P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
生徒と保護者による手紙のやり取りを解禁した効果は、すぐに日刊予言者新聞の記事という形で現れた。
今までは不透明な情報しか載せていなかった記事に、フランドールの名前やその目的、魔法省の今後の対応などが記載されている。
記事によれば、魔法省は生徒の安全を第一にテロリストとの交渉を続けていく方針らしい。
だが、今のところ魔法省からのアクションはない。
まるでこちらの要求を意図的に無視しているような態度だ。
「ま、向こうも出方を伺っている最中ということかしらね」
朝食の席で生徒から提供された血液を飲みながらフランドールは言う。
フランドールが摂取する血液は生徒が持ち回りで提供することになっているが、最近では自ら進んで血液を提供したいと申し出る生徒も出てきた。
そのへんはなんというか、レミリアの妹というか。
吸血鬼には人間を惹きつける何かがあるのかもしれない。
「こちらから少し揺さぶりをかけます?」
私は日刊予言者新聞の朝刊を折り畳み、フランドールへと渡す。
フランドールは朝刊を机の上に広げながら言った。
「揺さぶりってなによ。生徒を一人殺してみたりする?」
「いやまあ、実際に殺すかはさておいても、そう脅してみたりとか」
フランドールは朝刊に目を通しながら小さくため息を吐く。
そして血液をくいっと飲み干し、ナプキンで口元を拭いた。
「サクヤ、これは我慢比べのようなものよ。どちらかがしびれを切らすまでのね。優位性はこちらにある。だったら今は守りを固めて相手の動きを待つべきよ。世論が政治を動かすまで」
「でも現状ホグワーツは校長が代わったぐらいで割と平常運行ですし、世論が切迫した雰囲気になることはないんじゃ……」
「それでいいのよ。実際にイギリス魔法界を征服したとなったら、従えるのは今ホグワーツで勉学に励む子供達になるわけでしょ? ここで得る人望というものは貴方が考えている以上に重要なものよ」
なんというか、フランドールがそこまで先のことを考えているとは思っていなかった。
だが、今思えばレミリアもその点については重要視していた気がする。
レミリアの恐ろしいところは吸血鬼としての能力もそうだが、何よりその人脈の広さだ。
彼女は人の使い方を知っている。
そして、自分に足りない部分をその人脈でカバーしている。
レミリアとパチュリーの関係がその最たる例と言えるだろう。
「貴方今、姉に似てるなとか考えてるでしょ」
「違うので?」
「違うわよ!」
フランドールは膨れっ面で朝刊を私に投げ返す。
「お姉様は外面を重視し過ぎて己を嘘で塗り固めた。己がどういう存在なのかを忘れているのよ。いくら人の真似事をしても、吸血鬼は人にはなれないのにね」
笑みを浮かべるフランドールの口元に八重歯が覗く。
「その点、私は己がどういう存在か理解してる。私は吸血鬼のまま、吸血鬼として魔法界を征服するの」
姉と同じところを目指しているようでも、結果的に出来上がる世界は全く違うものになりそうだ。
私はそんなことを考えつつ、三つ目のパイにフォークを突き刺した。
十月も終わりに近づき、ホグワーツではフランドールによる占領下ながらもハロウィンの準備が少しずつ進められている。
どうやら毎年恒例のハロウィンパーティーは今年も実施されるようだ。
禁じられた森のすぐ近くのかぼちゃ畑には人の背よりも大きく育ったかぼちゃが立ち並んでいる。
そのうちフリットウィックによって見事なお化けかぼちゃへと姿を変えるだろう。
そういえばこの前ファニーがポルターガイストのピーブズとあっと驚くサプライズを計画中だという話をしていた。
絶対ろくなことにならないだろうが、少し楽しみではある。
一年生の授業の終わり、私が片付けをしていると一人の生徒が私の元へと駆けてくる。
ジェシカ・パーキンソン。私がホグワーツ特急で変装した生徒だ。
一年生の生徒は他の学年の生徒と比べると、私のことを先生として扱ってくれる生徒が多い。
ジェシカもそのうちの一人だ。
「どうしたの? 授業に関する質問?」
「えっと……あの……」
ジェシカはもじもじとしながら一冊の本を私に渡してくる。
本の表紙は簡素で題名などは書いていない。
私はジェシカから本を受け取ると、開いて中を見た。
中は真っ白だ。
何か記載があるわけではなく、羊皮紙をただ綴っただけのように見える。
「えっと……何これ?」
「え? ホワイト先生のじゃないんですか?」
ジェシカは本の裏表紙を捲り、私に見せてくる。
そこには確かに『S・ホワイト』と記載されている。
「あー……どこで拾ったの?」
「三階の廊下に落ちてたんです」
「ありがとね。探してたのよ。スリザリンに十点あげるわ」
ジェシカは嬉しそうにガッツポーズを取ると、教室の隅で待っていたソフィアとスカーレットと合流し、教室を出ていく。
「……あとで真実薬でも飲ませるか」
きっとただの善意かポイント稼ぎだろうが、念には念を入れておくに限る。
私は鞄の中の真実薬の在庫数を思い出しながらもう一度白紙の本を開いた。
どのページにも何の記載もない。
「でもこれ、絶対ホワイトが仕掛けた本よね」
私はこのような本は所持していない。
『S・ホワイト』という名前も、『セレネ・ホワイト』名義なら納得がいく。
それに三階の廊下に落ちていたという話が本当なら、この本が仕掛けられたのはつい最近の出来事だろう。
三階廊下は人の往来も多く、ホワイトがホグワーツを逃げ出してから二か月間も誰にも見つからないということはないだろう。
「詳しく調べる必要があるわね」
私は手早く机の上を片付け、地下教室を後にした。
自分の部屋へと持って帰ってきた私は、改めて本を詳しく調べ始める。
机の引き出しから小さな定規のような魔法具を取り出し、本に当てる。
これは、魔力に反応する魔道具だ。
この本に何かしらの魔法がかけてあれば、魔道具が反応するはず。
だが、魔道具に刻まれた目盛は何の反応も示さない。
どうやらこの本には魔法は掛けられていない。
「まあそうよね。きっと、魔法が掛けられていないからこそホワイトはこの本をホグワーツ内に送り込めた」
フランドールの魔力の察知能力はかなりのものだ。
話に聞く限りでは、禁じられた森から飛び立ったセストラルの数すら察知しているらしい。
もしこの本に強力な魔法や呪いが掛けてあればホグワーツに入ってきた瞬間に感知しているだろう。
私は本を開き隅から隅まで確認したが、本は完全に白紙で『S・ホワイト』という名前以外は何も書かれていない。
「何か仕掛けがあるのかしら……」
何かしらの薬品につけたら文字が浮かび上がるとか、火で炙ったら文字が出てくるとか。
考えられることはいくつかある。
私は取り敢えず一番初めのページに手当たり次第の薬品を塗ったり、火で炙ったりしてみる。
だが、特に変化はない。
化学的に文字が隠されているわけではなさそうだ。
私は使用されている羊皮紙を顕微鏡で観察する。
極小の文字で何かが記載されているのかとも思ったが、そんなこともなさそうだ。
「え、本当に何の変哲もない本ってこと?」
何の変哲もない本を、わざわざホグワーツに送り込んでくるとは思えない。
絶対何か仕掛けが施されているはず。
私は一度本を閉じ、大きく伸びをする。
その時、本の装丁の一部がキラリと光った。
「ん?」
私はその光った部分に目を向ける。
本の装丁には光沢感のある装飾はなされていない。
私は卓上のランプに本をかざし、角度を変えながら表面を照らす。
すると、先ほどと同じように本の隅がキラリと光った。
光ったのは羊皮紙を綴っている糸だ。
本の上の側面と下の側面に本を綴っている白い糸が見えている。
本来、ここの糸は隠されていることが多い。
それにここまで光沢感のある糸は使わない。
いや、これは糸というよりかは……
「髪の毛……ね」
次第にこの本に隠された意図が読めてきた。
私は本を綴っている髪の毛で出来た糸を少し引き抜き、ナイフで切り取ってポリジュース薬の中へと入れる。
そして自室に鍵をかけ、鏡の前に立ってポリジュース薬を煽った。
「……あれ?」
ポリジュース薬の効果は現れなかった。
私は鏡の前で自分の顔をペタペタと触るが、殆ど変化していない。
いや、違う。変化はしているのだ。
事実、私の髪は少し伸び、筋肉量が落ちたのか若干腕や脚が細くなっている。
私に似てはいるが、私ではない。
だとしたら……
「ホワイトのものね」
彼女の本当の姿を見たことはない。
セシリアとして接していた時も、小悪魔として接していた時も、彼女は本来の姿を隠していた。
だが、実際の彼女は私と瓜二つだという話だ。
やはりこの本はホワイトが仕掛けたものに間違いない。
このような形で髪の毛を仕込んだ理由も、私は半分想像がついていた。
私は姿見の前で今着ている服の裾を捲り上げる。
ホワイトの腹部にはミミズ腫れのような痕でメッセージが書かれていた。
『ラグの下。短い床板』
私は耳たぶを引っ張り元の姿に戻る。
そしてお腹に浮かんだ文字が綺麗に消えたことを確かめた後、床に敷かれているラグを引き剥がした。
「短い床板……これね」
お腹に浮かんだメッセージの通り、確かに一枚だけ他と比べると少し短い床板がある。
私はその床板を軽く叩き、どこか浮き上がる箇所がないか確かめる。
だが、床板は釘でしっかりと床に固定されていた。
特に仕掛けがなされている様子はない。
私は鞄からバールを取り出すと、床板の間にしっかり差し込む。
そして、バールに体重を掛けて無理やり床板を引き剥がした。
「これは……」
そこには小さな機械が置かれていた。
形は腕時計に近い。
小さく薄い板状の機械に金属製のバンドが付けられている。
だが、腕時計の文字盤にあたる部分には小さな液晶と複数のボタンが付けられている。
「電卓……にしてはボタンが少ないし。だとしたら……」
私は床下から機械を取り出し、机の上に置く。
きっと、これは通信機だ。
このボタンを押したら、ホワイトと連絡が取れるに違いない。
「──っ」
私は一度机から離れ、ベッドに横になる。
そして天井を見上げながら大きく深呼吸をした。
この通信機を使わないほうがいいことは分かっている。
本のことや通信機のことを包み隠さずフランドールに報告するべきだ。
「……」
私はベッドから起き上がり、机の上に置いた通信機を手に取る。
そして躊躇なくボタンを押した。
私の目的はフランドールの目指すような、魔法界の征服ではない。
大切な人と共に平和な日常を過ごしたいだけ。
「そのためにも、過去に何があったのか知る必要がある」
私の出生の謎を知っているのはホワイトだけだ。
彼女とは、話をしなければならない。
通信機は若干のノイズを鳴らしながら起動する。
液晶には日本語と思われる文字が表示された。
「日本語……翻訳魔法は使えないし……」
月から来たというレイセンは日記を日本語で書いていた。
ホワイトも月からの転生者という話だ。
だとしたら、ホワイトも日本語が母国語なのだろう。
通信機はしばらくノイズを立てていたが、プツリという音と共に静かになる。
ホグワーツに掛けられた魔法で故障したのかと思ったが、すぐにクリアな音で通信機から声が聞こえてきた。
『思った以上に早かったわね』
聞こえてきたのは私のよく知る小悪魔の声だった。
私は何を言えばいいか少し迷ったが、意を決して口を開く。
「あ、あの……」
『その声はサクヤね。やっぱり聡明な子だわ』
「ホ──」
ホワイト、と呼ぼうとして少し考える。
なんと呼ぶべきか。
彼女は名前が多すぎる。
私は一度口の中にたまった唾を呑みこみ、気がつかれないように小さく深呼吸をする。
「あの、何て呼べば……」
『好きに呼んでもらっていいのだけれど……そうね。百夜もセレネもセシリアも、もう捨てた名だし、ややこしくなければホワイトでいいわ』
「じゃ、じゃあ、ホワイト……さん」
私は通信機を握りながら、少し姿勢を正す。
彼女に聞きたいことは沢山ある。
だが、何から聞くべきだろうか。
私は上手く考えがまとまらず、じっと通信機を見つめる。
「あの、貴方は私のお母さんですか?」
しばらく考えた後、口から出たのはそんな質問だった。
私は、呼吸をすることも忘れて通信機を見つめ続ける。
彼女がセレネ・ブラックであったことは確かだ。
そして、私はセレネとヴォルデモートとの間に生まれた子供……
だとしたら、彼女が……彼女こそが──
「ええ、そうよ。貴方は、私の娘だわ」
通信機からその言葉が聞こえてきた瞬間、私の頬に一筋の涙が伝い、床へと落ちた。
設定や用語解説
髪の毛による情報伝達
ポリジュース薬はそのものが負った怪我すらも再現する(原作でもマッドアイに化けたクラウチの足がなくなっていた)その性質を上手く使えば、かなり秘匿性で情報を伝えることが出来る。
魔法界で動く通信機
基本的にマグルの機械はホグワーツ内では動かない。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。