P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
物心ついた時には私は時間を止めることができた。
その能力は私にとっては当たり前なもので、息を吸うように自然に行える。
あまりにも自然に扱えすぎて、よく幼少期に人前で能力を披露しなかったものだ。
気味が悪いぐらい理性的だった幼少期の自分を褒めてやりたい。
ノクターン横丁の外れにある誰の家ともわからないボロ屋の中で、私は懐中時計を握り締める。
そして大きく深呼吸をすると、いつものように時間を停止させようとした。
「……止まらない。本当に止まらない……!」
背筋に冷たい汗が流れ落ちていくのを感じる。
それに、どれだけ自らの内面に意識を集中させても、体内からこれっぽっちも魔力を感じない。
私の体は、確かにマグルそのものになっていた。
「だから言ったでしょう? 魔力と能力を封じられたって。いや、消されたというのが正しいかしら」
目の前の椅子に座るレミリアの妹……フランドールは残酷なまでにはっきりと私に現実を突きつける。
レミリアの屋敷で姿現しができなかったのは妨害用の結界が張られていたからではない。
単純に、私の魔力が消え去っていたからなのだろう。
「それにしても、少し参ったわね。サクヤの能力を割とあてにしていたから。あのサクヤ・ホワイトが魔力を失ったとなったら、魔法省も本腰を入れて貴方を捕まえにくるでしょうし」
フランドールのため息をよそに、私は自分の左手を見つめる。
ダンブルドアは魔力を失った時、あまりの違和感に戸惑いを隠しきれていなかった。
だが、今の私はそこまでの違和感を感じていない。
ダンブルドアほどには魔力に依存していなかったということだろうか。
「気がつかなかった自分にショックを受けていると言った顔ね」
「──ッ」
今の心境をフランドールにずばり言い当てられる。
私はしばらく沈黙すると、深くため息をついた。
「魔力を失ったことにもショックを受けてますけどね。時間を操れない……魔法も使えなくなってしまっただなんて。今まではその二つがあったからこそレミリアや闇祓いから逃げ続けることができましたけど──」
今、命を狙われたら瞬殺されることだろう。
「まあ、その辺に関しては私と美鈴がサポートするわ。魔力を取り戻すまでは常に一緒に行動したほうがいいでしょうね」
「魔力を取り戻す?」
フランドールの言葉に私は顔を上げる。
「そうよ。魔法薬の効能で魔力を失ったんだもの。解毒薬というか、その逆の効能の魔法薬もあって然るべきじゃない? というか、あの女だったら絶対に作っているはず」
あの女……小悪魔のことだろうか。
小悪魔は先ほど、スラグホーンやダンブルドアが飲んだ毒は自分が調合したと豪語していた。
特にスラグホーンが飲んだ毒はダンブルドアがかなりの時間をかけても分析できなかったほど高度なものだった。
パチュリーが魔法の天才なら、小悪魔は魔法薬の天才と言ったところだろうか。
「流石は悪魔……人智を超えた叡智を持っているということですか」
私は神妙な顔で呟く。
それを聞き、フランドールと美鈴は顔を見合わせた。
「あ、そうか。サクヤちゃんは知らないんだったね」
「何をです?」
美鈴の意味深な言葉に私は首を傾げる。
美鈴は腕を組んで少し唸ると、かなり迷った様子で後頭部を掻きながら言った。
「あの小悪魔という女……別に悪魔というわけではないですよ」
悪魔ではない?
「でも、レミリアは彼女のことを使い魔として紹介してましたし、実際容姿も人間離れしてるじゃないですか」
私の反論に美鈴は肩を竦める。
「あれは変身術です。悪魔という嘘に説得力を持たせるために魔法で生やしているだけですよ」
美鈴は部屋の奥にある棚を開け、中を物色しながら続ける。
「そもそも、魔法を使う時に杖を使うのは人間だけです。吸血鬼や悪魔といった、その身そのものが強い魔力を有している連中は杖を必要としない。体内の骨がそのまま杖の芯材代わりになりますから」
美鈴は棚の中にあった瓶の蓋を開け、顔を顰めたあと元に戻した。
「サクヤちゃんも見たことがあるでしょう? あの女が魔法を使うところを」
美鈴の言う通り、確かに私は小悪魔が魔法を使うところを見たことがある。
彼女は細く真っ直ぐな、指揮棒のような杖を振って魔法を使っていた。
「彼女は悪魔に擬態した魔法使いです。人間のね。気がついていた教員もいたんじゃないでしょうか」
「でも、ダンブルドアはそんな話一言も──」
「あえてスルーしていたんだと思うわ。自分のことを『使い魔』だなんて自称する占い師のお手伝いさんに対して、「あなたは悪魔などではない。人間の女だ」なんて空気の読めないことを言う人はいないでしょう? それか、ホグワーツに従者を同行させる詭弁として捉えていたか」
ある程度知識があれば彼女が悪魔でないことはすぐにわかるわ。とフランドールは続けた。
確かに言われてみればその通りかもしれない。
ホグワーツの教授が従者という形で自分の部下をホグワーツに招き入れていいかはかなり微妙なところだ。
だが、使い魔ということにしてしまえばペットに近い存在になる。
そのような建前のために小悪魔は悪魔のふりをしていたということだろうか。
「だとしたら、彼女は一体誰なんです? ダンブルドアを凌ぐ魔法薬の知識を有している魔法使いなんてノーレッジ先生ぐらいしか思い浮かびませんが。それとももしかして、彼女もダンブルドアやノーレッジ先生と同世代の魔法使いですか?」
「どうかしら。正直私たちは彼女の年齢を知らない。でも、少なくとも第一次魔法戦争の時には最前線にいた世代……」
フランドールは静かに目を瞑る。
「あの女は『ホワイト』と呼ばれている」
「……ホワイト? それって──」
そして、改めて私の目を見ると、静かな口調で言った。
「そう。貴方の祖母だと言われている人物よ」
結局ロクな寝具は見つからず、私は建物の壁に寄りかかるようにして休息を取った。
姿勢のせいか緊張のせいか、はたまたフランドールから聞かされた小悪魔の正体のせいか、ウトウトはするものの深い眠りにつくことができない。
レミリアの使い魔としてホグワーツに滞在していた小悪魔が、私の祖母?
だとしたら、私は何度か祖母と会話していたのか。
曲げている膝が次第に痛み出したため、一度伸ばしほぐすようにつま先を揺らす。
「……おばあちゃんは一体何が目的なんだろう」
「小悪魔の話ですか?」
私の呟きが聞こえたのか、反対側の部屋の隅にいた美鈴が声をかけてくる。
周囲に明かりが全くないため何も見えないが、布の擦れる音や床を踏む音から察するに、美鈴がこちらの壁に移動してきたようだった。
「寝れませんか?」
私の真横から美鈴の声がする。
私はそこにいるであろう美鈴の方を向くと、囁くように言った。
「そういう体勢に慣れてなくて」
「……ふむ。やっぱり寝具の入手は必須ですね」
その瞬間、脇の下に手を差し込まれ、私はその身を縮み上がらせる。
私の体は一瞬宙に浮くと、すぐに柔らかなものに包まれた。
私はすぐにその柔らかなものの正体を察する。
私が背中や頭を預けている柔らかいものの正体。
それは美鈴の体だった。
「ちょ、一体何を……」
「ほら、こんな感じで私が抱いて寝れば背中が痛くてってことはないでしょう?」
美鈴は私の体をそっと抱き寄せる。
確かに先ほどよりも幾分か寝心地は良くなったが、流石に小っ恥ずかしい。
今鏡で自分の顔を見たら、きっと真っ赤になっていることだろう。
私は少し身を捩って美鈴から逃れようとするが、美鈴はおふざけの一環だと思ったのか私を抱き寄せる力を強める。
これは、脱出は不可能だ。
明日の朝までは美鈴の抱き枕になるしかないだろう。
私は諦めの心で美鈴の胸に頭を埋める。
美鈴は観念した私に満足したのか、私の頭をそっと撫でた。
「あ、でそうそう。小悪魔のことでしたね」
美鈴はふと思い出したのか、私の頭を撫でながら語り始める。
「正直な話、私自身もあの女に関しては詳しくはありません」
「詳しくない? 小悪魔……ホワイトはいつ頃レミリアの仲間になったんです?」
「えっと……仲間になったのはシリウスが亡くなってからなので……一年と少しぐらい前ですかね」
シリウスが亡くなった……私がシリウス・ブラックを殺したのが五年生の二月だから、一九九六年か。
ちょうど小悪魔をレミリアの周りで見始めた時期と一致する。
「ホワイトが紅魔館を訪ねてきたんです。これにはお嬢様もパチュリー様も大混乱でした」
「大混乱?」
「紅魔館に、予定外の来客が来ることはないんです。紅魔館は本来パチュリー様の魔法によってホグワーツ以上に厳重に隠されていますから。探そうと思って探せるものじゃない」
「でも、ダンブルドアと私は辿り着けましたけど……」
私は初めてレミリアの屋敷を訪れた時のことを思い出す。
「あれはパチュリー様が誘い込んだんですよ。ダンブルドアが分霊箱のことで訪ねてくるのは分かっていましたから。ダンブルドアとパチュリー様では、魔法の腕だけで見たらパチュリー様の方が何枚も上手です」
魔法の腕だけで見たら、ということはダンブルドアが優っている要素もあることにはあるのか。
だが、何枚も上手と言うぐらいだから、本当に魔法の技術力だけで言えばパチュリーがダンブルドアを圧倒していたのだろう。
「そんなパチュリーが隠していた屋敷に、ホワイトは平然と現れたと」
「そうなんですよねぇ。それに、彼女は紅魔館にパチュリー様がいることを知っていた。パチュリー様が紅魔館で暮らしていることを知っているのは、それこそ私や妹様、それにシリウスぐらいなものです」
「それで、ホワイトは……レミリアに仲間にしてくれと頼んだ……ということですかね?」
私がそう尋ねると、美鈴の髪の毛が私の頬に当たる。
どうやら、首を横に振ったようだった。
「詳しいことはわかりません。私が玄関で出迎えて、応接室でお嬢様とパチュリー様に用件があって来たと口にしたところまでは私も一緒にいたんですが……最終的には応接室にお嬢様とパチュリー様、それにホワイトの三人で籠ってしまわれましたから。そして、次出てきた時にはサクヤちゃんもよく知る小悪魔の格好になってました」
私の頭の中にホグワーツで見た小悪魔の姿が思い出される。
白いシャツに黒いベスト、それに黒いロングスカートを身につけた使い魔。
一見するとどこかの学校の制服のようだが、頭や背中から生えた蝙蝠のような羽のおかげで彼女を学生と見間違える生徒はいなかったように思う。
まあ、それも変装の一環だったようだが。
「じゃあ、そこからホワイトが仲間になった……」
「仲間と言っていいのかよくわかりませんでしたが。少なくとも私のように、純粋にお嬢様やパチュリー様の下についているというわけではありませんでした。どちらかと言えばお嬢様とパチュリー様と対等に話をしていましたね。まあ、ヴォルデモートと同世代か、もしかしたらパチュリー様と同世代の魔法使いと聞いたのでそれが普通なのかもしれませんが」
お父さんと同世代となると、現在七十歳近くなはずだ。
ダンブルドアと同世代となると……百歳以上だ。
まあ、魔法使いは皆若作りなため、私が考えるほどヨボヨボというわけではないが。
「五百歳の吸血鬼に、百歳クラスの魔女が二人だなんて、美鈴さんも大変でしたね」
「ん? どういうことです?」
「だって、美鈴さんって見たかぎりまだ二十代ですよね? あまりにも世代が離れすぎると価値観がかなり違うでしょうし」
今の体勢に少し慣れてきた私は、美鈴に体を預ける。
美鈴はそんな私の言葉に、お腹を震わせて笑った。
「あはは、そんなに若く見えますか?」
「若くないんです?」
私が問うと、美鈴は私の頭に顎を乗せる。
「少なくともパチュリー様よりも歳上です。正確な歳は覚えていないですけどね」
「あれ? そうなんですね。……いつからレミリアの下に?」
「お嬢様に仕え始めた時期ですか? えっと……そもそもの始まりは私が中国から船に乗ってイギリスに──」
美鈴は思い出しながら昔話を聞かせてくれる。
私はそれに耳を傾けながら、静かに目を閉じた。
設定や用語解説
小悪魔の正体
というわけで、今作の小悪魔の正体はホワイトさんでした。
パチュリー・ノーレッジとアルバス・ダンブルドア
万全な準備をした状態でぶつかりあったらパチュリーが圧勝するが、何の準備も無しに杖だけ持たされたらダンブルドアが苦戦の末勝利する。ぐらいの力関係。
陽気な従者、紅美鈴
百年ほど前に中国からの輸送船に乗ってイギリスに渡ってきた。その後殺人の容疑で刑務所に入れられ、刑務所でも大暴れした結果、イギリス王室の依頼を受けてやってきたレミリアに退治されて今に至る。(紅く偉大な私が世界12話参照)
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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。