P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
机の上に散らばる書類を綺麗に整頓しながら私は美鈴とフランドールにホグワーツの隠し部屋で見つけた日記帳のこと、セシリアの部屋に設置されていた姿をくらますキャビネットのことを話して聞かせた。
フランドールは私の話を最後まで聞くと、壁際の棚の中を漁りながら口を開く。
「色々と軽率ね。貴方、『可能性がある』を『そうに違いない』にしちゃってるわ。間違いない事実だけを一度見つめ直して見るべきよ」
「間違いない事実?」
「だってそうでしょ? 貴方はセシリアとモモヨを同一人物だと考えているみたいだけど、それは間違いない事実というわけじゃないわ。そもそも、その孤児院の職員だったっていうセシリアがこの研究室の持ち主だった確証もないんでしょ? それに、ただ同じ薬を研究していただけで、ここがそのモモヨという人物の研究室だという確証もない」
まあ、確かにそうだ。
レイセンの日記帳に出てきたイザヨイ・モモヨという人物。
そのイザヨイ・モモヨが研究していた『蓬莱の薬』というものの名前をこの研究室で見たため、てっきり私はこの研究室がイザヨイ・モモヨのものであると思い込んでいた。
だが、確かにフランドールの言う通り、同じ薬を研究していただけの別人の可能性もあるのか。
「情報を整理しましょうか。まずホグワーツの隠し部屋。そこには過去レイセンと呼ばれるものが隠れ住んでいた。で、サクヤはその隠し部屋でレイセンの日記帳を手に入れたのよね。その現物は今手元にある?」
私は黙って首を横に振る。
日記帳は鞄の中だ。
鞄は魔法で小さくしてしまっているし、尚且つ内部の時間が止まっているため今の私では手を入れることができないはずだ。
ふとその時私の視界の端に姿をくらますキャビネットが映る。
そういえばこのキャビネットの対になっているキャビネットは今鞄の中にある。
現在このキャビネットはどこに繋がっているのだろうか。
「もしかしたら……」
私は机から離れてキャビネットの前に移動すると、キャビネットを開け放つ。
そして、内部へと顔を突っ込んだ。
キャビネットの中はどこまでも続く闇だった。
まあ、それに関してはいつも通りだ。
キャビネットの中に光源はない。
内部には、無限に広がり続ける空間が広がっているだけである。
「でも、入れる……もしかして中の時間停止が解けている?」
私は一度キャビネットから顔を出すと、近くにあった非常用の懐中電灯を手に取り内部を照らしてみる。
すると、内部には私の記憶のままに私の私物が散乱していた。
「め、美鈴さんちょっといいですか?」
私はキャビネットに上半身の半分を突っ込みながら外に向かって手招きする。
「ん? どうしました?」
「美鈴さんはこの中に入れますか?」
もし本当に時間停止が解除されているなら、美鈴でも中に入れるはずだ。
美鈴は先ほどの私と同じように上半身をキャビネットに入れようとする。
だが、キャビネットの入り口付近でゴチンと鈍い音を立てて動きを止めた。
「痛っ。入れないですね。なんですかこれ壊れてるんじゃないですか?」
「時間が止まってる……?」
「どうしたの?」
頭を押さえて出てきた美鈴と入れ替わるようにフランドールもキャビネットに上半身を突っ込む。
そして何度がバシバシとキャビネットの内部を叩くと、顔を出してキャビネットの内部に向けて右手を突き出した。
「ぎゅっとして……」
そして、力強く右手を握りしめる。
だが、キャビネットに変化があったようには見えない。
フランドールももう一度内部を手で触り、首を傾げながら外に出てきた。
「透明な壁がある。それも、私の能力で壊せないわ」
「壁……というか、このキャビネットの外は時間が止まってるんです」
私はセシリアの部屋にあったキャビネットを鞄の中にしまい込んだことを二人に話して聞かせる。
それを聞き、フランドールは興味深そうに私を見た。
「能力を完全に失っているものだと思っていたけど、多分違うわね。私の見立てだと、時間の操作ができなくなっているだけで、時間の止まった世界で動き回る能力の方は失っていない。もう一度入ってみて」
私はフランドールに促されるままにキャビネットに体を突っ込む。
キャビネットを通り抜けた瞬間、私の体は宙に浮き上がった。
それはそうだ。
キャビネットの内部には重力を発生させるほどの質量を持つ物質はない。
「やっぱり私には入れるみたいです」
私はキャビネットの外に向けて声を掛ける。
だが、外からの返事はなかった。
「とりあえず、貴重品だけ取りますか」
私は懐中電灯片手に鞄の中の空間を飛ぶ。
まあ飛ぶといっても空中で止まっている本や料理を足場にしてジャンプしているだけだが。
基本的にあまり大きくないものは鞄の手前側に固めているため、日記帳はすぐに見つけることができた。
私は空中に止まっている日記帳を手に取る。
特に意識したわけではないが、私が触った瞬間日記帳の時間が動きだし、その場から動かすことができた。
私は試しに日記帳をキャビネットのある方向へと投げる。
日記帳は重力のない空間を数秒進むと、次第に速度が遅くなりそのうち完全に空中で静止した。
「時間が止まった。こちらから操作はできないけど、この辺の仕様はそのままなのね」
時間の止まった物体に触れると時間停止が解除され、時間の止まった世界で私の手を離れた物体は次第に時間の流れる速度が遅くなり、やがて完全に時間が止まる。
確か時間停止中に私以外の人間の時間停止を解除すると同じようなことになったはずだ。
時間の止まった世界では、私以外の人間も物質に素手で触れれば時間停止を解除することができた。
それと同じような状態なのだろう。
私は宙に浮いているナイフを何本か服の下に隠すと、賢者の石で生成した命の水が入った小瓶を何本かポケットに入れる。
そして先ほど放り投げた日記帳を手に取ると、キャビネットを潜って研究室に戻った。
「何分中にいた?」
キャビネットから這い出た瞬間、横にいたフランドールが私にそう質問する。
私は一瞬その質問の意図がわからなかったが、すぐに理解した。
「三分ほどです」
「こっちでも大体同じぐらい。中に入ったら時間が止まるから一瞬で出てくるものかと思ったけど、そういうわけじゃないのね」
まあ、鞄の中の時間は止まっているが、その中に入った私の時間は止まっていない。
不思議な感覚だが、ある種の必然であるとも言えるだろう。
「これはホワイトが意図したもの? いや、サクヤの能力を分析しきれなかっただけの可能性もあるわね」
「とりあえず、日記帳は取ってきました」
私はレイセンの日記帳をフランドールに手渡す。
フランドールはその日記帳を開くと、一ページ目から読み始めた。
「日本語か……」
「読めます?」
美鈴も日記帳を覗き込む。
フランドールは日記帳をしばらく睨みつけると、美鈴に手渡した。
「要点をかいつまんで音読して」
「同時翻訳って結構難しんですよ?」
「というか、美鈴さんは日本語読めるんですか?」
私が尋ねると美鈴は親指を立てる。
「昔少しの間日本にいたこともあるので」
そう言うと美鈴は日記の一ページ目から音読を始める。
フランドールはそれを聞きながら棚を漁る作業に戻った。
美鈴の読み上げている内容は概ね私が翻訳魔法によって得た情報と同じだ。
だが、ところどころ細かなニュアンスの違いなどはある。
レイセンは月から逃げてきたと日記に書き記していた。
私はてっきり翻訳魔法の間違いかと思っていたが、美鈴曰く間違いではなかったらしい。
「月? 本当に月から来たって書いてあるのね?」
「え? あ、はい。ニュアンス的には何か組織の名前というよりかは、空に浮かぶ月そのものを指しているように感じます」
「じゃあそのレイセンという人物は月人で、月から地上へと逃げてきたってわけ?」
「人間との戦争が怖くて逃げてきたって書いてありますけど……人間って月と戦争してましたっけ?」
いや、そんな事実はないはずだ。
そもそも人類は月に着陸するのがやっとな状況。
もしそこに生命体がいたとしても、戦争なんて夢のまた夢だろう。
私はそんなことをぼんやりと考えていたが、フランドールは何か思い当たることがあるのか小声でボソリと呟いた。
「多分、アポロ計画のことじゃないかしら。この日記帳が書かれた時期とアポロ計画の時期は一致する」
「でも、今でもそうですけど、人類は月にたどり着けてはいますけど戦争できるほどではないですよ? 精々宇宙船で乗り付けて、石を拾ったり旗を立てたりするぐらいで──」
「だとしてもよ。人間に限らずこの世の多くの生き物は新天地へと辿り着くと同時に争いを始める。それは歴史が証明しているわ。辿り着くことができるようになったということは、遠くない未来争いが起きるということ。このレイセンという者はそれを危惧したのでしょうね」
まあ、そうか。
戦争とは言ってしまえば陣取り合戦だ。
今まで領土の取り合いで人間は多くの血を流している。
もし月に先住民がいるのだとしたら、その先住民と戦争になる可能性はゼロではないのか。
「でも……なるほど。宇宙人だとすればあの姿にも納得か」
「あの姿?」
私は隠し部屋で何者かの髪の毛を見つけ、その髪の毛をポリジュース薬に溶かして飲んだことを二人に伝える。
「ポリジュース薬って基本的に獣人には使っちゃいけないんですけど、その時は特に問題なく使用できちゃったんですよね」
私は頭の後ろに手を当ててウサ耳のジェスチャーをする。
「確かに血の通っているウサ耳でした」
「月にうさぎ……こってこてですね」
そう言って美鈴はクスリと笑う。
だが、すぐに真剣な表情になって考え込み始めた。
「いや、月にうさぎだなんて中国神話そのものじゃないですか」
「中国の神話では月にうさぎがいることになってるの?」
フランドールの問いに美鈴は頷く。
「といっても、月をうさぎが支配しているというわけではありません。うさぎはあくまで従者の立場で、月にいる嫦娥という神に仕えています」
「ああ、あの不老不死の薬を飲んでヒキガエルになったっていうやつね。何かの本で読んだわ」
フランドールはポンと手を打つ。
「もしそのような神話が史実に基づいているとしたら、月に都があってもおかしくないですね」
「でも、月には酸素はないですよ? それに昼は灼熱、夜は極寒でとても人が住めるような環境だとは思えないのですが……」
私がそう言うと美鈴は肩を竦める。
「そこに住んでいるのが人間ではなく神だった場合、特に問題にはならないかもですね」
「まあ、そのことは一度置いておくわよ。今考えないといけないのは日記を書いたレイセンではなく、そのレイセンが出会ったというイザヨイ・モモヨという人物でしょう? どんな字を書くの?」
美鈴はポケットからメモ帳を取り出すと、ボールペンでサラサラと達筆な漢字を書き込む。
「『十六夜百夜』、『十六夜』は数字の十六に、夜。主に満月の次の日を指す言葉ですね。それに『百夜』。百に夜と書いて、文字通り多くの夜という意味があります」
「名前としては?」
「『十六夜』というのは少し不自然に聞こえますが、あり得ないほどではないかと。それと『百夜』に関しても不自然というほどではないですね。三文字の名前で、最後がヨで終わる名前というのは日本ではよくあります」
「男性名? 女性名?」
「女性名です」
ふむ、とフランドールは唸る。
「で、その百夜という人物は『蓬莱の薬』という薬を研究した罪で地上へと堕とされた。それも人間の赤子へ転生させられるという形で」
「かぐや姫みたいですね」
美鈴はヘラヘラとした冗談交じりの表情でそう言ったが、またすぐに表情を固くする。
「いや……かぐや姫も月の姫のお伽話ですね……」
「どんなお話なんです?」
私の問いに、美鈴は簡潔に物語のあらすじを教えてくれる。
「罪を犯した月のお姫様が地上に堕とされて、老夫婦に拾われるという話です。絶世の美女に育って時の皇帝に告白されたりもするんですけど、最終的には月に帰ってしまいます」
「月では罪を犯すと地上へと堕とされる。確かに日記帳に書かれた内容と一致するわ。人間の赤子に転生させられるというのも似通っている」
隠し部屋でこの日記帳を流し読みしたときは月云々の話は翻訳ミスか隠語か何かだと思っていた。
だが、ここにきて言葉そのままの意味である可能性が出てきたことに私は素直に驚いていた。
まあ、魔法界なんていうものがあるのだ。
月に人が住んでいても不思議ではないのか。
「っと、話が逸れすぎたわね。とりあえず、日記帳に書かれている情報で大切なのはそれぐらいかしら」
「あ、もう一つ。その十六夜百夜の年齢について書かれています。えっと、一九七二年に十一歳なので……シリウスの一つ下、つまり──」
「セレネ・ブラック。私のお母さんと同い年なんです」
私は整理していた書類の一つをフランドールと美鈴に見せる。
その資料に書かれている文章の至るところに蓬莱の薬という文字が確認できた。
「私はてっきりその十六夜百夜という人物が私のお母さんと同級生で、私の後見人を引き受けたとばかり思っていたんです」
「いや、今までの情報を整理するとむしろ──」
フランドールは書類の一枚をひっくり返すと、机の上に転がっていたボールペンを手に取る。
そして裏紙に百夜、セシリア、セレネ、ホワイトの名前を書いた。
「蓬莱の薬を研究し地上へ堕とされた十六夜百夜。ヴァルブルガ、オリオンともにびっくりするほど似ていないセレネ・ブラック。魔法薬のスペシャリストのホワイト、私室を研究室へ繋げ蓬莱の薬を研究していたセシリア……」
そして、四名の名前をグルリと囲むと私の顔を見ながら言った。
「全員同じ人物なんじゃない?」
「いや、それを軽率だと言ったのフラン様ですからね?」
美鈴の冷静なツッコミが研究室に静かに響き渡った。
設定や用語解説
イザヨイモモヨ
サクヤがホグワーツの隠し部屋で見つけたレイセンの日記帳に書かれていた人物。蓬莱の薬を研究した罪で月を追放されたと記載されている。
セシリア
サクヤが育った孤児院の職員。私室が謎の研究室に繋がっていた。
研究室
セシリアの私室から繋がっていた研究室。蓬莱の薬の研究データが残置されている。グレイバックから渡されたホワイトの研究室と住所が同じ
ホワイト
セレネ・ブラックの母親ではないかと噂されている人物。悪魔に扮し、レミリアのもとで従者の真似事を行っている。ホグワーツの現魔法薬学教授。
Twitter始めました。
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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。