P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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上納金と水風船と私

 人間牧場の施設の中は、私が当初感じた通りびっくりするほど魔法界を感じない。

 天井に嵌め込まれている照明は蝋燭やガス灯ではなく蛍光灯であり、白い光を放っている。

 床も大理石か何かかと思ったが、均一な白さを見るに人工的な素材だろう。

 きっとこの施設はマグルに詳しい者がマグルを操って造らせたに違いない。

 

「もっと薄汚い感じを想像してました。それとも当初はもっと汚い感じだったとか?」

 

 今日の朝の美鈴の話では、レミリアが多額の出資をして味の改善をさせたらしい。

 その時に施設も改修したのだろうか。

 

「いや、初めからこんなだぜ。清潔すぎてあまり居心地は良くねぇが、高度な洗浄魔法が掛かっているのかどれだけ汚しても数分後には元通りだ」

 

「ああ、その辺はちゃんと魔法界してるんですね」

 

 ということは、そもそもこの施設を設計したものがマグルか、それに近い人物だったのだろう。

 グレイバックは何度か曲がり角を曲がると、応接室と書かれた部屋に私たちを案内する。

 応接室の中も白を基調とした整った内装になっており、清潔感……いや、清潔感を通り越してどこか不気味すら感じた。

 グレイバックは私たちにソファーを勧めると、部屋の隅にある棚の中を漁り始めた。

 

「何か飲むか?」

 

「とりあえずビール!」

 

「ここは小洒落たパブじゃねえぞ?」

 

 グレイバックは棚の中から古そうな酒瓶を何本か取り出す。

 そして棚の隣にある冷凍庫から氷を取り出しグラスに入れ、そこに酒を注いだ。

 

「あんまり上等なものじゃないが──」

 

 美鈴はグレイバックからグラスを受け取ると、真っ先に口をつける。

 そして口の中で転がし、コクリと飲み込んだ。

 

「お、いいじゃないですか。上等なウイスキーですね」

 

 フランドールはそれを聞き、毒味は済んだと言わんばかりにグラスに口をつける。

 私も試しに一口飲んでみたが、あまりのアルコールの強さに一瞬顔を顰めた。

 

「ん? はは、お子様には刺激が強かったか?」

 

 グレイバックはソファーに座りながらグラスを傾ける。

 私は負けじとグラスを煽ろうとしたが、美鈴にグラスをひったくられてしまった。

 

「潰れられては困ります」

 

「そこまで弱くはないはずなんですけど……」

 

「これ、かなり度数高いです。まあそれも一種の交渉術なんだとは思いますけど」

 

「あー、いや、勘繰ってるところ悪いがただの俺の趣味だ」

 

 グレイバックは少々バツの悪そうな顔でグラスを煽る。

 そして余韻を楽しむように深く息をつき、改めて顔を上げた。

 

「で、今日はなんの要件で来たんだ? メイドの姉ちゃん一人だけならまだ予想がつくんだが……」

 

「要件ね。簡単なことよ」

 

 私たちの真ん中に座るフランドールが軽く身を乗り出す。

 

「後悔したくなかったら私の傘下に入りなさい」

 

 そして、一方的に『要件』を叩きつけた。

 

「……傘下? 随分と穏やかじゃない響きだな。そもそもスカーレット家とはいい関係を築けていたと思ったんだがね」

 

 グレイバックの顔から笑みが消える。

 

「確かにあんたのところの多額の出資のおかげでこの施設はかなり大きくなった。だが、それに対する見返りは十分渡してきたはずだ。無茶な注文にも応えたし、特別価格で人肉を卸してる。今まで通りのビジネスライクで対等な関係じゃダメだってのか?」

 

「そもそも、お姉様……レミリア・スカーレットと私を同一視している時点で間違っているのよ。そうね……お姉様が魔法界の政治に首を突っ込もうとしている話は知ってる?」

 

 フランドールはソファーに腰かけ直すと、グラスをクルクルと回す。

 

「ああ、そんな気配は薄々感じてはいる。あんたの姉はそもそもあまり表舞台に出てくる人物じゃなかった。裏社会ならともかく、表の世界であんたの姉を知っているのはコアな占いファンぐらいだった。それが今はどうだ? レミリア・スカーレットの名前を新聞で見ない日はない。今や魔法界の誰もが知る有名人だ」

 

「魔法大臣を目指している話は?」

 

「魔法大臣? 吸血鬼がか?」

 

 グレイバックは一瞬グラスを取り落としそうになると、すぐに持ち直して自分を落ち着かせるように一口飲む。

 

「何かの冗談だろ。マグルの血が混ざっているというだけで差別するような奴らだ。吸血鬼、それも限りなく純血に近いやつを自分たちのトップに置くわけがない」

 

「そうね。私も無茶だと思ってる。でも、無理矢理にでも自分の身を漂白して、プロパガンダにプロパガンダを重ねたとしたら? 今の魔法界が求めているのは強いリーダー。だとしたら、意外と無茶な話じゃないのかも」

 

 グレイバックはフランドールの言葉を聞き、考えをまとめるようにぶつぶつと呟く。

 そして、フランドールの提案の意図に気がついたのか、ハッと顔を上げた。

 

「なるほど。読めたぜぇ。ここにサクヤ・ホワイトがいる意味もな」

 

 グレイバックは空になったグラスに酒を並々と注ぐ。

 そして同じように美鈴のグラスにも酒を注いだ。

 

「スカーレット家が分裂したのか。政界入りを目指すレミリアと、そこから離反したお前たち。レミリアと敵対するなら、その敵であるサクヤ・ホワイトを取り込むことにデメリットがない。敵の敵は味方ってわけだ」

 

「ここを傘下に入れるという意味も理解したわね?」

 

「ああ……くそ。確かになぁ。後ろ盾はあったほうがいいのは確かだが……」

 

 グレイバックは難しい顔で腕を組む。

 

「レミリアはこの施設との繋がりを……いや、関係者もろともこの施設ごと無かったことにしたい、そういうことだろう?」

 

「そう。今はまだ優先順位が低いけど、そのうちここを更地にする勢いで攻撃してくるはず。そうなったら真っ先に殺されるのは責任者でここの全てを知り尽くしている貴方でしょうね」

 

「あんたの傘下に入ったところでその未来は変わらないんじゃないか?」

 

「そんなことないわ。私の最終目標はイギリス魔法界の征服。近いうちにイギリス魔法省を武力制圧する予定よ」

 

「……は?」

 

 グレイバックの素っ頓狂な声が応接室に響く。

 そんな様子を気にする様子もなく、フランドールは続けた。

 

「そのための第一歩がここってわけ。正直貴方含めて従業員を皆殺しにして施設や財産を奪い取ってもいいんだけど、手駒や施設運営のノウハウは欲しいじゃない? だからこそ、こうして丁寧に対話に来たってわけ」

 

「おいおいおい冗談じゃないぜ? イギリス魔法省を武力制圧? そんなこと、簡単に出来たら今頃あの人が魔法界を……いや、グリンデルバルドあたりがとっくの昔に征服していたはずだ」

 

「もしダンブルドアがいなかったら? 魔法省は堕ちていたんじゃなくて?」

 

「まあ……そりゃそうかもしれんが……」

 

「貴方は不服には思わないの? ただ魔法が使えるだけの人間が、ただ人狼だから、吸血鬼だからという理由で我々を差別している現状が。人狼が魔法使いに劣っている点は何? 人狼だって、魔法が使えるものもいる。私たち吸血鬼に至っては本来食物連鎖で人より上にいる存在よ。ただ、少数派だからという理由で迫害され、権利さえ奪われる。おかしいでしょう?」

 

「あんたならどうにかできるっていうのか?」

 

 グレイバックの問いに、フランドールは胸を張る。

 

「出来なかったらこんな提案してないわ」

 

 フランドールとグレイバックの間に沈黙が流れる。

 先ほどのフランドールの言葉が本心かはわからない。

 だが、フランドールがグレイバックに向ける表情は真剣そのものだった。

 

「あ、お酒おかわり〜」

 

 だが、そんな沈黙を美鈴が気の抜けた声で打ち破る。

 グレイバックは一瞬美鈴のほうに視線を向けると、ソファーから立ち上がった。

 

「まあ、魔法界がどうなろうが俺の知ったこっちゃねぇ。だが、今の盤石な体制が崩れるってなら話は別だ」

 

 グレイバックは棚から先ほどと同じ酒瓶を取り出すと、美鈴とフランドールのグラスに注ぐ。

 

「あんたの話に乗らせてもらうぜ」

 

「話がわかる男は好きよ」

 

「生憎ガキ抱く趣味はねぇんだ。メイドの姉ちゃんならウェルカムだがよ」

 

 ゲヘヘとグレイバックは下品に笑う。

 

「で、傘下に入るってことは何かしら要求があるわけだろ? 俺が得るもの、お前らが得るもの。それをはっきりしようじゃねぇか」

 

「そうね。美鈴」

 

 フランドールの言葉に、美鈴が一枚の羊皮紙を懐から取り出し、グレイバックに渡す。

 グレイバックはそれを上から下までじっくり読むと、スーツの内ポケットから万年筆を取り出しサインを書き加えた。

 

「まあこんなところか」

 

「そこまで求めることは多くないからね」

 

「渡りに船な話であることには違いねぇな」

 

 私は美鈴へと返ってきた羊皮紙を覗き込む。

 そこには資金の提供や防衛時の取り決め、今後の立ち位置などが細かく書かれていた。

 レミリアはこの施設に資金を提供していたという話だったが、この羊皮紙に書いてあることは逆だ。

 グレイバックが売上の数パーセントを私たちに納めることになっている。

 いわゆる上納金というやつか。

 

「契約成立。それじゃあ、これからよろしくね」

 

 フランドールはグレイバックに右手を差し出す。

 グレイバックはその右手を握り返し、不敵な笑みで言った。

 

「長い付き合いになることを祈ってるぜ」

 

 私はそれを見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 どうやら大きなトラブルなく交渉が成立したようだ。

 

「さて、話がまとまったところで……施設の見学でもしていくか?」

 

「あー、そうですね」

 

 美鈴はポケットから小さな懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 

「思った以上に早く終わりましたし、それもいいかもですね。今後の話もしたいですし」

 

「決まりだな。イギリス中の化け物の需要を満たす自慢の牧場だ。見応えあると思うぜ」

 

 グレイバックはグラスを机の上に置き、ソファーから立ち上がる。

 それに続き私たちも立ち上がると、グレイバックに続いて部屋を出た。

 

 

 

 

「ほんとに家を飛び出してきてすぐって感じじゃねぇか。んじゃ、当面の宿泊場所やメシもこっちで手配した方がいいか……」

 

 施設の中を歩きながら美鈴がグレイバックに今の現状を話して聞かせる。

 グレイバックはそれを聞き、メモ帳に書き込み始めた。

 

「俺がオーナーをやってるホテルが近くにある。そこの最上階を押さえておこう。メシに関してはルームサービスでも取ってくれ。人肉や血液は……部下にでも届けさせる。幸いバスルームは広い。人間一人解体するぐらいなら不便しねぇだろ」

 

「加工肉でもいいですけどね。フランお嬢様は普段はそればっかりですし」

 

「んじゃそうするか。人を襲いたくなったらそれこそエスコートでも呼んでくれ」

 

 施設の中はどこも白を基調とした内装になっている。

 部屋のほとんどは管理しやすいようにかガラス張りになっており、その中には管が何本も差し込まれた肌色の大きな袋のようなものが蠢いていた。

 

「あれが母体だ。効率よく人間を出産させるために改造されている。半年に一度、十人ずつだ。それが六十四体。時間差で出産するように調整されてるって寸法よ」

 

「うえー、普通に気持ち悪いですね」

 

 私は率直な感想を漏らす。

 それを聞き、グレイバックが肩を竦めた。

 

「ああほんと、正気の沙汰じゃないぜ」

 

「正気の沙汰じゃないって……あんたのところの施設でしょ?」

 

 フランドールはそうグレイバックに突っ込む。

 だが、グレイバックは首を横に振った。

 

「俺みたいなチンピラがこんな大層な施設を、システムを構築出来ると思うか? 作ったやつは別だよ。俺は元々ここの管理を任されただけだ」

 

「管理を任された? でも、今のオーナーは貴方なんですよね?」

 

 美鈴の問いに、グレイバックは頷く。

 

「元々は例のあの人のサイドビジネスさ。施設の設計や母体の改造をしたのもあの人の部下だ」

 

「で、お父さんが滅んだからそのまま貴方のものになったと」

 

「おっと、今更施設の所有権を主張されても困るぜ? こっちは長年ここを管理してきたんだ」

 

「いらないわよ」

 

 焦るように口調を早めるグレイバックに私はため息をつく。

 そして、少し前から気になっていたことをグレイバックに聞いた。

 

「で、その施設を設計したあの人の部下っていうのは誰なんです?」

 

「ん? ああ、ホワイトだ」

 

 そして、ある意味予想出来ていた人物の名前を口にした。

 

「というか、こんな施設考えつくのはあの人の部下といえどホワイトぐらいだぜ。お前も知らないわけじゃないだろう?」

 

「ええ、知っていますとも。私の祖母……ですよね?」

 

 私はガラス越しに肌色の水風船のような母体を眺めながらグレイバックに言う。

 だが、グレイバックから返ってきた答えは私の想定とは異なるものだった。

 

「祖母? ……あー、まあ祖母か? だがそれもあくまで噂でしかないぜ? 本人はセレネが娘であることを否定しているしな」

 

「ん? そうなんですか?」

 

 私が聞き返すと、グレイバックは続ける。

 

「ああ。歳のことで少し弄ったら『私はまだ三十代だ』なんて抜かしやがった。あのトーンは誤魔化しなんかじゃない。割とマジな感じだったぜ」

 

 ホワイトが三十代?

 それじゃあ、私のお母さんと世代が同じじゃないか。

 

「ホワイトのやつとセレネ・ブラック、そしてお前。三人の関係はそう単純なものでもないのかもな」

 

 そう……なのか?

 でも、私の出生に不透明な部分があるのは確かだ。

 

「というか、ホワイトとそんな気軽に話す間柄なんですね」

 

「まあな。俺たちだけじゃ設備を維持することは出来ても増築することはできないからな」

 

「最後にホワイトに会ったのはいつです?」

 

「最後? ……数年前じゃねぇか? これ以上大きくしても仕方がねぇし、最近は連絡を取ってないが……」

 

「連絡……連絡が取れるんです?」

 

 私が聞くと、キョトンとした顔でグレイバックが頷く。

 

「あ? ああ。そりゃ取れるだろ。取れなかったら施設になんかあった時どうすんだよ」

 

「どうやって?」

 

「基本、手紙だな。フクロウ便だ」

 

 私は美鈴に視線を向ける。

 美鈴はフルフルと首を振った。

 どうやらここ最近ホワイト……小悪魔宛の手紙が紅魔館に届いたことはないようだ。

 

「もっと緊急な場合は?」

 

「奴の研究室に会いに行くのが一番早いんじゃねぇか?」

 

「その研究室の場所は?」

 

 畳み掛けるようにフランドールが質問する。

 グレイバックは何かを察したのか、ブンブンと手を振った。

 

「おいおい。なんの用かは知らないが、ホワイトにちょっかい掛けるのは勘弁してくれよ。奴になんかあったらここの運営に支障が出る」

 

「もうそういう次元の話じゃないわ。ホワイトはお姉様と組んでいる」

 

「ホワイトがレミリア・スカーレットと?」

 

 グレイバックはそれを聞き、一瞬固まる。

 そして苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 

「そりゃ芳しくねぇな。となると、もう施設の修繕にホワイトの奴は頼れないか」

 

「それってやっぱりヤバいです?」

 

 美鈴はかなり他人事な様子で質問する。

 グレイバックはぶつぶつと呟きながら指を折ると、静かに首を横に振った。

 

「いや、そこまで大きな問題にはならないんだが……問題は石だな」

 

「石?」

 

「ああ、屠殺する時に穢れを吸収させる石があるんだが、穢れの溜まり切った石はいつもホワイトが処理していた。その処理さえなんとかなれば運営を続けることは可能なはずだ」

 

「サクヤちゃん、何かわかります?」

 

 屠殺する時に出る穢れというのがよくわからないが、原理さえわかれば対処はできるはずだ。

 

「とにかく、現物を見てみないことにはなんとも……」

 

「んじゃ、次は屠殺場の方へ向かうか」

 

 グレイバックは通路の奥へと歩き出す。

 私たちはその後に続いて施設の中を進んだ。




設定や用語解説

フランはいつも加工肉ばかり
 そもそも、レミリアと違い人を襲って食事をしたことがない

エスコート
 日本で言うところのデリヘル

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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