P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
人間牧場の施設の中をグレイバックに続いて歩く。
施設の中には私が考えていた以上に沢山の部屋があり、そのどれもが高度に自動化されているようだった。
母体から排出された赤子は簡易的な洗浄の後ベルトコンベアーで運ばれていく。
そして個別に小さなケージへと入れられると、天井から垂れていた管が意思を持っているかのように蠢き、赤子の口の中へ入っていった。
「屠殺室はこの先だ」
グレイバックは施設内の光景に目を奪われている私たちを急かすように言う。
私はガラスの向こう側にいる赤子に軽く手を振ると、グレイバックの後を追った。
イギリス中の人肉の需要を賄っているだけあって施設は巨大だ。
このような巨大な施設をどのように隠しているのか少し疑問だったが、グレイバック曰く地下に広がっているらしい。
「地上は農園になってる。無闇に地下を掘られないためのもんだが……それで入ってくる金も無視できねぇレベルだ」
「なんか色々やってるんですね。ここに、ホテルに、農園に」
「それだけじゃねぇ。いくつかパブや風俗も経営しているし、薬の売買もやってる」
「うわ、マフィアだ」
私が冗談めかして言うと、グレイバックはカラカラと笑った。
「人聞きの悪いこと言うもんじゃねぇぜ。これでも商売は真っ当だ。扱ってるものが違法なだけでな」
「実際グレイバックはロンドンの裏社会じゃ名の知れたマフィアです」
美鈴が小声でこそっと教えてくれる。
なるほど、マフィアっぽい服装なのではなく、実際にマフィアだったのか。
「っと、ここだ。中へどうぞレディたち」
グレイバックは屠殺室と書かれた部屋の扉を開け私たちを中へと招き入れる。
屠殺室にはベッドがいくつか並んでおり、その横にはクローゼットほどの大きさのある機械が設置されていた。
「これだ。機械の中に組み込まれている石。コイツが屠殺時に発生する穢れを吸い取ってゴースト化を阻止する……なんてホワイトのやつは説明していたな」
グレイバックは機械に近づくと、ガラス扉を開け中に嵌め込まれている赤い石を取り外す。
そして私に向かって放り投げた。
私は左手でそれをキャッチすると、蛍光灯の光にかざす。
そして、すぐその正体に気がついた。
「何かわかるか? ご息女さまよ」
「……ええ。間違いないわね」
魔力を失ったこの身だが、知識まで失ったわけではない。
私はこの石を今まで何度も見てきている。
「これは、賢者の石だわ」
私はその場にいる全員に向かって言った。
「……賢者の石? なんだそれ」
グレイバックが私の手の中にある石を見ながら首を傾げる。
私はひとまず石をグレイバックに返す。
盗った盗られたなどという余計なゴタゴタは避けたい。
「貴重なものよ。私のお父さんがホグワーツに忍び込んでまで手に入れようとするほどには」
「ほう? そいつはそいつは……ん、待て。なんでそんなものがこの機械に組み込まれてる?」
一瞬頬を緩めたグレイバックだが、途端に警戒するような視線を石に向ける。
どうやら、ただの馬鹿というわけでもないようだ。
「それは……調べてみないとわからない。賢者の石は魔力タンクとしての側面もあるから……この機械の動力源という可能性もある。交換予定の石はある?」
「そうだな……これはもう限界に近いな」
グレイバックは機械に付けられているメーターの一つを見ながら石を取り出す。
私はその石を両手で握ると、石に意識を集中させた。
魔力を失った私だが、魔力を感じ取る力まで失ったわけではないらしい。
この賢者の石は、私が今まで手にしたどの石よりも莫大な魔力を秘めていた。
「なるほど……」
何故人間である私の父が人間牧場なるものを作ろうと思ったか。
きっとこの石はその答えだ。
「この施設は人肉や金を得るために建てられたんじゃないのね……」
そう、この施設はいわば──
「賢者の石への魔力の充填工場……この機械は、人の命を魔力へと変換するためのものだわ」
「……なるほどねぇ」
フランドールは私の方へと歩いてくると、私の手の中にある賢者の石を掴み、私と同じように蛍光灯にかざす。
蛍光灯の白い光は賢者の石を通り抜け、赤い光となってフランドールの顔の一部を染めた。
「ただの金儲けにしてはあまりにも禁忌を犯しすぎていると感じていたけれど、そういうことなら少しは納得できるかも」
「ホワイトは賢者の石を手にしていた……いや、この量の賢者の石を揃えているところを見るに、賢者の石の精製に成功していたと見るべきね」
賢者の石がニコラス・フラメルだけの技術でないことはパチュリー・ノーレッジが示している。
そのパチュリーと同レベルの魔女であるホワイトが賢者の石を精製する知識を手にしていたとしても不思議ではない。
「そして、賢者の石を求めてホグワーツに潜入したところから見て、お父さんはこの施設に賢者の石があることを知らなかった。きっと賢者の石のことは明かしてなかったんだわ」
まあ、これに関しては完全に私の推測だが。
「つまりは穢れを吸収するっていうのは嘘っぱちって訳か?」
「完全な嘘ってわけじゃない。穢れがどうと言う話は抜きにしても、魂がゴースト化することは避けられる」
魂をそのまま魔力に変換するのだから、当たり前の話ではあるが。
「でも、これを交換しないと支障が出るっていうのは嘘ね。そもそもマグルはゴーストになりにくいし、さらに言えば、現世への強い執着心がなければゴーストになんかならない」
「それじゃあホワイトの手を借りずとも施設の維持はできるんだな?」
確かに賢者の石がなくとも施設に問題は起きないだろう。
だが、かといってこの施設を維持できるかと言われれば即答はできない。
「この施設は魔法界の技術とマグルの技術が高度に絡み合ってる。詳しく調べてみないことには……」
「……まあ、効率は落ちるが同じようなことを魔法だけで出来ないこともないか」
グレイバックはやれやれと後頭部を掻きながら言った。
「昔ならいざ知らず、今はあちこちから金が入ってくる。人肉の売買の収益が落ちてもなんとでもなる」
「それに、もう少ししたら人間牧場なんていらなくなる世界になるしね」
「あ? どういう意味だ?」
フランドールの言葉に、グレイバックが首を捻る。
そんな様子のグレイバックに、フランドールは得意げな表情で言った。
「私が魔法界を征服したら、マグルを自由に狩れるようになるってことよ」
「そいつはなんとも……え? マグルを自由に?」
グレイバックはわかりやすく目を丸くする。
対照的にフランドールは無邪気な笑顔を浮かべていた。
「どうせ世界を征服するなら好きな時に好きなようにおもちゃで遊べる世界にしたいわね。お姉様は人間と共存する道を模索しているみたいだけど、私からしたら笑止千万もいいところよ。私たち化け物は人間を恐怖させる存在。人の側に寄り添って、人のために働く存在ではないわ。私が世界を恐怖で支配する。そしたら……」
フランドールはその続きを口にしなかった。
ただ、少し寂しそうな顔をすると、小さく頭を振る。
「なんにしても、私の傘下に入った以上、悪いようにはしないわ」
「それはそれは……期待しておくことにするぜ」
グレイバックはヒヒヒと引きつったかのような笑い声を上げる。
私は二人から少し離れると、壁際に立っている美鈴に話しかけた。
「フランドールさん、どこまで本気ですか?」
「多分どこまでも本気だとは思いますよ?」
美鈴はグレイバックと笑い合うフランドールに視線を向ける。
「そもそもおかしいのはお嬢様……レミリア・スカーレットの方ですから。吸血鬼としては妹様の感性のほうが正しいかと」
「私は人間なんですけど……というか、マグルに成り下がった私に一体何が出来ると?」
「それはこれから一緒に模索していきましょう。サクヤちゃんの能力が生きている前提で仲間に引き入れましたけど……ああ見えても情に厚いお方ではありますから。それにお伝えした通り、失った能力を復活させる手立てがある可能性のほうが高いですし」
そのためにも……と美鈴は壁から離れる。
「ホワイトの研究室、そこに乗り込んで研究成果を奪うのが手っ取り早いでしょうね」
「研究室? レミリアの館ではないんです?」
「紅魔館にホワイトの研究室はありません。うちに来てすぐにお嬢様とホグワーツへ行きましたし。それにグレイバックは研究室の場所を知っている風でした」
グレイバックが紅魔館の場所を知っているとは考えにくい。
だとしたら外に研究室を持っている可能性が高いということか。
美鈴はグレイバックへと近づいていくと、グレイバックにホワイトの研究室の場所を尋ねる。
グレイバックは二、三度頭を捻り、思い出したかのように懐からボロボロのメモ帳を取り出した。
「これだ」
美鈴はグレイバックのメモ帳を見ながら自らのメモ帳に書き写していく。
そして美鈴が書き写し終わったのを見計らって、煌びやかに光る金の腕時計を覗き込んだ。
「っと、こんなところか。あんたらはこの後どうすんだ?」
私と美鈴はフランドールの方を見る。
フランドールは口に手を当ててわざとらしく唸ると、この場にいる全員に聞かせるように言った。
「成果もあったし、今日はこのくらいにしましょうか。グレイバック、ホテルに案内しなさい」
「はいはい、ただいま。お嬢様」
そんなフランドールに、グレイバックは恭しく頭を下げて見せた。
グレイバックが案内したホテルにチェックインした私たちは、各々が各々思い思いの行動を取り始める。
フランドールはよっぽど昨日の寝床の寝心地が悪かったのか、入念にベッドの枕の位置を調整しているし、美鈴は道中購入した地図を机に広げてウンウン唸っている。
私はというと、魔力の痕跡を残したくない時の護身用という名目でグレイバックから受け取った拳銃を弄っていた。
魔法が使えない今、防衛手段はあったほうがいい。
レミリアやパチュリーなどの規格外相手には意味がないだろうが、闇祓い程度ならこれだけでも十分渡り合えるはずだ。
「えっと、どうやって使うんだったかしら。弾は……これよね?」
私は紙箱に入った弾を一つ摘む。
弾の大きさはそこまで大きくは感じない。
この弾をどこかにセットするはず……。
私は拳銃をひっくり返したり覗き込んだりしながら試行錯誤を繰り返す。
そうしていると、不意に拳銃が目の前から消えた。
「使い方知りもしないのによく拳銃なんてせびりましたね」
美鈴だ。
美鈴は手慣れた様子で拳銃についているボタンを押すと、拳銃から四角い筒のようなものを引っこ抜いた。
「これがマガジン……ようは弾を入れるところです。弾薬がセットされているのがわかりますか?」
確かに四角い筒の中には弾が二列になって収まっていた。
美鈴はその弾を一つ抜き出して私に見せる。
「弾薬も種類があります。全く同じ形のものしか使えませんのでお気をつけて」
美鈴はマガジンに抜いた弾を押し込むと、銃に差し直す。
そして、拳銃の上半分を後方へ引いて戻した。
「今動かしたのがスライドです。スライドを引くことで、弾を撃つための準備が整います。スライドを少しだけ引くとわかりますが、弾がちゃんとセットされているでしょう?」
美鈴はスライドを少しだけ引き、私に見せてくる。
確かに美鈴の言う通り、先ほどまでマガジンにあった弾が上部に上がってきており、スライドに付けられている爪に噛み込んでいた。
「この状態でセーフティ……安全装置を解除して引き金を引けば弾が出ると言った感じです。お分かりになりました?」
美鈴は拳銃からマガジンを引き抜くと、スライドを後ろまで目一杯引く。
その瞬間、スライドに噛み込まれていた弾薬が勢いよく宙へ射出された。
美鈴はその弾薬を器用にキャッチすると、スライドを元の位置に戻して私に手渡してくる。
私は弾が入っていない拳銃を受け取ると、何度かスライドを動かしながら言った。
「詳しいですね」
「化け物だと言うことを隠さないといけないときは私も銃器を扱うので」
私は拳銃を利き手で握り、反対の手でナイフを引き抜く。
普段は杖とナイフで行っている構えだが、拳銃に変えても十分機能するだろう。
「試し撃ちをしておきたいところですけど……場所が難しいですよね」
こんな時、時間を止めれたらどんなにいいことか。
時間が止まっている世界なら、どんな爆音を出しても誰にも悟られない。
「イギリスは銃規制が厳しいですからね。かといって銃の訓練をするためだけに海外へ行くのはアホらしいですし」
「紅魔館からここへ逃げてきた時のように付き添い姿現しで移動するっていうのは?」
「あれはパチュリー様の魔法具ですから、移動してすぐに破壊してしまいました。場がこれ以上ないぐらい混乱していたあの時ならまだしも、今では持っているだけでリスクですので」
つくづく、魔法が使えないというのは不便だ。
移動用に車か何か用意する必要があるかもしれない。
私はナイフを鞘に戻すと、美鈴から拳銃のマガジンを受け取る。
そしてマガジンを拳銃に差し込み、拳銃を服の下に隠した。
設定や用語解説
サクヤの貰った拳銃
ベレッタ92。言わずとしれた名銃。グレイバックのコレクションの一つであるため、スライドやグリップには華美なエングレーブが施されている。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。