P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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絵筆とイーゼルと私

 なんとも不思議な関係だ。

 私は目の前を歩く美鈴の背中を見ながら思う。

 レミリアからしたら美鈴は裏切り者だ。

 それも、レミリアは美鈴のせいで一度頭が木っ端微塵に吹き飛んでいる。

 普通ならば裏切り者として始末されていても不思議ではない。

 だが、すでにレミリアと美鈴は元の主従関係に戻っているように見えた。

 

「さてと、サクヤちゃんの部屋はどこにしましょうかね。私の部屋の隣が空いてたらそれが一番なんですけど」

 

「あ、お構いなく。私はお母さんと一緒の部屋で大丈夫ですので」

 

「ホワイトと? いや、それはやめた方がいいと思いますけど……」

 

 私の言葉に、美鈴は苦笑いを浮かべる。

 

「なんでです?」

 

「いや、だってホワイトですし。いくら血の繋がった親子とはいえ」

 

 私は別に構わないのだが、何か問題があるのだろうか。

 

「ま、部屋が分かれているに越したことはないと思いますよ」

 

 美鈴は廊下の途中で立ち止まると、部屋の扉を開けて中に入る。

 そこには一人用のベッドとクローゼット、椅子や机などの家具が置かれていた。

 

「使用人用の個室です。もう使われなくなって百年以上が経過していますが、マットレスやシーツなんかは新品ですよ」

 

「え、この建物何百年前から建ってるんです?」

 

「さあ? 少なくとも私がここに来た時から大きくは変わっていませんよ?」

 

 だとしたら、随分年季の入った建物ということになる。

 まあ千年の歴史を持つホグワーツなどと比べたらまだ新しいが。

 私は部屋の中に入りベッドに設置されているマットレスの状態を確かめる。

 美鈴の言った通り、マットレスやその上に敷かれているシーツは新品同然だった。

 

「とりあえずここを使ってください。部屋の鍵はこれですが、掛けたところであまり意味はないかもです」

 

 まあ、パチュリーとホワイトは開錠呪文が使えるし、レミリアと美鈴からしたらこのような鍵など飴細工同然だ。

 美鈴は壁に掛けられていた古めかしい鍵を私に手渡す。

 

「どうします? といってもすぐにお嬢さまに呼ばれるとは思いますが」

 

「美鈴さんは?」

 

「私は一度紅魔館内を見回ろうと思います。留守にしている間に色々変わっていることがありそうですし、妖精メイドがどうなっているかも気になります」

 

「妖精メイド? 屋敷しもべ妖精ですか?」

 

「いえいえ、そんな立派なものじゃありませんよ。普通の妖精にメイドの真似事をさせているだけです」

 

 そのような妖精がこの屋敷の中にいるというのは初耳だ。

 

「てっきり美鈴さんが一人で管理しているものだと思ってました」

 

「そんなに優秀に見えます? 館の掃除や管理は主にパチュリー様が妖精メイドを服従の呪文で操って行ってますよ。私は料理を担当したり、庭の手入れの仕上げをしたりですね」

 

 服従の呪文で操って仕事をさせるというのは、なんともブラックな職場だ。

 そんなことを考えているのか顔に出ていたのか、美鈴は慌てて訂正した。

 

「あ、服従の呪文といっても、無理やり操っているわけじゃありませんからね? 妖精たちは基本的に頭があまり良くないので、自分から操られにやってくるんです。そのほうが楽ですから」

 

「まあ、確かに服従の呪文は使い方によっては本人の実力以上の力を引き出せますからね」

 

 だからと言ってそのような運用方法は見たことがないが。

 私は部屋の窓のカーテンを開き、空を見上げる。

 外は暗いが、寝るにはまだ随分早い時間だ。

 それにまだ夕食も食べていない。

 

「とりあえず一度図書館へと戻ろうと思います」

 

「わかりました」

 

 美鈴は私に軽く手を振ると、口笛を吹きながら廊下の先へと消えていく。

 私は部屋の扉を閉め、来た道を戻り始めた。

 今頃、ホグワーツでは小悪魔に扮したホワイトがマクゴナガルやスネイプ相手にホラ話を展開しているだろう。

 レミリアはスクリムジョールに出す手紙を書いているに違いない。

 私は廊下を進み、階段を下って地下にある図書館へと戻ってくる。

 図書館の中には誰もいないものだと思っていたが、すでにパチュリーが一仕事終えた顔で椅子に腰掛けて本を読んでいた。

 パチュリーは図書館に入ってきた私に一瞬視線を向けると、手元にあった本に視線を戻す。

 

「貴方も座ったら? お茶は出ないけど」

 

 そして、本に視線を向けたままパチュリーが言った。

 まあ確かにこのまま立ちっぱなしというのもなんだ。

 私はパチュリーの向かいに腰掛けると、改めてパチュリーを見た。

 パチュリーとも、もう結構な付き合いだ。

 学生の頃は色々と便宜を図って貰った……ような気がしたが実のところそうでもないか。

 パチュリーから与えられた家も実際のところは私の実家であったし、彼女自身私に興味があるというよりかは私の能力に興味があったのだろう。

 もしこの先ここで生活するとなったら、あれやこれやと実験に付き合わされそうである。

 精々解剖されないように注意しよう。

 

「そんなことしないわよ」

 

 私の心を読んだのか、パチュリーが視線を上げずに呟く。

 

「でも時間操作の能力には興味がある。そうでしょう?」

 

 私がそう問うと、パチュリーはパタンと本を閉じた。

 

「研究と解析は終わってるわ。それにホワイトもいたし。あなたの能力を魔法で再現することは不可能という結論にも達してる」

 

「魔法じゃない……?」

 

「そう。あなたのそれは魔法とは全く違う能力体系よ。故に、魔力を失っている今でも使うことができる」

 

 魔法とは別の力……確かにホワイトも私の血液に含まれる時間操作の因子がどうのとかいう話をしていた。

 

「ま、時間はあるわ。また今度じっくり解説してあげる」

 

 パチュリーは何かを予感したように椅子から立ち上がる。

 その瞬間、図書館の扉が勢いよく開き、レミリアが私の鞄を片手に抱えて入ってきた。

 

「終わった?」

 

「まだ十分しか経ってないわ」

 

「でも終わってるんでしょ?」

 

 パチュリーはレミリアの問いに答えることなくレミリアの横を通り過ぎ、図書室の外へと向かう。

 レミリアは私に目配せし、パチュリーの後を追った。

 ついてこいということか。

 まあ、私が時間操作をしなければ鞄の中にはアクセスできない。

 私は椅子から立ち上がり、小走りでレミリアに追いついた。

 パチュリーを先頭に私たち三人は地下通路を進んでいく。

 そして通路の突き当たりにある扉の前で立ち止まった。

 この部屋には一度来たことがある。

 パチュリーに騙され、レミリアに捕まりそうになったあの日の夜。

 美鈴と一緒に駆け込んだフランドールの部屋だ。

 パチュリーは魔導書を開くと短い呪文を唱える。

 その瞬間、目の前の扉が薄らと光り、扉がゆっくりと開いた。

 

「この部屋に入るのも久しぶりね」

 

 フランドールの部屋の中は私の記憶のままだった。

 天蓋付きのベッドにあまり使っていない様子のティーテーブル。

 部屋の隅には画材が転がっており、描きかけの絵画がイーゼルに立てかけられていた。

 

「サクヤ、時間を止めて」

 

「あ、はい」

 

 パチュリーの指示で時間を停止させ、そのままの流れでレミリアとパチュリーの時間停止を解除する。

 なんというか、今でもこの感覚には少し慣れない。

 数年前までは、時間の止まっている世界は私だけのものだった。

 この能力は絶対に秘密にしなければならない。

 能力が公になった暁には、この先私に平穏な日々は訪れない。

 まあ、この予感はある意味外れていたわけだが。

 能力のことを抜きにしても私に平穏な日々は訪れなかっただろう。

 ヴォルデモート卿の娘が、何のトラブルにも巻き込まれることなく生涯を終えられるとは思えない。

 時間停止の能力がなかったら数回は死んでいる。

 レミリアは時間が止まったことを確認すると手に持っていた私の鞄を開く。

 そしてパチュリーに向かって鞄の口を広げた。

 

「パチェ」

 

「ええ」

 

 パチュリーは右手を鞄にかざす。

 そして浮遊魔法で鞄の中から停止状態のフランドールを引っ張り出した。

 フランドールは大広間の校長用の椅子に座ったままの状態で停止している。

 パチュリーは椅子ごとフランドールを床の上に置いた。

 

「時間停止を解除して」

 

「はい。……行きますよ」

 

 私はパチュリーとレミリアの準備が整っていることを確認し、時間停止を解除する。

 その瞬間、先ほどまで止まっていた世界と共に、フランドールが動き出した。

 

「でね、お姉さまったらあの時──って、あら?」

 

 フランドールは不思議そうに首を傾げ、周囲を見回す。

 そして私とパチュリー、そしてレミリアを見て、何が起きたのか察したような顔をした。

 

「遊びの時間は終わりよ、フラン」

 

 レミリアは腰に手を当て、子供を諭すような口調で言う。

 フランドールはレミリアを半ば無視するように私に言った。

 

「そう。お姉さまと仲直りできたのね」

 

「まあ……はい。そんなところです」

 

「そんな様子じゃいつか痛い目を……って、十分見てるか」

 

 フランドールは椅子の上で大きく伸びをする。

 そしてイタズラが成功した子供のような笑みで言った。

 

「あーあ、これで私の魔法界征服の夢も終わりかぁ」

 

「そんなこと微塵も思ってないでしょうに。全く」

 

 まったくまったく、どうしようもない子なんだから、とレミリアは何度も頷く。

 その様子はどこか嬉しそうだ。

 

「あのねぇ……私はフラン、あなたのためを思って魔法大臣を目指していたのよ? あなたが差別も偏見も、不自由もなく外に出られる世界を作ろうと──」

 

「そんなの興味ないわ。私にはお姉さまがいればそれでいい。みんなのお姉さまは嫌。お姉さまは、私のお姉さまなんだから」

 

「そのせいで私一回殺されたんだけど」

 

 横からパチュリーがボソリと呟く。

 そういえば、確かにあの時レミリアと一緒にパチュリーの頭も吹き飛んでいたはずだ。

 私が不思議そうにパチュリーの顔を眺めていると、視線の意味を察したのかパチュリーが小声で教えてくれた。

 

「あなたのお父様と概ね同じ方法よ」

 

「分霊箱……ですね」

 

「を、少し改良した魔法」

 

 それに、死ぬのはこれが初めてではないし。とパチュリーは付け加える。

 パチュリーほどの魔法使いともなれば、死をも克服できるということだろうか。

 私がそんなことを考えていると、フランドールが椅子から立ち上がり描きかけの絵の方に移動する。

 そして画材を手に取り、つい先ほどまでそうしていたかのように絵を描き始めた。

 

「まあ何にしても、移動する日が決まったら教えてね」

 

 フランドールはそう言うと絵筆の先に集中し始める。

 私はその言葉を聞いて、フランドールの行動の意図に気がついた。

 きっとフランドールは、初めからこの展開を望んでいたのだ。

 イギリス魔法界の掌握というレミリアの野望を潰すために、自らが魔法界で暴れスカーレット家、ひいては吸血鬼の信頼を地の底に落とした。

 レミリアとしても、実の妹がこれほどまでに問題を起こしたとなったら魔法界に留まることはできない。

 魔法界の掌握は諦め、ひっそりとどこかに引っ越すほかない。

 

「しばらく大人しくしてなさい」

 

「言われなくても、これが完成するまでは部屋を出る気はないわ」

 

 そんな返事をするフランドールに対しレミリアは小さくため息をつく。

 

「パチェ、サクヤ、行くわよ」

 

 そして私とパチュリーに声を掛け、フランドールの部屋の出入り口へと足を向けた。

 

「あ、そうだお姉さま」

 

 その時、フランドールがレミリアの背中に声を掛ける。

 

「サクヤをよろしくね」

 

「言われなくても。重宝するわ」

 

 レミリアは後ろ手に手を振ると、今度こそフランドールの部屋を出る。

 私は最後に一度フランドールの方を振り返り、軽く頭を下げてから部屋を後にした。




設定や用語解説

妖精メイド
紅魔館にいる有象無象。勝手に沸くし勝手に消える。紅魔館内に十名以上は常にいる模様。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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