P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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監視衛星と寂れたパブと私

 寂れた通りにぽっかりと空いた穴の中は、地獄そのものだ。

 崩落に巻き込まれた緊急車両が無惨な状態で転がっており、そこから漏れ出したガソリンに引火して穴の中は火の海になっている。

 私たちは穴の縁に立ちながら燃え上がる魔法省を見下ろしていた。

 

「い、いやぁ……ちょっとやりすぎちゃったかも」

 

 フランドールは人差し指で頬を掻く。

 美鈴は穴の中をキョロキョロと見まわしながら言った。

 

「いや、下へは延焼しにくいですし案外みんな脱出しているかもしれませんよ? 魔法省内は姿現しが使える場所も多いですし」

 

「私としては、こんなところでのんびりしていても魔法省もレミリアも襲ってこないのが一番の疑問ですけどね」

 

 今現在私たちは特に身を隠すようなことはしていない。

 それどころかかなり目立つ位置で穴の様子を眺めている。

 

「魔法省はそれどころじゃないでしょうけど、確かにお姉様の姿が見えないのは少し気になるわ。ここまでの騒ぎを起こせばすぐにでも駆けつけてきそうだけど」

 

 フランドールは穴から顔を上げると、日傘で日光を遮りながら上空を見回す。

 確かにフランドールの言う通り、ここまでの騒ぎを起こせばすぐにでも飛んできそうなものだが……

 

「リアフォードホテルでの一件があったばっかりですし、もしかしたらまだホテルの責任者のところにいるのかもしれませ……いや、来ましたね」

 

 美鈴の眼光が一瞬鋭くなる。

 フランドールは私のすぐそばに移動し、日傘を私に押し付けた。

 

「持ってなさい。お姉様を相手にするなら両手が使えたほうがいいわ」

 

 フランドールは楽しそうな様子で両手を組み、ぐぐっと伸びをする。

 私はフランドールの体が日光に晒されないように細心の注意を払いながら日傘を差した。

 その時だった。

 凄まじい風切り音がしたかと思うと、薄ピンク色の何かが上空から穴の中へと急降下する。

 そしてそのまま衝撃音と共に瓦礫の中に突っ込み、姿が見えなくなった。

 

「──ッ! 少し離れるわよ!」

 

 フランドールは傘を持っている私ごと抱え上げると、大きくジャンプし建物の陰へと避難する。

 美鈴は美鈴でその辺をふわふわと浮いていたファニーの首根っこを掴むと私たちの許まで後退してきた。

 その瞬間だった。

 フランドールの空けた大穴から目もくらむような眩しい光の柱が立ち上る。

 そして、次の瞬間には何事もなかったかのように無傷の通りが出現した。

 崩落に巻き込まれた建物や緊急車両も元通りの状態になっている。

 何が起きたのか理解するのに数秒掛かったが、これは間違いない。

 レミリアはなんらかの方法で魔法省を元通り修繕したのだ。

 

「きっとパチュリー様の魔法ですね」

 

 美鈴は修繕された道路を足で何度か踏みつける。

 

「お嬢様が魔法省の中心に魔法陣を展開して、パチュリー様の魔法を発動させたんでしょう」

 

「ほんと、規格外の魔女よね」

 

 美鈴とフランドールは感心したように頷く。

 確かにこの規模で建物を修復させるには莫大な魔力と高度な魔法の技術が必要だろう。

 魔法陣の動力源にはレミリアの魔力を使用したに違いない。

 

「いや、感心してる場合じゃないですよ! レミリア来ちゃいましたけど……」

 

 私は先ほどまで穴があった場所を指差す。

 フランドールは日傘の下で腕を組むと、少し考えてから言った。

 

「あんまり殺意を感じないし、そのまま職員の救助に向かったのかも」

 

「どうします? 逃げるなら今ですよ?」

 

 フランドールは日傘の中を見るように上を見上げ、目を細める。

 

「監視衛星はまだ再生できていないみたいだし、一度逃げるのもありかもね」

 

「了解です! それじゃあ車を調達してきますね」

 

 美鈴はフランドールに向かってビシッと敬礼し、近くに路上駐車されている車へと走っていく。

 そして強引に扉を開けて中に入ると、ものの数秒でエンジンを掛けてしまった。

 

「行くわよ」

 

 フランドールは美鈴がエンジンを掛けた車に向かって歩き出す。

 私はフランドールの体が日傘の外に出ないように注意しながらフランドールと一緒に後部座席に乗り込んだ。

 

「どうします? 一度グレイバックのところに戻りますか?」

 

 美鈴は私たち三人が車に乗り込んだことを確認すると同時に車を発進させる。

 フランドールは後部座席にゆったりと背中を預けると、目の前に座る美鈴に言った。

 

「そうね。サクヤも疲れているでしょうし一度戻りましょうか」

 

「向こうの出方も見たいですしね」

 

 イギリス魔法界の歴史上、魔法省の建物があれほどの被害を受けたことはないはずだ。

 フランドールはこの数時間のうちにイギリス魔法界一のテロリストになった。

 

「それは確かに。妹の私があれほどのことをやったんだし、お姉様の信用が地獄の底まで低下していてもおかしくないわ」

 

「お嬢様にとってはかなり手痛い攻撃になったと思いますよ」

 

 フランドールは悪戯っぽい笑みを浮かべてクツクツと笑う。

 まあ、それに関してはフランドールの言う通りだ。

 レミリアは魔法界の頂点に立つために印象工作を重ねてきた。

 レミリア本人がやったことではないにしても、かなり大きな影響を受けることは想像に難くない。

 

「まあでも、全部元通りに戻ってしまったので全力で隠蔽するかもしれませんけどね」

 

「それは難しいと思いますよ」

 

 美鈴の言葉を私は否定する。

 

「パチュリーが修復したのはあくまで物質的なものだけです。魔法省全体に掛けられた様々な魔法までは修復出来ていないはず。魔法省が本来の機能を取り戻すまではしばらくかかるかと」

 

 そしてそれは決して隠蔽しきれるものではない。

 なにせイギリス魔法界の中枢が麻痺するのだ。

 魔法の修復に携わる魔法使いもかなりの数になるだろう。

 

「マグルへの隠蔽工作も必要ですし、記事になることはなくても多くの人間が今回の事件を認識すると思いますよ」

 

「じゃ、成果アリってことね」

 

 フランドールは上機嫌に羽をもぞもぞさせる。

 私はフランドールの羽が顔に当たらないように少し身を屈めながら言った。

 

「これで魔法省自体の動きは鈍化するでしょうけど、まだ不死鳥の騎士団が残っていますし、油断は出来ませんけどね」

 

「実際のところどうなの? ダンブルドアがいない不死鳥の騎士団なんて紅茶の無いお茶会みたいなものじゃない?」

 

「団長はスネイプですけど、実質お嬢様が組織のトップに立っていると言っても過言ではない状態です。お嬢様にとっては、むしろ魔法省より動かしやすいかも」

 

 それに、古くからいる騎士団員の多くが歴戦の猛者だ。

 一人一人相手にする分にはこちらに分があるが、レミリアと一緒になって襲撃されたらかなりの脅威となりうる。

 

「やっぱり私の能力が使用できないのがかなりの痛手ですね……時間の操作さえ出来れば誰にも負ける気がしないのに」

 

「まあ、サクヤちゃんの能力がかなり強力だったことは確かです。サクヤちゃんが知っているかは知らないですけど、サクヤちゃんはお嬢様をかなり死の寸前まで追い詰めてますからね」

 

「あ、結構ダメージ入ってたんですね。包帯でぐるぐる巻きにはなってましたけど」

 

「物理的なダメージには強いんですけど、日光での火傷のような概念的な攻撃には弱いんですよ。ダメージを引きずりやすいというか」

 

 むしろあそこまでやって死ななかったのが私としては驚きだが。

 

「リトル・ハングルトンでレミリアを拘束した時、確実に殺せたと思ったんですけどね。周囲の空気の時間を止めてガッチリ拘束しましたし。むしろあそこからどうやって生きて帰ったかが気になるところではありますが……」

 

「お嬢様を救出したのはパチュリー様です」

 

「パチュリーが?」

 

 私が聞き返すと、美鈴は得意顔で説明してくれる。

 

「パチュリー様の凄まじさは今更説明する必要もないと思いますが、あのお方の捜索能力の高さは魔法界随一です。マグルの気象衛星に望遠と透視の魔法を掛けて、地球全体を監視下に置いていますから。たとえどこに逃げようが、パチュリー様はすぐにでも見つけ出してしまう」

 

 マグルの使う気象衛星……確かに気象衛星を使えば地球上に死角は無くなる。

 透視や望遠の魔法を掛ければ尚更だ。

 

「でも、そんなものがあったら私たちすぐに見つかってしまうんじゃ……」

 

「大丈夫よ。イギリス上空のやつは私が落としたから」

 

 私の言葉を遮るようにフランドールは言った。

 

「いつのまに……」

 

「ホワイトの研究室から逃げる道中でちょっとね。流石に昨日の今日で修復は出来ていないはずよ」

 

「じゃあ、今はもう大丈夫なんですね」

 

 魔法を掛け直すことは容易だろうが、そもそもマグルが次の人工衛星を打ち上げるまでは復旧できないだろう。

 

「でもパチュリー様のことだからなぁ。意外とすぐ復旧させちゃうかもですね」

 

 そう言って美鈴はケタケタと笑う。

 

「あまり笑い事ではないと思いますけど……」

 

「フラン様がこちらサイドにいる限り笑い事ですよ。次を作っても、すぐに落としてしまえばいいのですからね」

 

 確かに、フランドールの話が本当ならフランドールはもののついで監視の目を落としたことになる。

 それほど簡単に落としてしまえるなら、確かに次が現れても落としてしまえばいいだけだ。

 美鈴は遠回りの経路を選択したり、幹線道路で多くの車に紛れたりしながらグレイバックが拠点にしているというパブを目指す。

 魔法省を出発して二時間ほどが経過しただろうか。

 美鈴はケンブリッジ郊外にある寂れたパブの前で車を停めた。

 

「ここは?」

 

 車の屋根をすり抜けて外に出たファニーがパブを覗き込みながら首を傾げる。

 そういえば、ファニーにはまだ何も説明していなかったか。

 

「フランドールさんの傘下の人狼が経営するパブ……ですよね?」

 

 私の問いに美鈴は頷く。

 

「ええ。ホテルへ直接戻ってもよかったかもですが、一度話をしておいた方がいいと思いまして」

 

 私は車の中でから日傘を取り出すと、広げて車の上にかざすように差す。

 フランドールはその影の中へ移動するように車から降りた。

 

「あらら、鍵掛かってますね」

 

 ひと足先にパブの入り口へと移動していた美鈴が、ドアノブ片手に首を傾げる。

 まあ、この時間帯だ。

 扉にかけられた表札にも『close』の五文字が刻まれていた。

 

「別に酒場に用事があるわけじゃないんだから。裏手に回り込みましょう」

 

 フランドールは私がついてくること前提でふらりと歩き出す。

 私は慌ててフランドールに合わせて歩き始めた。

 フランドールはそのまま建物の裏手へと回り込むと、勝手口を探す。

 そして勝手口の扉を数回ノックした。

 

「誰かいる?」

 

 私は耳を澄ますが、扉の奥からは物音一つしない。

 フランドールは小さくため息を吐くと、後ろをついてきていたファニーに言った。

 

「誰か呼んできて」

 

「私が?」

 

 ファニーは顔を扉に突っ込み、室内を観察する。

 

「ぱっと見誰もいないけど……」

 

「みんな奥の方に引っ込んでいるのかも。フェンリール・グレイバックっていう毛深いおっさんがどこかにいるはずだから」

 

 ファニーは扉から顔を引っ込めると、恥ずかしそうにもじもじし始める。

 

「知らない人に声掛けるの恥ずかしいというか……知らない人見ると燃やしたくなるというか……」

 

「あー、もういいわ」

 

 フランドールはドアノブを掴み、強引に回す。

 ドアノブは金属製の頑丈なものだったが、吸血鬼の腕力に耐えられるはずもなく最も簡単にへし折れた。

 

「邪魔するわよー」

 

 フランドールは鍵の破壊された扉を押し開け、店の中に入っていく。

 ファニーはその様子を呆れた様子で見ていた。

 

「いつもあんな感じなの?」

 

「まあ、私も別に長く一緒にいたわけじゃないし……」

 

 ファニーの問いにそう答えるが、実際のところ杖として長年連れ添った仲ではある。

 ただ、意思の疎通が出来ていたかといえばその限りではないが。

 私は日傘を畳むと、美鈴、ファニーと共に店の中に入る。

 店の中は完全に照明が落ちており、営業している様子は全くなかった。

 

「普通に留守……ですかね?」

 

「いえ、人の気配がするわ。多分ホールのほう」

 

 フランドールは特に足音を抑えることなく、コツコツと踵を床に打ちつけながらキッチンの中を進んでいく。

 そしてそのままカウンターを通り抜け、テーブルが並ぶホールへと足を踏み入れた。

 ホール内はシンと静まり返っていたが、無人ではない。

 ホールの中央にある円卓には男二人が向かい合うように座っていた。

 二人の男のうち一人は俯いた状態でピクリとも動かない。

 対照的に、反対側に座っている男性は椅子を傾けテーブルの上に足を乗せて組んでいた。

 手にはウイスキーの入ったグラスを持ち、それを静かに揺らしている。

 フランドールは私の方へ手のひらを向け、これ以上近づくなとジェスチャーをする。

 私は暗闇に目を慣らすように数回瞬きすると、グラスを揺らす男に目を凝らした。

 

「……リーマス・ルーピン?」

 

 そこに座っていたのは、ホグワーツで闇の魔術に対する防衛術を教えていた人狼、リーマス・ルーピンだった。




設定や用語解説

パチュリーの監視網
簡単に言ってしまえば、忍びの地図の全世界版とマッドアイの魔法の義眼を合わせたような性能。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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