P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
私とパチュリーが能力に関する話をしていると、図書館の扉が開きレミリアと美鈴が入ってくる。
レミリアは私とパチュリーに一言挨拶し、すぐさま私のクローンが浮かぶ培養槽の方へと駆けていった。
「もう完成しているのよね!? 早く出しましょう!」
レミリアは私のクローンを見ながら子供のように飛び跳ねている。
そんなに面白いものだろうか。
それに、このクローンは身代わりとして魔法省へ引き渡すことを忘れているようにも感じる。
「まだよ。ホワイトが帰ってきてないわ」
「あんな奴待つ必要ないわ。パチュリーも技術的なところは共有されているんでしょう?」
レミリアは若干表情を硬くする。
ここ数日見ていて思ったが、どうにも私のお母さんはここの住民に好かれていない。
今思えばホグワーツでもレミリアは小悪魔の扱いがぞんざいだった気がする。
パチュリーは少し考え、一冊の魔導書を本棚から呼び寄せる。
そしてその中に万年筆で何かを書き込み、パタンと閉じた。
「それじゃあ始めましょうか」
「え、本当に待たないんです?」
私の問いに、パチュリーは肩を竦める。
「今後の流れはある程度聞いているから大丈夫よ。それに一応連絡もしておいたし」
パチュリーは培養槽の中の液体に右手を向け、上へスライドさせる。
その瞬間、培養槽の内部にある液体が全て消滅した。
内部の液体が無くなったことでクローンの体は重力に従い培養槽のガラスにもたれかかるように崩れ落ちる。
「……あれ?」
レミリアは培養槽のガラスをコンコンと叩く。
私は培養槽の中で人形のように倒れているクローンをよく観察した。
おなかは動いているので呼吸はしている。
ただ単に意識がないだけだ。
「これ大丈夫なやつ?」
「大丈夫なやつよ。まだ脳に情報を書き込んでいないから意識がないだけ」
「そう。ならいいんだけど」
一体何を想像していたのか、レミリアは途端に興味をなくしたように培養槽から離れ椅子に座る。
入れ替わるようにパチュリーが培養槽に近づき、培養槽の外へクローンを取り出して服を着させた。
「とりあえずホワイトが帰ってくるまでベッドに寝かせておきましょうか。記憶の転送はそれからよ」
「記憶を書き込んだら動き出すの?」
レミリアは表情を明るくする。
「まあ、そうね。でも記憶を書き込む作業にも結構な時間が掛るわ」
「どれぐらい?」
「今日の夜から書き込み始めたとして、次の日の朝まではかかるでしょうね」
「んじゃ、寝る前にもう一回来ることにするわ」
レミリアは大きく伸びをし、椅子から立ち上がる。
そして私の肩をポンと叩いた後図書館から出ていった。
パチュリーはそれを見送ると、魔法でベッドを作り出しクローンをその上に寝かせる。
私はそのベッドへと近づき、改めてクローンをまじまじと観察した。
「ほんと、瓜二つだわ」
「当たり前でしょ。あなたのクローンなんだから」
パチュリーは小さくため息をついたあと、クローンに魔法で作り出した毛布を被せる。
その時、今まで黙っていた美鈴がふと口を開いた。
「この子……」
「どうしたの?」
美鈴は何かを確かめるようにクローンへ近づき、額に掌を当てる。
そして少し首を捻り、うーんと唸った。
「いや、一瞬何かを感じたんですけど、気のせいだったかもですね」
「怖いこと言わないで欲しいわね」
美鈴は後頭部を軽く搔き、レミリアの後を追うように図書館を出ていった。
私は美鈴についていこうか少し迷ったが、立ち上がろうとした瞬間にパチュリーに引き留められる。
「サクヤはここにいなさい。ホワイトが戻り次第記憶の書き込み作業に入るわ」
「あ、はい。わかりました」
私は一度立ち上がると、クローンのそばへ移動する。
そして美鈴の真似事をするように額に手を当てた。
「何か感じる?」
「いえ、特には」
感じるものといえば体温ぐらいだ。
このクローンは意識こそないが、心臓は鼓動し、全身に血液を送っている。
身代わりとして魔法省に送るにはもったいないほどの完成度なのは確かだ。
まあそれぐらい完成度が高くないと身代わりは務まらないのだが。
そのまま十分ほどクローンの体を弄り回していると、小悪魔姿のホワイトが音もなく図書館内に現れる。
ホワイトはベッドの上で寝かされているクローンを見て、小さくため息をついた。
「レミリアおぜうさまのおわがまま?」
「まあ、そんなところよ」
パチュリーは私は悪くないと言わんばかりに肩を竦める。
ホワイトはもう一度大きく息をつき、クローンのそばへと近づく。
そしてローブから杖を取り出し、クローンの額に魔法で穴を開けた。
「え、何をしているの?」
パチュリーはホワイトのいきなりの行動に目を白黒させる。
ホワイトは自分の杖をクローンの額に空いた穴へと差し込み、私に対して手招きした。
「サクヤちゃん、こっちこっち」
「え? あ、はい」
私は言われた通りにホワイトに近づく。
何か特殊な魔法を使っているのかと思ったが、額に空いた穴からはピンク色の脳が見えていた。
「これ何してるんです?」
「何って、記憶を書き込むための下準備よ」
「脳に、直接?」
パチュリーは興味深そうにクローンの頭を覗き込む。
ホワイトは私の頭に右手を置くと、左手はクローンに突き刺した杖を握った。
「そうよ。こういう精神に働きかける魔法は脳に直接浴びせかけたほうが効果が高いの。頭蓋骨っていうのは魔法使いが思っている以上に魔法の障壁になってるから。っと、行くわよ、サクヤちゃん」
ホワイトの右手が触れている箇所がほんのり熱を帯びる。
「え、これ大丈夫なやつですよね?」
私は少し心配になってホワイトの顔を見上げるが、ホワイトはニコリと笑いながら言った。
「大丈夫よぉ。脳内にあるシナプスの配列と電子の配列をコピーして、そのまま書き込むだけだから。すぐに終わるわ」
「ちょっと待って、なにその方法。魔法で記憶を弄るんじゃないの?」
パチュリーは理解できないと言わんばかりの表情をホワイトに向ける。
「やってることは殆ど変わらないわ。ただ呪文として体系化されていないだけ。はい終わり」
ホワイトは私の頭から右手を離すと、クローンの額から杖を抜き取り、治癒魔法で穴を塞ぐ。
その瞬間、ベッドで寝ていたクローンが小さく呻き声を上げ、のそりと起き上がった。
「……ぇ、ぁれ?」
クローンは私の顔を見上げ、そして何かを理解したのか途端に顔を青ざめさせる。
ホワイトはクローンの顔を覗き込むと、いつも通りの笑顔のまま言った。
「おはようクローンちゃん。調子はいかがかしら」
「わ、ぁ……わらひ──」
「インペリオ、服従せよ」
ホワイトはクローンに服従呪文を掛ける。
先ほどまで顔を青ざめさせていたクローンは途端にぼんやりとした表情になった。
「それじゃあ歩行訓練始めましょうか」
ホワイトが杖を振るうと、操り人形のようにクローンの体が動く。
クローンはベッドから起き上がり、素足のまま図書館の床を歩き始めた。
私はその光景を見ながらパチュリーに話しかける。
「レミリアさん呼んできます?」
「あー、そうね。そうして頂戴」
パチュリーは少し疲れたような顔をしながら言った。
「なるほどねぇ。服従の呪文で操ることで無理矢理体に動きを覚え込ませると」
図書館へと降りてきたレミリアは、机の上に頬杖を突きながら歩行訓練を続けるクローンを見る。
その横では美鈴がいそいそと紅茶の準備を進めていた。
「形成されたばかりの筋肉は多少動かしてあげないと上手に動かないの。サクヤの完璧なクローンとはいえ、十数年動かし続けてきた体と生まれたばかりの体では何もかも違うわ」
ホワイトは時折クローンに向かって杖を振りながらレミリアに言う。
「んで、これ、いつまで続けるの?」
「もうしばらく。そのあとは文字を書く練習をさせて、発声の練習。それと同時に記憶の処理も進めないと」
「記憶の処理?」
「パチュリー・ノーレッジに捕えられて牢屋に入れられていたって記憶を植え付けないと。今のこの子は自分がサクヤ・ホワイトのクローンであると自覚している」
ホワイトはビュンと杖を一振りして言った。
「そう……」
レミリアは少し残念そうな視線をクローンに送る。
きっともっと面白い何かがそこに待ち受けていると期待していたに違いない。
「まあ、それじゃあクローンに関してはホワイトとパチェに任せるわ。私は執務室に戻るから」
「あれ? 紅茶はどうするんです?」
丁度お茶が入ったのか、美鈴がティーセットを載せたトレイを片手に近づいてくる。
美鈴は私とパチュリーの前にティーカップを置くと、レミリアの回答を待った。
「執務室に運んで」
「まあ、いいですけど」
予想はしていたのか、美鈴はレミリアのティーカップをトレイの上に残したまま、最後の一つのカップを手に取り自分の口に運んだ。
「あれ? 美鈴さーん? 私の紅茶は?」
ホワイトが手をぶんぶんと振りながら美鈴にアピールする。
美鈴はわざとらしく後頭部を掻きながら答えた。
「あ、てっきりいらないものかと」
「酷いことするわぁ。ね? サクヤちゃん」
「私の少し飲みます?」
「あらぁ〜ありがと」
ホワイトはニコリと微笑むと私が手渡したティーカップを持ち上げ、静かに一口飲む。
美鈴は自分で飲んでいたティーカップを私の前に置き、ティーセットの載ったトレイを片手に図書室を出ていった。
「お母さん嫌われすぎじゃないですか? 一体何をやらかしたんです?」
「何もやってないわよ?」
「やってないことはないの間違いでしょ」
ティーカップ片手にパチュリーがボソリと答える。
どうやら、私の母は随分とやんちゃをやらかしていたようだ。
「まあ、サクヤも来たことだし、あなたへの態度ももう少し軟化させないといけないのでしょうね」
レミリアは頬杖を突きながら気怠げに言う。
そして、目線だけホワイトに向けた。
「そもそも、ここに残る気あるの? あなたとの契約はサクヤを確保するところまでだったじゃない」
レミリアの問いに、ホワイトはわざとらしく首を傾げる。
そして少々胡散臭くも感じる笑顔を私に向けた。
「サクヤちゃんはどうしたいの?」
「え、私ですか?」
急に話を振られて、私は少々困惑する。
レミリアはホワイトから私へと目線を向けた。
「私は……レミリアさんについていくのも悪くないと思ってはいますけど。逆にお母さんはついて来ないんです?」
「それじゃあ私もついていこうかしら。他に居場所があるわけじゃないし」
その答えを聞き、私はほっと胸を撫で下ろす。
私としては出来ればホワイトと離れたくない。
だが、かと言ってレミリアのそばを離れるのもそれはそれで危険な気がする。
レミリアは大きな欠伸を一つすると、椅子から立ち上がる。
「そう。それじゃあ、これからも仲良くしましょうね」
そして後ろ手に手を振りながら図書館を出ていった。
私はその後ろ姿を見送りながら、ホワイトに聞く。
「で、何やらかしたんです?」
「本当に、別に何もやってないわよ?」
「まあ、そうね。ホワイトが何かやったわけじゃないわ。レミィはほら、年上と接することに慣れてないのよ」
「年上……なんですかね?」
私の母親が生まれてから四十年も経ってないはずだ。
五百年近くを生きるレミリアからしたら赤子同然だと思うのだが。
「私はほら、月の民として数万年生きてたから」
「数万年……? 千年の間違いではなくて?」
「月には数億年以上生きてる方もいるわよ」
私は数億年生きた人類の姿を想像する。
あのダンブルドアで二百年も生きていないことを考えると、もっとしわくちゃで、背がアルマジロのように曲がり、髪も──
「ぶふっ」
私の想像を読み取ったのか、パチュリーが思わず吹き出す。
それを見て私がどのような想像をしたのか察したのか、ホワイトが肩を竦めた。
「もう、そんなんじゃないわよ。月には穢れが存在しないから歳を取らないの。皆美しい姿のまま、永遠の時を優雅に過ごすのよ」
「永遠の時……ですか?」
「そう。好きな時に仕事をして、歌って、踊って。たまにお裾分けの桃を齧ったり。月に争いは存在しない。生きるために殺生を行わなくていい理想郷」
「ね? 胡散臭いでしょう?」
パチュリーはそう言って肩を竦める。
それに対し、ホワイトは頬を膨らませた。
「私は是非暮らしたいですけどね」
ホワイトの語る月の様子は、私が思い描く平穏な日々に非常に近い。
ホワイトは私の言葉に少し困ったような顔をした。
「でも、もう月には戻れないわ。サクヤちゃんも歓迎されない。あなたも私も、体に相当な穢れを溜め込んでいる」
「それ以前にあなたは月の都を追放されてるじゃない」
パチュリーは呆れ顔で言う。
そういえば、そもそもホワイトがセレネ・ブラックとして生を受けることになった原因は『蓬莱の薬』というものを研究したせいだったか。
争いのない理想郷を追放されるというのはよっぽどだ。
蓬莱の薬とは、相当厄介な薬に違いない。
「その……蓬莱の薬って一体どんな薬なんです?」
「んー……」
ホワイトは杖を片手に、悩むように小さく唸る。
そしてパチュリーと私を値踏みするように見た後、声を潜めて言った。
「蓬莱の薬はね。穢れを生む薬なの」
設定や用語解説
脳に直接魔法をかける
頭蓋骨に穴を開け脳に直接魔法をかけると、精神に作用する魔法の効果が上がる。
数億年以上生きている月の民
一体何ゴコロえーりんのなんだ……
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