P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
先ほどの火災により焼け焦げた床を蹴り、フランドールがゴーストへと肉薄する。
そして両手で構えていた炎の剣を大きく振り上げると、ゴースト目掛けて一直線に振り下ろした。
「やば」
そんな気の抜けた声と共に美鈴が私の体を後方へと放り投げる。
その瞬間、前方から押し寄せた熱の塊が私の体を加速させ、隣の部屋まで吹き飛ばした。
「──ッ!」
空中で体勢を立て直し、部屋の壁に足から着地する。
そして地面へ転がるように受け身を取った。
「少し離れましょう。妹様の攻撃の余波で死んでしまっては笑えません」
焼け焦げた部屋から視線を離さないようにしながら美鈴が私の近くへと駆けてくる。
「離れるって……出口はあの部屋にしか──」
私がそう言いかけた瞬間、美鈴の足元が爆発する。
いや、違う。爆発したのではない。
美鈴が床を蹴破ったのだ。
「下の階を目指しましょう。上に逃げるよりかは安全なはずです」
美鈴は穴の中へ飛び降りる。
そして下の階から私に向かって手招きした。
「こっちへ!」
私は一瞬隣の部屋を一瞥すると、美鈴が空けた穴へと飛び降りる。
美鈴は私の足が地面につく前に器用にキャッチすると、ゆっくり私を地面へと下ろした。
「というか、建物の外まで逃げたほうがいいですね。普通に倒壊の危険もありますし」
「え、そこまでですか?」
私と美鈴は部屋の扉を蹴り破ると、薄暗く無機質な白い廊下を一直線に走る。
後方では何かが爆発するような音が聞こえてきており、時折それに合わせて地面が微かに揺れた。
「妹様はあまり加減を知りませんから。格下なゴースト相手なので流石に本気を出すことはしないと思いますが、念には念を入れたほうがいいでしょう」
美鈴は私を先導するように通路を進むと、突き当たりにある非常口の扉を開ける。
そして、私がついてきていることを確認するとその階段を一気に下り始めた。
その瞬間、私はひやりとした感覚を左肩に感じる。
私は何事かと咄嗟に背後を振り返ったが、そこには今にも泣き出しそうな表情で必死に私の後を追ってきている少女のゴーストの姿があった。
「やばいやばいやばいよぉおお!! 吸血鬼ってあんな強いの!? 聞いてないぃ~!!」
ゴーストは私をすり抜けるようにして追い越すと、そのまま地上目指して一直線に飛んでいく。
私と美鈴さんは無言で顔を見合わせると、すぐにその後を追った。
「待ちなさい!」
だが、私たちがゴーストに追いつくよりも早く、窓から飛び出したフランドールがゴーストの背中に体当たりをかまし、そのまま揉みくちゃになりながら階段を転げ落ちていく。
ゴーストには実体が存在していないはずだが、フランドールはそんなことはお構いなしと言わんばかりにゴーストをコンクリートの地面へと組み伏せた。
「た、助けて! やっぱり私が間違ってました! もう貴方様に逆らいません! 勝手に死んでごめんなさい……死んでごめんなさいぃぃぃ……」
ゴーストはフランドールに組み伏せられたまま、顔をぐちゃぐちゃにして泣き喚く。
そんなゴーストの様子に流石のフランドールも毒気を抜かれたのか追いついてきた私たちに向かって肩を竦めた。
「な、なによ。私が泣かしたみたいじゃない! 違うから! 私はただ応戦しただけで──」
「取り敢えず話を聞きましょう。ホワイトからの刺客かと思いましたが、どうも違うようですし」
美鈴はフランドールが押さえ込んでいるゴーストの腕を掴むと、ぐいっと引っ張り上げる。
ゴーストはそんな美鈴の様子に一瞬びくついたが、すぐに嗚咽交じりに泣き始めた。
美鈴はそんなことはお構いなしと言わんばかりにゴーストの腕を捻り上げ、後ろでしっかりと関節を固める。
フランドールも美鈴もまるで生身の人間と同じようにゴーストの体を掴んでいる。
きっと何かやり方があるのだろう。
美鈴はそのままゴーストを製薬会社の建物の陰へと引っ張っていくと、膝の裏を蹴とばし強引にしゃがませる。
そもそもの身長が低いためしゃがませる必要などないように感じたが、きっとフランドールよりも目線を下にするための措置だろう。
フランドールは美鈴が拘束しているゴーストの前に立つと、右手で頬を挟み込むように掴みながら言った。
「さて、洗いざらい全て話してもらいましょうか。貴方は一体何者で、どんな理由で私たちに襲い掛かったのかを」
結論から言ってしまえば、ゴーストが私たちに襲い掛かったのはほぼ勘違いによるものだった。
彼女はホワイトによって捕らえられていたマグルの娘らしい。
今から二十年以上も前に誘拐され、ホワイトから拷問に近い人体実験を受けていたそうだ。
「あの女が私の腕に薬を注射したその瞬間から私の地獄は始まったの。まるで血液が沸騰している……いや、沸騰なんて生易しいレベルじゃない。だって実際に火がついていたんですもの。でも、私の体は燃え尽きることはなかった」
私は、その光景を見ている。
体の表面は確かに燃えている。
だが、体の奥底から湧き上がるように新しい皮膚が出現し、そしてその皮膚もまた自然と火がつく。
薄々は気がついていたが、やはりこのゴーストは私が先日殺した燃え続けていた少女と同一人物だ。
「で、そのあとは? その変な薬を注射したあと」
「だから、体が燃え上がったって話したじゃない」
「そうじゃないわ。ホワイトは何か理由があって貴方にその薬を投与したんでしょ? 何かしらの実験をしていたのよね?」
「だから……それだけなの」
少女のゴーストは溢れんばかりの涙を目に浮かべながら言う。
「変な薬を投与してそれで終わり。ガラス棺のようなベッドに拘束された私は、そのまま放置されたわ。身体が燃え続けているまま、何年も、何十年も……」
「へえ、それは大変でしたねぇ」
あっけらかんとした表情で美鈴が言う。
フランドールも心底どうでも良さそうな表情でゴーストを見ていた。
まあ、この二人に一般的な倫理観を求めるほうが間違っているか。
「インテリアとしてはちょっと趣味が悪いわね。投薬自体が何かの実験だったのかしら」
「わかんない。でも、あの女は失敗だと言っていたから、多分失敗だったんだと思う」
私はゴーストの肩にそっと手を置く。
だが、私が伸ばした手はゴーストの体を突き抜け、私の右手に冷たい感覚をもたらしただけだった。
「そう。大変だったのね」
「でも……貴方が私を救済してくれた。貴方が、私の魂を解放してくれたの」
ゴーストは地面に座り込んだまま、私の顔を見上げる。
だが、すぐに顔を歪ませ、地面に蹲りえずきだした。
「ご、ごめんなさい。別人だとわかってるはずなのに……貴方はあの女じゃない。貴方は、私を助けてくれた──」
ゴーストは口から白濁の透明な液体を地面へと吐き出す。
ゴーストの口から出た吐しゃ物は地面へと広がるとそのまま空間に溶けるように消えた。
美鈴はやれやれと言った表情でゴーストの背中を優しくさする。
フランドールは呆れた様子で腕を組んだ。
「まあなんでもいいけど。それじゃあほんとにホワイトとの繋がりは無いのね?」
「私があの女に協力すると思う? むしろホワイトだと思ったから攻撃したんですけど!」
ゴーストは地面から顔を上げるとキッとした表情でフランドールを睨みつける。
だが、その表情にはどこか恐れの色が見えた。
きっと先程の少しの間にかなりの恐怖を植え付けられたのだろう。
「まあ、無理はないですね。私とホワイトは瓜二つだという話ですし」
「……貴方は一体何者なの? 他人の空似にしてはあまりにもそっくりすぎるし。あの時一緒にいた助手……じゃないんでしょ?」
「あの時一緒にいた助手?」
私が問い返すと、ゴーストは頷く。
「あの研究室で、何度か顔を見たことがあるわ。あの女……ホワイトそっくりの助手。ホワイトはクローンと呼んでいたけど──」
「それが答えね」
私と美鈴、フランドールは互いに頷き合う。
きっとゴーストの言うホワイトそっくりの助手というのはセレネ・ブラックのことだろう。
これで、はっきりした。
親子でも双子でも同一人物でもない。
ホワイトは、自分のクローンを一人作っていたのだろう。
「でも、そんなこと可能なんでしょうか。人を一人作り出すなんて技術、魔法界にはありません」
「魔法界の技術じゃないでしょうね。きっとマグルの世界のものです」
美鈴曰く、マグルの世界ではいくつかの研究所が動物のクローンの製造に成功しているらしい。
「まあ、その話は後にしましょうか。すぐにでもマグルの消防隊と警察が駆けつけてくるはずです」
美鈴はそう言って建物を見上げる。
確かに製薬会社の建物の一部のガラスが割れ、そこから黒い煙がモクモクと上空へと立ち昇っていた。
耳を澄ますと、微かにサイレンの音も聞こえる気がする。
「一度ホテルへと戻りましょうか。研究室はあんな感じだし、もう得られるものはないでしょ」
「ですねぇ。サクヤちゃんの能力を元に戻す手がかりこそ見つかりませんでしたが、割と成果はあった方ですかね」
確かに、私たちはこの研究室でホワイトに関する情報をかなり得ることができた。
ホワイトとは何者なのか、セレネ・ブラックとの関係、そして、十六夜百夜の正体。
全ては憶測で、確証があるわけではない。
だが、ベールに包まれていたホワイトの正体がかなり鮮明になった。
私たちはフランドールを先頭にして車を駐車したロータリーへと走る。
「ま、待ってよぉ!」
そして、その後ろから少女のゴーストがふわふわとついてきた。
「なによ、まだ何かあるっていうの?」
駐車場へと走りながらフランドールがゴーストを睨みつける。
ゴーストはフランドールの視線に一瞬怯んだようだったが、すぐに目に決意を漲らせて言った。
「私も連れてって……一人にしないで! 貴方たち、ホワイトの敵なんでしょ? 私も、貴方たちと力を合わせて──」
「さっさと成仏しなさい」
「できないわ。きっと、私の魂はホワイトによって縛り付けられている。あいつを殺さない限り、きっと成仏することなんて出来ない」
フランドールは足を止めると、確認するように美鈴の方を見る。
美鈴は数秒考えたのち、ゴーストに向かって手を伸ばした。
「ま、いいんじゃないですか? 邪魔になったらフラン様が滅すればいいだけですし」
「いや、そんな酷いことしないわよ……わかった。一緒に来なさい!」
フランドールはゴーストの手を握ると、引っ張るように走り出す。
ゴーストは一瞬びっくりしたような表情をしたが、すぐに笑顔になった。
「うん! 一緒に行く!」
私は、宙に浮かぶゴーストを遊園地の風船かのごとく引っ張るフランドールを後ろから追う。
ひょんなことで仲間が増えてしまったが、まあ彼女の話が本当なら私たちの邪魔をしてくることはないだろう。
詳しい話は、それこそ帰りの車の中ででもすればいい。
そんなふうに考えながら建物の角を曲がり、私たちは車を駐車したロータリーがある広場へと出る。
その瞬間、車の側に人影があるのを確認し、私たちは足を止める。
そこには、煙を吐き続ける建物を見上げながらポカンと口を開けているホワイトの姿があった。
「うそん」
ホワイトは信じられないようなものを見る目で製薬会社のビルを見上げている。
その顔にはどこか哀愁すら漂っていた。
「フラン様!」
「任せて──」
フランドールはホワイトに向かって右手を伸ばす。
その瞬間ホワイトもこちらの存在に気がついたのか、すぐにその場から消え去った。
「すぐにでもお姉様がここにくるはず。逃げるわよ!」
フランドールの言葉に私たちは一直線に乗ってきた車へと走る。
そして車内に飛び込むように乗り込んだ瞬間、車は甲高いスキール音を響かせながらその場から発進した。
「車で逃げ切れるでしょうか」
私は助手席にきちんと座り直すと、運転席でハンドルを握る美鈴の方を見る。
美鈴は幹線道路に出た瞬間ゆっくり速度を落とし、そのまま車の流れに乗った。
「お嬢様は正義の味方を目指しておられる。それを存分に利用させていただきましょう」
「マグルの被害が出るような方法は取らないでしょうね。このままロンドンの中心街まで走るわよ。今日はそっちで宿を取るわ」
まあ、ホワイトに姿を見られた今、拠点にしているグレイバックのホテルへは帰らない方がいいだろう。
「お嬢様が訳あって利用を避けている系列店のホテルがあります。そこに部屋を取りましょう。リアフォードならよっぽどのことがない限り満室ではないでしょうし」
「利用を避けている? じゃあむしろ場所を特定されやすいんでは?」
「リアフォードの元締めはかなり大きな組織ですから。お嬢様としてもそことのいざこざは出来るだけ避けたいはずです」
そういうことなら、確かに安全かもしれない。
私は後方から追跡されていないことを確認すると、ぐったりと座席に背中を預ける。
そして、大きく安堵の息をついた。
「でも、念には念を入れた方がいいわね」
フランドールはそう言うと、窓を開けて車外へ身を乗り出す。
そしてそのまま上空を見上げると、右手を天に突き出し、力強く握りしめた。
設定や用語解説
リアフォード・ホテル
全世界に展開しているホテルグループ。とある女性の名前を社名に冠している。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。