P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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咳と管と私

 クローンが培養槽を出てから数日が経過し、早くも魔法省へ引き渡す日となった。

 今日の朝刊にはホグワーツ占領の詳細と、解決に至った経緯、そしてその主犯とされているサクヤ・ホワイトが魔法省に今日引き渡される旨まで記事になっている。

 魔法省としては詳細を明らかにすることで自分たちに民衆のヘイトが向かないようにしたいようだ。

 

「魔法界の英雄、パチュリー・ノーレッジに乾杯……ってね」

 

「もう、ふざけないで」

 

 レミリアが茶化すようにパチュリーの肩を叩く。

 パチュリーはどこか気恥ずかしそうに顔を赤くした。

 パチュリーの横には魔法の縄で縛られたクローンが、意識を失った状態で浮遊している。

 その姿は誰が見てもサクヤ・ホワイトで、本人である自分ですら判別がつかないほどだった。

 

「まあ、ほぼ本人みたいなものだけどね」

 

 私の心を読んだのか、パチュリーがボソリと言う。

 確かに、ここ数日の記憶こそ改編されているが、それ以外は私の記憶そのものだ。

 パチュリーは外行きのローブを羽織ると、レミリアの手を握る。

 そして反対の手でクローンの腕を掴み、姿をくらませた。

 

「あれ? レミリアさんも行くんですね」

 

 私は三人を見送った後、その場に残った美鈴に尋ねる。

 

「スクリムジョールが事件の詳細や今後の妹様の処遇を聞きたいらしくてですね。あることないこと適当に話しに行った感じです」

 

「ああ、なるほど。ご家族ですもんね」

 

 人間の私ならまだしも、吸血鬼であり、なおかつ魔法界でも高い地位にいるレミリアの妹であるフランドールは魔法省としても扱いにくい対象のはずだ。

 本来ならアズカバンなどの監獄に収監するのが普通だろう。

 だが、フランドールをアズカバンに収監したところで魔法省と同じようにアズカバンごと木っ端みじんにされるのがオチだ。

 

「魔法省としても妹様のことはお嬢様に一任せざるを得ないと思いますよ」

 

「そういえば、美鈴さんは?」

 

「私は死んだことになってます」

 

 ああ、まあそれがいいだろう。

 美鈴は表向きの自分の処遇など知ったことではないと言わんばかりに笑みを浮かべる。

 

「さて、それじゃあ私は家事の続きをしてきます。サクヤちゃんはどうします?」

 

「そうですね。手伝いますよ」

 

 パチュリーもいなければレミリアもいない。

 ホワイトは、この時間はホグワーツにいるはずだ。

 だとしたら美鈴の手伝いのほかにやることはない。

 

「そういえば、フランさんのお世話も美鈴さんが?」

 

 フランドールに最後に会ったのは彼女を裏切り自室へ連行した時だ。

 同じ建物内で生活しているということもあり、多少なりとも顔を合わせることもあるかと思ったが、フランドールは本当に部屋に籠りっぱなしのようだ。

 

「いえ、また共謀されると厄介だからと、今は服従の呪文で操られた妖精メイドがお世話をしてますよ。きっとイギリスにいる間は会わせてもらえないでしょうね」

 

 まあ、当然の処遇か。

 むしろ美鈴が自由に動きすぎなのだ。

 

「だとしたら、私が会いに行くのも控えたほうがいいですね」

 

「そもそも会えないとは思いますけどね。ゴホっ、パチュリー様の掛ける結界はそんなやわなものじゃありませんから」

 

「まあ、そうですよね」

 

「でも暫くの辛抱で、ゴホ、ゴホっ……す、すみませんちょっとむせちゃって」

 

 美鈴は自分の唾が気管に入ってしまったのか、何度か強く咳き込む。

 次の瞬間、大量の血を口から吐き出した。

 

「ぇ……ぁれ?」

 

 美鈴は赤く染まった自分の両手と胸を見て、不思議そうに首をかしげる。

 そして、そのまま後ろ向きに力なく倒れた。

 

「……え?」

 

 その光景に、私は一瞬固まってしまう。

 だが、すぐに異常な事態が起きたと理解した。

 

「美ッ──いや、ノーレッジ先生かお母さんを──」

 

「大丈夫よぉ」

 

 天と地がひっくり返る。

 お日様は暗く闇夜のとばりが血肉の時を得て最果ての水面に木霊して腸詰の脳髄をあらけりかりしたるところにま──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 短い電子音が連続して聞こえる。

 このような音をどこかで聞いた気がするが、どこだっただろうか。

 不鮮明な思考の中、私はぼんやりと考える。

 

『血液量は……十分ね。血中の因子の量も申し分ない』

 

 頭の中に私の声が響く。

 いや、違う。

 この声は私の声ではない。

 この声は……

 

「……お母さん」

 

「あら、起きたのね」

 

 ゆっくり目を開ける。

 そこには白衣姿のホワイトの姿があった。

 

「もう少し寝ててもよかったのに。まだ準備に暫くかかるわ」

 

 ホワイトは私の額を指で軽く小突いた後、近くにある機械を操作し始める。

 私は体を起こすために手をベッドから持ち上げようとした。

 その瞬間、じゃらりと鎖の擦れる音が聞こえる。

 

「あれ?」

 

「動いちゃダメよ。まあ、動けないとは思うけど」

 

 意識が覚醒する。

 私は可能な限り全ての感覚器官を使って周囲の状況を確認した。

 私の体はマグルが使うようなベッドの上に拘束されている。

 天井には蛍光灯が輝き、ベッドの周囲は多数の機械で埋め尽くされていた。

 

「あ、あの……えっと、なにこれ? え? お母さん?」

 

「どうしたのサクヤ」

 

 機械を操作しながらホワイトはいつものように微笑む。

 私は腕につけられた拘束具をじゃらりと鳴らしながら言った。

 

「なんで私はここに拘束されてるの?」

 

「優しい嘘とつらい真実、どっちが聞きたい?」

 

「や──」

 

 優しい嘘、と言いかけ、私は咄嗟に口を噤む。

 この状況を打開するには、きっと真実を知る必要がある。

 私は現実逃避したい気持ちをぐっと抑え、吐き出すように言った。

 

「つらい真実」

 

「今から貴方の血液を一滴残らず抜き取るわ」

 

 ホワイトは表情を崩すことなく笑顔で淡々と言った。

 

「私の……血液?」

 

「そう。貴方の中に流れる、高濃度の時間操作の因子を持つ血液をね」

 

「なんでそんな……そんなことして何の意味が──」

 

「なんでだと思う?」

 

 ホワイトは一度作業をやめて私の顔を覗き込む。

 そして不気味に顔を歪ませて笑った。

 

「私の体内を、貴方の血液で満たすの。そうすれば、私は時間操作の能力を得ることが出来る」

 

「何を言ってるの? そんな……え?」

 

「数日前にした蓬莱の薬の話を覚えているかしら。お師匠様も私も、蓬莱の薬を最後まで仕上げることは叶わなかった。お師匠様が蓬莱の薬を完成させた時も、第三者の協力が不可欠だったわ」

 

 ホワイトは近くの机の上に置かれている、栓までガラスで作られた小瓶を手に取る。

 

「見える? サクヤちゃん。これが蓬莱の薬。でも、まだ未完成なの。ここからもう一工程加えることで、蓬莱の薬は完成する」

 

「も、もう一工程?」

 

 ホワイトは機械にチューブで繋がれた針を私の腕にゆっくり突き刺す。

 

「蓬莱の薬を完成させるには、薬を極限まで永遠に近い時間熟成させなければいけない。でも、そんな時間物理的に待てないし、その前に宇宙が滅んでしまう。だから……だからね? 時間を操る能力が必要だったのよ。時間を操る能力で蓬莱の薬の時間を指数関数的に加速させることができれば、蓬莱の薬はすぐに熟成する。お師匠様はその工程を他者の協力を得て実現させたわ。だったら私は自分で──」

 

「だ、だからって私の血を抜かなくても……! 他の方法はないんですか!? ほら、クローンをもう一体作って血を抜くとか……」

 

「それじゃダメなのよ。時間を操る能力の因子は魔法や科学で人工的に増やせない。自然と体が生み出すのを待つしかないの。即席で製造したクローンには時間操作の因子は存在しない。貴方じゃなきゃダメなのよ」

 

 ホワイトはチューブの繋がった先の機械を操作し始める。

 そしてもう一つのチューブを機械から伸ばし、自分の腕に突き刺した。

 

「で、でも! 人から奪った能力で薬を完成させたところで、それってそのお師匠様とかいう存在を超えたことになるんですか!? もう少し研究を続けて、何か違う道を──」

 

「人から奪った? 違うわよぉサクヤちゃん。そもそも貴方という存在は時間操作の因子を増やすために作ったんだもの。これが、貴方の本来の使い方よ」

 

「私の……使い方?」

 

 ゾクリと、背筋に嫌な感覚が走る。

 

「そうよぉ。魔法界に堕ちてからも私は蓬莱の薬の研究を続けた。月の技術を魔法で再現するのは困難を極めたけど、賢者の石や人間牧場による魔力の安定供給もあって、私は月にいた頃と同じラインには立つことができた。あとは、蓬莱の薬を熟成させるだけ。でも、魔法界には時間を遡る魔法はあっても時間を無限に加速させる魔法はなかった。私の研究はまた暗礁に乗り上げたわ。でも、そんな時一つのことに気がついた」

 

 ホワイトは近くにあったナイフで指先を少しだけ切り、赤い血を滴らせる。

 

「私の血液の中にも、極々微量ながら時間操作の因子が眠っていることに気がついた。血中の時間操作の因子の濃度を高めることができれば、私にも時間が操れる。だから私はヴォルデモートの遺伝子と自分のクローンの遺伝子を使い受精卵を作り、そこに自分の血液から集めた時間操作の因子を人工的に組み込んだ。受精卵ほどのサイズなら、極少量の因子数でも高濃度にできる」

 

「何を……何を言ってるの? ねえ、おかあさ──」

 

「はぁい、ママですよー。貴方は私が作り出した。私の研究成果の一つ」

 

 私が研究成果の一つ……?

 それに、人工的に生み出されたって──

 私の脳内に掛かっていたモヤのようなものが晴れていく。

 一年生の頃、ヴォルデモートは私の存在を忘れていたんじゃない。

 本当に知らなかったのだ。

 きっとホワイトはヴォルデモートには何も言わずに遺伝子を採取したに違いない。

 それならば、ヴォルデモートがホワイトを殺そうとしていたのにも頷ける。

 それに、ダンブルドアの肖像画が語った話の矛盾。

 ダンブルドアは第一次魔法戦争終結前にセレネ・ブラックを名乗る人物から保護を求める手紙を受け取っている。

 私はてっきりホワイトが出したものだと思っていたが、違うのだ。

 ダンブルドアに手紙を出したのは、遺伝子の提供元だというホワイトのクローンに違いない。

 つまり、私の本当の両親は……私の母親は……

 

「クローンのほうが、私の本当の母親……」

 

「卵子の提供元という意味ではそうかもね。あの時はクローンの方も変に親心が芽生えちゃって大変だったのよ? 貴方を奪って逃走なんかしちゃって。取り返すのに苦労したんだから。時間操作の因子を培養するための肉塊に執着する意味がわからないわぁ」

 

 ホワイトは機械から管をもう一本伸ばし、私の首筋へと刺す。

 そして同じように自分の首にも針を突き刺した。

 

「本当はね。大きくなるまで培養槽の中で育てるつもりだったの。でも、あの子が培養槽から出しちゃったから、普通に育てなきゃいけなかった。一度肺呼吸を覚えた人間を培養液の中には戻せないしね」

 

「でも、だとしたらどうして……! どうして今このタイミングで!? 今まで機会はいくらでもあった! なんで今更──」

 

「機会なんてなかったわ。いや、実際にはあったのかもしれない。でもね、確実なのは今このタイミング。サクヤ、貴方は常に何者かに守られていた。それはヴォルデモートだったり、ダンブルドアだったり。ダンブルドアを殺してチャンスが訪れたと思ったのも束の間、今度はフランドールが貴方の守護についた。一体何なのかしらね、貴方の悪運の強さは。ここ数日も、常にレミリアかパチュリーの監視下にあったし、レミリアが貴方を気に入っちゃったことで、貴方のクローンなんてものを作ってまであの二人を貴方の近くから遠ざけなければいけなかった」

 

「クローン……それじゃあ、あの私のクローンは──」

 

「パチュリーやレミリアを貴方から引き剥がすための小道具」

 

 ホワイトは機械越しに二本の管で繋がったまま私に顔を近づける。

 そして、耳元に口を寄せ、囁いた。

 

「大きく育ってくれてありがとう。これで私は前に進める」

 

 逃げなきゃまずい。

 今すぐこの場から脱出しなければ。

 私は手足を暴れさせ、何とか拘束を解こうとする。

 だが、拘束具は思いの外しっかりしており、破壊できそうな感じはない。

 

「暴れちゃだめ。針が抜けちゃうでしょ?」

 

「だったら──」

 

 私は時間を止めようと意識を集中させる。

 だが、ホワイトはおろか周囲の時間が止まることもなかった。

 

「今止めようとした? 何も対策しないわけないじゃない。時間の操作ができないように、因子の働きを阻害する薬を注射させてもらったわ。解毒薬は私が持っている」

 

 どうする!?

 どうしたらいい?

 私は部屋のあちこちに視線を飛ばし、何か今の状況を打開する策はないかと考える。

 それと同時に、どこか諦めにも似た感情が私の奥底から湧いてきていた。

 きっと、これは罰だ。

 今まで、多くの人を裏切り、殺してきた。

 そんな私に与えられた罰なのだろう。

 

「うふ、うふふふふふふ。あはははははは! アハハハハハハハハハ!!! ようやく、ようやく貴方を超えることができるッ! 私は……私はついに──!」

 

 ホワイトが機械に取り付けられたレバーを勢いよく下げる。

 その瞬間、私の腕に刺されている管が血液で満ち、赤く染まった。

 




設定や用語解説

時間操作の因子
ホワイトの血中に極微量に含まれていたもの。人工的に増やすことはできない。だが、高濃度の時間操作の因子を輸血することで能力を得ることは出来る。

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