P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
車通りの多い幹線道路を選びながら車を走らせた美鈴は、そのままロンドン駅近くの大通りに面している高級ホテルの前へと車を停める。
私は助手席の扉を開け車から降りると、ホテルの建物を見上げた。
「かなり大きなビルですね……騎士団の本部のビルより大きいかも」
「まあ、あそこのオーナーの資本家なんて赤子扱い出来るような存在がバックについていますからね。ある意味では世界一安全なホテルだと言えるかもしれません」
その分高いですが、と美鈴は付け加える。
フランドールは後部座席から降りてくると、まるでお気に入りのぬいぐるみかのごとく少女のゴーストを後部座席から引っ張り出した。
「ほら、今日の宿に着いたわよ!」
「こういうキラキラした場所嫌い……」
少女のゴーストはフランドールにまとわりつくように背中に抱きつく。
外見だけ見れば年相応のじゃれつきにしか見えないが、片方は五百歳弱、もう片方は享年三十歳強だ。
「そういうところはしっかりゴーストなのねぇ。それとも生前から?」
「生前の話はしないで。焼き殺すわよ」
「おお、こわ」
フランドールは冗談めかして笑うとホテルの中に入っていく。
私たちはそんなフランドールに続いてホテルの中に足を踏み入れた。
「お待ちしておりました。フランドール・スカーレット様ですね。お部屋は最上階に用意してあります」
ホテルのエントランスに入った瞬間、私たちは数名のホテリエの待ち伏せを喰らった。
ホテルマンたちは全員女性で、全員が揃って貼りつけたような完璧な笑顔を浮かべている。
私はその様子に一瞬ぎょっとしたが、フランドールと美鈴はそれが普通のことであるような様子で車の鍵を預けていた。
「……普通じゃないわよね。だって、フランも美鈴も連絡している様子がまるでなかったし。この様子じゃ、まるで私たちがここにくることを初めから分かっていたみたいじゃない」
「一流ホテルだから……では説明がつかないレベルなのは確か。ここのオーナーは一体何者なのかしら」
私とゴーストは少し離れたところで囁き合う。
それに、フランドールは姉のレミリアと比べて知名度がほぼないに等しい。
ここでフランドールの名前が出てくること自体が異常なのだ。
「二人とも置いてくわよ」
フランドールの声が聞こえ、私とゴーストは咄嗟に顔を上げる。
フランドールと美鈴は既にエレベータホール前へと移動しており、エレベータに乗り込む寸前といった雰囲気だった。
私はエレベータの横で一列に並び、見送りの体勢に入っているホテリエを横目にエレベータに乗り込む。
美鈴は全員がエレベータに乗り込んだことを確認すると、最上階のボタンを押した。
「事前に連絡を入れてたんですか?」
私はエレベータの扉が閉まると同時に美鈴に聞く。
美鈴は私の問いに若干苦笑しながら言った。
「いえ、全く。つまりはそういう場所なんですよここは」
いや、そういう場所と言われても。
「まあ車内でも話しましたけど、お嬢様からの追撃を回避するにはうってつけのホテルですよここは。お嬢様としても、ここの系列に喧嘩は売りたくないでしょうし」
ポーンという電子音と共にエレベータの扉が開く。
エレベータを降りた先は大理石の廊下になっており、その通路の一番奥には重厚感を感じさせる樫の扉があった。
「あの部屋ですね」
美鈴は部屋の扉を開けてフランドールを中に招き入れる。
それに続くように私とゴーストも部屋の中に入った。
部屋の中は高級感こそ感じるが、決して華美すぎる印象も受けない。
ただ、私が想像していたよりも三倍は大きな部屋だった。
ヘタをするとグリモールド・プレイスにある私の実家よりも広いかもしれない。
「リビングでビーチボールぐらいならできそうですね」
「楽しそうだけど、肌に合いそうにないわ」
フランドールは肩を竦めると、リビングから続く扉を順番に開け、ベッドのある部屋へと入っていく。
ゴーストは興味深そうにあちこち飛び回ると、リビングにあるソファーの上に寝ころんだ。
「取り敢えず、今のうちに今後の策を考えましょうか。ここに長居するわけにもいきませんし」
「なんでです? レミリアが手を出せないならずっとここにいればいいんじゃないですか?」
「武力で強引に攻めて来ないというだけですから。お嬢様がここのバックに話を通したら、安全というわけではなくなります」
「タイムリミットは?」
「今日の昼……でしょうね」
私はポケットから懐中時計を取り出す。
現在の時刻は深夜の二時。
タイムリミットまでは十時間と言ったところか。
「まあ、そうじゃなくてもこんな場所さっさと出るに限りますけどね。お金がいくらあっても足りません」
私は電話機の近くにあるルームサービスのメニュー表を見る。
そこにはお酒や料理の名前こそ書かれているが、肝心の値段の記載はなかった。
「これ、値段書かれてないですけど……」
「全部宿泊費に含まれている、ということでしょうね」
じゃあ、その宿泊費は一体いくらなのだろうか。
とてつもない金額なのは想像に難くない。
私はメニュー表を電話機の横に置きなおす。
まあ、私が気にしても仕方のないことか。
「私は取り敢えずシャワー浴びてきます」
「着替え用意しておきますね」
炎に炙られたり煙で燻されたり、走り回って大汗をかいたりと、自分ではよくわからないが絶望的な体臭になっているはずだ。
一度シャワーを浴びてしまったら、今日着ていた服はもう着れないだろう。
「お願いします」
「ごゆっくりー」
私は美鈴に見送られながらバスルームの扉を開ける。
そして湯船の近くにバスローブがあることを確認すると、シャワーカーテンを引いて蛇口を捻った。
シャワーで全身を隈なく洗い流した私はいつの間にか用意されていた新品の洋服を身に纏う。
美鈴が用意したものだろうか。
サイズは気味が悪いほどぴったりで、私が先程まで着ていた洋服によく似通っていた。
「確か荷物を持ち歩いてはいなかったはず……こんな一瞬でどこから手に入れたのかしら」
私がシャワーを浴びていた時間はニ十分もなかったはずだ。
あの気味の悪いホテリエたちが用意したのだろうか。
まあ、考えていても仕方がない。
私は綺麗になった体でバスルームから出る。
その瞬間、グレイビーソースの芳醇な香りが私の鼻孔をくすぐった。
ダイニングの方を見るとエントランスにいたホテリエとは別の人間がテーブルに料理を並べている。
こんな時間だが、注文通りに料理を持ってきたらしい。
「あ、サクヤちゃん。ご飯来てますよ」
美鈴はフランドールの胸にナプキンを巻きながら私に声をかけてくる。
私はまだ半乾きの髪をタオルで拭きながらテーブルの上を見回した。
料理の種類は様々だ。
肉厚のステーキを中心に、ミートパイやパスタ、それに色とりどりの野菜で彩られたサラダなんかもある。
そんな中に混入するように点在している中華料理は美鈴が注文したものだろうか。
「それでは、ごゆっくり」
ホテリエたちは一斉にお辞儀をすると、食事を載せていたカートを押して部屋から出ていく。
よく見ると料理は大皿ではなく四人分個別に用意されていた。
「……四人分?」
私はゴーストの方を見る。
ゴーストとは、魔力がないマグルにも認知出来る存在だっただろうか。
私がそんなことを考えていると、美鈴が肩を竦める。
「マグルになったサクヤちゃんだって見えてるじゃないですか」
「いや、そうなんですけど。だとしたらもっとマグルの間でゴーストの存在が信じられててもいいと思うんですよね」
「ゴーストがそこにいる。それをはっきり意識してないと魔力のない人間にはゴーストは見えないわ」
フランドールがそう補足する。
だとしたら、あのホテリエたちはゴーストをゴーストだとはっきり認識しているのか。
「それじゃあ、先程のホテリエたちは──」
「いや、魔女ではないですよ。普通にマグルだと思います。ただ、この世にそのような存在がいると認識しているだけの」
美鈴曰く、このホテルの客層には人間ではない存在が一定数いるそうだ。
そして、そういう存在に対するサービスも充実しているらしい。
「さて、それじゃあ食事にしましょうか。サクヤちゃんの席はそこです」
美鈴はそう言って椅子を指し示す。
どうやら、料理のメニューが人によって違うようだった。
きっとフランドールの食事には人間の肉や血が混ぜられてるのだろう。
私は美鈴が指し示した椅子に座り、カトラリーを手に取る。
そして、目の前で脂をパチパチと言わせているステーキ肉に対しナイフで切り込んだ。
ナイフは肉の上をスゥと滑ると、肉を切り裂き中に潜り込んでいく。
ほとんど抵抗はない。
ナイフの切れ味がいいのか、それとも肉が柔らかいのか。
いや、この場合はその両方か。
私は一口大に切り分けたステーキ肉を口の中に運ぶ。
「おお」
その瞬間、ステーキ肉は口の中でとろけ、芳醇な味と香りが弾けた。
「凄いですねこれ。一体何の肉でしょうか」
「あ、ゴメンそれフラン様のやつだ」
美鈴はひょいと私の前からステーキ肉の皿を取り上げる。
「え、じゃあこれ人肉……」
「サクヤちゃんのはこっちですね」
美鈴は私の前に別のステーキ肉の皿を押し付けると自分の前にある料理を食べ始める。
私はフランドールの前に移動した人肉のステーキと自分の前にあるステーキ肉を交互に見る。
そして、改めて自分の前にあるステーキ肉を切り分け、口の中に運んだ。
「……それ、どこの部位──」
「馬鹿な事考えてないで牛肉でも食べてなさい。人間」
フランドールは私が先程まで食べていたステーキを美味しそうに頬張っている。
私はそれを横目に見ながら、先程のステーキと比べて若干味の劣るステーキ肉を口に運んだ。
「これ、凄く美味しいわ。そういえば食事を取るのは何十年ぶりかしら」
そんな声が聞こえ、私は反対側に座るゴーストの方を見る。
そこではゴーストが不器用にナイフとフォークを持ちながら何の肉かも判断がつかないステーキを切り分けて口に運んでいた。
「え、ゴーストって食事取れるんです?」
ホグワーツにいるゴーストは食事を取っている様子はなかった。
だが、目の前にいるゴーストは確かに食事を取っていた。
「色々と方法はあるんですよ。牛などの動物や野菜を意図的にゴースト化させて、そのゴーストを加工することでゴーストでも食べれるようにしているんです」
「え、それって共食いなんじゃ……」
私はそう言いかけ、ハッとする。
いや、それが共食いなら私たちの食事も共食いか。
「まあ、この方法は魔法界ではあまり知られていないんですけどね。イギリスでの一般的な方法は臭いや味のキツイ料理を用意して、そこを通り抜けることで風味を味わうというものでしたっけ」
「少なくともホグワーツのゴーストはそうしていますね」
「まあこの方法はかなり手間が掛かりますからね。食品を生きている状態で仕入れ、そこから加工しなければいけませんし。専門の技術を持ったシェフじゃないとそもそも調理が出来ません」
確かにゴーストに触る技術を持っていないと食材に触ることすらできないのだ。
調理できるシェフが少ないというのも納得だ。
「そういえば、まだ貴方の名前を聞いていなかったわね」
夢中でステーキを頬張っていたフランドールが、フォークをゴーストに対して向ける。
ゴーストはフォークを咥えたまま考え込むと、首を傾げた。
「それが、覚えてないの。もうお母さんの顔も思い出せないし、名前なんて何十年も名乗っていなかったから」
「じゃあ私が名前を付けてあげるわ」
フランドールはゴーストの顔をじっと見つめると、腕を組んで考え始める。
そしてパッと顔を上げ、ゴーストに言った。
「ファイアーゴンザレスペシャルなんてどう?」
「え、嫌」
フランの考えた名前をゴーストはばっさりと切り捨てる。
ダイニングをしばらくの間静寂が包む。
美鈴はコホンと咳払いすると、ピンと人差し指を立てた。
「マッスルモントゴメリーマスラオスペシャル」
「いや……え? 冗談よね?」
ゴーストが心配そうな顔で二人を交互に見る。
確かに正気を疑うネーミングセンスだ。
流石に可哀そうなので助け舟を出すことにしよう。
「ファニーでいいですね」
「──ッ! え、ええ! それでいいわ! 是非そうしましょう」
少女のゴースト、ファニーは私の提案に激しく頷く。
フランドールと美鈴は少々不満げだったが、特に自分の案に執着することなく受け入れたようだった。
「それじゃあファニー、これからよろしくね。短い付き合いになることを祈ってるわ」
短い付き合いというところに若干の違和感を覚えたが、まあ魂がいつまでも現世に縛られているのはあまりいいこととは言えないか。
「ええ、よろしく。一緒にホワイトを殺す恐ろしい計画を考えましょう?」
ファニーはにこやかに微笑む。
フランドールもニコリと笑うと、ステーキ肉をフォークで突き刺しながら言った。
「そういえばまだ言ってなかったわね。私の目的はホワイトの抹殺じゃないわ」
「え?」
「私たちの目的はイギリス魔法界の征服。そしてひいては世界を征服する予定よ」
フランドールは不敵に胸を張る。
その様子は、どこか姉のレミリアを感じさせた。
設定や用語解説
ホテルリアフォード
言わずと知れた一流ホテル。人ならざる者の利用者も多く、そのような存在に向けたサービスも充実している。
ホテリエ
ホテルマンやホテルウーマンのこと。フランス語が語源。
ファニー
ブラウンのストレートヘアーが特徴の少女のゴースト。サクヤに殺されるまでホワイトの研究室で燃え続けていた。
ゴーストでも食べられる料理
食材を生きたまま仕入れ、凄まじい拷問の末殺すことによって強い思念を発生させ、そこから生じたゴーストをさらに加工し料理にする。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。