P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
「サクヤ、美鈴を呼んできて。いいこと思いついたわ」
フランドールがそんな言葉を口にしたのはグレイバックが死んで一週間ほどが経過した夜だった。
寝室から出てきたフランドールはどこから入手したのか、日刊予言者新聞をリビングの机に広げながら私たちに説明する。
「ほら、これ見て。ホグワーツの新しい体制が載ってる」
私と美鈴はフランドールの指差した記事を覗き込む。
そこにはダンブルドアに対する追悼の記事と、その最後に今後のホグワーツの体制について簡単に記載がなされていた。
「校長は変わらずマクゴナガル。副校長にはフリットウィックが就任……ですか。大きく変化はないように思えますが」
「重要なのはここよ」
フランドールは長い爪で記事の一文をなぞる。
そこにはレミリアが占い学の教授を退職するという話、さらには小悪魔が正式に魔法薬学の教授としてホグワーツに雇われることが記載されていた。
「ほう、あやつは残りましたか」
美鈴は少々驚いたような声をあげる。
まあ、正直私もこの人事にはかなり驚いてはいる。
小悪魔……ホワイトは、元々はレミリアの使用人としてホグワーツに来ていた。
スラグホーンが死んだことで代理で魔法薬学を教えていたが、それはあくまで代わりが見つかるまでの間だ。
次年度からはホワイトもレミリアと共にホグワーツを去る、そう思っていた。
「ホグワーツで何かやり残したことがあるとか?」
「単純に教授職が楽しかったんじゃないですか?」
美鈴は冗談交じりに言う。
「なんにしても、都合がいいわ。特にお姉様だけホグワーツを離れたっていうのが都合がいい」
フランドールは新聞の上にバンと手をつく。
そして、私たちの目を見ながら言った。
「ホグワーツを占拠するわ。生徒を人質に取り、ホグワーツの実権を握る。そして生徒の命を盾にして魔法省に要求を呑ませる」
「フリットウィック先生、イッチ年生をお連れしました」
ハグリッドの大声が城の裏で響く。
すると数秒もしないうちに裏口がそっと開き、中から呪文学教授のフリットウィックが顔を覗かせた。
「お疲れ様ですハグリッド。ここから先は私が引き受けます」
フリットウィックはハグリッドを見上げそう伝える。
そして、長い棒のついた旗を振りながら大広間横にある空き部屋へと歩き始めた。
「組み分けまでの間、新入生はあの空き部屋で待機することになってます」
「そう。結構待たされるの?」
「いえ、そこまででは。フリットウィック先生が各寮の説明をして、大広間の自分の席に戻るまでですので」
私の言葉通り、フリットウィックはこれから行われる組み分けの儀式について新入生たちに説明を始める。
そして一通りの説明を終えると、部屋を出ていった。
「で、組み分けはどうします? タイミングだけで言えば今でも大丈夫だとは思いますが」
ここまで侵入できたのだ。
もう私たちの作戦は半分成功したも同然である。
フランドールは軽く腕を組むと、小さく唸り声をあげて考え込む。
そして、難しい表情で顔を上げた。
「正直な話、あの子からの情報を待ちたいところだけど……今のところ姿は見てないし」
その瞬間、部屋の一角から数人の生徒の悲鳴が上がる。
何事かと思い視線を向けてみると、そこにはホグワーツに住み着いているポルターガイストのピーブズが新入生をからかっている最中だった。
「ほら! これが正しい一年生の吊るし方ってね! あはははは!」
「凄いわ凄いわ! 私もやってみたい……けど、ゴーストでも子供に触れるのかしら?」
そしてその横には、最近ゴーストになったばかりの少女、ファニーの姿もある。
ファニーはピーブズに吊るされている新入生の頬に触れれるかそっと手を伸ばしていた。
「噂をすればね。潜入には成功しているみたいだけど」
フランドールは呆れたようにため息をつく。
そして新入生をかき分けるようにしてファニーの方へと歩いていった。
「ファニー、大広間の様子は?」
フランドールが声を掛けると、ファニーはピクリと反応し、フランドールの方を向く。
「その喋り方……フランね。ホワイトは大広間よ。教員用の席にいるわ」
そう、ファニーは私たちに先行する形でホグワーツに侵入していたのだ。
既に死んでいるゴーストは現世に干渉できる力を殆ど有していない。
故に、ホグワーツの護りに引っかかることなく侵入することが出来る。
というよりかは、ゴーストたちにとってホグワーツはある程度開かれた場所なのだ。
「なんだファニー、こいつと知り合いか?」
ピーブズはフランドールに顔を近づけるとじろじろ観察する。
「お前も燭台から吊るされたいか? それとも組み分け前に泥だらけになるのが御所望かな?」
「ピーブズ、こいつに関わらないほうがいいわ。碌な目にあわないから」
ファニーはピーブズの服の裾を掴んで軽く引っ張る。
「それより厨房にいる屋敷しもべ妖精をからかいに行きましょ! デザートのアイスを全部溶かしてやるのも面白いかも!」
「それ最高」
ピーブズは両手の人差し指をファニーに向ける。
そして仲良く笑いながら床をすり抜けて消えていった。
「ファニーに仲のいいゴースト仲間が出来てなによりだわ」
フランドールは腰に手を当てて頷く。
ポルターガイストとゴーストは正直別物だが、まあこの際細かいことはいいか。
「なんにしても好都合。ここからは別行動よ。私はこのまま組み分けに出席するわ。サクヤと美鈴はホワイトの私室を探りにいきなさい」
私と美鈴はフランドールの指示に頷くと、気配を消してそっと部屋の隅へと移動する。
そして、トイレに行く体を装いながら部屋を抜け出した。
「それで、ホワイトの私室は?」
「三階です。スラグホーンの私室をそのまま引き継ぐ形で使っていたかと」
私たちは大広間横にある階段を上り、三階の廊下を駆ける。
そしてホワイトが使っている部屋の前まで辿り着くと、一度顔を見合わせた。
「何か罠が張ってあると思いますか?」
「いや、生徒が訪ねてくる可能性があるのであまり攻撃的な罠は張れないはずです」
私がそう言った瞬間、美鈴は躊躇いなくドアノブを握る。
そして力任せに何度か押し引きしたが、扉は空中に固定されているかのようにピクリとも動かなかった。
「やっぱりそんなに甘くはないですよね」
美鈴は手の甲で扉を何度か叩く。
コンコンと軽い音はするが、扉が揺れる気配はない。
何かしらの魔法が掛けられていることは確かだろう。
「力任せに突破できないとなると……一旦後回しでしょうか。フランドールさんなら簡単に破壊できますよね?」
私は試しにドアノブを握り、軽く捻る。
するとカタンと施錠が外れる音が響き、軽い力で扉が開いた。
「って、あれ? 美鈴さんちゃんとドアノブ回しました?」
「そこまでマヌケではないですよ?」
私は慎重にドアノブを引き、中の様子を窺う。
明かりの灯っていない薄暗い室内には、書斎用の大きな机と肘掛け付きの椅子、そして壁際には膨大な数の薬棚が設置されていた。
ロンドンにあった研究室はかなり現代風だったが、この部屋は随分と魔法界風だ。
「いたって普通の魔法薬学教授の部屋って感じですね」
「まあ、この辺までは生徒や他の先生も入るでしょうし」
私が部屋の中に足を踏み入れると、壁際に設置されていたランプに勝手に火が灯る。
今のところ、何かしらの罠が発動した感じはなさそうだ。
「取り敢えず、私たちがここにいる限り研究成果を持ち出されることはないでしょう。あとは妹様が上手く大広間を占拠できるかですが──」
「ホワイトには逃げられる可能性が高い。そして、こちらからも深追いしない。そういう話でしたね」
フランドールならホワイト一人を取り押さえることは容易だろう。
だが、ホグワーツの教員全員を相手に取りながら尚且つホワイトの身柄も確保するのは至難の業だ。
下手に反撃を貰うぐらいなら逃げられてしまったほうがいい。
私自身、ホワイトに聞きたいことがないわけではない。
だが、それによって得られるのは少ない。
私は机に備え付けられた引き出しの中を探る。
引き出しの中身は生徒の答案用紙やらレポートやら、学業に関するものしかない。
ホワイトはホグワーツに研究室を構えているのではないかと私たちは予想を立てていたが、もしかしたらそんなことはないのか?
「何かめぼしいものはありましたか?」
薬棚の中身を漁っていた美鈴が振り返ることなく聞いてくる。
私は机の引き出しを閉じると、ため息交じりに言った。
「これといってないですね。どこかに隠し部屋があるのか、それともホグワーツの外に研究室を構えているのか」
やはり魔法が使えないというのはとてつもなく不便だ。
魔法が使えたら、探知魔法を部屋中に巡らせることができるのに。
「……どうします? もしこの部屋じゃないのなら、ここにいる意味はあまりないですけど」
「他に心当たりは?」
美鈴の問いに、私は顎に軽く指をあてて考える。
「私がレイセンの日記帳を拾った隠し部屋……は研究室として使った痕跡はなかったですし……」
もしホグワーツのどこかの空き教室を使っているのだとしたら、今すぐに特定するのは不可能だ。
ホグワーツにはダンブルドアでも把握していない部屋が無数にある。
数年前にも、ただの伝説だと思われていた秘密の部屋が本当に見つかったことがあった。
「研究成果は諦めてフランさんと合流します? そろそろフランさんが動き出す頃合いでしょうし」
「妹様が本格的に動き出すまではこの部屋にいたほうがいいとは思いますけど……もしかしたらホワイトがこの部屋に飛び込んでくるかもしれませんし」
美鈴がそう言った次の瞬間、部屋の中央に魔法陣が光り輝き、その魔法陣の中心に小悪魔……ホワイトが出現する。
ホワイトは羽の生えた頭を軽く振ると、焦った表情で顔を上げた。
「な、なんで妹の方がここ……に……」
そして、顔を上げた瞬間私と目が合う。
ホワイトは私と美鈴の顔を交互に見ると、諦めたような笑みを浮かべて杖を抜いた。
「単独なわけないわよねぇ」
私はホワイトが魔法を使う前に拳銃を引き抜く。
だが、不思議とホワイトから敵意や殺気を感じない。
ホワイトは軽く首を振ると、指先で杖を弄びながら言った。
「で、何しに来たの? サクヤちゃん」
ポリジュース薬で変装しているが、ホワイトにはお見通しらしい。
私はパーキンソンの姿のままホワイトと対峙する。
その口調と声色に、私は妙な懐かしさを覚える。
ああ、そうだ。この感じ。
彼女はまさに──
「セシリアさん……やっぱり、彼女の正体も貴方だったんですね」
セシリアという名前に、ホワイトはいたずらっぽく笑う。
「懐かしい名前ね。その様子じゃ、美鈴から私の正体も聞いているみたいだし」
「ホワイト……いや、違いますね。貴方の本名は十六夜百夜だ」
「そうそう十六夜……って、え?」
十六夜百夜という名前に、ホワイトはわかりやすくキョトンとする。
私は左手で銃を構えながら、懐の中からレイセンの日記帳を取り出した。
「ホグワーツの隠し部屋で見つけたものです。レイセンという名前に聞き覚えはありますね?」
「え、知らない」
ホワイトは真顔でそう答える。
そして、数秒悩むように視線を泳がすと、こめかみをトントンと叩きながら言った。
「いや、待って。もしかして玉兎? 確かレイセンとかいう名前だったような……」
「その言い分からして、やっぱり貴方が十六夜百夜なんですね。蓬莱の薬を研究した罪で月の都から追放された罪人」
ホワイトは少し肩をギクリとさせると、やれやれと首を振る。
「もしかして、研究室の資料読んだ?」
「読みました。中身まではわかりませんでしたが……」
「まあ、あれを解読できるのは私の他にはお師匠様ぐらいでしょうし」
こうして対面してみると、仕草や口調の節々にセシリアの面影を感じる。
小悪魔を演じていた時は感じなかったものだ。
セシリアとしての彼女は、少なからず素の態度が表に出ていたということか。
「十六夜百夜とホワイトが同一人物だとしたら、セレネ・ブラックの実の母親というのは辻褄が合わない。月を追われた十六夜百夜は、ブラック家の長女セレネ・ブラックとして転生した。そして、ヴォルデモートがハリーに敗れた後、産まれたばかりの私と共に孤児院に──」
「あら、まるで名探偵だわ」
正直、まだ謎に包まれている部分も多い。
だが、ホワイトの反応を見るに、今私が口に出した内容は事実なのだろう。
私は構えていた拳銃をゆっくりと下ろす。
そして、妖艶で胡散臭い笑みを浮かべるホワイトに対して言った。
「あの……貴方は、私のお母さんなんですか? 私は、貴方とヴォルデモートとの間に生まれた子供……なんですよね?」
「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。でも育ての親であることは確かかもね」
「……じゃあ、どうして私の命を狙うんです? あの、また一緒に暮らすことは──」
「貴方のその家族に対する執着心はどこから来るのでしょうね。普通、自分を殺そうとしている相手と一緒に暮らしたいなんて言う?」
ホワイトの言うことはもっともだ。
だが、もしそうだとしてもホワイトは私に残された唯一の家族なのだ。
また、昔のように……。
「いいわよ。それじゃあ一緒に暮らしましょうか」
数秒後、ホワイトは優し気な笑みを浮かべて言った。
設定や用語解説
ピーブズ
ホグワーツに住み着いているポルターガイスト。ゴーストと違い、彼らに生前というものは存在せず、概念的な存在に近い。
ファニー
ホワイトの研究室で数十年焼かれ続けた少女。フランドールの指示で事前にホグワーツに潜入していた。
セシリア
サクヤが幼少期暮らしていた孤児院の職員
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。