P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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秘密の部屋編はホグワーツにたどり着くまでに時間が掛かりそうです


オレンジ色と空飛ぶ車と私

 七月三十一日、私が隠れ穴に来て丸一日が経過した夜。

 私は台所で夕食の洗い物の手伝いをしていた。

 台所の上には一人分だけ料理が残されており、モリーによって保温の呪文が掛けられている。

 どうも、アーサーは魔法省での仕事の都合で帰りが遅くなるらしい。

 待っていては夕食がかなり遅くなってしまうのでその日はアーサーを待たずに夕食を取った。

 

「どうもありがとね。助かるわ」

 

 モリーは夕食前に取り込んだのであろう洗濯物を抱えながら台所に顔を出す。

 

「いえ、これぐらいは」

 

「あんまり気を使わなくてもいいのよ? 自分の家のようにくつろいでくれれば」

 

 モリーはそう言うが、私からしたら逆だった。

 

「自分の家だったらもっと家事を手伝ってますよ。自分の家の家事を手伝うのは当たり前でしょう?」

 

「その言葉、うちの子供たちに聞かせてあげたいわ。ロンももう少しサクヤを見習ったほうがいいわね」

 

 モリーはそう言って朗らかに笑う。

 

「特にジニーにはもう少し家事を手伝わせたほうがいいんじゃないでしょうか。あの子も女の子ならいつかどこかの家庭に嫁入りするわけですし」

 

「まあ、嫁入りはともかくとして、確かにそろそろ本格的に家事を教えたほうがいいかしらね。特に料理を覚えるのは時間が掛かるし」

 

 私は大鍋を洗い終わると水気をふき取って元あった場所に吊るす。

 これで皿洗いは終わりだ。

 その瞬間、私の後ろで緑色の炎が燃え上がる。

 振り返るとそこには少し灰で肩を白くさせているアーサーの姿があった。

 

「ごほっ、ごほっ。この暖炉もそろそろ掃除したほうが良さそうだ。ただいまモリー、それにサクヤも」

 

「お帰りなさい」

 

「お仕事お疲れ様でした」

 

 アーサーは肩に付いた灰を払い落とすと、モリーに鞄を手渡す。

 私は保温魔法が掛かった料理を机に並べた。

 

「ありがとうサクヤ。まるで娘がもう一人出来たようだよ。それにしても、いやぁ今日は疲れた……」

 

 アーサーは椅子に座ると大きく伸びをする。

 そして杖を取り出し保温魔法を解いた。

 

「今日は随分と遅かったけど、何かあったんです?」

 

 モリーは台所の隅に鞄を置くと、アーサーの向かい側に座る。

 アーサーは私の方を見て少し迷ったような顔をしたが、問題ないと判断したのか少し声のトーンを落として話し始めた。

 

「実は仕事自体は問題なく終わったんだ……あ、いやその時には既に九時半を過ぎていたが……少々事件が起こってね。私の担当ではないんだが少し気になって手伝っていたんだ」

 

「ただでさえ仕事が忙しいのに自ら進んで仕事を増やさないで頂戴。残業代も出ないんですから」

 

 モリーは少し頬を膨らませながらアーサーを叱る。

 アーサーはパンを千切りながら弁明した。

 

「まあ待ってくれ。勿論、ただの事件だったら手伝ったりはしないよ」

 

「その言い方ですと、何かあったんですね」

 

 アーサーはやはり私を見て悩むような表情を見せる。

 

「ハリーに何かあったのですか?」

 

 私がハリーの名前を出した瞬間、アーサーはパンを喉に詰まらせてむせ返った。

 

「サクヤ、君は少し察しが良すぎるね。でもその通りだ。ちょうど私の仕事が片付いた時に魔法省の魔法不適正使用取締局が少々ざわついてね。何事かと見に行ってみればハリーが浮遊魔法を不正に使ったというニュースで持ち切りだったんだ」

 

「ハリーが居候先で浮遊魔法を?」

 

 私が聞き返すと、アーサーは苦々しい顔をする。

 

「何かの間違いじゃないかと私も思った。だがあの辺の通りにはハリーの他に魔法が使える者は住んでいない。たとえ外から魔法使いが来ていたとしたら姿現しの痕跡が残ったりするからね」

 

「でも、それってかなり不味いんじゃ……」

 

「まあ、今回は厳重注意ってことで話が付いた。今頃はハリーの家に魔法省のフクロウがたどり着いた頃だろう」

 

「流石ハリー、悪運が強いわね。でもいたずら系の魔法ならともかくなんで浮遊魔法なんか……」

 

 私は台所の隅で独り言のように呟く。

 アーサーも私の意見に同意するように頷いた。

 

「ああ、局の人間も不思議がっていた。だからこそ今回厳重注意で済ませたということもあるが……本来未成年の不適切な魔法の使用はもっと処罰が重いんだ。それこそホグワーツを退学になってもおかしくはない。今回のように明確に未成年が使ったとわかるような状況ならなおさらね」

 

 咄嗟に浮遊魔法を使わないといけないような状況とはどういった場合だろうか。

 花瓶を割りそうになって咄嗟に浮遊魔法を掛けたとか?

 いや、そもそも杖を構えている状態ならまだしも、普通に家事をしている最中にそのような状況になったら、杖を抜いている暇などないはずだ。

 

「まあなんにしても、今回はお咎めなしだ。安心していいよ」

 

 アーサーはそう言うが果たして本当にそうだろうか。

 

「この浮遊魔法がハリーからのSOSの可能性はないでしょうか」

 

「なんだって?」

 

 私は顎に手を当てて考える。

 

「咄嗟に浮遊魔法を使うような場面なんてあるでしょうか。従兄のダドリーにいたずら、もしくは報復するにしてももう少し何かやり方があったはずです。浮遊魔法なんて使わないですよ」

 

「まあ、確かにそうだが……」

 

 アーサーは食べかけのパンを皿の上に置く。

 

「そうだな。あれじゃないか? 花瓶を割りそうになったとか」

 

「ハリーの魔法の腕じゃ、杖を構えていたとしても落下する花瓶に浮遊魔法を掛けるのは難しいと思います。花瓶を割って修復魔法を掛けた、とかならわかるんですけどね」

 

「まあ、確かに。サクヤの言うことも一理あるだろう。だが、だとしてもだ。SOSを送るならもう少し何か違う魔法を使うんじゃないか? 浮遊魔法じゃ何も伝わらない」

 

「まあ、そうですけど……」

 

 私なら何か危機的な状況があったとして、外部にそれを伝えたい場合どのような呪文を使うだろうか。

 多分法律など無視して滅茶苦茶に魔法を使うに決まっている。

 少なくとも浮遊魔法を一回だけということはないだろう。

 

「まあハリーが心配なのは私たちも一緒だ。本当に危険だと判断したら、私がハリーを迎えに行くよ。っと、もうこんな時間だ。こんな時間まで待たせてしまって悪かったね」

 

 アーサーにそう言われて私は懐中時計を確認する。

 懐中時計の青い針は文字盤に書き込まれた「11」の表示の上で重なっていた。

 

「あらホント。サクヤ、もうおやすみなさい。ジニーがまだ起きていたら寝るように注意して頂戴」

 

 モリーは私の背中を階段の方に押す。

 私は階段を上る前に台所の方へ振り返った。

 

「おやすみなさい。アーサーさん、モリーさん」

 

「ああ、おやすみ。サクヤ」

 

「うふふ、はいおやすみ。サクヤ」

 

 私は今度こそ階段を上ってジニーの部屋に入る。

 部屋は既に明かりが消えており、ジニーは隅に置かれたベッドの上で就寝していた。

 私はジニーを起こさないように反対側のベッドに潜り込む。

 今日の一件で、少なくともハリーがまだ生きていることはわかった。

 だとしたら、どうしてロンからの手紙を返さないんだろうか。

 何にしても明日ロンにはこの話をしておいた方がいいだろう。

 私は毛布を頭の上まで引っ張り上げ、そのまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 隠れ穴に来てから数日が経過した。

 と言っても周辺にショッピングモールがあるわけでもないし、公園があるわけでもない。

 暇を持て余すというほどでもないが、自ら何かやることを見つけなければ何もせずに一日が過ぎてしまう。

 結局私はこの数日をモリーの家事を手伝ったり、ロンに勉強を教えたりしながら過ごした。

 特に、モリーの家事の手伝いは非常に勉強になる。

 私自身家事の心得がないわけではない。

 孤児院では掃除や洗濯は当番制になっており、子供たちが手分けして行っているのだが、それはあくまでマグル式だ。

 魔法使いがどのように家事をこなすのか、モリーの家事のやり方を見て非常に勉強させてもらった。

 

「やっぱりハリーから手紙がこない。流石におかしいんじゃないか?」

 

 部屋の隅々まで燃えるようなオレンジ色で統一されているロンの部屋で私がロンの勉強を見ている時に、ロンが怪訝な顔をしながら言った。

 私が隠れ穴に来てから何度かパーシーのフクロウを無理矢理借りてハリーに手紙を送ったのだが、結果はエロールで手紙を送った時と変わりなかった。

 フクロウは帰ってくるが、手紙は返ってこない。

 ロンの言う通り、流石に何かがおかしいだろう。

 

「ええ、そうね。明らかにおかしいわ」

 

「助けに行った方がいいんじゃないか?」

 

 ロンは羽ペンを弄りながら教科書を睨んでいる。

 だが、明らかに教科書の内容は頭に入っていないようだった。

 

「もう、何回目よそれ。少なくとも私が勉強を見始めてから三回は言ってるわよ?」

 

「サクヤは心配じゃないのかよ? それに、学校の外で魔法を使って魔法省から忠告を受けたんだろう? 普通じゃないよ」

 

「まあ、そうなのよね」

 

 勿論、私も少しはハリーの心配はしている。

 だが、ハリーの居候先のダーズリー家は非常識なことが大嫌いなマグルのはずだ。

 だとしたら、ハリーの身に危険が及ぶことはないだろう。

 

「だったら──」

 

「だったらなんなの? どうするってのよ。使えもしない棒切れ片手にダーズリー家に突撃する?」

 

「それは……」

 

 ロンはモゴモゴと言い淀む。

 次の瞬間、私の背中が叩かれた。

 

「方法ならあるぞ」

 

 私は咄嗟に後ろを振り返る。

 そこにはにやけ顔のフレッドとジョージの姿があった。

 

「……嫌な予感しかしないんだけど」

 

「方法って、どんな?」

 

 フレッドは窓の外を指差す。

 そこには数日前、私がここに来るときに乗せてもらったフォード・アングリアが停まっていた。

 

「まあ確かに足はあれで十分だろうけど……高速で何時間掛かるのよ」

 

「おっと、ここだけの話、あれはただのオンボロじゃない」

 

「……? V8四百馬力エンジンでも積んでるの?」

 

「とにかく、幸い今日は曇りだ。日が暮れたら出発するぞ」

 

「準備しておけよ」

 

 そう言い残すと、フレッドとジョージはバタバタとロンの部屋を出ていった。

 

「なんなのよ、一体……」

 

 なんにしても、フレッドとジョージの二人は今日の晩にハリーを迎えに行くつもりらしい。

 

「もしかして……、そうか、その手があったか!」

 

 ロンは今度こそ羽ペンと教科書をトランクに放り込んだ。

 

「サクヤ、きっとフレッドとジョージは今夜ハリーを迎えに行くつもりだ」

 

「それぐらいは分かるけど……でもフレッドやジョージも免許は持ってないでしょ?」

 

「メンキョ? よくわからないけど、あの二人が言うようにあの車は普通じゃない。きっと上手く行くよ」

 

「その自信はどこから……まあいいわ。念のため、ハーマイオニーには手紙を出しておいた方がいいわね」

 

 私は羊皮紙を引っ張り出すと、ハリーを迎えに行く旨を書く。

 そして台所に下りると、ちょうど水を飲んでいたエロールの足に手紙を括りつけた。

 

「さあ、この手紙をハーマイオニーに届けて頂戴」

 

 私は窓を開けてエロールを外に放り投げる。

 するとエロールは放物線を描いて地面に落ちた。

 

「あら?」

 

 だが、私が外にエロールを拾いに行く前にエロールは何とか立ち上がり、空に飛び去って行った。

 

「大丈夫かしら? あのフクロウ」

 

 まあ、ハーマイオニーへの手紙は万が一の時のためのものだ。

 時間が掛かっても最終的に届けば問題ないだろう。

 

 

 

 

 

「よし、準備はいいか?」

 

 ジニーが寝静まったのを確認してから、私はロンとフレッド、ジョージと合流し庭に駐車されている車の中に潜り込んだ。

 後ろの座席に私とロンが、運転席にフレッド、助手席にジョージが乗っている。

 

「いいか? エンジン掛けたらすぐだぞ? エンジン音でお袋が起きちゃう」

 

「わかってる。任せなって」

 

 フレッドは手慣れた手つきで車のエンジンを掛けると、ハンドル横についているボタンを押す。

 そして一気にアクセルを踏み込んだ。

 その瞬間、私たちを乗せた車は空に向かって飛び上がり、そのまま雲の中へと突入した。

 

「すごいわ! フォード・アングリアって空も飛べたのね」

 

 窓の外に見える民家や畑がみるみるうちに小さくなっていく。

 ハンドルを握りながらフレッドが得意げに言った。

 

「こいつは特別だ。なんせ、親父がこれでもかってほど魔法をかけてるからな」

 

「どうもうちの親父は自分が何の職についてるか忘れちまってるみたいだ」

 

「どういうこと?」

 

 私は横にいるロンに聞く。

 ロンは窓の外を眺めながら答えた。

 

「パパは魔法省のマグル製品不正使用取締局の局長なんだ。本来はこういう魔法が掛けられたマグル製品を取り締まる側の人間なんだよ」

 

 ああ、なるほど。

 確かに取り締まる側の人間が真っ先に規則を破っているのは問題だろう。

 

「まあなんにしても、この車を使えばロンドンまで一時間も掛からない。それでこっそり家の中に侵入して、ハリーに話を聞く。都合が良ければそのまま荷物ごとハリーを隠れ穴にご招待って寸法さ」

 

「向こうに着いてからのことは何も考えてないのね」

 

「何とかなるだろ。サクヤもマグルの世界で暮らしてたなら鍵開けぐらいはできるだろ?」

 

「それ魔法使いなら誰でも杖の一振りでかぼちゃを馬車に変身させることができるって言ってるようなものよ?」

 

「そうか? てっきりサクヤならできるものかと……」

 

 まあ、特殊な鍵じゃなかったら大体ピッキングすることはできるが。

 だからといって「私はピッキングができます」なんて言うのは非常識もいいところだ。

 

「まさかそれを頼りにしてたわけじゃないわよね?」

 

「いや、大丈夫だ。ほら」

 

 フレッドはハンドルを握りながらポケットから小さなヘアピンを取り出す。

 

「やり方は習ってるし、何度かホグワーツの教室の扉で実践済みさ」

 

「呆れた」

 

 まあ何にしても頼もしい限りだ。

 フレッドの運転する車は雲の上を滑るように飛び、やがてロンドンの上空に到達する。

 フレッドは雲の隙間から慎重に下を確認すると、今度は銀色のボタンを押し込んだ。

 その瞬間、私は車の外に放り出される。

 

「おちッ──」

 

 そのまま地面に落下するかと思ったが、私の予想に反して、私の体は宙に浮いたままだった。

 いや、そもそも私の体が存在しなかった。

 

「あれ?」

 

 私は周囲をぐるりと見回す。

 まるで空の上に眼球だけを浮かべているように、私の体はおろか、先程まで隣に座っていたロンの姿さえ見えない。

 だが、手を伸ばして周囲を探ると、私はまだ確かに車の中にいるようだった。

 

「凄えだろ! こうして透明になっちゃえば町の上を飛んでも問題ない。まあでも、エンジン音は聞こえるから急いだほうがいいのは確かだけどな」

 

 運転席の方向からフレッドの声が聞こえてくる。

 どうやらこの車には、乗っている人間ごと透明になる魔法が掛けられているようだった。

 

「ほんと滅茶苦茶な改造が施されているわね」

 

「局長様様々だね」

 

 車は雲の下に出ると一気にロンドンの町へと急降下していく。

 

「さて、ここから先はサクヤの仕事だ。俺もフレッドも車の運転と鍵開けはできるんだが、生憎ロンドンには詳しくないんだなこれが」

 

 助手席のほうからジョージの声が聞こえてくる。

 なるほど、私に道案内をしろってことか。

 

「で、ハリーの家の住所は?」

 

「確かプリベット通り四番地だ」

 

「プリベット……って、随分通り過ぎてるわよ?」

 

「マジか。どっちの方向だ?」

 

 私は透けている車越しにロンドンの町を見回す。

 

「バッキンガム宮殿があそこで、ビックベンがあそこだから……もっと東ね」

 

「どっちが東だ?」

 

「あっち」

 

「あっちってどっち?」

 

 私は東を指差すが、そもそも指差した指自体が透明になっている。

 これでは道案内も難しいだろう。

 

「一度雲の上に戻った方がいいわ。まだ距離があるし」

 

「了解、お嬢様」

 

 フレッドの声が聞こえると同時に車はまた雲の上に戻る。

 それと同時に透明になっていた私の体に色がついた。

 

「じゃあ改めて」

 

 私は東の方向を指差す。

 フレッドはそれを確認すると、ハンドルをぐるりと回した。




設定や用語解説

未成年による魔法の不正使用
 ホグワーツ生は学校の外で魔法を使うことが禁止されている

V8四百馬力エンジン
 V型八気筒で四百馬力の出力があるエンジン。フォード・アングリアに積んでいいエンジンではないのは確か

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