P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
魔法薬学の授業は実習に割り当てる時間がかなり多い。
学年が進めば進むほど、生徒たちはレシピを読み解きながら自主的に調合を行っていく。
そういう意味では魔法史や数占いの授業に比べて教師が授業中にやることは少ない。
私は生徒が実習をやっている間に他のクラスで出した課題の採点や授業の準備をコソコソと進めていき、不慣れながらもなんとか授業を回していく。
そうしているうちに、ついに私が危惧していたクラスの授業の日になってしまった。
NEWTの七年生クラス……そう、本来私が生徒として授業を受ける立場にいないといけないクラスだ。
私は地下にある魔法薬学の教室の前で一度小さく深呼吸をすると、そっと扉を開ける。
私が教室に入った瞬間、先ほどまで少しざわついていた教室が一瞬にして静まり返った。
教室にいる生徒は全部で七人。
スリザリンのセオドール・ノットにブレーズ・ザビニ。
レイブンクローのマイケル・コーナー、テリー・ブート。
ハッフルパフのアーネスト・マクミラン。
そしてグリフィンドール、ハーマイオニー・グレンジャーとロナルド・ウィーズリー。
名簿上ではもう少し人数がいるが、直前になって授業を受けるのを止めたのだろう。
まあ、その気持ちもわからなくはない。
私は教室を見回し、この場にいない者の名前を横線で消す。
そして、小さく唾を飲み込んでから口を開いた。
「おはよう。魔法薬学を受け持つことになったサクヤ・ホワイトよ。お互い知らない仲ではないわけだし、楽しく授業を進めていきましょう。じゃあ早速だけど──」
その時、ハーマイオニーの手がスッと挙がる。
意図的に無視してもいいが、彼女の頑固さもよく知るところだ。
無視を続ければ、そのうち高く挙げ過ぎた手が天井を突き破ることだろう。
「ハーマイオニー、どうしたの? お腹でも痛い?」
私はあえていつも通りの軽口をハーマイオニーに飛ばす。
ハーマイオニーは勢いよく手を下ろすと、高圧的な口調で言った。
「先生は魔法薬学のNEWTを取得していないと記憶しているところですが、どのように授業を進めていくおつもりで?」
「NEWTでやる範囲の魔法薬は全て習得済みよ。教えることもできる。何か問題が?」
間髪入れずに今度はロンの手が挙がる。
そして私が当てるのも待たずにロンが叫んだ。
「授業の前に色々と説明しないといけないことがあるんじゃないか!?」
「授業に関係ない質問は受け付けないわ」
私は視線だけで『あとで私室に来なさい』と訴えかける。
だが、ロンはムスッとした態度のまま椅子に座り直しただけだった。
あの様子では絶対伝わっていないだろう。
「さて、七年生の魔法薬学では去年よりもさらに踏み込んだ難解な魔法薬の調合に挑戦してもらうわ。去年までは授業の時間内に完成する魔法薬しか調合しなかったけど、今年からは月単位で時間の掛かる魔法薬を授業で取り扱う……ハーマイオニー、例えばどんなものがあるかしら?」
「真実薬、ポリジュース薬、フェリックス・フェリシス……幸運の液体」
「ええそうね。真実薬は二十八日。ポリジュース薬は一ヶ月。フェリックス・フェリシスに関しては六ヶ月もの時間が掛かる。七年生ではこのような魔法薬に関しても授業で取り扱っていくわ」
だが、正直な話フェリックス・フェリシスに関しては調合を少しでも誤ると毒性の高い劇薬が完成してしまう。
NEWTの総仕上げとして、クラス全体で作らせた方がいいだろう。
「今日に関してはウォーミングアップということで脱狼薬を調合してもらうわ。レシピは教科書にある。材料は薬棚から必要なものを持っていきなさい。材料としてトリカブトを扱うから間違っても口に入れないように」
私の指示にクラスにいる全員が渋々といった動きで席を立ち、薬棚に群がり始める。
脱狼薬はかなり難易度の高い魔法薬だ。
時間内に調合できるのはハーマイオニーぐらいだろう。
私はムスッとしながら物凄い勢いで調合を進めるハーマイオニーを見ながらぼんやりと考える。
ロンやハーマイオニーに今の私の事情を説明したら、味方になってくれるだろうか。
どのような事情があったにしろ、私がハリーやセドリック、ダンブルドアを殺したのは事実だ。
正義感の強い二人がそのことを許容してくれるとは思えない。
出頭しろと説得されるのがオチだろう。
私は教卓で授業の終わりに出す課題の内容を考えつつ、魔法薬の調合状況を観察する。
ハーマイオニーは丁寧過ぎるところがあるが、今のところ順調だ。
アーニーも上手く出来ている。
逆に、ロンは既に壊滅的だった。
今の状態では赤くないといけない魔法薬は茶色く変色しており、粘度もまるで泥のようだ。
ロンも自分が間違っていることには気がついたのか、なんとか隣にいるハーマイオニーのような見た目にしようと余分に水を差し始めた。
ああなってはもう修正することは不可能だろう。
一から魔法薬を煎じ直してしまった方が早い。
「いや、ホワイトならあの状態からでもなんとかするのかしら」
ホワイトが最初の授業で見せた神技。
彼女は壊滅的な出来の魔法薬に対しても少し手を加えるだけで完璧に修正してみせた。
彼女の魔法薬学の技術は本物だ。
出来ることなら弟子入りしてその技術を学びたいところだが……
「あ、そういえば……」
私はポケットから魔法で小さくしている鞄を取り出す。
そしてその鞄を握りしめ、ハーマイオニーの元へ向かった。
「ねえハーマイオニー」
「……なに? 忙しいんだけど」
「これちょっと元の大きさに戻してみてくれない?」
ハーマイオニーは鍋をかき混ぜる手を止めることなく、私の手のひらの中を覗き込む。
そしてめんどくさそうに杖を取り出すと、無言で鞄に拡大呪文を掛けた。
「ありがと」
「自分でやりなさいよね」
「次もお願いするわ」
ハーマイオニーは一瞬こちらを鋭く睨むと、魔法薬の調合に注意を戻す。
私は内心かなり浮かれながら教卓へと戻り、元の大きさに戻った鞄を開けて中に潜り込んだ。
魔法が使えなくなって以来、この鞄は封印されているに等しかった。
だが、一度元の大きさに戻ってしまえばこちらのものだ。
私は片足を鞄のふちに引っ掛け、近くにあった魔法薬の教科書、『上級魔法薬』を手に取る。
そして体を捻り鞄の外に這い出ると、教卓の上で上級魔法薬を開いた。
この本はホグワーツに通っていたセレネ・ブラックが残したものだ。
スラグホーンの言葉が正しければ、セレネ・ブラックはNEWTを取得している。
私は改めて本の中に書き込まれたメモ書きを読んだ。
「……レベルが低い。少なくとも、ホワイトから感じた異様さには程遠いわ」
教科書に書かれているメモ書きは確かに高度で難解な内容だ。
だが、私が目の当たりにしたホワイトの魔法薬に並ぶほどの異様性は感じない。
私はホワイトが自室に残した数少ない資料を引っ張り出す。
筆跡は似ている。
だが、同一人物とも言い難い。
「やっぱり、セレネ・ブラックは二人いたんだ……レイセンと会った頃はまだホグワーツに通っていて、どこかのタイミングで影武者、もしくはクローン体と入れ替わった」
きっと、クラウチやスラグホーンがよく知るセレネ・ブラックはクローン体の方だろう。
ヴォルデモートと深く関わりがあったのはオリジナル……つまりはホワイトのほうに違いない。
「だとしたら、私はどっちの娘なのかしら……」
セレネ・ブラックは記録上ヴォルデモートがハリーに敗れてすぐに闇祓いによって殺されている。
ホワイトが今生きているところを見るに、きっと死んだのはクローンの方だ。
ホワイトはそのあと孤児院へ身を隠し、マグルの保育士、セシリアとして私を育てた。
「……ホワイトは私のお母さん?」
少なくとも祖母ではない。
そして、冷静に考えれば考えるほど母親である可能性が高いように感じる。
私は上級魔法薬とホワイトの書いた授業のメモを鞄の中に仕舞い込む。
なんとかして、彼女と連絡が取りたい。
私の出生の秘密を……彼女とヴォルデモート、そしてクローンとの間に何があったのか詳しく知りたい。
「ダンブルドアは、どこまで知っていたのかしら」
ダンブルドアは私がヴォルデモートの娘であることを知っていた。
だが、セレネ・ブラックについて詳しい話を聞く前に殺してしまった。
今思えば、真実薬でも飲ませて洗いざらい情報を吐かせればよかったかもしれない。
「……確か校長室に肖像画があったわね」
いい機会だ。
ダンブルドアと少し話をしてみるのもいいだろう。
そんなことを考えていると、ふと人の気配を感じ私は顔を上げる。
そこには仏頂面のまま私に薬の入った小瓶を提出しようとしているハーマイオニーが立っていた。
「できました」
「はいお疲れ」
私は小瓶を受け取り、照明に透かしながら軽く振る。
「ちょっと攪拌が甘いんじゃない? かき混ぜるのが早すぎよ」
「お世話様。効能は変わらないはずでしょ」
「まあ確かに人狼に売れる程度には完成度は高いわね。グリフィンドールに……何点欲しい?」
「じゃあ百万点」
「グリフィンドールに一点上げるわ。精進なさいな」
ハーマイオニーはプイっと不機嫌そうに顔を背けると、自分の席へと帰って行く。
そしてそんなハーマイオニーとすれ違うようにしてレイブンクローのテリー・ブートが小瓶を持って現れた。
「あの……出来たけど」
「根っこを刻むときに横着して魔法を使ったでしょ。毒素がうまく抽出出来てないわ」
「凄いな。なんでわかるんだ?」
「それがわかるからこそ今ここに立たされているのよ」
その後もザビニ、ノットと続いたところで足切りの時間になった。
私は調合し終わってない生徒たちの大鍋を見て回り、問題点を指摘していく。
私はロンの大鍋を覗き込みながら言った。
「貴方ちゃんと目見えてる?」
「教科書が英語で書かれてたらよかったんだけど」
「教科書以前に成績表読めてないんじゃない? よくこの成績で魔法薬のNEWTを受けようと思ったわね」
「なんだよ、出ていけっていうのか?」
ロンは若干憤慨したように声を荒げる。
私はそんなロンに対し肩を竦めた。
「いや、時間が勿体無いんじゃない? 他の授業に集中した方が……まあ、やる気があるなら徹底的に指導はするけど」
「そりゃどうも、ホワイト大先生様」
ロンは不機嫌そうに吐き捨てる。
ああそうか、ホワイトの教育方針では出来ない生徒は徹底的に甘やかしていたんだったか。
ロンは、自分が出来ない生徒であるという自覚がなかったのだろう。
なんにしてもこれで全体のレベルは把握できた。
私は教卓へと戻ると改めて同級生と向き合う。
「次回はポリジュース薬に取り組んでもらうわ。各人は次回の授業までにポリジュース薬のレシピを調べて羊皮紙に書き写しておくこと」
「ポリジュース薬のレシピなんてどこに載ってるんだ?」
ノットが純粋な疑問を口にする。
「『最も強力な魔法薬』っていう本が禁書の棚にあるわ。禁書の棚への立ち入り許可は私が出すから、順番に借りて書き写しなさい」
マダム・ピンスには事前に説明を行なっている。
魔法薬学を受講している七年生のリストも渡しているため、スムーズに禁書を借りることができるだろう。
「あとそうだ。次回からは組で魔法薬を調合して貰うわ。ハーマイオニー、ロン、マイケルが同じ組。アーニー、テリー、ザビニ、ノットが同じ組ね。それじゃあ、今日は終わり」
私が手を数回叩くと、生徒たちは大鍋を片付け始める。
私は教卓の上の資料や生徒が調合した脱狼薬の小瓶を鞄の中に詰め込むと、ひと足先に地下教室を後にした。
設定や用語解説
脱狼薬
トリカブトを主原料とする魔法薬。トリカブトは英語で『狼すら殺す毒』の別名を持つ。
鞄が元に戻ったサクヤ
これでサクヤが貯蔵する莫大なアイテムや財産にアクセスできるようになった。
この世界のハーマイオニー
この世界のハーマイオニーは二年生の時にポリジュース薬を調合していない。
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