P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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暗殺者とカリスマと私

「リーマス・ルーピン?」 

 

 明るい栗色の髪に若干やつれて見える顔。

 スラリとした長身に、長く細い足。

 着古してボロボロになったローブはもはや彼の象徴とも言えるものだ。

 ルーピンは私に名前を呼ばれたことで、ゆっくりとこちらに目を向ける。

 そしてのんびりした動作でグラスの中に残ったウイスキーを煽った。

 

「サクヤか。まさかこのタイミングで会うなんてね」

 

 ルーピンはゆっくり体を起こすと、空になったグラスをテーブルに置く。

 フランドールはそんなルーピンを警戒しているのかいないのか、無造作に近づきながら言った。

 

「予想していなかったわけじゃないけど、まさか手を回すのがここまで早いとはね。それに、貴方だというのも意外だわ」

 

 フランドールはそのままルーピンの対面に座る男の横に立つと、襟を持って引き起こす。

 そこに座っていたのは、グレイバックだった。

 グレイバックの顔は恐怖に歪んだまま固まっており、ピクリとも動かない。

 フランドールはグレイバックの体に視線を落とす。

 

「腹に三箇所、太ももに一箇所……致命傷となったのは首への一撃ね」

 

 室内の暗さに目が慣れてきたこともあり、ようやく私はグレイバックの状態を確認できた。

 顔自体には血はついていないが、体の前半分にはべっどりと血液がついており、グレイバックのスーツを赤黒く染めている。

 床には大きな血溜まりが出来ており、夥しい量の血液がグレイバックから流れ出たことが確認できた。

 

「ルーピンさん……貴方が?」

 

「何か不思議なことでもあるかい?」

 

 私の問いに、ルーピンは肩を竦める。

 

「私とグレイバックとの間には因縁がある。殺し合いをするに相応しいね。こいつが私を噛まなければ、私は人狼にはならなかった」

 

 話には聞いたことがある。

 ルーピンは、幼少時代にグレイバックに噛まれて人狼になったと。

 詳しい経緯や、当時の状況まではわからない。

 だが、グレイバックのせいで一般的な生活を送れなくなったのは確かだろう。

 人狼というのは魔法界では恐怖や忌避の対象だ。

 満月になったら我を忘れて暴れ回り、人狼に噛まれた人間もまた人狼へと変化してしまう。

 人狼とは、ある種の強い感染症のようなものだ。

 

「偶然や事故ではない。グレイバックは、意図的に私を噛んだのだ。私の父親に名誉を傷つけられたという理由でね。そんな相手を殺すのに、特別な理由が必要かな?」

 

「そういうことを言いたいんじゃないわ、リーマス・ルーピン」

 

 フランドールはグレイバックの死体を椅子ごと脇に避けると、新しい椅子を引きずってきてルーピンの前に座る。

 そしてルーピンの顔を覗き込むようにしながら言った。

 

「グレイバックは私の傘下に加わった。つまり、私の手下であって、大切な仲間ってわけ。そんな仲間に手を出したことが、何を意味するかわからないわけではないでしょう?」

 

「だからこそ、このタイミングだった。この男が、貴方の中で大きな存在となる前に。貴方の言葉は、建前に過ぎない。『傘下に加えた手前、報復しないといけない』それ以上の感情をグレイバックの死に対して抱いていないのではないですか?」

 

「何当たり前のこと言ってるのよ。それにたとえグレイバックが殺されたのが数年後、数十年後だったとしても、抱く感情は変わらない。この男に思い入れはないし、それは何年経とうが変わらないこと」

 

 でもね、とフランドールは続ける。

 

「だからといって、はいお疲れ様お帰りはあちらですってわけにはいかないのよ」

 

 フランドールは机を回り込んでルーピンに近づいていく。

 ルーピンはどこか余裕そうな態度を崩すことなく、椅子の背もたれに体重を預けていた。

 

「今回のこれ、貴方の私怨もあったとは思う。でも、それだけじゃないでしょう? グレイバックを殺す気があって、実際に殺すことが出来るのならもっと早く実行に移していたはず」

 

 フランドールはルーピンの肩に左手を置く。

 

「お姉様の指示ね?」

 

 ルーピンはその問いには答えず、空になったグラスになみなみとウイスキーを注いだ。

 

「彼女は傑物だ。今の魔法界には、彼女のようなリーダーが必要なんだ」

 

「リーダー?」

 

 美鈴の素っ頓狂な声がホールに響く。

 ルーピンはちらりと美鈴の方へ視線を向けると、自らに言い聞かせるように呟いた。

 

「今の魔法界で彼女以上に牽引力のある人物はいない。魔法大臣のスクリムジョールも、優秀な男ではあるが人望がある人間とは言い難い。私は見てみたいんだよ。彼女が人々の上に立ち、作りあげた世界を。吸血鬼、人狼、マグル生まれ関係なく、平等に評価される世界を」

 

「なるほどね。大体理解したわ。お姉様は貴方に人狼の立場の向上を約束したのね。だからこそ、このタイミングでグレイバックを殺す必要があった。グレイバックみたいな小悪党が影響力を持てば、人狼に対する心象が悪くなる。人間牧場のことが明るみに出れば尚更ね」

 

 人間牧場という単語を聞いて、ルーピンの眉がピクリと動く。

 フランドールは腰に手を当てると、大きくため息をついた。

 

「なんというか、お姉様らしいやりかたよねぇ。いや、パチュリーの発案かしら。私に手出しがしにくいからって、周りから切り崩そうとするところとか」

 

 フランドールはルーピンの肩をバンバンと叩く。

 そして、そのままルーピンの首に指を絡ませた。

 

「でもだからって、こんな感じで手駒を交換するような真似は感心しないわね。チェスじゃないんだから」

 

 まあ、だからといってキングが直接動くのもどうかとは思うが。

 フランドールはそのまま鋭く尖った爪をルーピンの首に軽く突き刺す。

 ルーピンの首から滴り落ちた真っ赤な血液は、そのまま首筋を伝い、彼のシャツを赤く染めた。

 

「はは、チェスの駒交換とは言い得て妙だ。だけど、流石にそこまで無策ではないさ」

 

 ルーピンはそう言って左手を軽く掲げてみせる。

 左手の中指には、小さな宝石が付けられた指輪が嵌められていた。

 

「今日はいい天気だ。絶好の日焼け日和だとは思わないかね?」

 

「フラン様! 手を──」

 

 美鈴が叫び終わるよりも早く、フランドールはルーピンから手を引っ込める。

 その瞬間、ルーピンの姿が跡形もなく消え去った。

 

「あはは、危ない危ない。危うくナイトとクイーンを交換するところでしたね」

 

 美鈴はフランドールに近寄ると、血で汚れた指をハンカチで拭う。

 フランドールは指をちゅぱちゅぱとしゃぶりながら言った。

 

「まあ、十中八九ブラフだとは思うけど。でも宇宙空間に放り出されたらたまったもんじゃないし」

 

「今の、パチュリーの空間転移魔法ですか?」

 

 私はルーピンの指に嵌められていた指輪を思い出す。

 私の予想が正しければあの小さな宝石は賢者の石だろう。

 

「だとすると、レミリアはパチュリーとの繋がりを公に晒し始めた?」

 

「可能性としてはありますね」

 

 美鈴は血で汚れたグレイバックの顔を先程のハンカチで軽く拭うと、ヒョイと肩に担ぎ上げる。

 フランドールももうここに用はないと言わんばかりに先程の勝手口に向かって歩き出した。

 

「移動するわよ。ここに長居すると衛星砲とか撃ち込まれるかもだし」

 

「え? そんなの持ってるんですか?」

 

「例えよ例え。ほら、早く日傘持ってきなさい。ファニーも。早く来ないと置いてくわよ」

 

 私は小走りでフランドールに追いつくと、勝手口の扉を開けて日傘を差す。

 ファニーは美鈴の担いでいるグレイバックの死体をつんつんとつつきながら不思議そうな顔をしていた。

 

「この人は幽霊にはならないのね」

 

「案外今の生活に満足していたんじゃない?」

 

 フランドールは建物の陰から日傘の陰に移動し、そのまま車に向けて歩き出す。

 美鈴はグレイバックの死体を荷台に放り込むと、運転席に乗り込んだ。

 

「取り敢えず、この前泊まったホテルにでもいきましょうか」

 

「え、あんなことがあったのに?」

 

 私はフランドールと一緒に後部座席に乗り込みながら言う。

 私の問いに美鈴は苦笑しながら答えた。

 

「ああいえ。リアフォードの前に泊まったグレイバックの経営するホテルです。もう目をつけられているかもしれませんが──」

 

「トップが死んだことをこいつの組織に知らせないとね」

 

 美鈴は小さく頷くと、車を発進させる。

 私は車内に充満する血液の臭いを嗅ぎながら、先程のルーピンの話を思い出していた。

 

「差別のない平等な社会……」

 

「そんなものは実現しえないわ」

 

 私の独り言に、フランドールが反応する。

 

「仮にそんな社会が実現できたとしたら、それは上から押し付けられた社会でしょうね。圧倒的な力を持った神のような存在が、力で下々を従わせる。そこに平等はあっても自由はないわ」

 

 フランドールは窓から差し込んでくる日光から逃げるように私の太ももの上に倒れてくる。

 そして私のふとももに枕代わりにしながら言った。

 

「強いものが平等を叫んだところで、真の平等にはなり得ない。お姉様の政治は絶対に上手く行かないわ」

 

「そういうものでしょうか」

 

 私はフランドールのきめ細やかな金髪をそっと撫でる。

 フランドールは大きな欠伸を一つすると、そのまま私の太ももの上で寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 結論から言ってしまえば、襲撃を受けたのはグレイバック本人だけではなかった。

 グレイバックの経営していた人間牧場は何者かの襲撃によって徹底的に破壊されたらしい。

 レミリアに破壊されては困るからという理由で人間牧場を自らの傘下に治めたフランドールだったが、きちんとした防衛網を築く前にレミリアに潰された形だ。

 

「グレイバックだけを潰しに来たと思いましたが、まさかの全体攻撃だったとは」

 

 チェックインしたホテルのリビングで美鈴は軽く頭を抱える。

 隣の部屋のベッドではフランドールとファニーが電池切れかの如く睡眠についていた。

 

「ホテルの支配人に話を聞いた限りでは、関連施設もいくつか被害を受けているそうです」

 

「襲撃者は?」

 

「背中と頭から羽の生えた赤毛の女性……きっとホワイトだと思います」

 

 魔法省の方へレミリアがやってきたこともあり、しばらくは魔法省に手いっぱいになると思っていた。

 だが、レミリアの強さは吸血鬼としての力だけではない。

 

「やっぱりあの三人相手と正面からやりあうのは分が悪すぎますね……お嬢様だけでも厄介なのに、そこにパチュリー様と、さらにホワイトまで」

 

 もしかしたら、元々はレミリアとホワイトで人間牧場を襲撃する手筈だったのかもしれない。

 フランドールによる魔法省の襲撃を受けて、急遽作戦を変更したという可能性もある。

 

「なんにしても、グレイバックの資金力を頼れなくなったのはかなり痛手ですね」

 

「妹様の食事の用意も早急な課題になりそうです。マグルを襲えば血液には事欠かないですが、あまり目立つ手段は使いたくありません」

 

 マグルの警察の捜査力は馬鹿に出来ないですから、と美鈴は大きなため息をつく。

 

「とにかく、今はホテルを転々としながら情報を集めましょう。都心にいる限り、お嬢様は武力で攻めてくることはできないでしょうし」

 

「ん? どうしてです?」

 

「お嬢様はともかく、妹様は手加減を知りませんから。ロンドンが瓦礫の山と化してしまいます」

 

 ある意味では、私たちはロンドンという街そのものを人質に取っているということか。

 

「お嬢様としても魔法省としても、ロンドンが壊滅するようなことは避けたいはずです。仕掛けてくるとしたら、私たちをどこかへ転送して、人気のない場所でとなるでしょうか」

 

「でもパチュリーの魔法の腕を考えると普通にやってきそうではありますよね。私たちの居場所を既に掴んでいる可能性もありますし」

 

「今のところ大丈夫だとは思いますけどねー。なんというか、見られている気配がしないというか」

 

「気配……ですか」

 

 美鈴は後頭部を摩りながら言う。

 

「魔法で観測されていると、なんというかこう首の後ろがチリチリするんですよ。でも、今はその感じがないといいますか。多分パチュリー様は私たちを捕捉できていないです」

 

「なら、今日のところは安心ですかね」

 

 私は欠伸を一つすると、大きく伸びをする。

 この先どうなるかはまるでわからないが、まあ今日のところはまだ生きていられそうだ。

 

「取り敢えず私が見張りをしているので、サクヤちゃんは寝てていいですよ」

 

「それじゃあお言葉に甘えて。起きたら見張り交代しますね」

 

 私は美鈴に軽く手を振ると、フランドールが寝ている部屋とは別の寝室へと向かう。

 そしてピンと張られたシーツを引っぺがし、それに包まって眠りについた。




設定や用語解説

宇宙空間に放り出されたらたまったもんじゃない
 宇宙空間には太陽光を遮るものが何もない&遮蔽物も殆どないため吸血鬼にとっては過酷な環境。まあ、吸血鬼に限らず人間もひとたまりもないが。

グレイバックの組織壊滅
 人間牧場や闇カジノ等が壊滅的な被害を受けた。逆に言えばホテルやパブといったクリーンな事業は残っている。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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