P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

216 / 233
母親と憂いの篩と私

「ええ、そうよ。貴方は、私の娘だわ」

 

 少し前まで、自分に親なんかいないとずっと思っていた。

 私の親は私を孤児院に捨てたクズで、きっとどこかで野垂れ死んでいるだろうと。

 だが、違った。

 私の母親は、私が赤子の頃からずっと私に寄り添い、愛情を注いでくれていたのだ。

 自然と目から涙が溢れ出し、頬を伝って地面へと落ちていく。

 私はその涙を左手の袖で拭い、震える声で問う。

 

「ほ、ほんと?」

 

「嘘なわけないわ。あなたは、間違いなく私とトムの娘よ」

 

 不意に、私の体に白い腕が回され、背後からそっと抱き寄せられる。

 私は一瞬パニックになったが、すぐにその正体を察した。

 私の背後に、ホワイトがいる。

 ホワイトが、背後から優しく私を抱いている。

 

「な……あ、あの……おかあさ──」

 

「そう呼ばれる資格は私にはないわ。貴方には、随分と辛い思いをさせたし」

 

 私は通信機を握りしめたまま、ゆっくり振り返る。

 そこには私と瓜二つな人物が立っていた。

 白い髪に白い肌、青い瞳。

 背は私より若干高いが、体つきは私より細いだろうか。

 ホワイトは一度私の肩に両手を添え、微笑む。

 私は目にいっぱいの涙を浮かべながら、ホワイトに抱きついた。

 

「わ、私に……まだ家族がいただなんて……」

 

「こんな私を家族と呼んでくれるの?」

 

「あ、あた……」

 

 何を当たり前なことを。

 私は大声で泣きじゃくりそうになるのをなんとか我慢する。

 ホワイトは、私を優しく抱き返しながら背中をポンポンと叩いてくれた。

 

 

 

 

 私が落ち着いたのを見計らってホワイトはそっと私を離す。

 私は涙でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチで拭い、改めてホワイトと向き合った。

 

「ごめんなさい。見苦しいところを……」

 

「そんなこと気にしなくてもいいのに」

 

 ホワイトは微笑みながら自然な動作でベッドへと腰掛ける。

 私はどうしようか少し迷ったのち、書斎机に備え付けられている椅子に座った。

 

「でも、どうやってここへ? フランドールに見つかりでもしたら……」

 

 フランドールは常にホグワーツ内の魔力の動きを監視している。

 何か不審な魔力の動きや増減があれば、すぐにでもここに駆けつけてくるはずだ。

 だが、ホワイトがここへ現れてから十分以上が経過しているが、フランドールがくる様子はない。

 私が疑問に思っていると、ホワイトが机の上の置き時計を指差した。

 

「もしかして、気が付いてないの?」

 

 私はホワイトが指差した時計を見る。

 そして、驚愕のあまり数秒固まってしまった。

 

「時間が……止まってる……?」

 

 私は確かめるように書斎机の中からコインを取り出し、空中に弾く。

 宙を舞ったコインは放物線を描いて地面へと吸い込まれるが、地面へと落ちる前に空中でピタリと止まった。

 私の手を離れたことで、コインの時間が止まったのだ。

 

「確かに、時間が止まってる。それじゃあ──」

 

「ええ、貴方が止めたのよ。能力が戻っている自覚なかったの?」

 

「……全然」

 

 私の時間を止める能力はホワイトによって消し去られたものだと思っていた。

 いや、確かに使えなくなっていたはずだ。

 

「時間を操る能力は、血中にあるとある因子によって発生しているの。私が注射した薬にはその因子を破壊する成分が含まれていた。でも、人間の血液は常に人体内で新しいものが生成されている。注射したすぐならまだしも、数ヶ月もしたら血液の構成成分は殆ど新しくなり、薬の成分は全て体外へ排出されちゃうわ」

 

 それに、ここ数ヶ月私は定期的に血を抜いている。

 私の血液の新陳代謝は尚更早かったことだろう。

 

「私の能力にそんな秘密が……あ、だったら魔力も」

 

「それはきっと戻ってないわ。魔法使いの魔力は魂に由来する。あの薬は魂そのものを書き換えるものだから……ごめんなさいね」

 

「解毒剤とかは……」

 

 ホワイトは黙って首を横に振る。

 あわよくば魔力も回復しているかもと期待していただけに少し残念だが、まあ時間操作の能力が帰ってきただけで十分か。

 

「でも、お母さんは動いてるよね? どうして?」

 

「それよ」

 

 ホワイトは私が左手に握りしめたままになっている通信機を指差す。

 

「この通信機は電波ではなく量子もつれの作用を利用して通信を行っているわ。貴方が持っている通信機と私が持っている通信機は量子的な繋がりを持っている」

 

 よくわからないが、この通信機を介して時間停止が解除されたというわけか。

 両面鏡と同じような効果を発揮しているのだろう。

 

「サクヤ、こっちに座りなさい」

 

 ホワイトは自分が座っている横をポンポンと叩く。

 私は照れ臭さから一瞬躊躇したが、すぐにホワイトの意図を察し、通信機を机の上に置いた。

 その瞬間、ホワイトの時間が停止する。

 私はすぐにホワイトの横へと移動し、ホワイトの手をそっと握った。

 

「おっと。もう、びっくりするじゃない」

 

 ああそうか。ホワイトからしたら私が急に横に現れたように見えるのか。

 時間を止めるのは久しぶりだったからついついその感覚を忘れていた。

 

「えへへ。ごめんね」

 

「でも、時間は動かしてはダメよ。すぐにフランドールに見つかってしまうわ」

 

「それはわかってるわ。時間が止まっているからこそ、お母さんはホグワーツに侵入できた。そういうことよね?」

 

 時間が止まっていれば、フランドールがホワイトの侵入に気づくことはない。

 逆に今時間停止を解除すれば、すぐにでもフランドールがここへ駆けつけてくることだろう。

 

「そういうこと。それにしても、ここまで歓迎されるとは思っても見なかったわ」

 

「貴方とは話がしたいと思っていましたから」

 

 右手にホワイトの体温を感じながら、私は言葉を続ける。

 

「あの、お母さんはどうして私の命を狙っていたの?」

 

「あら、歓迎してくれてる割には痛いところをついてくるわね」

 

 ホワイトは私の右手に左手の指を絡ませながら、困ったように眉を顰めた。

 

「そうね、もうこの段階になったら話してもいいかしらね。別に、私は貴方の命を狙ったりなんてしてないわ」

 

「……ほんと?」

 

「嘘に聞こえる?」

 

 正直な話、わからない。

 私は横目でホワイトの顔を見るが、絵画のような微笑に隠された彼女の本心までは窺い知れない。

 ホワイトはそんな私の態度に気がついたのか、ぷふっと吹き出した。

 

「私はね。貴方を助けるためにレミリアと手を組んでいたのよ」

 

「……私を?」

 

「そうね、話は数年前に遡るわ」

 

 ホワイトは懐かしむように目を閉じる。

 

「ウール孤児院で起きた虐殺事件。全ての歯車はそこから狂い出した」

 

 ゾワリ、と私の背筋に寒気が走る。

 ここしばらくの間、あの事件のことは考えないようにしていた。

 だが、ホワイトはセシリアとして孤児院にいたので、当事者であるはずなのだ。

 私が知り得ないあの事件の全容を知っている可能性が高い。

 ホワイトは私の緊張を感じとったのか、私の手を握る力を強める。

 

「あの事件、世間一般ではシリウス兄さんが起こしたことになってるけど、実際は違う。それは、貴方も気がついているわよね?」

 

 ホワイトの問いに私は無言で頷く。

 

「あれをやったのはね。サクヤ、貴方よ」

 

「……やっぱり。そんな気はしてたの。あれが出来るのは私しかいない。時間を止めなければ、ああはならない。でも、どうして? どうして私はあんなことを……」

 

 そうではないかと薄々気がついていた。

 だが、それが事実であると突きつけられたショックは思った以上に大きい。

 ホワイトはそっと私の頭に手を回し、そのまま膝の上に倒れ込ませる。

 そして私の頭を撫でながら話を続けた。

 

「原因は二つ。一つは貴方が持っていた杖に使用されたフランドールの魔力が放つ狂気」

 

「魔力が放つ狂気?」

 

 私が聞き返すと、ホワイトはこくりと頷く。

 

「フランドールの魔力には人を狂わす力がある。自殺の名所なんかに近づくと、どれほど綺麗な景勝地でもどこか薄ら寒い感覚に陥るでしょう? それをさらに強力にしたものと考えてもらえばいいわ。彼女の魔力は人の不安を煽り、そして狂わせる。貴方にも経験があるはずよ。いつも以上の力が出せたり、急に理性的な行動が出来なくなったりした経験はない?」

 

「いつも以上の力……」

 

 思い当たる節はある。

 クラウチとダンブルドアを殺したあの日、私は素手で鉄格子を曲げている。

 力は強い方だが、そんな芸当が出来るほどではない。

 

「本来、吸血鬼の髪の毛なんてものは杖の芯材に使ったりしない。貴方が感情的になればなるほど杖の魔力は貴方を狂わせる。それが顕著に出たのがあの孤児院の事件だったってわけ」

 

「……でも、それだけが原因じゃないですよね?」

 

 私はあの杖を六年ほど使用していたが、そのようなことは数えるほどしか起きていない。

 魔力だけが原因だとしたら、もっと頻繁にそのような症状が出ていてもおかしくないはずだ。

 

「ええ、もちろん。それだけが原因ではないわ。一番の原因は他にある」

 

 ホワイトはどう説明するべきか少し悩んでいたが、すぐに杖を取り出して自分の頭から白いモヤのような記憶の断片を引っ張り出した。

 

「ペンシーブはないけど……調合用の大鍋があるわね」

 

 ホワイトは一度記憶のモヤを空中へと浮かし、大鍋に魔法で水を満たす。

 そして何度か魔法をかけ、ペンシーブ……憂いの篩を即席で作り上げた。

 

「え、これかなり高度な魔法具のはずなんだけど……」

 

「でも、誰かが作ってるわけでしょ? だったら作れない道理は無いわ」

 

 まあ、それはそうなのだが。

 ホワイトは空中に浮かせていたモヤを杖で誘導し、ペンシーブの中へと浮かべる。

 私はホワイトの手を握りながら立ち上がると、大鍋の前へと移動した。

 

「……一緒に行く?」

 

 ホワイトは私の顔色を窺うように横で囁く。

 

「いや、大丈夫。一人でいけるわ」

 

 私はそっとホワイトの手を離し、大鍋の前へと移動する。

 そして、一度後ろを振り向き、時間が停止しその場で固まったホワイトの顔をちらりと見た後、大鍋に張られた水の中に顔を突っ込んだ。




設定や用語解説

サクヤの危機感のなさ
サクヤは身内判定した者に関しては危機的なまでに心を許してしまう。パチュリー・ノーレッジ然り、ダンブルドア然り。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。