赤髪の後頭部と背中からはコウモリのような羽が生えている。
そう、小悪魔だ。
「今夜のような満月の日だったら、すぐにでも元通りになるはずだけど……壊され方が特殊? いや、もしかしたら呪いのようなものなのかも?」
小悪魔は杖を頬に当て、考え込む。
その時、頭のないレミリアの体がピクリと動き、ゆっくりと起き上がった。
「あ、やっぱり生きていたか」
レミリアは本来頭のある位置を手で探ると、ポケットの中から小瓶を一つ取り出し、傷口に回しかける。
すると、首の断面が沸騰するように盛り上がり、一分もしないうちにレミリアの頭が回復した。
「飼い犬に手を噛まれるとはこのことね」
レミリアはぐるりと首を回し、あたりを見回す。
そして床に転がるパチュリーの死体を見つけ、肩に担ぎ上げた。
「その死体どうするの? いらないなら私にくださらない?」
「やるか馬鹿。……あー、取り敢えずついてきなさい。貴方の力が必要になるかもだし」
レミリアはパチュリーの死体を担ぎながら、館の中へと戻っていく。
小悪魔はその後ろに続きながら言った。
「追わないの?」
「その前にやることがあるわ」
「お友達の埋葬?」
「私の親友を勝手に殺すな」
レミリアの言葉に小悪魔は首を傾げる。
「いや、確実に死んでるわよそれ。残留している魔力は確かにあるけど、魂の欠片も感じないわ」
小悪魔の言葉を無視するようにレミリアは歩く速度を速める。
階段を下り大図書館へと入ったレミリアは、壁沿いに少し移動し、図書館の入り口と比べるとかなり小さく見える扉の前で立ち止まった。
「ここね」
レミリアは扉の貼り紙を確認する。
そこには『緊急用 絶対入るな 特に美鈴』との記載があった。
レミリアは貼り紙を破り捨てる。
その瞬間、バチンと大きな音が大図書館に響き渡った。
「なるほど。貼り紙をお札代わりに結界を張っていたのね」
感心している小悪魔をよそに、レミリアは扉を押し開ける。
部屋の中央には巨大な魔法陣。
そしてその上には浴槽ほどの大きさの鉄の鍋が設置されていた。
「……ああ、なるほど」
「理解したわね。で、確認なんだけど、遺体を鍋に入れるだけで大丈夫なのよね?」
レミリアは縋るような目つきで小悪魔を見る。
小悪魔は部屋のあちこちを確認すると、レミリアに言った。
「ええ、それで大丈夫」
小悪魔が頷いたのを見て、レミリアはパチュリーの死体を鍋の中にそっと置く。
その瞬間、鍋の中が白濁した液体で満たされ、沸騰し始めた。
「離れて。貴方の魔力が干渉してしまうかも」
小悪魔の助言に従い、レミリアは部屋の隅へと移動する。
パチュリーの死体は鍋の中でドロドロに溶けると、白濁の液体に混ざって完全に消えてなくなった。
「だ、大丈夫なのよね?」
「大丈夫よ」
レミリアは心配そうな目で鍋を見つめる。
その瞬間、部屋の隅に陳列されていた様々な魔法薬が鍋の中に勝手に投入されはじめた。
魔法薬が投入されるたびに鍋の中の液体は色を変え、生きているように波打つ。
そして最後に、紫色の宝石が鍋のすぐ上に飛んできたかと思うと、粉々に砕けて鍋の中に降り注いだ。
その瞬間だった。
鍋の中身は一気に人型を形成し始める。
そしてみるみるうちにパチュリー・ノーレッジの姿が出来上がった。
「……ああ、一度死んだのね私」
パチュリーは全裸で鍋の中に立っている自分を見回し、すぐに今の状況を認識する。
「パチェ……!」
その様子を見ていたレミリアは、我慢できないと言わんばかりにパチュリーに駆け寄り、鍋越しに抱きしめた。
「もう、心配したんだから……」
「大袈裟ね」
パチュリーは鬱陶しそうにレミリアを引きはがし、腕を一振りし魔法で服を作り出す。
そして鍋から這い出ると、体の様子を確かめながら小悪魔に聞いた。
「サクヤはどうなった?」
「逃げられたわ。多分」
「多分?」
「ええ。だって杖が折られた瞬間逃げたもの」
パチュリーは呆れたと言わんばかりに肩を竦める。
だが小悪魔は悪びれる様子もなく部屋の中を見回して言った。
「それにしても、貴方分霊箱なんて愚かな魔法だ、みたいなこと言ってなかった?」
「現存の分霊箱で魂を七つに分けるなんて行為は馬鹿らしいと言っただけよ」
パチュリーは部屋の隅に設置されている机の引き出しを開け、指輪をいくつか取り出す。
そしてそれを指に嵌めてから部屋全体を撫でるように手を動かした。
「引き裂いた魂の修復をしっかり行えば保険として利用できる。賢者の石で他人の魂を自分の魂へと変換してしまえば難しいことではないわ」
分霊箱の作成には殺人を犯す必要がある。
だが、視点を変えれば、そこには死にゆく魂があるのだ。
本来天へと召される魂を強引に引き戻し、自らの魂の修復に充てる。
そうすることで、分霊箱の作成者側のデメリットを完全に排除できるのだ。
まあ、修復に使われた魂は天国にも地獄にも行くことができないが。
パチュリーは机の引き出しから綺麗な宝石状に加工された賢者の石を取り出す。
そしてその賢者の石に込められた魔力量を確かめながら小悪魔に言った。
「私は分霊箱を作り直してくるわ。貴方はどうする?」
「妹の方が動き出した以上、迂闊には近づけないし……しばらくレミリアのサポートにでも徹しますかねぇ」
「妹の方……そうね。フランが家出しちゃった以上、もう迂闊には手が出せないわ」
レミリアは困り顔で腰に手を当てる。
「サクヤのことを不憫に思ったフランが美鈴にお願いして逃亡の手助けをした……とかだといいんだけど──」
「私がイギリス魔法界を支配してやろうと思って。お姉さまが政治で実権を握る前に、力と恐怖で魔法界を支配してやる。そしたら、もう私を無視することなんてできない。だから、貴方にはその手伝いをしてもらうわ」
「イギリス魔法界を支配……ほ、本気ですか?」
目の前で無邪気に笑う吸血鬼に対して、私はついそう尋ねてしまう。
「私の力と貴方の肩書があれば難しい話ではないわ」
フランドールは当たり前のような顔で私に言った。
「吸血鬼としての力は私の方がお姉さまより強いし、ヴォルデモートの娘という肩書も、純血主義者や闇の魔法使いに対しては絶対的なネームバリューになる。私は全くと言っていいほど知名度が無いし、貴方にはそれを埋めて欲しいのよ」
こ、この人は一体何を言っているんだ?
イギリス魔法界を征服?
そして、その片棒を私に担げと?
「えっと……え? 魔法界を征服? 何のために?」
「そんなの、お姉さまの邪魔をするために決まってるわ。あいつに政権を取らせるわけにはいかない。お姉さまは、私のお姉さまであればいいの。みんなのお姉さまになる必要はないわ」
目の前の吸血鬼は、そんな子供の我儘みたいな理由で世界征服を企んでいるのか?
私は助けを求めるように美鈴の方を見る。
「め、美鈴さんはどうしてフランドールさんに協力しているんです? もしかして、本当の主人はフランドールさんの方とか──」
「いや、私もお嬢様に政権を取って欲しくないからフラン様に協力しているだけですよ」
「それは……えっと、どうして?」
美鈴はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに声を荒げる。
「だって聞いてくださいよ! お嬢様ったらこの先食用人肉の仕入れをやめて全部牛とか輸血パックにするとか言い出したんですよ! そんなの……そんなの我慢できるわけないじゃないですか!」
「えぇ……」
食用の人肉なんていう闇の深い単語が飛び出したが、聞かなかったことにしたほうがいいだろうか。
いや、ここはしっかり話を聞いておかないと後々すれ違いが発生する可能性がある。
「その……どうして仕入れをやめるんです?」
「本格的に人の政治に介入するなら、そういう裏社会との関わりも可能な限り少なくしていかないといけないって」
「でも、美鈴さんはそれには反対ということですか」
「それに関しては私も反対よ」
フランドールが口を挟む。
「私たちは魔なる存在。人肉を食べたり、血を飲んだりする行為はね、単なる栄養補給のためではないの。私たちという存在を維持するために必要な概念」
存在を維持するために必要な概念?
私が首を傾げると、美鈴が追加で説明してくれる。
「例えばですけど、人を殺さなくなった殺人鬼は殺人鬼と言えるでしょうか?」
「確かに殺人鬼ではなくなるかもですけど……人を殺した経歴が消えるわけではないですよね? あくまで元殺人鬼になるだけで」
「私たちのような妖怪にはそのような肩書、概念のようなものが非常に重要になってくるんです。それこそ、力が増減したり、存在が希薄になったり」
確かに、魔法生物の中にはそのような特殊な生態を持つ生物もいる。
それと同じようなことなのだろうか。
「まあ人間で例えるなら、今日から肉も魚も野菜も全部禁止で豆だけ食べて生きていけって言われているようなものです。少なくとも私には耐えられませんね」
美鈴はやれやれと言わんばかりに肩を竦める。
だが、それだけで仕えている主人を裏切るほどの動機になりうるのだろうか。
「……あ、いや。そうですね」
いや、なりうるか。
私だって自分の損得勘定だけで陣営をコロコロ変えている。
父親だと知らなかったにしても、ヴォルデモート卿に少しでも忠誠心があればあの時裏切るようなことはしなかっただろう。
「それじゃあ、フランドールさんも美鈴さんも、レミリアに不満があったから裏切り、私を助けてくれたということですね」
「さっきからそう説明してるじゃない。貴方を助けることで、お姉さまの邪魔もできるし、有力な手札を手に入れることができる。一石二鳥ってわけ。ただ……」
フランドールは椅子から立ち上がると、私の方へと近づいてくる。
私はつい一歩後ずさったが、フランドールは構わず接近してきて私の右手を掴んだ。
「あの腐れ悪魔め……余計なことを……」
「腐れ悪魔? 小悪魔のことですか?」
フランドールは頷く。
「あいつがサクヤにあの薬を投与したのは正直予想外だったわ。自身と魔力的に繋げるだけだと思ってたのに。ここまでするなんて」
フランドールは私の右手を両手で掴み、じっと何かに集中し始める。
そして左手を私の体にかざし、ゆっくり握り込んだ。
「──痛ッ!」
その瞬間、私の脇腹に鋭い痛みが走る。
だが、それは瞬間的なもので、すぐに痛みは引いていった。
「貴方の体の中に残る弾丸の破片を消失させたわ。ほら、狙撃手に撃たれたやつ」
私は空いている手で脇腹をさする。
確かに、あの時の傷は応急処置止まりで、完全に破片を摘出することはしなかった。
まあ、そもそもの破片が摘出できるほどの大きさではなかったのが一番の要因だが。
「あ、ありがとうございます」
「頭にも大きいのが残ってるけど、こっちは私のような力技では無理ね。脳と一体化しちゃってるし」
フランドールは少し背伸びをして私の頭を撫でる。
そういえば完全に忘れていたが、ダンブルドアが埋め込んだ両面鏡が頭に残っているんだったか。
「何にしても、サクヤの魔力と能力が封じられたのは大きな誤算だわ。魔力の方はまだいいとしても、能力を封じられたのはかなり大きな損失よ」
「ですねぇ。時間を操る能力はかなりあてにしてましたから。それに私もフラン様も繊細な魔力の操作は苦手ですし」
フランドールは私から離れていくと、先ほどまで座っていた椅子に戻る。
美鈴はフランドールの言葉に大きく頷いた。
ん? 魔力と能力が封じられた?
「ど、どういうことです? 魔力と能力が封じられたって……」
「そのままの意味よ。貴方、小悪魔に注射を打たれていたでしょう? あれはダンブルドアが洞窟で飲んだ魔法薬と同じ効能が現れる薬。つまり──」
「魔法使いをマグルにする薬よ」
設定や用語解説
パチュリー・ノーレッジの分霊箱
図書館の一室に肉体を復活させる設備が設置されている。古い死体を鍋の中に放り込むと自動的に儀式が始まる。逆に言えば、古い肉体を鍋に入れない限り復活することはない。これは明確な弱点だが、パチュリーはあえてこの方式を選択した。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。