P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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身代わりと親友と私

 私が紅魔館に来てから三日が経過した。

 流石にホグワーツの占領が解けて三日目ともなると、詳細な情報が日刊予言者新聞に掲載され始める。

 記事を読む限りでは、どうやらフランドールはパチュリーが討伐し、太陽光で灰にしたことになっているらしい。

 美鈴に関しては悪霊の炎で消し炭に、私は生きたまま捕縛されていることになっているようだ。

 

「でもいいんです? これじゃパチュリー先生が魔法界の英雄になってしまいますよ?」

 

 紅魔館の地下に広がる大図書館の机に新聞を広げながらパチュリーに尋ねる。

 パチュリーは培養槽の様子を見ながらボソリと呟いた。

 

「今更よ」

 

「まあ、それはそうですけど」

 

 私は新聞を畳み、机の上に置く。

 そして椅子から立ち上がり、培養槽に近づいた。

 

「随分大きくなりましたね」

 

 培養槽の中では、私と瓜二つの人間が体を丸めるようにしてぷかぷかと浮いている。

 自分と瓜二つの存在が目の前に存在しているというのはなんだか奇妙な感覚だ。

 

「データを見る限りもう培養槽の外に出してしまっても大丈夫かもしれないわね。体は十分出来上がってる」 

 

「予定ではいつでしたっけ?」

 

「今日の夜ね。レミィも産まれる瞬間が見たいんだって」

 

 吸血鬼のレミリアは現在睡眠中だ。

 起きてくるのは日が沈む直前ごろになるだろう。

 私は培養槽のガラスをコンコンと叩いてから椅子に座り直す。

 パチュリーもデータの収集が終わったのか、データを書き留めていた本を本棚に飛ばしてから私の正面へ腰掛けた。

 

「培養槽の外に出したら、まずは動く練習。初めは立つことすらままならないと思うわ。それから発声練習して、それが済んだらあとは期限まで普通に生活させる」

 

「大きな赤子のようなものです?」

 

「赤子ってほどじゃない。それにあなたの記憶をそっくりそのままクローンに書き込む予定だから、本当に体の動かし方を覚えさせるだけよ」

 

 まあ、それならなんの問題もないか。

 ……ん? 私の記憶をそっくりそのままクローンに書き込む?

 

「え、書き込むんですか? 記憶」

 

「ホワイトから何も聞いてないの? このクローンは貴方の身代わり。マグルを騙すだけなら記憶まで書き込む必要はないんだけど、相手は魔法省の開心術士よ。真実薬も飲まされるでしょうし」

 

「なら、魔力で脳を焼いてしまうとか……」

 

「記憶を持たせた方が都合がいいわ。都合のいい嘘を記憶の中に書き込めば、魔法省にとってはそれが真実となる。誰もが納得のいく結末というのが望まれているのよ」

 

 まあ、わからなくはないが。

 だとしてもあまり気分がいいものではないのは確かだ。

 

「それで丸く収まるんだからそれぐらい我慢なさい」

 

 私の心を読んだのか、パチュリーはため息交じりに言った。

 

「別にいいじゃない。貴方が捕まるわけじゃないのよ?」

 

「まあ、そうなんですけど」

 

 クローンはクローンであると割り切った方がいいのだろう。

 それに、この件に関しては私に拒否権はない。

 私が気に入らないという理由だけで作戦が大きく変わることはないはずだ。

 私はしばらく無言のまま培養槽の中に浮かぶもう一人の私を見る。

 私の代わりに全ての罪を背負うクローンにはしっかり感謝しておくべきだろう。

 そんなことを考えていると、パチュリーが何かを思いついたかのようにこちらに視線を向けた。

 

「あ、そうだ。夜まで少し時間があるし、あなたの能力について教えてあげる」

 

「私の能力……ですか?」

 

 私の能力のことは私が一番よく知っていると思うのだが。

 

「まあそう言わずに聞いておきなさい。魔力が使えない今、その能力だけが頼りなんだから」

 

 パチュリーはコホンと咳払いを一つする。

 その様子はどこかマクゴナガルを思わせた。

 

「まず初めに貴方の時間操作の能力がどこから発生しているものなのかについて──」

 

「お母さんは血液だって言ってましたけど、どういうことです?」

 

「そのままの意味よ。あなたの時間操作能力は血液が発生源。あなたの血液に含まれる時間操作の因子が生じさせている力よ」

 

 その、時間操作の因子というものがよくわからないのだが。

 私がそんなことを思っていると、パチュリーは軽く頬を掻いた。

 

「それに関しては私も、なんならホワイトだってよくわかってないわ。そもそもの話、ホワイトの親戚に時間を操作できる能力の持ち主がいるみたい。ホワイト自身には時間操作の素養は殆どないらしいんだけど、隔世遺伝であなたに発現したんでしょうね」

 

「私の他にも時間操作能力の持ち主が?」

 

「いるらしいわね。詳しい話は聞いてないけど」

 

 ホワイトの親戚……ブラック家の人間でないことは確かだろう。

 だとすると、ホワイトが月にいた時の親戚ということか。

 

「この前ホワイトがあなたに注射した薬は、その時間操作の因子を無効化するものだった。ただ血液というのは新陳代謝で常に常に新しいものが作られ、入れ替わっていく。あなたが能力を取り戻したのはそれが要因ね」

 

「あとそれと、ここ数ヶ月は定期的に血を抜いてましたから」

 

「なんでそんな……ああ、なるほど」

 

 パチュリーは一瞬首を捻った後、すぐに納得する。

 吸血鬼と行動を共にしていたのなら、提供先は考えるまでもない。

 

「だとしたら尚のこと血液が入れ替わるのが早かったはず。貴方が自覚していなかっただけで、実はもっと前から能力が使えるようになっていたのかもしれない」

 

 私がそれに気がついていたらもっと違う未来もあっただろうか。

 いや、きっと今以上の結末はなかったはずだ。

 レミリアが魔法界からの撤退を決意したことで、フランドールや美鈴の目的は達成されている。

 そして私に関しても、ホワイトとレミリア、そしてパチュリーとの和解というこれ以上ない成果を手にしている。

 そう、これ以上の結末は存在しない。

 時間を巻き戻して人生をやり直さない限りは──

 

「やめなさい」

 

 私の心を読んだのか、パチュリーがピシャリと言う。

 

「時間遡行による過去の改変は今まで幾度となく試行されてきたけど、全て碌な結果にならなかったわ。世に出回っている逆転時計の全てを魔法省が管理している理由はわかる?」

 

「過去の改変が危険だから。……でも魔法省は何故そんな危険なものを学生に貸し出しているんです?」

 

「学生に貸し出している逆転時計には過去を改変する力はないわ。あれは同じ時間軸の違う場所に存在できるというものに過ぎない。例えば魔法薬学と数占いの授業を同時に受けることはできる。でも一度受けた魔法薬学の授業に向かう自分を妨害して授業を受けさせないということはできない」

 

「それはどうしてです?」

 

「そのようにセーフティが掛かっているからよ。幸福薬と同じような周囲に干渉する魔法が掛けられている。勿論、魔法省にはそのようなセーフティが掛かっていない逆転時計も存在しているわけだけど。でも、ある一つの条件を除いて原則的には使用禁止になっているわ」

 

「ある一つの条件?」

 

「マグルが魔法界に戦争を仕掛けてきた場合よ。魔法使いは、数千年に渡って魔法使いではないものからの侵略を恐れてきた。純血主義もその流れを汲む思想ね」

 

 パチュリーは「とは言いつつも」と話を続ける。

 

「そうなる可能性は非常に低いわ。魔法界には今のマグルが求めるようなものは何も無いし、イギリスの首相と魔法大臣の間には交流があるこちらからマグルに攻め入らない限り、そのような戦争は起きないでしょう」

 

「起きたところでマグルに勝ち目があるとは思えませんけどね」

 

 服従の呪文と死の呪い、姿現しだけでもマグルにとっては対処のしようがないほどの脅威となるだろう。

 だが、パチュリーの考えは違うのか、首を横に振った。

 

「人口比が比較にならないわ。イギリスの人口は六千万人に届こうかという数だけど、魔法使いはどれほど多く見積もっても精々二万人。その中で戦える者がどれほどいると思ってるの? それに、魔なるものの全てが魔法使いに味方するとも限らない。魔法使いに勝ち目がないとは言わないけど、かなり苦しい戦いになるでしょうね」

 

「その場合パチュリー先生はどっちに味方するんです?」

 

「レミィの味方するほうよ」

 

 私の質問に、パチュリーは即答した。

 まあ、予想できていた答えではあるが。

 

「なによ、悪い?」

 

「いえ、別にそんなことは」

 

 パチュリーは少しムスッとしながら言い訳がましく言う。

 

「あのねぇ、私とレミィは利害関係で繋がっているわけじゃないの。私がレミィに協力するのは、レミィが友達だからよ。特別大きな恩があるわけでもない」

 

「その友達が道を踏み外したら、先生はどうするんです?」

 

「一緒に道を踏み外すわ」

 

 こりゃ酔狂だ。

 百年来の親友ともなると、こういう感じになってしまうのだろうか。

 特にパチュリーに関しては他に友好関係がなさそうでもある。

 百年連れ添った唯一の友達の味方をするというは、特別不自然な話でもないか。

 

「随分大きく話が脱線したわね」

 

 パチュリーは今更になって少し恥ずかしくなってきたのか、顔を赤くしながら小さく咳払いをする。

 そして何事もなかったかのように話を時間操作の能力へと戻した。

 

「あなたの能力が血液由来という話はしたわね。つまりは血液を失うと能力が弱体化する可能性が高いから注意なさい。それと、あなたの能力は物理法則には従っていないことにも注意が必要よ」

 

「物理法則に従っていない?」

 

「そうよ。だって時間停止中に物が見えているし、音だって聞こえているでしょう?」

 

 パチュリーの言葉に私は少し固まる。

 言われてみれば確かに、パチュリーの言うことはもっともだ。

 世界全体の時間が止まっているのなら、私の目に入ろうとする光も動きを止めるわけで。

 その場合私の視界は闇に包まれることになる。

 音だってそうだ。

 周囲の空気が止まっているのなら音を伝達する物質は存在しない。

 それどころか息さえ吸えないんじゃないか?

 

「ストップ。難しく考えないほうがいいわよ。下手をすると能力を失うことになる」

 

「どういうことです?」

 

「つまりあなたの時間停止能力は、物理的に時間を止めているのではなく、概念的に時間を止めているの。時間が止まっている世界は物理法則が通用しないある種の異空間になる」

 

 概念的に時間を止めている。

 いや、よくわからない。

 パチュリーは私の心を読んだのか、少し困った顔で言った。

 

「概念的な能力と言ってもイメージはつかないわよね。でも、理屈じゃ説明がつかない能力というものはこの世に結構多く存在してる」

 

「下手をすると能力が使えなくなるというのは?」

 

「時間なんて止めれるはずがない。あなたがそう思い込んでしまったらあなたは時間が止められなくなる。概念的な能力はあなたの精神に大きく作用されるわ。逆にあなたができると思い込めば時間を巻き戻すことすら可能でしょうね」

 

「そんなこと──」

 

 出来るはずがない。

 そう考えた瞬間、私はハッとさせられる。

 確かに私は時間を巻き戻すことなんて出来るわけがないと考えていた。

 パチュリーの言葉通りなら、私は時間を巻き戻すことができないと考えていたから時間を巻き戻せないのか。

 だったら、逆に時間を巻き戻せると強く思い込めば──

 

「そう上手くはいかないわ。例えばだけど、空を飛べると思い込めば空が飛べるという前提があったとして、ダメもとや冗談じゃなく本気で空が飛べると思い込める人間はほとんどいないわ。思い込める人はよほど精神的に幼いものか、薬物中毒者ぐらいよ。頭の中にある『人間は空を飛ぶことはできない』という常識を『人間は空が飛べる』に完全に書き換えれる人はどこか狂っている。なんの躊躇もなく崖から足を踏み出せる人間はいない。それと同じようなものね」

 

「不思議ですね。なんで時間遡行だけ出来ないと思い込んでいるのでしょう。魔法界には逆転時計なんて魔法具もあるのに」

 

「あなたの時間停止能力はあなたがホグワーツに通う前に構築されたものだからでしょうね」

 

 私が時間を止められると自覚をしたのはかなり年少の頃だ。

 ホグワーツに通い始めた頃にはある程度自由に能力を行使できるようになっていた。

 

「まあなんにしても、あなたの能力はかなりあなたの思い込みに左右されるところが大きいということね」

 

「でも、賢者の石を併用して時間操作すると精度がかなり上がりますよ?」

 

「可能かどうかと精度はまた別問題だから。精度に関しては思い込みよりも魔法のように技術と鍛錬が重要よ。それはあなたもよくわかっているんじゃない?」

 

「そうかもしれませんね」

 

 実際のところ時間操作能力に関してはあまり鍛錬したことはないが。

 

「あら、そうなの?」

 

「基本的に魔法の鍛錬や戦闘能力ばかり鍛えていましたから。時間操作能力がなくてもそこそこ戦えるんですよ?」

 

「ああ、そういえばクラウチの息子に相当しごかれていたわね」

 

 そう思うと魔力がなくなってしまったというのはかなり惜しいことのように感じる。

 まあ、戦闘なんてしないにこしたことはないのだが。

 

「人間という枠組みを外れればもう一度魔力を取り戻すことはできるかもしれない。でも、そこまで望んでいるわけじゃないでしょう?」

 

「現状そこまで不便に感じていませんから」

 

「そう。私なら耐えられないけど」

 

 パチュリーはすまし顔で言う。

 私には、時間操作の能力さえあれば十分だ。

 その時、背後でガチャリと扉の開く音が聞こえる。

 どうやらレミリアが起きてきたようだ。




設定や用語解説

逆転時計
 魔法省が管理している魔法具。逆転時計を使用したものは時間を遡り過去へ行くことができる。

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