P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
ロンドンにある森の奥地にひっそりと佇む赤く窓の少ない洋館。
ロンドンにこのような大きな森が果たしてあっただろうかと疑わしくなるほどには周囲は森に囲まれているが、実際の大きさはちょっとした自然公園ほどらしい。
パチュリーが魔法で空間を歪ませ、実際の大きさよりも十倍ほどの広さになっているようだ。
私が紅魔館に来てから一晩明けた次の日、私は実の母親であるホワイトに呼ばれて図書館に来ていた。
図書館の中には私と瓜二つの容姿のホワイトと、パチュリー。
そして床には少し血で汚れた大きな麻袋が三つ置かれている。
「さて、ホグワーツの問題は実質解決したわけだけど、流石にこのままはいさようならってわけにもいかないのよね」
「そもそも、昨日はどんな感じだったんです?」
私は杖を振って色々と器材の準備をし始めたホワイトに問う。
ホワイトは魔法で大きな培養槽を作り出しながら答えた。
「どんな感じも何も、普通にみんな喜んでたわよ。生徒の何割かはフランドール校長がいなくなったことを残念がってたけど」
元々ホワイトは小悪魔として去年から正式にホグワーツの魔法薬学の教授だ。
元々教授職についていた者が『事態が解決した』と言い、実際に主犯がいなくなっていれば信じざるを得ないということか。
「そもそもあまり授業の体制は変わってなかったし、今日一日状況を整理して、明日にも授業は再開されるんじゃないかしら」
「お母さんは? ホグワーツに戻るの?」
フランドールがいなくなり、ホグワーツに自由に出入りできるようになったということは、ホワイトもホグワーツに復職できるということだ。
ホワイトは悩むように首を捻ると、横にいるパチュリーに聞いた。
「やっぱり復職したほうがいいかしら?」
「復職したいの?」
「全然」
ホワイトはいい笑顔で答える。
「でも、私もこの子も魔法薬学の教授を途中で投げ出す形になっちゃうし、だったら今年度ぐらいは復職したほうがいいかもと思っただけ」
「今年度って言ってもねぇ。まだ一年近くあるし」
今が十月末ということを考えると、今学期の終わりまであと七ヶ月以上ある。
レミリアがいつまでにイギリスを離れようとしているかはわからないが、流石にそこまで先の話ではないはずだ。
「さて……準備はこれでよし」
図書館の本棚を多少移動させて作られた広いスペースに、大きな培養槽と様々な小瓶が立ち並ぶ。
先ほどから進めていた準備が完了したのか、ホワイトは改めて私に向き直った。
「サクヤちゃん、髪の毛を少し貰うわよ」
「え? あ、はい。何に使うんです?」
私は髪の毛を切りやすいように近くにあった椅子へと座る。
ホワイトは懐から鋏を取り出すと、髪の毛を整えるように全体からバランスよく髪の毛を切り出した。
「なにって、クローンの材料にね」
「クローン? 誰の?」
「そりゃもちろん、あなたのよ?」
ホワイトは床に転がっていた麻袋に入った大きな物体を宙に浮かせる。
麻袋は特に口が閉められていなかったためか、そのままストンと床に落ちた。
「……これは?」
麻袋の中身は私と同じぐらいの年齢の女性の死体だった。
それも三人。
服装からしてきっとマグルだ。
どの女性も少し色素が薄く、顔立ちは私に似ているような気がする。
「クローンの原料。やっぱり人間は人間から作った方が効率がいいからねー」
ホワイトは三つの死体を培養槽の中に入れ、溶解魔法でドロドロに溶かす。
パチュリーはその様子をチラチラと伺いながら培養槽を中心とした大きな魔法陣を床に描いていた。
「この死体は?」
「今朝ロンドンの街で獲ってきたの。泥酔状態で路地裏に転がってたからまあいなくなっても誰も不思議に思わないでしょ」
「レミィが人間牧場を焼いちゃったから、フレッシュな死体を手に入れるのに苦労するわ」
どうやらホワイト、パチュリーともにこの光景になんの違和感もないらしい。
発言や行動に倫理観の欠片もないが、もしかしたら表の社会で見る彼女たちは猫を被っているだけで、本来これがスタンダードなのかもしれない。
そもそもホワイトは人間牧場の製作者であるし、パチュリーもホグワーツ卒業後百年以上もの間吸血鬼と共に暮らしてきた魔女だ。
ある意味では倫理観の欠片もなくて当たり前ではあるのか。
ホワイトは培養槽の中に幾つかの薬品と私の髪の毛を放り込む。
その後、細く真っ直ぐな杖を取り出して呪文を唱えた。
「さて、クローンの準備はこれでよし」
ホワイトは先ほどまで薬品が入っていたビーカーや小瓶を魔法で清め、消失魔法でどこかに消し去る。
パチュリーは培養槽の中を興味ありげに覗き込んでいた。
「これでホムンクルスが作れるのね」
「クローンだってば。それにホムンクルスぐらいあなただって作れるでしょ?」
「私が知ってるやり方と随分違ったから」
パチュリーは椅子を培養槽の近くに引きずってきて一層腰を据える。
ホワイトはその様子に少々呆れながらも、パチュリーの横に立って製法や理論の説明をし始めた。
私はその様子を近くにあった椅子に座りながら眺める。
魔法界では右に出るものがいないほどの知識と技術を有しているパチュリーだが、このような分野に関してはホワイトの方が秀でているらしい。
まあ、ホワイトの知識の根底にあるのは魔術ではなく科学だ。
ホワイトの口からはパチュリーの著書の中には出てこない単語や用語がスラスラと紡がれる。
私には理解不能だが、パチュリーには理解出来ているようで感心したように頷いていた。
「やっぱり月の技術は進んでるわね」
パチュリーは少しほっこりした顔で羊皮紙にメモを書き込む。
その様子を見てホワイトは肩を竦めた。
「私からしたら魔術だけで全てを解決しようとしている魔法使いという生き物が理解できないわぁ」
「あなた魔法苦手だもんね」
私はぼんやりと培養槽の中に漂う肉片を眺める。
人間を人工的に造ることなんて可能なのか。
ホワイトが過去に自分のクローンを作ったという話は聞いている。
だが、実際に自分のクローンが目の前で造られているところをみると──
「え、私のクローン? なんのために?」
目の前で行われていることにようやく理解が追いつき、私は素っ頓狂な声を上げてしまう。
ホワイトとパチュリーは目をパチクリさせると、互いに顔を見合わせた。
「説明してなかったの?」
「するまでもないと思って」
ホワイトは培養槽のそばから私の方へと歩いてくる。
そして私の対面にある椅子に腰掛けて言った。
「ホグワーツからあなたたち三人がいなくなってはい終わりってわけには行かないでしょう? 特にあなたはただでさえダンブルドア殺害の罪で指名手配されてるんだから」
「つまり、私の身代わりを造ると?」
「そういうことね」
てっきりレミリアたちはこのままひっそりと姿をくらませるものだと思っていた。
だがホワイトの言い分的に、ある程度事態の後処理はしていく気があるらしい。
「魔法省はあなたの身柄の引き渡しを要求してくるわ。殺したなら殺したで、その証拠となる死体をね」
「知らんぷりして引っ越してもいいんだけど、日本への移住にはまだ時間が掛かりそうだし。だったら後腐れなくスッキリ終わらせてしまった方がいいでしょう?」
パチュリーはメモを取っていた羊皮紙を懐に仕舞い込み、ホワイトの横へ座る。
こうして二人並ぶと、ホワイトとパチュリーには結構な身長差があることに気付かされた。
いや、身長差というよりかは肉体年齢の差か。
ホワイトは私と同年代か、少し年上に見える容姿をしているが、パチュリーのそれは十三から十四歳ほどだ。
きっとパチュリーはレミリアの見た目に合わせているのだろう。
「クローンが形作られるまで大体三日。そこから数日慣らして、一週間後には闇祓いに引き渡せるでしょう」
「慣らす?」
「歩かせたり、食べさせたり。肌の質感をあなたに似せたりね。産まれたばかりのクローンってどうしても体に生活感がないから」
古い書類を偽装する時に、新品の羊皮紙を使ったらすぐにバレてしまうようなものか。
さて、とホワイトは椅子から立ち上がり、全身に魔法をかけて小悪魔へと変身する。
「私はお嬢様に確認を取った後、一度ホグワーツに戻ろうと思います。パチュリー様、クローンの管理は任せましたよ」
「はいはい、行ってらっしゃいな」
私はポケットから懐中時計を取り出して今の時間を確認する。
今の時刻は朝の七時。
学生が大広間に朝食を摂りにくる時間帯だ。
小悪魔は杖を一振りし、その場からいなくなる。
私はどうしようか少し迷ったが、このまま図書館に居てもやることがない。
「それじゃあ私もこの辺で」
私は椅子から立ち上がり、図書館を後にしようとする。
「何かやることがあるの?」
だが、椅子を立つと同時にパチュリーに呼び止められた。
「いや、まあ特には」
「だったら美鈴を手伝ってあげなさい」
パチュリーはそれだけ言うと魔法で本棚から本を呼び出し、読書を始めてしまう。
まあ、自分の部屋に戻ったところでやることはないので、ここはパチュリーの言葉通り美鈴の手伝いをしに行こう。
私は図書館の扉を押し開き、地下の図書館を後にした。
レミリアの館は住居としてみると大きく感じるが、実際に歩き回るとそこまでの広さはないことがわかる。
まあこの館で暮らしている人数を考えたら十分広いのだが。
ここの住民はレミリアやフランドールといったスカーレット家の吸血鬼の他に、図書館の司書であるパチュリー、レミリアの従者である美鈴ぐらいだ。
そのうちパチュリーとフランドールは地下で暮らしているため、地上部分はそこまで大きくなくていいのだろう。
いや、そういえば妖精がいるんだったか。
私が美鈴を探して薄暗い廊下を歩いていると、メイド服を着た少女が私の横を通り過ぎる。
背中には虫のような羽が生えており、一目で人間ではないことが窺えた。
「妖精か……」
魔法界にいる妖精とは少し毛色が違う。
魔法界で妖精と呼ばれている存在はもう少しグロテスクというか、人間離れしている見た目の生物が多い。
先ほど私の横を通り過ぎた少女はぱっと見人間の姿そのままだった。
「あの」
私はその後姿に声を掛ける。
私の呼びかけに、妖精はぴたりと足を止めて振り返った。
「どうかされましたか?」
その顔はどこまでも無機質で、感情を感じない。
そういえば、パチュリーが服従の呪文で操っているんだったか。
「美鈴さんを見ませんでしたか?」
「メイド長ならお庭です」
妖精は真っ直ぐ壁を指差す。
きっとその方向に庭があるのだろう。
「ありがとうございます」
私は軽く頭を下げ、廊下を歩き出す。
庭というのは玄関を出てすぐに広がる庭園のことだろう。
私は廊下を何度か曲がり、紅魔館のエントランスへと出る。
そして玄関の扉を開け、館の外に出た。
「うわ、眩し!」
扉を開けた瞬間、朝日が私の網膜を焼く。
紅魔館の中はどこもしっかりカーテンが閉められているので昼間でも薄暗い。
吸血鬼が暮らす館なので当たり前ではあるのだが。
私は目が慣れるまでしょぼしょぼと目を細める。
そのまま軽く周囲を見回すと、少し離れたところに刈込鋏を持った美鈴の姿があった。
「うーん……結構ボサボサだなぁ」
美鈴は特に迷いもなく刈込鋏で生垣の形を整えていく。
その手際の良さを見るに、普段から庭の手入れを行っているようだ。
私は玄関の扉を閉め、美鈴の方へと近づいていく。
美鈴はすぐに私の接近に近づき、刈込鋏を下ろして私の方へと手を振った。
「サクヤちゃんこっちこっちー!」
美鈴も私に何か用事があるのだろうか。
私は小走りで美鈴に近づき、挨拶をした。
「おはようございます美鈴さん」
「はいおはよう。昨日はよく眠れたかな?」
「まあ、それなりには」
私は美鈴の手に握られている刈込鋏に視線を落とす。
美鈴は私の視線に釣られて刈込鋏を見ると、苦笑を浮かべた。
「数ヶ月ほったらかしだったのでもうあちこちめちゃくちゃで。パチュリー様に頼んで一気にやっちゃってもいいんですけどね」
「なんでそうしないんです?」
「いや、流石に昨日の今日で気まずいなぁと」
あっけらかんとした顔をしているが、一応そういう意識はあるのか。
全てが全て元通りというわけにはいかないのかもしれない。
「手伝いますよ」
「いいんです?」
「そのために来たので」
私は何か手伝うことがないかと周囲を見回す。
「それじゃあ、私が切り落とした枝を箒で集めてください」
美鈴は近くにあった箒を指し示す。
私は箒を手に取ると、冗談半分で跨った。
「……」
まあ、飛べないか。
「そのうち魔力に頼らない空の飛び方を教えますよ」
「出来るんです?」
「修行次第では」
美鈴はふわりと宙に浮き、そのまま空中を一回転してみせる。
美鈴の言い分からして、魔法で浮いているのではないのだろう。
私は箒無しで自由自在に空を飛ぶ想像しながら、その箒で地面を掃いた。
設定や用語解説
ホワイトのクローン技術
月の技術の一部を魔法に置き換えている。原料に人間を使わなくても作成できるが、人間を原料にした方が仕上がりが早い。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。