P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
私の母の名前はセレネ・ホワイトというらしい。
それを知ってから一年と経ってないが、昨日の一件でそれさえ真実なのかわからなくなってきた。
死喰い人たちは私の両親がセレネ・ブラックとヴォルデモートであると信じている。
ダンブルドアでさえ、そのような認識だった。
だが、その情報を裏付けるものは何もない。
いや、それどころか、今まで得た情報全てに明確な裏付けなどないのだ。
全ては憶測の域を出ない。
ホワイトと十六夜百夜、セレネ・ブラックが同一人物であるという可能性。
確かに、その可能性は高いのだろう。
だが、だとすると、私の母親はホワイトなのか?
私は、母に命を狙われているのか?
「美鈴さん、少し聞きたいことがあるんですけど」
マットレスが柔らかすぎるベッドで数時間ほど睡眠を取った私は、目が覚めると同時にリビングで見張りをしている美鈴に声を掛ける。
美鈴はビクリと体を震わせると、大きな欠伸を一つした。
「ね、寝てませんよ!?」
「いやそれに関してはお疲れ様ですとしか言えないですけど……」
私はキッチンに備え付けられているティーセットで紅茶を淹れ始める。
水に入ったやかんを火にかけながら、私は美鈴に質問の続きをした。
「なんで、ホワイトは私の命を狙うんでしょう? ホワイトは、そのことについて何か話していましたか?」
「ホワイトが、サクヤちゃんの命を?」
美鈴はそう言って首を傾げる。
「別に、そんなことしてなかったと思いますけど」
「あれ? 私の勘違い?」
私は必死にここ数週間の記憶を探る。
「確か、ペティグリューがそんなことを言っていたような。ホワイトは私を殺そうとしている。そして、私を守るためにヴォルデモートはホワイトを殺そうとしていたって。ホワイトがアズカバンを襲撃したのだって、私を殺す仲間を募るためですよね?」
私の問いに、ふむ、と美鈴は腕を組んで考え込む。
「ホワイトがアズカバンを襲撃したのはお嬢様の指示です」
「レミリアの?」
「はい。そして、それは死喰い人たちを仲間に引き入れるためじゃない」
だとしたら、一体何のために?
私の内心を察したのか、美鈴はそのまま言葉を続けた。
「ホワイトにアズカバンを襲撃させた理由は主に二つです。一つは、サクヤちゃんの悪名を高めるため。世間一般では、あの事件はサクヤちゃんが仲間集めのために行ったことになっていることはご存知ですか?」
美鈴の問いに私は頷く。
確かに日刊予言者新聞ではそのように報道されていた。
「アズカバンを襲撃し、囚人を脱獄させることは容易ではありません。歴史に名を残すような魔法使いが複数人協力しあって、やっと達成できるかできないか。といった難易度でしょうね。もしくは──」
「時間を操ることができるか、ですね」
白髪の魔法使いが単独でアズカバンを襲撃し、多くの死喰い人を脱獄させた。
これを聞かされた魔法省は私の仕業だと疑わなかったに違いない。
そんなことが出来るのは、時間を操れる私だけだと。
「あの時のアズカバン襲撃は、ホワイトとパチュリー様の共同作戦でした。実行犯のホワイトを遠距離からパチュリー様が補佐する。ホワイト一人では成し遂げることはできなかったでしょうね。吸魂鬼に魔法薬は効きませんから」
そう言って美鈴は冗談交じりに笑う。
「もう一つの理由というのは?」
「お嬢様の名声を高めるためです。現在、脱獄した死喰い人の居場所は全て掌握できています。捕まえようと思えばいつでも捕まえられる状態です。ようは、手柄のストックですね」
それはまたなんというか……
「そういうことをするタイプには見えない。そんな顔ですね」
「……ですね。私のイメージするレミリアの人物像とはかなりかけ離れています」
「曲がったことが嫌いでプライドだけは無駄に高いリーダー気質のわがままお嬢様。それが表向きのお嬢様の人物像です。ですが、本質はかなり違います。自分の野心のために狡猾に策略を巡らせるお方です。そのためなら、他人を平気でチェス板の上に乗せ、自分の駒のように動かし始める」
そして、その被害をモロに受けたのが私やダンブルドアということか。
「話がだいぶ逸れましたね。何にしても、ホワイトは貴方を生きたまま捕らえたがっていました。ホワイトの目的がサクヤちゃんの身柄であることは確かです。ですが、殺すことが目的ではないでしょうね」
「それを聞いて少し安心しました。まあ、レミリアはどう考えているかわかりませんけど。レミリアの方は基本的に即死攻撃しか放ってきませんし」
「それに関しても安心していいですよ。お嬢様はサクヤちゃんを殺せません」
ん? 私を殺せないというのはどういうことだろう。
レミリアとホワイトの間でしっかりと協定が決められているのだろうか。
「ホワイトとレミリアの間で破れぬ誓いを立てているとか、そういう話です?」
「ホワイトの要望ではありません。むしろ、お嬢様の方からホワイトにサクヤを殺すなとお願いしている身ですから」
「レミリアが? それはまた……どうしてです?」
私は戸棚からティーカップを取り出すと、そこに紅茶を注ぎ入れる。
そしてティーカップの一つを美鈴に渡すと、自分の分のカップを手に持った。
美鈴は私の淹れた紅茶の香りをゆっくり嗅ぐと、静かに口をつける。
そしてほっと息をつきながら言った。
「サクヤちゃん、死の予言については覚えていますか?」
死の予言という言葉に、私は心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
忘れていたわけではない。
だが、明日の命の保証すらない現状、考えるだけ無駄だと思い記憶の奥底へと追いやっていたのだろう。
「ええ、覚えています。来年の夏、私は死に至る。そのような予言でしたね」
「その予言、出鱈目なんですよ」
美鈴のいきなりのカミングアウトに、私はキョトンとしてしまう。
予言が出鱈目とはどういうことだろうか。
そして、何故予言をした本人ですらない美鈴が予言が出鱈目であると知っているのだろうか。
「死の予言というのは、お嬢様の狩りのスタイルなんです」
「狩り?」
私が聞き返すと、美鈴が頷く。
「はい。お嬢様の死の予言は絶対に当たる。それ以前に死ぬことはあっても、予言された日よりも長く生きたものは数えるほどしかいません」
「百発百中の死の呪い。それこそがレミリアの占い師としての名声を絶対的なものにしている。私はそう考えていたんですけど、それが出鱈目というのは……」
先ほど美鈴は「狩りのスタイル」と言った。
ということは、まさか……
「何故死の予言が当たるか。答えは簡単です。お嬢様が、直接殺しに行っているから。死の予言というのは、お嬢様の殺害宣告なんですよ」
「……え? それっていいんです? つまりは人殺しということですよね?」
人殺しという単語がかなり面白かったのか、美鈴は紅茶を吹きそうになる。
「そうですね。間違いなく人殺しです。なにせ吸血鬼ですので。そういう意味では、私もかなり殺していますよ」
レミリアや美鈴は人間ではない。
それどころか、レミリアや美鈴にとって人間は食料だ。
「死の予言を行い、相手に明確に死を意識させることで恐怖感を与え、それが最高潮に達した瞬間を狙って命を刈り取る。それが、バケモノ……吸血鬼としてのレミリア・スカーレットです」
そんな化け物が、魔法省のトップに立とうとしている。
イギリスの魔法使いを統べる存在になろうとしている。
それは、そんなことは、あまりにも……
「……歪んでいる」
「吸血鬼が人間と共存なんてことは本来できないんです。お嬢様は、自らの存在を歪めてまで魔法界を支配しようとしている。きっと、魔法大臣になってからも死の予言をやめることはできないでしょうね。表向きは人々のために政治を行い、夜になったら自らの欲望のために人の命を狩る」
まあ、それで墓穴を掘ることも多いんですけどね、と美鈴は笑う。
「ダンブルドアなんて良い例ですよ。お嬢様がダンブルドアに死の予言を行ったのはダンブルドアがホグワーツの学生だった頃です」
「え? じゃあ百年以上先の死の予言を行ったってことですか?」
狩りとしてはあまりにも気の長い話だ。
「お嬢様は増長したガキの鼻っ柱をへし折るためって言ってましたけど、半分はお遊びでしょうね。でも、ダンブルドアはその後もメキメキと力をつけ、お嬢様単体で狩るにはあまりにも厄介な魔法使いになってしまった」
「でもそうすると、私が殺さなかったらレミリアがダンブルドアの命を奪っていたわけですよね?」
「その予定だったと思いますよ。貴方に殺させるためにダンブルドアを弱体化させたとお嬢様は言っていましたけど、半分は自分が殺しやすくするためだと思ってます。ゴドリックの谷に家を用意したのもお嬢様ですし」
魔力を失う前ならまだしも、利き腕と魔力を失った老人一人、いつだって殺すことができる。
まあ、食事として美味しいかは別問題だと思うが。
「まあなんにしても、お嬢様の死の予言はお嬢様のマッチポンプです。そして、お嬢様は可能な限りその死の予言に合わせて人を殺したがる。お嬢様はサクヤちゃんに来年の八月に死ぬと予言した。だとしたら、それまでは自ら殺すようなことはしないでしょう。お嬢様は自ら予言を破るようなことはしない。少なくとも今まではそうでした」
だとしたら、確かに殺される可能性は低いのだろう。
……それにしては当たれば即死しそうな攻撃が多かったが。
「まあそういうことなので、お嬢様やホワイトと対峙したとしてもその場ですぐ殺されるということはないと思いますよ」
「レミリアとしても、私を逮捕したという実績が欲しいでしょうしね」
なら安心して捕まることができる……とはいかないが。
イギリス魔法界に死刑制度はない。
逮捕されたら事実上命の保証はされるわけだが、私の場合そうはいかないだろう。
私は空になったカップを机に置く。
その時、話が終わるのを見計らったかのようなタイミングで部屋の扉がノックされた。
「朝食をお持ちしました」
扉越しにホテリエと思わしき女性の声が聞こえてくる。
私は扉を開けようと椅子から立ち上がったが、それを制止するように美鈴が言った。
「ちょっと今手が離せないので部屋の前にでも置いといてください!」
そして、音を立てないように静かに立ち上がると、私の耳元で囁いた。
「朝食なんて頼んでません。今すぐ妹様とファニーを起こしてきてください」
私は無言で頷き、足音を立てないようにダイニングからリビングへと移動する。
リビングのソファーの上ではファニーが体を一直線の状態にして眠りについていた。
まるで棺の中に入れられた遺体のような姿勢だ。
「ファニー、起きなさい」
私はファニーの肩を揺らそうとするが、すり抜けるばかりで触れることができない。
このままでは埒が明かないので、先にフランドールの方を起こしに行こう。
私はリビングを通り過ぎると、寝室の扉をそっと開ける。
フランドールは大きなベッドのど真ん中でシーツに包まるように眠っていた。
私はダイニングの方を警戒しながら膝立ちでベッドの上に乗る。
そして、フランドールの肩にそっと手を触れ、ゆっくりと揺すった。
「フランドールさん、起きてください」
「……っ、むぅ……」
フランドールは目をギュッと瞑ると、私を避けるように寝返りを打つ。
その仕草は実に愛らしいが、今はそんな場合ではない。
私はフランドールが包まっているシーツを引っぺがすためにシーツを両手で握る。
だが、引っ張ろうとした次の瞬間、ダイニングから爆発音が響き渡った。
「──ッ!? なにごと!?」
あまりの爆音と衝撃に、フランドールは跳ねるように飛び起きる。
そして大慌てでベッドの横に置いてあった靴を履き始めた。
「敵襲……なんですかね? 今美鈴さんが相手を──」
私の言葉を遮るように、また部屋を揺るがすほどの爆発音が響く。
寝室の扉が上等なものだったためか、幸いこっちまでは爆風は届いていない。
私は様子を窺うために寝室の扉に手を掛ける。
「離れてッ!」
扉越しに美鈴の叫び声が聞こえたかと思った次の瞬間、フランドールが私の首根っこを掴み、ベッドへと投げる。
その衝撃に私の首が悲鳴をあげたが、なんとか首を捻挫することなくベッドの上に着地した。
「一体何が──」
私が視線を上げると、先程まで私が目の前に立っていた扉から包丁の刃が生え、剣山のようになっている。
あのまま立っていたら、今頃穴だらけになっていたことだろう。
「美鈴! 敵は!?」
靴紐を結びながらフランドールが叫ぶ。
「フォードグループ直属の末端兵かと!」
「──ちっ、一番面倒なやつ」
「ぎょえええええ!! 何!? え?」
リビングでの騒動に目を覚ましたのか、ファニーが壁をすり抜けて寝室へと逃げてくる。
私は懐に隠していた拳銃を手に取ると、スライドを引いて弾を込めた。
「美鈴! 下で合流しましょう!」
「えぇ!? 増援に来てくださいよぉ!」
そんな美鈴の悲鳴が聞こえるが、意外と余裕そうな声色だ。
フランドールは大窓のカーテンを開き地上を見下ろす。
「囲まれてたらどうしようかと思ったけど、多分大丈夫ね」
フランドールは窓を叩き割ると、私を抱え上げる。
そして、枝のような羽を広げると、ロンドンの空へと飛び出した。
設定や用語解説
レミリアの死の予言
レミリアにとって死の予言は殺害予告。基本的には近い未来を指定することが多いが、たまに遊びで遠い未来を予言する。そして墓穴を掘る。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。