P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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動機と忘却と私

 大鍋の水面という入り口から、私はホワイトの記憶の中へ落ちていく。

 そして、次の瞬間には私は孤児院のセシリアの部屋に立っていた。

 部屋の中には一人用のベッドが一つと小さな机。

 壁際にはクローゼットとキャビネットが置かれている。

 私の記憶にあるレイアウトのままだ。

 記憶の持ち主であるホワイトは、セシリアの姿で椅子に座って書類仕事に精を出している。

 覗き見る限りでは、孤児院の収支報告書のようだ。

 

『さてと、こんなところかしらね』

 

 ホワイトはボールペンを机に置き、大きく伸びをする。

 外は暗く、部屋に掛けられている時計は一時を指している。

 どうやら今は深夜のようだ。

 ホワイトは書類の角を揃え、机の引き出しに仕舞いこむ簡単に身支度を整えてベッドに横になる。

 そして大きな欠伸を一つして、静かに目を閉じた。

 その時だった。

 ホワイトはぱちりと目を開き、ベッドから起き上がる。

 そしてそのままじっと何かに耳をそばだて始めた。

 

『……もしかしてサクヤが帰ってきた?』

 

 その言葉を聞き、私は今日がいつであるのか察する。

 きっと、一九九三年の七月三十日。

 孤児院の事件が起きたその日の夜だ。

 確かあの日の夜、私は漏れ鍋に宿泊していたはずである。

 ホワイトは寝間着のままスリッパを履き、自分の部屋を出る。

 そして玄関の方へと歩き出した。

 

『サクヤ、帰ってきたの?』

 

 ホワイトは廊下の奥にある玄関へと声を掛ける。

 既に消灯時間を過ぎており廊下は非常に薄暗いが、その先に人影がいるのは確認できた。

 

『あ、セシリアさん』

 

 玄関にいるのが誰か、姿を見るまでもない。

 三年生になる前の夏休み、まだ背も低く、顔立ちも幼い頃の私だ。

 ホワイトはそこにいるのがサクヤであることを確認すると、ほっと息をついて近づいていく。

 そして玄関の明かりをつけ、私を出迎えた。

 

『お泊りするって話だったじゃない。それにこんな遅い時間に……貴方に何かあったら──』

 

『私は大丈夫です。それより、孤児院のほうが心配になりまして』

 

『孤児院が心配って……あのねぇ』

 

 ホワイトは呆れたように腰に手を当てる。

 でもまあ、私の考えもわからなくはない。

 時間停止は非常に強力だ。

 この頃の私は自分の能力に絶対の自信を持っていた。

 自分の身が危険に晒されることはない。

 だとしたら、すぐにでも孤児院に帰って孤児院の皆を守った方がいい。

 きっと三年生になる前の私はそう考えたんだろう。

 

『まあいいわ。早く寝ちゃいなさい』

 

『はぁい』

 

 過去の私は気の抜けた返事をすると、自分の部屋に上がろうとする。

 その時、廊下の奥から男性の声が聞こえてきた。

 

『なんだ。サクヤ、帰ってきていたのか』

 

 院長だ。

 院長は玄関の明かりを頼りに私たちのほうへと歩いてくると、ホワイトに小さく頭を下げる。

 そして、過去の私に向かって言った。

 

『こんな時間に危ないじゃないか』

 

『ごめんなさい。でも、きっと私がここにいたほうがいいから』

 

 そう言って、私は院長に微笑む。

 孤児院では、院長だけが私が魔法使いであることを知っていると思っていた。

 実際にはセシリアも魔法使いで、私が魔法使いであることを知っていたわけだが。

 院長はやれやれと言わんばかりの表情で首を振ると、ふと思いついたように私に言った。

 

『そうだ。一度院長室に寄りなさい。忘れないうちに許可証を渡してしまおう』

 

『あ、はい。ありがとうございます』

 

 過去の私は少し顔をほころばせ院長の後についていく。

 ホワイトはその後ろ姿を見つめながら小さく呟いた。

 

『ま、危ないことは何もないんだけど』

 

 脱獄した殺人鬼というのはシリウス・ブラックのことだ。

 きっとホワイトはシリウスが無実であることを知っていたに違いない。

 ホワイトは欠伸を一つかみ殺し、廊下を歩き始める。

 そして自分の部屋の鍵を開けて中に入ると、そのままベッドに潜り込んだ。

 その瞬間、私の視界は白い靄に包まれる。

 きっと記憶の持ち主であるホワイトが眠りに落ちたのだ。

 

「ここまでは特に変わったことはなかった。私の記憶と違うのは、私が孤児院に帰宅していることだけ」

 

 私の記憶の限りでは、私は漏れ鍋にある宿泊客用の部屋で寝て、朝まで起きていない。

 仮にホワイトの記憶が正しいものだとすると、私は一度起きて帰宅していることになる。

 

「可能性としては十分考えられる。この頃はセシリアの秘密なんて何も知らなかったし、殺人鬼のことも軽く考えてた。私がいればどうにでもなると考えるのは不自然じゃない」

 

 思考を巡らせているうちに、立ち込めていた靄が晴れ、視界がクリアになる。

 きっと、問題が起きたのはここからだ。

 ベッドでスヤスヤと幸せそうな寝顔を晒していたホワイトだったが、次の瞬間電流を流されたかのような勢いで飛び起きる。

 そして大慌てで机に駆け寄り、引き出しから杖を取り出した。

 

『アロホモラ』

 

 部屋の外から開錠呪文が聞こえてくる。

 声の主は、過去の私だ。

 かちゃり、と扉の鍵が開く音が部屋に響き渡る。

 ホワイトは扉に向かって杖を構えると、押し開かれたと同時に無言で金縛り呪文を放った。

 

『──っ!』

 

 ホワイトの杖から放たれた白い閃光は扉の向こうに立っていた過去の私へと直撃する。

 過去の私はドアノブを握りしめたまま硬直し、そのまま動かなくなった。

 ドアノブを握っている手とは反対の手には大ぶりのナイフが握られている。

 あのナイフは見覚えがある。

 私がブラックを殺した時に使用したものと同じものだ。

 

『なぜ動けているとでも言いたげな顔ね』

 

 ホワイトは袖で隠れていた簡素なブレスレットを私に見せる。

 

『このブレスレットは私の部屋のドアノブと魔法で繋がっているの。ドアノブを握ると、握られた感覚が私の手首にも伝わる。一種の侵入者対策ね』

 

 ホワイトは過去の私の手首を右手で握る。

 そして左手に持っている杖で過去の私に浮遊呪文をかけ、そのまま部屋へと運び込んだ。

 

『さてさて、危ないものは没収よ。ついでに杖もね』

 

 ホワイトは過去の私が握りしめているナイフと杖を取り上げ、自室の机の上に置く。

 そして金縛り状態の過去の私の体を魔法で無理やり曲げ、引き出しの中から取り出した手錠で手足を拘束した。

 

『はい、金縛り解除っと』

 

 一通りの拘束が済んだところでホワイトは私にかけていた金縛り呪文を解除する。

 金縛りの解けた私は怯えを孕んだ目でホワイトを見上げていた。

 

『せ、セシリアさん……どうして……』

 

『それはこっちのセリフなんだけど。このナイフで何をしようとしていたの?』

 

 ホワイトは過去の私の目をじっと見つめる。

 きっと開心術をかけているのだろう。

 

『……そう、もう既に院長とほかの子供たちは殺してしまったのね。そして殺した理由は──』

 

 床に転がる私はホワイトの開心術から逃れようと体をひねる。

 だが、ホワイトはそんな過去の私の顔を両手で掴み、強引に目を開かせた。

 

『院長が、時間停止に言及したと。なるほど……』

 

 ホワイトは過去の私の頭を掴んでいた力を緩める。

 重力に従って地面へと倒れこんだ私は、頭を机にぶつけ、痛そうに少しうめき声を上げた。

 その時だ。

 過去の私がぶつかった衝撃で机の上に置いてあったボールペンが転がり、床に落ちる。

 それを見て、ホワイトは顔を青くした。

 

『ま、まさか。時間停止を解除してるの?』

 

 ホワイトが顔を青くした理由を私は何となく察する。

 もし過去の私が時間を停止させたまま孤児院の人間の首を切り裂いたのだとしたら、時間を動かすまではまだ治療の余地があるからだ。

 時間を動かさない限り出血はしない。

 その前ならいくらでも魔法で傷口を塞げる。

 だが、すでに時間が動き始めているのなら、全てがもう手遅れだ。

 

『そもそも、なんで止まっている時間の中で動けるんですか? や、やっぱり殺すしかないんだ……皆殺しの選択は間違っていなかった。私が平穏を得るためには……この能力の詳細を知られるわけにはいかないなんとしてもころさなきゃわたしのへいおんなみらいが──』

 

 ガチャガチャと手錠の鎖を鳴らしながら過去の私は暴れ始める。

 ホワイトは扉の向こうを見て少し迷ったような素振りを見せたが、すぐに首を横に振り目の前の私に集中しはじめた。

 

『そりゃまあ、私は魔女だもの。貴方が何か特殊な力を持っているのには気が付いていたわ。貴方、小さいころは今ほど病的に能力を隠していなかったでしょう?』

 

『どうして……どうして魔女であることを内緒に……』

 

 過去の私の問いに、ホワイトは少し考える素振りを見せる。

 だが、すぐに杖を取り出し、私の頭に突き付けた。

 

『教えてあげてもいいけど、そのタイミングは今じゃないわね』

 

 赤い閃光がホワイトの杖から放たれ、過去の私は失神する。

 ホワイトはほっと息をつくと、過去の私の頭に色々と魔法をかけ始めた。

 

『サクヤは……そうね、ずっと漏れ鍋で寝ていたことにしましょう。私だけが生きてると口裏を合わせるのが大変だから、一度死んだふり……、いや、研究室からいい感じの死体を持ってきて偽装しようかしら』

 

 ホワイトは一通りの記憶の改ざん作業が終わったのか、私の体を抱えて立ち上がる。

 そしてそのまま付き添い姿現しで漏れ鍋の廊下へと移動した。

 

「なるほどね。これが、過去孤児院で起こったこと……覚えていないのも納得だわ」

 

 私は自ら記憶を消したものだと思っていたが、実際はホワイトに記憶を消されていたのか。

 この後の流れは大体予想が出来る。

 私を宿へと移動させ、孤児院へと戻る。

 そして自分の死体を偽装し、姿をくらませたのだろう。

 私は過去の私をベッドへと運んでいるホワイトを横目に、漏れ鍋の外へと出る。

 これ以上この記憶の中にいる必要もない。

 私は上空を見上げると、記憶の外に出るために意識を集中させた。

 私の体はふわりと浮き上がり、空へと昇っていく。

 次に視界がはっきりした時には、私はホグワーツにある自分の部屋へと戻っているはずだ。

 目を瞑った瞬間、私の顔が水に包まれる。

 私は大鍋に張られた水の中から顔を出すと、クローゼットからタオルを取り出して顔を拭いた。

 

「……予想はしていたことだけど」

 

 時間操作の能力がバレたことで孤児院の人間を皆殺しにしたという私の予想は、ほぼ合っていたことになる。

 今でこそ、その判断は間違いだったと考えるが、当時の私ならそれが最適解であると信じて実行するだろう。

 私はタオルを軽く畳んで机の上に置き、時間の止まっているホワイトの横に座り直す。

 そして、そっとホワイトの右手に触れた。

 

「……おかえり」

 

 時間の動き出したホワイトは、私の顔を見るなり苦笑を浮かべる。

 

「自責の念に駆られることはないわ。きっと、貴方が手にしたのが普通の杖だったらこんなことになっていない。杖に込められたフランドールの魔力がそうさせたのよ」

 

「それでも、きっと殺人という行為を選択したのは私です。あの頃の私は時間操作の能力がバレるぐらいなら、親友だろうと殺したでしょう」

 

 いや、まあ実際殺しているが。

 ホワイトは右手で私の肩を抱く。

 私は調子に乗ってホワイトの方に少し寄りかかった。

 

「で、そこからどう私を助ける話に繋がるんです?」

 

「覚えてたか」

 

「え、その話誤魔化そうとしてたんですか?」

 

「うそうそ冗談よ。先ほど見せた記憶はきっかけでしかない。あの事件がきっかけで私の居場所はなくなり、一時的に魔法界を放浪する身となったの」

 

 ホワイトは孤児院の生き残りという立場ではなく、セシリアという存在の死を選んだ。

 

「ルーマニアの森でお父さんに会った、という話をピーター・ペティグリューから聞きました。そして、そこで私が実の娘であることをお父さんに教えたと」

 

「もう、話を先回りしすぎよ」

 

 ホワイトはぷくっと頬を膨らませる。

 

「トムと再会したのは私が孤児院を離れて一年ほど経った頃だったかしら」

 

「それまでは何を?」

 

「話を急かしたのはサクヤちゃんなのに……ホグズミードにいたわ。貴方のことも心配だったし、シリウス兄さんの監視もしたかったしね」

 

 ホグズミード……確かにホグワーツに一番近い村はあそこだ。

 

「でも、流石にホグワーツの中までは入れないですよね? あの時は吸魂鬼もいましたし」

 

「吸魂鬼ごときそこまで脅威じゃないんだけど……貴方のことはホグズミードに遊びにくる生徒たちから世間話の一貫として聞いていたわ。私、実は三本の箒で働いてたのよ?」

 

 それはなんというか、少し意外だ。

 

「でも、その年の学期末、状況がガラリと変わった。貴方がシリウス兄さんをナイフで刺して、死にかけのシリウス兄さんを美鈴が拾ったことでレミリア・スカーレットとパチュリー・ノーレッジが貴方に目をつけた。正直まずいと思ったわ」

 

「どうして、その二人が私に目をつけたとわかったんです?」

 

「簡単な話よ。パチュリー・ノーレッジがグリモールド・プレイスにある私の実家を貴方に貸し与えたのだもの。それも屋敷しもべ付きで。それも、シリウス兄さんが亡くなったと発表されてすぐにね。あの家はずっとブラック家の所有物だったし、空き家として売りに出されていたとしても長年ブラック家に仕えていたクリーチャーもセットっていうのはあまりにも不自然でしょう?」

 

 そうか、あの家がブラック家のものだと知っていれば、パチュリー・ノーレッジの不自然な行為に気がつけるのだ。

 そして、その少しの綻びから芋蔓式に情報を引っ張ってこれる。

 

「魔法省役員の話ではシリウス兄さんの死体はレミリアの従者である美鈴が持って帰ったって話じゃない。私はすぐに察したわ。レミリアとパチュリーは繋がってるって。そして、それと同時に貴方への干渉も途端にやりにくくなった。グリモールド・プレイスのあの家にいる限り、貴方は常にパチュリー・ノーレッジの監視下よ。このままじゃサクヤの身が危ないと感じた私は、貴方の父親を頼ることにした」

 

「私の父親……」

 

「そう、トム・マールヴォロ・リドル。ヴォルデモート卿と名乗る魔法使いよ。トムの居場所はすでに掴んでいたし、無能なネズミが一緒だったから接触するのは容易かったわ。私は彼と接触し、娘のサクヤがレミリアとパチュリーに狙われていることを伝えた。でも、トムの反応は私の想定とは違った」

 

 ホワイトはそこで一度言葉を切り、私の顔を見る。

 そして、淡々とした口調で言った。

 

「トムは、貴方を覚えていなかった。肉体を失った影響で、記憶の一部も失っていたの」

 

 ホワイトの言葉が時間の止まっている室内に響く。

 私の頭の中で、情報と情報が線で繋がった。




設定や用語解説

ドアノブと繋がっているブレスレット
サクヤが扉を開けるためにドアノブに触れたため、ドアノブと魔力で繋がっているブレスレットの時間も動き出し、ブレスレットの時間が動いたことでホワイトの体も動き出した。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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