P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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大穴と救急隊員と私

 漏れ鍋の前で車を降りた私たちは躊躇うことなく漏れ鍋の中へと入っていく。

 この時間の漏れ鍋は宿の宿泊者向けの食堂兼喫茶店として営業しているはずだ。

 

「いらっしゃ……」

 

 店主のトムは私たち三人に視線を向けると、そのまま固まってしまう。

 

「あ、トムさん。暖炉借りますねー」

 

 美鈴は毒気のない笑顔でトムにそう言うと、ホールの奥にある暖炉に煙突飛行粉を振りかけた。

 

「さて、誰から行きます?」

 

「ペアになって行ったほうがいいわね。とりあえず私とファニー、その後に美鈴とサクヤよ」

 

 フランドールは言うが早いかファニーの腰に手を回すとしっかりとホールドする。

 そしてそのまま炎の色が変わった暖炉の中に入っていき、大きな声で言った。

 

「魔法省!」

 

 その瞬間、フランドールとファニーが煙突へと吸い込まれる。

 私たちはそれを見届けた後、再度煙突飛行粉を暖炉に振りかけた。

 

「さて、それじゃあ私たちも──」

 

「ま、待ってくれ!」

 

 私たちが暖炉に足を踏み入れようとしたその時、カウンターの方から声が掛かる。

 どうやら店主のトムが我に返ったようで、大慌てでこちらに駆け寄ってきた。

 

「さ、サクヤだよな? それにあんたはレミリアのところの──」

 

「はい。ご無沙汰ですねトムさん」

 

 美鈴は店主に向かって和かに微笑む。

 

「な、なんであんたたちが一緒にいるんだ? それに、サクヤ……あんたは本当に……」

 

「まあ、言いたいことが色々とあるのはわかりますよ。でも、それに関して説明している時間の余裕は今の私にはありません」

 

 私は暖炉の方へ一歩近づきながら言う。

 

「私たちのことは好きに喋ってもらって構いません。今日ここにきたことも、この先どこへ行ったのかも」

 

 まあ、トムが魔法法執行部に私たちのことを通報するよりも早く、魔法省は私たちの現在地を認識するだろうが。

 

「あんたは本当にダンブルドアを殺したのか? 本当にヴォルデモートの娘なのか?」

 

 私の言葉を聞いているのかいないのか、トムは混乱したように捲し立てる。

 私は後一歩で暖炉の中に入れる位置まで近づくと、トムに向けて言った。

 

「ダンブルドアを殺したのは間違いなく私ですよ、トムさん」

 

 私は暖炉の中に入り込む。

 緑色の炎が私の肌を撫でるように揺らめいている。

 美鈴は私の横に立つと、はっきりとした口調で言った。

 

「魔法省!」

 

 その瞬間、私と美鈴は煙と共に煙突の中に吸い込まれる。

 そしてそのまま高速で煙突内を飛行し、次の瞬間には魔法省のアトリウムが視界に入った。

 

「さて、この後どうしましょうかね」

 

 私は魔法省の玄関口であるアトリウムを見回す。

 ここへは魔法省と協力関係にあった頃に嫌というほど訪れている。

 

「さて、どこから破壊しましょうかね」

 

 私の横に立つ美鈴は、中央に設置されている魔法使いの像を見上げながら言った。

 

「とりあえず大臣室でも襲撃しますか? それほど護衛は立てていないでしょうし」

 

「いや、今回は時間稼ぎのための破壊工作だからこちらに危険が及ばない程度にする予定よ」

 

 少し離れたところで暖炉を往来する魔法使いたちを眺めていたフランドールがそう言う。

 そして、中央の噴水の近くに立つと、真っ直ぐ右手を上に掲げた。

 

「取り敢えず、地上まで続く大穴を開けてやるわ」

 

「あ、離れていたほうがいいやつですね」

 

 美鈴は私の腕を掴むと暖炉の並ぶ壁際へと私を引っ張っていく。

 フランドールは私たちが離れたことを確認すると同時に、右手を力強く握りしめた。

 その瞬間だった。

 バシンと大きな音を立ててアトリウムの天井に直径五メートルほどの大きな円状の亀裂が入る。

 そして、その亀裂に沿ってアトリウムの天井が崩れ落ちた。

 いや、アトリウムの天井だけではない。

 きっとその上の階層全てをくり抜いたのであろう。

 アトリウムの天井からはとめどなく瓦礫が溢れ出し、綺麗に磨かれた床に広がっていく。

 いきなりの出来事に周囲にいた魔法使いは誰もが口をあんぐりと開け、ポカンとその現場を見つめるしかなかった。

 

「うふふ、アリの巣をほじくり返している気分ね。そんなことしたことないけど」

 

 フランドールは軽く空を飛んで足元に押し寄せる瓦礫を回避する。

 美鈴は私を脇に抱えると、フランドールと同じように少し宙に浮いた。

 

「おお、こうやって穴を開けると本当にここが地下なんだと実感しますね」

 

 美鈴はそのまま穴の中央に向かって飛ぶ。

 アトリウムに空いた大穴からは眩しいほどに光が差し込み、普段日光が届くことはない魔法省地下八階を明るく照らしていた。

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

 

「誰か癒者を!」

 

「く、治癒魔法が使える魔法使いを集めろ!」

 

 アトリウムに開いた大穴から様々な人の声が響く。

 フランドールは日光の差し込んでいる大穴を側から眺めると、後頭部を掻きながら言った。

 

「あっちゃー。地上まで空いちゃったか。これじゃあ上の階層に上がれないわね」

 

「取り敢えず階段で上に移動しましょうか」

 

「そうね。ファニー、先行して上の様子を見てきて」

 

 フランドールの指示で、ファニーは天井をすり抜けて上の階に消える。

 フランドールはそれを見送ると、美鈴の先導で階段のあるホールの端へと空中を移動し始めた。

 

「でも私は地上と繋がって良かったと思いますよ。急に地面が陥没したかと思ったら、そこには巨大な構造物が……なんてマグルも大混乱でしょうし。それを隠蔽するのにも魔法省はかなりの人員を割かなければいけないでしょう」

 

「まあそうなんだけど。一つ上はどこの部署だっけ?」

 

「魔法ゲーム・スポーツ部です」

 

「パス。次は?」

 

「運輸部ですね」

 

「よし、徹底的に破壊するわよ」

 

 魔法省の運輸部は先ほど使用した煙突飛行ネットワークを管理している部署だ。

 姿現し、姿くらましが使える魔法使いからしたらそこまで痛手ではないが、重要なインフラが一つ使用不能になるのは大きい。

 フランドールは短い足ながらもズンズンと階段を進み、地下七階をスルーして地下六階へと移動する。

 そして先ほどの一撃で大混乱に陥っている運輸部の事務所に向けて両手を突き出した。

 

「取り敢えず、半壊ぐらいに留めておきましょうかね」

 

 フランドールはそのまま撫でるように両手を滑らせると、両方の手をぎゅっと握り込む。

 すると、それに合わせるようにして周囲に置かれていた机や棚が一斉に爆発し、その破片を周囲に撒き散らした。

 先ほどまで、まだ多少は役所としての面影があった事務所がいまや見る影もない。

 フロアの全てが瓦礫で埋め尽くされており、周囲にいた魔法使いたちは訳がわからないと言った表情で顔を見合わせていた。

 

「殺さないんです?」

 

「虐殺が目的じゃないし」

 

 美鈴の問いにフランドールが肩を竦める。

 まあ、そうは言うがこれほどの破壊活動だ。

 瓦礫にのまれて命を落としている人間もいるだろう。

 

「さて、次よ」

 

 フランドールは瓦礫の山と化した運輸部を軽く見回すと、踵を返して階段を上り始める。

 そしてその後も地下五階の国際魔法協力部、地下四階の魔法生物規制管理部も同じように破壊していった。

 

「問題はここからね」

 

 今の所一つの階層につき五分ほどのペースで進んでいることを考えると、そろそろ魔法省内の闇祓いたちが状況を把握しはじめる頃だろう。

 魔法省の地下三階は魔法事故惨事部だ。

 魔法法執行部の魔法警察や闇祓いほどではないにしろ、荒事には慣れている部署である。

 フランドールは少し警戒しながらエレベーター横の非常階段を上っていく。

 そして階段の途中で足を止めると、数歩後ずさった。

 

「待ち伏せされてるわ」

 

「人数は……十五人ですか。この短時間によくこれだけの人数を集めましたね」

 

 位置的に見えていないはずだが、美鈴はまるで上の様子が見えているかのように言う。

 

「まあ、本拠地だからね。むしろ少ないぐらい」

 

 フランドールは階段の踊り場まで後退してくると、石造りの手すりを握りしめ、そのまま砕くように割り折った。

 

「ちょっと離れてなさい」

 

 フランドールは上の階層に向かって手すりの破片を投げる。

 そして、手すりの破片が上の階層に到達したのと同時に右手を握りしめた。

 爆音と共に凄まじい勢いの粉塵が私たちを包み込む。

 フランドールは羽を大きく羽ばたかせ粉塵を払うと、ゆっくり階段を上り始めた。

 

「今ので全滅……は流石にしてないわね」

 

 ここからでは見えないが、歴戦の闇祓いたちがあの程度の爆発で行動不能に陥るとは思えない。

 フランドールが階段を上がり切ったと同時に色鮮やかな閃光が私の頭上を通り過ぎ階段の壁に当たって弾けた。

 

「どうします?」

 

 私は魔法の跳弾に当たらないように身を屈めながら美鈴に聞く。

 美鈴は顎に手を当てて少し考えると、私のそばにしゃがみ込んだ。

 

「取り敢えず妹様に任せましょう。負けることはないでしょうし」

 

「大丈夫ですかね? 吸血鬼の力はよく知っているつもりですけど、相手も相当ですよ?」

 

 闇祓いの中にはダンブルドアほどではないにしろ、それに匹敵する実力を持っている魔法使いがかなりの数存在している。

 レミリアとの戦いで吸血鬼の実力は痛感しているわたしだが、それと同じぐらい弱点が多いことも理解している。

 

「太陽光を発生させる魔法もありますし、念のため増援に向かったほうが──」

 

「サクヤちゃん、耳を澄ませてみてください」

 

 私の言葉を遮るように美鈴は言う。

 私は美鈴の言葉通り上の階層に意識を集中した。

 

「そういえば、やけに静か……ですね」

 

「多分もう終わってますよ」

 

 美鈴は階段を上り始める。

 私はその後ろを恐る恐るついていった。

 

「あら、今声を掛けようと思ってたのに」

 

 階段を上り切った私たちを待っていたのは、瓦礫まみれの室内に無傷の状態で佇むフランドールの姿だった。

 足元には先ほど攻撃を加えてきたのであろう魔法使いが埃まみれになって転がっている。

 

「ほんと、歯応えがないわ。ちょっと魔力を浴びせただけで気絶しちゃうんだもん」

 

 フランドールはつまらなさそうに足元の闇祓いを蹴飛ばす。

 フランドールに蹴られた闇祓いはそのまま壁まで吹っ飛ぶと、部屋を揺らすほどの勢いでぶつかり床に転がった。

 普通なら死んでいてもおかしくないほどの衝撃だが、フランドールに蹴飛ばされた闇祓いはピクピクと体を痙攣させている。

 やはり、魔法使いは丈夫だ。

 

「さて、それじゃあ次にいきましょうか。多分次が一番敵の抵抗が強い──」

 

「ううん、もう誰もいないわ」

 

 フランドールの言葉を遮るようにファニーが天井をすり抜けて降りてくる。

 

「上の階はもぬけのからよ。フランが蹴散らした人たちは、時間稼ぎのための部隊だったみたい」

 

 ファニーは床に転がる闇祓いたちを心配そうに見ながらフランドールに報告する。

 フランドールは腰に手を当てると、小さく息を吐いた。

 

「まあ、冷静に考えたらそうするわよね。ここまでの大騒ぎになった以上、ある程度優秀な魔法使いが残ってないとマグルに対する隠蔽工作が難しくなるし」

 

「ここらが潮時ですかね?」

 

 私がそう提案すると、フランドールはうーんと首を傾げる。

 

「まあ、皆殺しにしたいわけでもないし。そうね。最後に一発デカいのぶつけてそれで帰りましょうか」

 

「デカいの?」

 

「あ、私たち先に外に出てますね」

 

 デカいのと聞いて目を輝かせているファニーをよそに、美鈴はフランドールに日傘を手渡すと、私を脇に抱えて地上へと続く穴へ飛び上がる。

 そしてそのまま各階層の床を足場にして瞬く間に日の当たる地上へと足をつけた。

 

「うわ、まぶし……」

 

 魔法省の建物があるのはロンドンの割と中心部だが、その中でもかなり寂れた地域だ。

 大穴が空いた通り沿いにはみすぼらしいオフィスが数件と寂れたパブが一軒あるのみである。

 普段ならほとんど人通りのない通りだが、周囲には既に警察や消防、救急隊員が駆けつけていた。

 

「き、君たち! 今穴の中から出てきたか!?」

 

 穴の中から出てきた私たちのもとに、大慌てで救急隊員が駆け寄ってくる。

 美鈴は私を地面へと下ろすと、後頭部を掻いた。

 

「いやー、私にも何がなんだか。急に地面が陥没してそりゃもう出てくるのに苦労しましたよ」

 

 いつもの調子でヘラヘラ笑う美鈴の横で、私は周囲に意識を向ける。

 見まわした感じ、周囲にいるのはマグルばかりだ。

 ローブを着た人間や、魔法省の職員らしき人間の姿はない。

 

「とにかく、まだ崩れるかもしれないから早くこっちへ!」

 

 救急隊員は急かすように私と美鈴を穴から遠ざける。

 その瞬間、まるで見計らったかのように通り一帯が周囲のオフィスや取り囲んでいたマグルごと地面へ吸い込まれるように崩落した。

 

「おわ! 危な!」

 

 美鈴は大慌てで私を抱き上げると地面が崩れるよりも早く穴の中心から遠ざかる。

 そして、崩落に巻き込まれない位置まで移動すると、改めて私を地面へと下ろした。

 

「あ、危なかったですね」

 

 私は先ほどまで立っていた位置に視線を向ける。

 穴の大きさは直径で三十メートルはあるだろうか。

 先ほどまで空いていた穴と比べると三倍以上の大きさがある。

 私は落下しないように注意しながら穴の中を覗き込む。

 そこには日傘を差したフランドールが瓦礫の上に佇んでいた。

 

「綺麗……」

 

 その姿は、まるでこの世のものではない儚さを感じる。

 羽につけられた宝石がキラキラと光を反射し、フランドールの周辺を虹色に染めていた。




設定や用語解説

イギリス魔法省
ロンドンの中心部の地下に位置している。ビルをそのまま地下に埋めたような階層構造になっている。

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