P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
紅魔館からの逃走を果たした次の日の朝。
あのまま美鈴を背もたれがわりに眠りについた私だったが、いつのまにか床に横たわっており、近くに美鈴の姿はなかった。
私は目を軽く擦りながら起き上がると、ぼんやりとした視界で周囲を見回す。
窓や扉は板張りのため相変わらず部屋の中は暗いが、流石に隙間から光が差し込み、ある程度辺りを見回すことが出来た。
「美鈴さん? フランドールさん?」
呼び掛けるが、返答はない。
そもそも、軽く見回せば隅から隅まで確認できてしまうほどの大きさの家だ。
目に見えるところにいないということは、二人はこの家にいないのだろう。
「二人ともいない……」
それを認識した途端、私の背筋に冷たい汗が流れる。
今の私は、何も身を守る手段を持っていない。
ポケットに手を突っ込み魔法で小さくしている鞄を取り出すが、そもそも今の私では鞄を元の大きさに戻すことができないし、仮に元の大きさに戻せたとしても時間が止まっている鞄の内部にアクセスすることができない。
実質全財産を失ったようなものだ。
「もう、私には何もない」
私の魔法も、能力も、財産も。
全て無くなってしまった。
頼りにしていた人も、唯一の親族も、みんなみんなレミリア側の人間だ。
私は……私はこの先──
「……どうすればいいんだろう」
「何か言いました?」
その時、部屋の入り口から美鈴がひょっこりと顔を出す。
私はその飄々とした顔に深く安堵の息をつくと、気持ちを切り替えるように軽く頭を振った。
「いえ。どちらに行っていたんです?」
「ああ、別にどこにも行ってませんよ。家のすぐ外で軽く運動してたんです」
美鈴はカンフー映画で見たことのあるような構えを取ると、ニカっと微笑む。
東洋人はみな武術の達人だという話は聞いたことがあるが、本当の話だったらしい。
「とにかく、何か食べるものを入手しないといけませんね。ダイアゴン横丁までは歩いて結構ありますし……闇市の方へ行きましょうか」
「あの、フランドールさんはどちらに?」
「妹様はあちらで寝てます」
美鈴は部屋の隅にあるクローゼットを指差す。
近くに行き耳を澄ませてみると、小さく寝息が聞こえてきた。
吸血鬼は棺で寝るイメージがあるが、どうやら似たような箱ならなんでもいいようだ。
「あ、そういえば夜行性でしたね。でもレミリアさんは日中活動していますよね?」
「お嬢様は最近昼夜逆転しているので」
まあ、昼夜逆転していないとホグワーツで教鞭を取ることはできないか。
私はクローゼットから離れると、美鈴の横に移動する。
そして、もう一つの疑問点について質問した。
「それで、闇市というのは?」
先ほど美鈴は闇市に食料を買いに行くと言っていた。
闇市と言うぐらいだから、イギリス魔法省の管轄外の市場だとは思うが。
「人狼が元締めをしている市場が近くにあるんですよ。人間はほとんど寄り付かないので有名な市場というわけではないですけどね」
美鈴はそう言いながら部屋の外へと歩いていく。
私もその後に続いて部屋を出ると、玄関の扉を開けて外に出た。
外に出た瞬間、強烈な太陽光が私の目を焼く。
薄暗いところから急に明るいところに出たため、目が慣れるのに少し時間が掛かった。
「今日もいい天気ですねー。これだけ日差しが強いと夜になるまでは妹様は外に出れませんね」
美鈴は太陽を見上げながら言う。
そして、私の目が慣れたことを確認すると、狭い通りを歩き始めた。
「日傘を差せば何とかなるのでは? レミリアはこんな天気でも平気で出歩いてましたけど……」
「妹様はお引きこもり気質ですので。数百年単位で日光を浴びてないですからねー。日傘を貫通する弱い日光や、照り返しでもかなりダメージを受けると思います」
「引きこもり気質?」
「少なくとも私は外出しているところを……いや、自室から出てきたところを見たことはありません」
それは確かに引きこもりといって差し違えないだろう。
そんな引きこもりのお嬢様が家を飛び出すレベルというのは、よっぽど姉のやることが気に入らなかったらしい。
「それはその……何か理由が?」
「引きこもりのですか?」
美鈴は歩きながら軽く首を傾げる。
「いや、どうなんでしょうね? というか、半分封印されていたというか」
「ふ、封印?」
「妹様の部屋にはパチュリー様が結界を張ってますから。出入りを完全に遮断するようなものではありませんけど、妹様の居場所を探知したり、能力の一部を封じ込めたりする効果があったようです」
「それって軟禁なんじゃ……」
「妹様が本気を出したら全てを破壊できるので、お嬢様もパチュリー様も封印している認識はないとは思いますけどね。サクヤちゃんも見たでしょう? お嬢様は妹様が攻撃しようとしていると理解しながらも、回避することができなかった。物を破壊することにかけては妹様の右に出るものはいません」
確かに、フランドールの手が握られた瞬間、レミリアの頭は破裂した。
その後視界に映ったパチュリーの様子を見るに、パチュリーの頭が吹き飛ばされたのもほぼ同時だったのだろう。
「フランドールさんのあの能力……一体どういうものなんです? 魔法使いが使うような爆発呪文とも少し違うようでしたが」
「まあ、アレに関しては半分物理攻撃です。例えばですけど……素手で人間を一人殺す場合って、どこを攻撃するのが一番楽に、確実に殺せると思います?」
「首とかですかね?」
私の解答に、美鈴は軽く首を振る。
「正解は、脳を直接握りつぶすことです。本来は頭蓋骨に護られている脳ですが、もし脳を手のひらの上に出現させることができれば、いともたやすく殺せると思いませんか?」
それは確かにそうだが、そもそも殺そうとしている相手の脳が手のひらの上にあるという状況がそもそもあり得ない。
「まあ、あくまでたとえ話ですけど、妹様はそれにかなり近いことが出来るんです。対象の一番弱いところを自分の手のひらに移動させ、吸血鬼の握力で握りつぶす。そんなことをされたらどんなものだろうがひとたまりもありません。アホみたいな強度を誇る吸血鬼の頭も、変な病気を疑うぐらい厳重に防護魔法を重ね掛けしている魔女の頭も一撃で破壊できてしまう。そして何より恐ろしいのが、純粋な物質以外にもその能力が有効であるというところですかね」
「と、いうと?」
「結界や呪い、概念的なものすら破壊できてしまうということです。実際に見たわけではありませんが、この世界と死者の世界を隔てている概念的な境界線ですら破壊可能だと本人は言ってましたよ」
「はは、もしそうなら生き返り放題ですね」
流石にそれはフランドールの冗談だろうが、彼女の破壊能力に関しては本物だろう。
実際パチュリー・ノーレッジという魔女はどんな術が掛かっているかわからないほどの防護魔法を身に纏っていた。
物理的な攻撃は言うまでもないが、きっと死の呪いですら無効化するほどの防御力を誇っていたに違いない。
そんなパチュリーがああもあっけなく殺されたのだ。
今更な話ではあるが、パチュリーが死んだという事実は少し……いや、かなりショックだ。
パチュリー・ノーレッジという魔女を純粋に尊敬していたし、学びたいことも多くあった。
それこ、フランドールに死者の世界とこの世を繋いでもらって、話を聞きに行きたいぐらいである。
そんなことを考えていると、次第に少々活気のある通りが見えてくる。
先程までは全く誰ともすれ違わなかったが、少なくとも目の前にはいくつかの屋台と、そこで買い物を行う人影があった。
「着きました。ここが闇市です」
私は美鈴の傍を離れないようにしながら周囲を見回す。
肉や野菜、小物など様々な屋台が立ち並んでいるが、どの店にも共通して言えることは大々的に店舗を構えている店は一つもないことだろう。
どの店もすぐに移動できるように簡素な作りになっている。
「さて、取り敢えずすぐに口にできるもののほうがいいですよね。あのボロ屋にはキッチンがありませんし……取り敢えずあの店なら何かあるかな?」
美鈴は私の手を握ると、通りをズンズンと進み出す。
私は少々転びそうになりながらも美鈴についていった。
すれ違う人や屋台の店員は、皆信じられないような視線を私に向けてくる。
まあ、当然だろう。
今の私は何の変装もしていない。
日刊予言者新聞などに写真が掲載されている、サクヤ・ホワイトの姿そのままだ。
そのことをわかっているのかいないのか、美鈴はいつも通りの笑顔のまま通りを進んでいく。
そして、一つの屋台の前で立ち止まり、慣れた様子でカウンターの奥で作業をしていた店主に話しかけた。
「どうもどうも、ご無沙汰です」
店主は手に持っていた麻袋を木箱に戻すと、美鈴の方を振り向く。
そして少し表情を明るくしたかと思えば、その横にいる私の顔を見て眉を顰めた。
「サクヤ・ホワイト? 美鈴さん、あんたのとこのお嬢様が追ってるやつじゃなかったかい? なんだ、もう捕まえたのか?」
「やだなぁ、本物を拘束もしないまま連れまわすわけないじゃないですか。うちのメイドに変装させてるんですよ」
美鈴はあっけらかんと言い放つ。
店主はまあそうだよなと納得しながら、美鈴に言った。
「で、今日は何をお求めで? あんまり珍しいものは入ってないが……これなんかどうだい?」
店主は屋台に並べていた包みを一つ持ち上げる。
美鈴は店主からそれを受け取ると、スンスンと臭いを嗅いだ。
「ドラゴンの脾臓ですか?」
「大正解。本来魔法薬の調合素材だが……まああのお嬢様なら大丈夫だろう」
「ちなみにお幾らで?」
「三百ガリオンぽっきりだ」
美鈴は肩を竦めながら包みを屋台に戻す。
「あー、まあまけるとすれば二百五十が限界だが──」
「じゃなくて、実は今日は買い出しじゃないんですよ」
美鈴はそう言って私の肩を抱き寄せる。
「この子、最近入った新人でして。夕食がてら闇市を案内して回ってるんです」
「新人に指名手配犯の変装させてここを引っ張りまわすとかパンクすぎやしないか?」
店主は呆れたように後頭部をかく。
だが、不思議とあまり疑問には思っていないようだった。
きっと、美鈴さんは普段からこんな感じなのだろう。
「まあそう言うことなら……つっても今すぐ食えるようなものは保存パンぐらいしかないな。そもそも食い物の屋台はここにはないし」
「あー、まあ保存パンでもいいですよ」
店主は屋台の後ろに積んでいた木箱の中から紙袋を取り出すと、美鈴に渡す。
美鈴はその中身を確認し、まあこれでいいかと頷いた。
「いくら?」
「十シックル」
美鈴は店主に言われるがままに財布から銀貨を取り出す。
そして紙袋の中から固そうな黒パンを取り出すと、一つを私に手渡し、もう一つを自分の口に運んだ。
「んじゃ、また今度〜」
「まいど」
そして、用は済んだと言わんばかりに美鈴は来た道を引き返し始める。
私は美鈴から受け取った黒パンに齧り付きながら改めて通りに並ぶ屋台を見まわした。
「さっきのは何屋さんなんです?」
「んー? まあ強いて言えば雑貨屋ですかね? この通りじゃ人間の食べるものはほとんど扱ってないから……あそこの店主は一応人間ですし」
なるほど。
今齧りついているパンは商品ではなく、本来は店主の昼食、もしくは夕食だったのだろう。
「例えば……ほら、あそこの肉屋は人肉しか取り扱っていないですし、あそこの八百屋は人間を肥料にした野菜しか取り扱っていない。ここで取引される商品っていうのはそういうものばっかりなんですよ」
美鈴は通りを歩きながら屋台を指差す。
美鈴の指差した屋台をよく見てみると、確かに人のものらしき太ももや、耳などが吊るされていた。
「うわ……ああいうのってどこから仕入れてくるんですかね」
「ここの近くに人間牧場があるんです。ここの市場に並んでいる人肉は基本そこから供給されてますね」
人間牧場……なんとも悍ましい響きだ。
だが、人肉に一定の需要があると考えれば、普通に暮らしている人間を狩って食料にするよりかはいくらか健全なのかもしれない。
「まあ、たまに天然物も出回りますけどね。味だけで言えば牧場産のものが一番です。運営開始当初はあまり味にはこだわってなかったのか食べれたもんじゃなかったんですけど、お嬢様からの度重なる品質改善の要望の結果、今では世界輸出もされるような有名ブランドになりました」
「せ、世界輸出ですか……それに、品質改善の要望って……」
「うちからもかなり出資してますから。まあ、世界輸出って言ってもそっちは細々とらしいですけどね。リスクを負いたくない人外からしたら多少高価でも牧場産を選ぶようですよ」
美鈴はそう説明すると、笑顔で続けた。
「とりあえず、初めに狙うターゲットはそこです。今日の夜、人間牧場の経営陣を傘下に収めます」
「……まあ、お任せします」
私は曖昧に返事をすると、黒パンの残りに齧りつく。
決して美味しくはなかったが、小腹を満たすにはちょうどいい。
私は人間牧場の施設を適当に妄想しながら、美鈴の後を追った。
設定や用語解説
闇市
ノクターン横丁のハズレに位置する市場。基本的には人外向けの商品を取り扱っている店が多い。ノクターン横丁の一部ではあるが、闇の魔術に関する品は少ないため、魔法使いが寄りつくことはない。
雑貨屋の店主
人狼だと言われているが、実はただの毛深いおっさん。勘違いで迫害され、勘違いで仲間扱いされ、現在に至る。今後の出番は多分ない。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。