P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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穢れと生命と私

「蓬莱の薬はね。穢れを生む薬なの」

 

 紅魔館の地下に広がる図書館の中で、ホワイトは声を潜めて言う。

 パチュリーも蓬莱の薬の詳細を初めて聞いたのか、分かりやすく眉を顰めた。

 

「穢れを生む薬? そもそも、たまにあなたが口にする『穢れ』という概念がわからないんだけど」

 

 パチュリーがホワイトに問う。

 確かに穢れという概念は魔法界には存在しない。

 

「穢れというのは生きること、そして死ぬこと。穢れは生命に寿命をもたらす。穢れがなければ、寿命なんてものは発生せず、人々は永遠に生きられるの」

 

「生きることそのものが穢れなのに、永遠に生きられるのは矛盾してるんじゃない?」

 

「正確には、生きるために殺すことが罪であり、穢れである。地上の生命は生存競争のために他の生き物を殺し、食う。穢れたものを口にすることで、生き物は更に穢れ、永遠の存在から遠ざかっていく」

 

「月には生存競争はないの?」

 

 私の問いに、ホワイトは笑顔で頷いた。

 

「そうよ。月の民は生きるために他者を犠牲にすることはない。故に、月には穢れが存在しない。その結果、月の民は寿命を捨て、永遠の存在になった」

 

「なるほど、月で数万年生きていたって話はそこからくるのね。寿命もなければ争いもない。だとしたら、月で人が死ぬことはない」

 

「そういうこと」

 

「で、そんな社会であなたは月の民に寿命をもたらす穢れを発生させる蓬莱の薬を研究していたと。ただのテロリストじゃない」

 

 パチュリーの指摘に、ホワイトは誤魔化すように笑った。

 

「あなたが母親のことをどう思っているかは知っているつもりだけど、付き合い方は考えたほうがいいわよ」

 

「あら酷い」

 

 ホワイトはクスクスと笑い、クローンに向けて杖を振るう。

 するとクローンはくるりと向きを変え、反対周りで歩き出した。

 

「記憶自体は書き込んだし、サクヤちゃんは寝ていいわよ」

 

 ホワイトにそう言われ、私は懐中時計を見る。

 図書館は地下にあるため気が付かなかったが、いつのまにか結構遅い時間になっていた。

 

「私も昼夜逆転させたほうがいいんでしょうか」

 

「レミィに合わせるならそれがいいとは思うけど、そうすると人としての生活を捨てることになるわよ」

 

 パチュリーは特に表情を変えずに言う。

 だが、きっと実体験に違いない。

 ここは素直にベッドへ向かうことにしよう。

 私はホワイトとパチュリーに軽く手を振り、図書館を後にする。

 そして自分の部屋へ向けて階段を上り始めた。

 

 

 

 

 

 その日の深夜。

 自室のベッドで寝ていた私の意識がふと覚醒する。

 先ほどまで夢も見ないほどに熟睡していたはずなのに、今は眠れる気がしないほどしっかり目が冴えてしまった。

 

「……もう、なんなのよ」

 

 私はベッドの上で軽く悪態をつくと、のそりと体を起こす。

 そしてベッド脇に置いていたスリッパを履き、部屋の外に出た。

 紅魔館という館は、主人であるレミリアの生活習慣に合わせているため今の時間帯がメイドたちの主な活動時間だ。

 廊下では何人もの妖精メイドが機械的な動作で掃除を行っている。

 

「邪魔しちゃ悪いわね」

 

 私はそっと妖精メイドの横を通り抜け、廊下をさらに進む。

 寝れないのなら、図書館にでも行ってクローンの様子でも見よう。

 そう思い階段を降り始めたところで、不意に下の階から声が掛った。

 

「あら、サクヤちゃんどうしたの?」

 

「あ、お母さん」

 

 そこにいたのはホワイトだった。

 ホワイトは階段の下から私の顔を不思議そうな表情で見上げている。

 

「さっきまで部屋で寝ていたんですけど、目が冴えちゃって」

 

「あらあら」

 

「お母さんは?」

 

「私? ちょうど今クローンの休息に入ったところよ。動かしっぱなしだと炎症をおこしちゃうから」

 

 なら、少し時間があるのか。

 

「あの……」

 

「ん? どうしたの?」

 

 寝付けないからお母さんの故郷の話を聞かせてほしい。

 そう口にしようとしたが、少し恥ずかしさを感じ口を噤んでしまう。

 

「寝付けないなら少しお話でもする?」

 

 私の心を読んだのか、表情に出ていたのか、ホワイトは私の考えていたことをそのまま口にした。

 

「えっとあの……うん」

 

「じゃあお部屋に行きましょうか」

 

 ホワイトは階段を上ってくると、私を先導するように歩き出す。

 私は照れくささを隠すようにその後ろをそっとついていった。

 

 

 

 

 部屋の前まで戻ってきた私は、部屋の扉を開けホワイトを中へと招き入れた。

 ホワイトは私にベッドの上に座るように促すと、自分は部屋に置かれている椅子に腰かける。

 そして、窓のカーテンを開けた。

 その瞬間、暗い部屋に月明かりが差し込む。

 私が窓の外を見上げると、そこには綺麗な満月が浮かんでいた。

 

「あれが、お母さんの故郷」

 

「……そうね。今となっては、もう戻ることはできないけど」

 

 ホワイトは少し物悲しそうな顔で月を見上げる。

 私はぼんやりとホワイトの顔を見ていたが、ふと脳裏に浮かんだ疑問をそのまま口にした。

 

「そういえば、お母さんはなんで蓬莱の薬を研究していたの?」

 

 蓬莱の薬は、月の民に寿命を発生させる穢れを生む薬だという。

 そのような危険物をリスクを冒してまで研究する必要などあったのだろうか。

 ホワイトは言葉を選ぶように月を見上げたまま考え込む。

 そして、懐かしむような表情で言った。

 

「蓬莱の薬の効能自体には、実はそれほど興味はないの」

 

「え? じゃあなんで」

 

「蓬莱の薬を完成させるということ自体が私にとっては価値があるのよ」

 

 ホワイトは窓のカーテンを閉め、私の体をそっと押す。

 私はそれに身を任せるようにベッドに横になった。

 

「貴方が眠りにつくまでの間、昔話をしてあげる」

 

「昔話?」

 

「そう。今から千年以上前の話。私が、まだ月の都で暮らしていた頃の話よ」

 

 薄暗い部屋の中にホワイトの声が静かに響く。

 

「その頃私は月の都で薬師をやっていたわ」

 

「薬師? 寿命のない月の住民にも薬はいるの?」

 

「病気に罹らないわけではないし、ペットの玉兎は普通に寿命で死ぬしね。私は月の都でもっとも頭の良い賢者の弟子だった。お師匠様は月の移住にも携わったお方で、月で生まれた私とは違い、数億年前に地上で生まれ、そこからずっと月の都を影から支えてきた」

 

「数億歳……」

 

「月の都でも一番の年長者かもしれないわ。私はそんなお師匠様のもと、日々薬の研究や調合に明け暮れていた。これでもそこそこ評判も良かったし、お師匠様には及ばないまでもかなりの知識と技術を有していたと自負していたわ」

 

 ホワイトの薬学の知識は科学や魔法界の常識が通用しない。

 月の技術というのはそこまで進んでいるということなのだろう。

 

「平和な日々だった。師匠の手伝いをしたり、玉兎に食べさせる団子に混ぜる薬を調合したり。いたずら好きのわがままなお姫様には手を焼かされたけど、それもいい刺激になった」

 

「お母さんはそんな日常が嫌だったの?」

 

 私が尋ねると、ホワイトは静かに首を横に振る。

 

「それじゃあ、なんで禁じられている薬の研究なんか……」

 

「そもそもその頃、蓬莱の薬は服用こそ禁じられていたけど、研究は禁じられていなかったの。まあでも、当時私は蓬莱の薬に毛ほども興味はなかった。でもある事件をキッカケに私は蓬莱の薬に囚われるようになる」

 

「ある事件?」

 

 ホワイトは私の顔に視線を落とす。

 

「日常が退屈だったからなんて理由でお師匠様に蓬莱の薬を調合させ、服用した馬鹿が現れた。その者は罰として二十年地上に堕とされることになった」

 

「二十年……それじゃあその人は帰って来れるんだ。お母さんは……」

 

「私は帰れないわ。私の罰は地上で生まれ、そして死ぬことだから。私とあいつじゃ身分が違う」

 

 争いのない理想郷にも、身分の違いはあるのか。

 皆が平等な世界というのはこの世に存在しないのかもしれない。

 

「あいつが地上に堕とされて二十年が経った。お師匠様は月の使者のリーダーも務めていたから、お師匠様が筆頭になって地上にあいつを迎えにいった」

 

 ホワイトは静かに目を瞑る。

 そして、小さく吐き出すように言った。

 

「でも、地上からは誰も戻ってこなかった」

 

「……戻ってこなかった?」

 

「お師匠様はね。その馬鹿でわがままなお姫様と一緒に逃亡したの。一緒に地上へ降り立った月の使者たちを皆殺しにしてね。月の都に衝撃が走ったわ。あの月の都きっての賢者である八意××がそんなことをするはずがないと。誰もその行動の意味を理解出来なかった。私も、かなりショックだったわ」

 

 私はベッドに横になりながら、ホワイトの目をじっと見つめる。

 その目の奥にあるのは怒りか、悲しみか……

 

「私が一番弟子だと思ってた。お師匠様はあいつのわがままに付き合っているだけだと思ってた。でも、違った。お師匠様は、私じゃなくてあいつを選んだの。その事実に気がついた私はしばらくどんなことにも手がつかなくなったわ。悔しくて、悲しくて、感情が体の中で暴れ回って」

 

 

 

「そんな時、思いついたの」

 

 怒りを滲ませていたホワイトの表情が、ふと和らぐ。

 

「お師匠様は蓬莱の薬をそのわがままなお姫様の協力のもと完成させた。お師匠様といえど、蓬莱の薬を一人で作り切ることは出来なかった。だったら、私は一人でそれを作ってやろうって。蓬莱の薬を一人で調合しきった暁には、私はお師匠様を超えることができる」

 

「それで、お母さんは蓬莱の薬を……」

 

「そう。でも、月の都では一連の事件を受けて、蓬莱の薬は服用すること以外にも調合することや研究することも禁じられた。でも、このままでは終われない。私は薬師の仕事の傍ら、秘密裏に蓬莱の薬の研究を続けた。薬の研究は難航したわ。簡単な薬じゃない。あのお師匠様ですら一人で完成させることができなかった代物だもの。お師匠様がわがままなお姫様と姿を暗ませてから百年、千年と時間は過ぎていった」

 

 ホワイトは私の頭を優しく撫でる。

 

「そして今から数十年前、私はついに蓬莱の薬の調合法を完成させた」

 

「調合法を……完成?」

 

「といってもその調合法を実現するにはやっぱりお師匠様と一緒に逃げたお姫様の協力が必要不可欠だった。千二百年かけて、お師匠様に並び立つことができたってわけ。でも、その時私の研究が月の上層部にバレた。私はあっという間に拘束され、この身が朽ちるまで地上へ堕とされることになった」

 

 そしてセレネ・ブラックとして生を受け、今に至るというわけか。

 

「お母さんは蓬莱の薬の調合を諦めていないのね」

 

「……ええ、そうね。必ず完成させるわ」

 

「そう……応援してる」

 

 微睡が私を襲う。

 私はホワイトの体温を感じながら静かに瞼を閉じ、そのまま睡魔に身を任せるように眠りについた。




設定や用語解説

蓬莱の薬
蓬莱の薬を服用した月人は、穢れを発生させるようになる。だが、これは副作用のようなものでこれ自体が効能ではない。

八意××
かつて月の都にいた賢者。××の部分は地上の民には発音できない。

わがままなお姫様
地上に落とされ、竹取で生計を立てているお爺さんに拾われる。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
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