P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
「──幻想郷よ」
「幻想郷?」
幻想郷という名前は聞き覚えがある。
確かホグワーツの隠し部屋で拾ったレイセンの日記帳に記載されていた地名だ。
「結界によって隠されている土地でね。百年ほど前から情報がぷっつり途絶えてる。それ以前は文献や資料にも名前があるんだけど……」
「そんな秘境にどうやって?」
「考えはある。それに人だけを送り込むのはそこまで難しくないの」
幻想郷がどのような土地かはわからないが、レミリアがわざわざ移住しようとしている土地ということはそこまで悪い環境ではないのだろう。
「まあ英語は通じないんだけど」
前言撤回。できれば英語圏がいい。
「そもそもどこの国にあるんです?」
私の問いにレミリアは軽く頬を掻く。
「日本よ。あなた日本語は?」
「勉強したことがあるとでも?」
私はレミリアに肩を竦めて見せる。
ラテン語やフランス語、ドイツ語ならまだしも、東の端の端にある日本の言葉なんて覚えているわけがない。
「まあ、そうよね。ま、すぐに慣れるわ」
どうやらレミリアの中では私がついてくることは最早決定事項らしい。
特に行くあてもないし、ここは無理に反発せず彼女に従っておくべきだろう。
「……言語の一つぐらい一ヶ月もあれば覚えれるか」
「決まりね」
レミリアはパチンと指を鳴らす。
それを見て、パチュリーはほっとため息をついた。
「ほんと、レミィは強引なんだから」
「いいじゃない。あなたも弟子が欲しいって言ってたでしょ?」
「それにサクヤの能力はかなり有用だしね」
その時、図書館の扉が開き、ホワイトが中へ入ってくる。
その手には私の鞄が握られていた。
「取ってきたわよ」
「ご苦労」
レミリアはホワイトから鞄を奪い取ると、勝手に開き中を覗き込む。
時間停止が解除されているレミリアは鞄の中にアクセスできるはずだ。
「かなり広い空間が広がってるわね。本当に無限なの?」
「実際に測ってみたことはないですから」
ただ、光が届かないほど広いというだけかもしれない。
私がそう返答すると、ホワイトが横から口を挟んだ。
「無限ではないわ。内部の空間は有限よ」
「わかるんです?」
「ここに来るまでに測ったもの」
レミリアといいホワイトといい、人の持ち物に対して遠慮がなさすぎる。
まあでも、現在鞄の中がどうなっているかは私も気になるところだ。
「それに、サクヤちゃんが思ってるほど中は広くないわ。内部は五億四千万キロメートル。大体太陽縦横三つ分ね」
「あ、思ったより広くない」
「十分広いわ」
パチュリーがボソッと横からツッコミを入れる。
「でも、ロックハート先生は内部に無限の空間が広がってるって……」
「ロックハート? あんな詐欺師に何が分か……いや、そういえばトムの分霊が取り憑いていたんだっけ」
それも、私が殺してしまったわけだが。
私が内心しょげていると、ホワイトが頷きながら言った。
「それも正解。この鞄の中には無限の空間が広がっている」
「どっちなのよ」
「どっちも正解ってことでしょ」
パチュリーが肩を竦めながら言った。
「つまり、この鞄の中の空間は常に広がり続けているってこと。それも光速以上の速度でね。この世の物体は光速を超えることができないから、空間が光速以上で広がっていれば実質無限大の空間がそこにあると言える」
「でも、内部は太陽三個分だって──」
「広がり続けていれば無限だって言ったでしょ。時間、止まってるじゃない」
あ、なるほど。
この鞄の内部がどれだけの速さで広がろうが、時間が止まっていればそれ以上拡大することはない。
確かこの鞄を作ってから内部の時間を止めるまで三十分もなかったはずだ。
その短時間にそれほどの空間へと広がったのだろう。
「まあなんでもいいわ。問題はそこじゃないでしょ」
レミリアは鞄に突っ込んでいた頭を引っこ抜くと、鞄を机の上に置く。
「ようはこの鞄を使えば物質の時間を止めたまま運搬することができるってわけね。サクヤ、姿現しとかは──」
「特に問題なくできますよ」
「完璧。だったら話は早いわ」
レミリアは机をバンバンと叩きながら言った。
「時間を止めたままホグワーツへと移動して、鞄にフランと美鈴を詰め込んで、大図書館に帰ってくる。夜飯前の仕事だわ」
「なんか、あっけないですね」
「自覚しなさい。時間操作という能力はそれほど強力な力ということを」
パチュリーが横から釘を刺す。
パチュリーの言う通り、私がこちら側に寝返っただけで数ヶ月膠着していた状況が一気に動き出した。
使うものが使えば国すら傾けられる力であることは確かだろう。
レミリアは机の上の鞄を掴むと、私の方に投げる。
私はその鞄をキャッチし、ホワイトの側へと移動した。
「ホグワーツに乗り込むのは私とホワイト、サクヤの三名で行くわ。パチェは地下牢に結界を張り直して」
「私一人お留守番ってこと?」
パチュリーは少し不満そうな顔をする。
だが、レミリアは特に気に求めてない様子だった。
「そうよ。ホワイトはフランの部屋には近づけたくないし」
「あら、こっちに飛び火したわ」
ホワイトは慣れっこだと言わんばかりに肩を竦める。
ここまでレミリアとホワイトの会話を聞いていて思ったが、レミリアはホワイトのことが嫌いなのだろうか。
レミリアの美鈴の扱いもかなり雑だが、ホワイトの扱いは美鈴のそれとは少し違う気がする。
「んじゃ、ちゃっちゃとかたをつけますか。ホワイト、サクヤ、行くわよ」
レミリアは真っ直ぐ右手を伸ばす。
私とホワイトはその右手にそっと左手を重ねた。
視界が暗転する。
一瞬重力が消え去り、次の瞬間には私はホグワーツの大広間に立っていた。
時間が止まっているため、大広間は多くの人間がいるにも関わらずシンとしている。
「いた……」
レミリアがボソリと呟く。
その視線の先にはシビル・トレローニーと楽しそうに談笑している状態で固まっているフランドール・スカーレットがいた。
「……帰るわよ」
それは誰に対する言葉だったのだろうか。
レミリアはいつも以上に固い表情で振り返ると、フランドールを指差した。
「運びなさい」
ホワイトは無言で杖を取り出し、フランドールを椅子ごと浮かび上がらせる。
そして縮小魔法で少しサイズを小さくし、こちらに向かって飛ばした。
私は鞄の口を開け、フランドールを鞄の中に収める。
そして少し考え、鞄をレミリアに手渡した。
レミリアはすぐに私の意図を察し、鞄を手に取る。
そして、鞄を両手で抱えた。
「……ありがとね」
「いえ……あとは美鈴さんですね」
私は気を取り直して大広間の出入り口に目を向ける。
確か美鈴は私の部屋にいるはずだ。
私たちは互いに頷きあうと、食事中の生徒たちの間を通り大広間の出入り口へと歩く。
その途中でロンとハーマイオニーを見かけたが、私は足を止めることなくその横を通り過ぎた。
大広間を後にした私たちは階段を上り私の部屋を目指す。
私たちは特に会話もなく廊下を歩き、数分もしないうちに私の部屋の前に到着した。
「何か忘れ物はある? きっともう帰ってこないわよ」
扉を開けながらレミリアが私に聞く。
私は何か忘れ物がないか部屋の中を軽く見回すが、特に目ぼしいものはなかった。
私がそうしているうちにホワイトは部屋の中央で固まっている美鈴を鞄に入るサイズへと縮小し終わっていた。
レミリアが鞄を開けると、ホワイトは先ほどと同じように時間の止まっている美鈴を鞄の中に収める。
これで数ヶ月続いたホグワーツ占領事件は解決だ。
「一旦帰るわよ」
レミリアは左手で鞄を抱えながら右手を私たちの方に突き出す。
私とホワイトは先ほど同様左手をレミリアの手に重ね、一緒に空間の狭間に落ちる。
図書館を出発してから五分もしない間に、私たちは図書館へと帰ってきた。
「あら、早かったわね」
図書館の机の上では、パチュリーがいくつもの魔道書を机に広げながら何かの準備を行なっている。
空間を封鎖する魔法は専門外だが、概念をも破壊する力を持つと言われているフランドールを封じ込めるには途方もない準備が必要なのだろう。
私はその様子を眺めていると、パチュリーが言った。
「用事が済んだのなら時間停止を解除して。時間が止まってると図書館の機能の半分も使えないわ」
私はレミリアに視線を向ける。
「解除していいわ。解除しても鞄の中の時間は止まってるんでしょう?」
「ええ」
私は時間停止を解除する。
紅魔館の地下に存在し、窓も動くものも殆どない図書館は、時間停止を解除しても静寂に包まれたままだった。
レミリアは警戒するように一瞬鞄に対して身構えたが、特に何かが起こることはない。
レミリアはほっと息をつくと、鞄を持ったままパチュリーに話しかけた。
「準備は出来てる?」
「もう少し掛かるわ。というか、事態が落ち着くまで鞄の中に入れたままの方がいいんじゃない? なんなら幻想郷へ移動するまで鞄の中に入れておいた方が……」
パチュリーの提案はもっともだ。
このタイミングでフランドールの時間停止を解除するのはリスクしかない。
レミリアは鞄に視線を落としたあと、私の方を見る。
そして何かを考えたあと、首を横に振った。
「フランの時間停止は可能な限り早く解除するわ」
「まあ、レミィがそうしたいなら私は反対しないけど」
パチュリーは立ち並ぶ本棚に向かって右手を振るう。
それに合わせて大量の本が本棚から飛び出し、本棚と本棚の間を通り抜けて暗闇へと消えていった。
「準備ができるまで十二分ってところね」
「そう。美鈴だけ先に取り出しましょうか」
レミリアは鞄を開け中を覗き込もうとする。
「って、あれ?」
だが、レミリアの頭は鞄に入る直前で動きを止めた。
当然だ。今レミリアの時間は動いている。
時間が動いている世界から時間が止まっている世界にアクセスするには私の能力が不可欠だ。
私は一度時間を停止させ、あらためてレミリアの時間停止を解除する。
レミリアは時間が止まったことを確認すると、あらためて鞄の中に体を突っ込み、そのまま鞄の中に入っていってしまった。
「……」
その時、一瞬私の心に魔が刺す。
このまま時間停止を解除すればレミリアを鞄の中に捕らえることができる。
時間操作能力が戻った今なら、レミリアさえいなければパチュリーを出し抜いて逃げ出すことも可能なはずだ。
「いやいや、それになんの意味があるのよ」
レミリアとはもう話がついたじゃないか。
もう逃げ出す必要なんかない。
むしろ積極的にレミリアに協力し、レミリアの仲間に入った方がいい。
魔法界を掌握する寸前までいった吸血鬼だ。
長いものには巻かれたほうがいいだろう。
「この! 観念しなさいバカちんが!」
レミリアの体が鞄の中に消えてからしばらくした時、開いた鞄の口からレミリアの声が聞こえてきた。
「ちょま! いやなんもわからん!? ここどこですか!? お嬢様力強ぉ!」
そんな叫び声と共に美鈴が鞄の外に引っ張り出される。
美鈴はキョロキョロと周囲を見回すと、私の方を見てニコリと笑った。
「あ、サクヤちゃん。もしかして寝返りました?」
「何が『寝返りました?』よ。勝手に巻き込んだのはお前らだろうが」
レミリアは美鈴のふくらはぎにローキックをかます。
だが、美鈴はそのローキックを軽く足を回していなした。
「その様子じゃ、お嬢様とも和解できたみたいですねー。いやー、よかったよかった」
美鈴はまるで気にしていないかのようにケラケラ笑う。
「怒ってないんですか?」
「何でです? そもそもサクヤちゃんの目的は『身の安全』だったじゃないですか」
まあ、それはそうなのだが。
私は時間停止を解除し、鞄をレミリアから受け取る。
美鈴は周囲の時間が動き出したことに気がつくと、納得したように頷いた。
「なるほど、時間停止能力が戻ったんですね。きっかけはそれか……まあ、私はそもそも妹様のわがままに付き合っただけですからねー。魔法界の征服とか毛ほども興味ないですし」
美鈴はケラケラ笑いながらレミリアの方を向く。
そして深々と頭を下げた。
「なのでどうか……ご助命をぉおおお!」
「別に殺さないわよ。あなたがいなくなってこっちも苦労してたんだし」
レミリアは美鈴の頭を軽く小突く。
美鈴は表情を明るくしてパッと顔を上げた。
その瞬間、レミリアのアッパーが力強く美鈴の顎にヒットする。
美鈴はそのまま上方へ吹っ飛ばされ、高い位置にある天井へと突き刺さった。
「これぐらいで勘弁してあげるわ」
頭がまるまる天井に埋まった美鈴は、力無くサムズアップする。
人間だったら頭蓋骨が砕けて死んでいるところだが、流石妖怪だけあって丈夫だ。
「さて、アホの折檻も済んだことだし色々と後片付けしに行きましょうか」
「後片付け?」
「そうよ。フランがホグワーツからいなくなってハイ終わりってわけにもいかないでしょ?」
確かにホグワーツの占領が解かれたことを魔法省やホグワーツ職員に伝えないといけないだろう。
私やフランドール、美鈴がその後どうなったかまでの筋書きがないと魔法省は納得しないはずだ。
「私は魔法省に送る手紙を書きに部屋に戻るわ。ホワイトは小悪魔姿に戻ってホグワーツに占領が解かれたことを伝えに行きなさい」
「ホグワーツにはなんて説明するつもり?」
ホワイトが杖で全身に魔法を掛けながらレミリアに聞く。
「大魔法使いパチュリー・ノーレッジが全部なんとかしてくれましたってことにしときなさい」
「はいはーい」
ホワイトは杖を振るい、その場から消える。
「美鈴はサクヤに部屋を用意してあげて」
レミリアは天井に刺さっている美鈴に指示を飛ばすと、図書館を出ていく。
美鈴は刺さっている頭を天井から引き抜き、そのまま地面へと着地した。
「さて、じゃあ行きましょうか」
「あ、はい。よろしくお願いします」
私は美鈴の背中についた埃を軽く払う。
そして美鈴と共に地下の図書館を後にした。
設定や用語解説
サクヤの鞄
サクヤが作り出した別空間が広がっている。空間は光速で広がっているが、サクヤが鞄に魔法を掛けてから時間を停止させるまで三十分ほどだったため、それほど大きな空間にはなってない。
Twitter始めました。
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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。