P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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空ぶかしと妹様大回転と私

 ホグワーツにいた頃は、それなりに箒には乗っていた。

 一年生の授業には飛行術があるし、なんなら最近までクィディッチチームのシーカーをやっていたぐらいだ。

 空は飛び慣れている。

 多少自信もある。

 だが、それは自分の意思で飛ぶ場合の話だ。

 

「──ッ!!!」

 

 地面が近づく。

 ホテルの窓ガラスを破壊して大空へと飛び出したフランドールは、私を抱えたまま地面に向かって急降下した。

 

「着地するわよ!」

 

 そんな声が微かに聞こえたかと思うと、凄まじい衝撃が私の首や腰を襲う。

 私はフラフラになりながら地面に足をつけ、落ちてきた経路を見上げた。

 

「美鈴さん、大丈夫でしょうか?」

 

「殺しても死なないようなやつよ。人間相手に殺されることはないでしょ。それよりも──」

 

 フランドールは遅れて落ちてきたファニーを空中でキャッチすると、急いで木陰に入った。

 

「美鈴が落ちてくるまでここを動けない方が問題かもね」

 

 フランドールは痛そうに肌をさする。

 それを見て、すでに太陽が昇っていることを思い出した。

 

「車か何かを調達しないと遠くへは逃げられない……」

 

「私たちが乗ってきた車はホテルの地下駐車場だし、きっと破壊されてるわ」

 

 とすると……とフランドールは周囲を見回す。

 そして大通りの方をじっと見ると、路上に駐車している車を指差して言った。

 

「サクヤ。車を確保してきて」

 

「……ああ、なるほど」

 

 フランドールはこの木影から動くことが出来ない。

 ファニーも炎で車を破壊することは出来ても、運転は出来ないはずだ。

 かといって、美鈴が下まで降りてきてから車を確保するのは流石に悠長が過ぎる。

 今動けるのは、私だけだ。

 

「期待はしないでくださいね」

 

 私は拳銃を握りしめると、ズボンのベルトに突っ込む。

 路駐している車は殆どが無人だが、中には運転席に人が乗っている車もある。

 私はそのうちの一台に駆け寄ると、そっと窓を覗いた。

 運転席には三十歳ほどの男性が座っており、車外からも聞こえるほど大きないびきを掻いている。

 私はズボンのベルトから拳銃を取り出すと、窓ガラス越しに男性に突きつけた。

 引き金に添えた人差し指にゆっくり力を込める。

 このまま運転手を撃ち殺し、車を奪ってホテルへ戻ればいい。

 拳銃がどれぐらいの威力かはわからないが、車の窓ガラスぐらいは貫通できるだろう。

 

「……」

 

 構えていた拳銃を静かに下ろし、ズボンのベルトに挟み直す。

 そして一度大きく深呼吸をし、思いっきり車の窓ガラスを叩いた。

 

「あ、あの! 助けてくださいッ!」

 

「……っ、んあ? な、なんだぁ?」

 

 運転席で居眠りをしていた男性は、私の姿を見ると窓ガラスを開ける。

 私は出来る限り必死な顔を作りつつ、先ほどまでいたホテルを指差した。

 

「ほ、ホテルから人が落ちてきて……! まだ息があるんです! 早く病院に運ばないと!」

 

「なんだって!? ど、え……どうすればいい?」

 

 男性は運転席から身を乗り出してホテルの方を見る。

 

「く、車を回してください! 救急車が入りやすい場所まで怪我人を運ばないと!」

 

「あ、ああ。案内してくれ!」

 

 私は車を先導するように走り出す。

 男性は大慌てで車のエンジンを掛けると、車を発進させた。

 私はホテルのロータリーからホテルの建物をぐるりと回り、フランドールが隠れている木影の前へと移動する。

 そして、そこで車の運転手に向けて手を振った。

 

「こっちです!」

 

「こ、ここか!? 怪我人は?」

 

「上出来」

 

 フランドールは降りてきた男性の頭を小突き気絶させると、先ほどまで隠れていた木影へと放り投げる。

 そして肌を日光に晒す時間を少しでも少なくするために大慌てで車の中に乗り込んだ。

 

「サクヤ! 運転よろしく!」

 

「は、はい!」

 

 私は先ほどまで男性が乗っていた運転席へと身を滑り込ませる。

 エンジンは掛かっている。

 あとは、アクセルを踏めば発進するはずだ。

 私は三つあるペダルのうち、一番右のペダルを思いっきり踏み込む。

 その瞬間、エンジンがもの凄い音を立てて唸った。

 

「……あれ?」

 

 だが、車はピクリとも動かない。

 私はその後も何度かペダルを踏み込むが、エンジン音が大きくなるだけで車が発進する気配はなかった。

 

「ど、どうしたの?」

 

 助手席を貫通するようにしてファニーが運転席を覗き込む。

 

「なんか、車が動かなくて」

 

「でも、さっきまで動いてたよ?」

 

 ファニーはそのまま助手席を通り抜けると、車のボンネットの中に体を突っ込む。

 逆にフランドールは体を捻って車の後方を見た。

 

「やばいわね。さっきので居場所がバレたみたい」

 

 私もバックミラーで後方を確認する。

 車の後方からはライフルを構えたホテリエが数人こちらに走ってきていた。

 

「ど、どうすれば──」

 

「たっく、しょうがないわね!」

 

 フランドールはホテリエの方へ右手を向けると、ギュッと握り込む。

 その瞬間ホテリエが持っていたライフルが全て爆発した。

 ホテリエたちは爆発の爆風をモロに受け、数メートル吹っ飛ばされる。

 だが、怪我は殆ど無いようで、どのホテリエも綺麗に受け身を取って体勢を立て直した。

 

「エントランス前まで移動するわよ!」

 

 フランドールは車内で羽を広げると、天井に両手の手のひらを当てる。

 その瞬間、車がふわりと浮き上がった。

 

「な!……え? どういう原理?」

 

「車を持ち上げながら飛んでるだけよ。羽で発生させた揚力で浮いてるわけじゃないから」

 

 フランドールは車を持ち上げながらホテルのエントランスの方へと飛び始める。

 だが、その経路上に先ほどライフルを破壊したホテリエたちが飛び出してきた。

 

「掴まってなさい!」

 

 フランドールがそう言った瞬間、私の視界がぐるりと回る。

 私はハンドルをしっかり握ると、遠心力に耐えるように体を固めた。

 その瞬間、軽い衝撃と共に鈍い音が車内に響く。

 どうやら、フランドールが車体を回転させ、ホテリエたちを叩き飛ばしたようだ。

 

「滅茶苦茶ですね」

 

「手加減はしてるわ」

 

 殺すと厄介だしね、とフランドールは付け加えると、車をホテルの玄関口へとゆっくり下ろす。

 あとは美鈴が降りてくるのを待つだけだが──

 

「大丈夫でしょうか」

 

 私は運転席から降りると、外からホテルのエントランスを覗く。

 ホテルの扉はガラスの自動扉のため、中の様子は良く見えた。

 

「まだ降りてきていないようですけど」

 

「まあ、落ちてきた私たちに比べたら時間は掛かるでしょうね」

 

 フランドールは後部座席で丸くなりながら言う。

 どうやら窓ガラスから太陽光が差し込んでいるようで、少しでも太陽光に肌を晒さないように必死なようだった。

 私は周囲を警戒しながらも、ホテルのエントランスの奥にじっと目を凝らす。

 美鈴が降りてくるとしたら非常階段か、エレベーターか。

 

「お待たせしましたー!」

 

 だが、私の予想に反して美鈴の声が聞こえたのは上からだった。

 美鈴は車のすぐ横に着地すると、運転席に滑り込む。

 私はそれを見て大慌てで後部座席に転がり込んだ。

 

「掴まっててください!」

 

 美鈴は車のエンジンを一度大きく吹かすと、猛スピードで加速して大通りへと合流する。

 そのまま走行中の車の間を縫うようにロンドンの街を走り始めた。

 

「あ、あれ? ちゃんと走ってる……」

 

 私は後部座席から身を乗り出し、運転席を覗き込む。

 美鈴は右手でハンドルを切りながら左手でレバーのようなものを上に押し上げた。

 

「もしかして、サクヤちゃん車の運転は出来ない感じですかね?」

 

「まあ、免許は持ってないですが……」

 

 ドラマや映画の知識でどうすれば車が動くかぐらいは理解しているつもりだった。

 実際のところ車は微動だにしなかったわけだが。

 

「マニュアルはコツが要りますからお気になさらず! それよりフラン様、この後どうします?」

 

 美鈴が運転する車は甲高い音を立てながら交差点内をぐるりと回り、今までと反対側の車線へ、来た方向へと戻りだす。

 それと同時に美鈴の運転もピタリと大人しくなった。

 

「どうするもこうするも……また日が沈むまでは派手に動くことはできないわ」

 

「それはそうなんですけど……今後のことですよ。何から手をつけますか?」

 

 美鈴の問いに、フランドールは腕を組む。

 そして少し唸ったあと、手をポンと叩いた。

 

「そういえば、魔法省の建物は地下にあったわね」

 

 それを聞いて、私はこの後の展開をなんとなく察し、苦笑いを浮かべる。

 フランドールはニヤリと笑うと、私の予想通りの答えを出した。

 

「ちょうどいいから、一回壊滅させておきましょうか」

 

 

 

 

 

 イギリス魔法省の建物はビルをそのまま地下に埋めたような構造になっている。

 地下一階、地上に最も近い場所に大臣室があり、その下に各部署が順番に並んでいる。

 そして玄関口となるアトリウムがあるのは地下八階。

 きっと地上に建っていたら、ここが一階だったのだろう。

 そしてアトリウムの一つ下の階が神秘部、その下が法廷だ。

 

「魔法省を壊滅させると言いますが……具体的には?」

 

 私は隣に座るフランドールに質問を飛ばす。

 フランドールは真剣に考えているのかいないのか、右手を閉じたり開いたりしながら言った。

 

「とりあえず行政の機能が麻痺するぐらいまで破壊しようと思うわ。フォードのところの私兵は深追いはしてこないでしょうし、このタイミングで魔法省を麻痺させてしまえば私たちはお姉様に専念できる」

 

「深追いはしてこない?」

 

「ええ。私たちは別にフォードグループの恨みを買ったわけじゃない。きっとお姉様との間になんらかの取引があって、その取引の契約に従って攻撃してきたはずよ」

 

 なら、その契約に従って深追いしてくるのではないだろうか。

 私が疑問に思っていると、美鈴さんが補足してくれた。

 

「私たちはフォードグループの私兵を殺していません。なぜかといえば、私たちは敵対する意思はないと示すためです。フォードグループも吸血鬼との総力戦は望んでいないでしょうし、何よりホテルの敷地外に出てしまったら隠蔽も難しくなる」

 

「私たちがホテルの人間を皆殺しにしていれば多少なりとも恨みを買って深追いしてくるかもしれないけど、現状私たちに執着するメリットがない。それに裏社会での力関係でいえばフォードグループのほうが上よ。お姉様がフォードグループ相手に使える取引材料はそこまで多くはないはず」

 

 フォードグループにとって私たちの立場は一応ホテルの利用者だ。

 何か恨みを買っているわけでもなく、敵対しているわけでもない。

 だからこそ、昨日フランドールはこのホテルを安全だと判断したわけだ。

 レミリアがフォードグループが被るであろう損失以上の何かを提示できなければ、フォードグループはそれ以上に動くことはないということか。

 

「お姉様がフォード相手に提示できるものなんてそれこそ金ぐらいよ。そしてそれも無尽蔵というわけじゃない。金の切れ目が縁の切れ目。そして、その縁の切れ目というのが──」

 

 ホテルの敷地と道路との境界線だったというわけか。

 美鈴は路上にゆっくり車を停車させると、近くのお店へと走っていく。

 そして数分もしないうちに大きな日傘を片手に戻ってきた。

 

「荷物を全部置いてきてしまいましたから。最低限これだけは」

 

「そうねぇ。落ち着いたらみんなでショッピングに行きましょうか。日用品も色々揃えないといけないし」

 

 確かに今の私の持ち物といえばナイフが数本と命の水の小瓶が三本。

 そしてレイセンの日記帳に拳銃が一丁のみだ。

 このままホテル暮らしをするにしても数日分の着替えは欲しい。

 

「なんにしても、まずは魔法省よ。美鈴、入口がどこかわかる?」

 

「煙突飛行ネットワークに繋がっている暖炉ならどこからでもアクセスできますよ。ここからだと……」

 

「漏れ鍋、ですね」

 

 私がそう言うと、美鈴が同意するように頷く。

 

「あそこの酒場は魔法省の役人もよく利用しています。それに、私とお嬢様はよくあそこの暖炉から魔法省へアクセスしていました。今の情勢を鑑みてもまず間違いなく繋がっているでしょうね」

 

 美鈴は左手のレバーをガコっと操作すると、車の速度を上げる。

 そして漏れ鍋のある通りへ向けて車を走らせた。




設定や用語解説

車の持ち主の男性
救急車で搬送されたのち、軽い脳震盪と診断された。車は何故かフォードグループが弁償した。

動かない車
6速MTのセダン。ニュートラルに入った状態でサイドブレーキが引かれていた。

妹様大回転
フランドールの必殺技の一つ(大嘘)

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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