P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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電話ボックスと窒息と私

 シンと静まりかえった紅魔館の地下に広がる大図書館。

 その床に、血液にまみれた状態で倒れていた美鈴は、大きな咳と共に身を捩った。

 

「……ゴホ、ほ、ホワイトのやつ……絶対殺す」

 

 美鈴はその場からなんとか動き出そうと体を床から持ち上げる。

 床に手をつき、ゆっくり上半身を起こすが、血液で手が滑ってうまく力が入らない。

 美鈴はそのまま這うように地面を移動し、机の脚を支えにしてなんとか立ち上がった。

 

「……ゴホ、ゴホ」

 

 その瞬間、口からとめどなく血液が流れ出る。

 妖怪である美鈴は物理的な攻撃にはめっぽう強い。

 だが、美鈴が今感じているダメージは、物理的なものとは大きくかけ離れていた。

 美鈴は即座に悟る。

 もう、この先長くはないと。

 

「……。」

 

 美鈴は机伝いに這うように移動し、何とか図書館の壁にもたれ掛かる。

 そのまま壁沿いをゆっくりと移動し、図書館の扉を開けて外へと出た。

 

 

 

 

 

「そんな……どうして……」

 

 凄まじい突風で髪の毛が引っ張られるのを感じながら、私は眼下に広がるロンドンの街を見る。

 姿現しの失敗例として、体の一部がバラけたりすることはあるがここまで位置がズレることはない。

 ましてや術者はハーマイオニーだ。

 こんなミスを犯すとも思えない。

 

「ハーマイオニー! 浮遊魔法を──」

 

 ハーマイオニーは顔を少し青くしながら杖を引き抜く。

 そして、浮遊魔法を掛け、ゆっくり落下速度を遅くした。

 

「危なかった……私一人だったら死んでたわね」

 

 私は浮遊感を感じながら、ハーマイオニーから離れないように腕を伝うようにして体を寄せる。

 

「でもなんで姿現しの位置がこんなにズレたんだろう?」

 

 ロンも杖を取り出し、浮遊魔法を重ね掛けする。

 浮遊魔法を重ね掛けしたことで私たちは完全に空中に静止した。

 

「わからないわ……」

 

「もう一回姿現しできる?」

 

 ハーマイオニーは少し身を震わせながら眼下を見下ろし、軽く足を動かす。

 そして静かに首を横に振った。

 

「ダメ。危険すぎるわ。いつもと感覚が違いすぎる」

 

「まあ、地面の上で回るのと空中で回るのだとだいぶ感覚違うしね」

 

 空中で安定して姿現しするにはかなりの訓練を要する。

 地上では足を軸に回転できるが、空中では軸にするものがない。

 体を回転させるのにも重心移動や遠心力をうまく使って回る必要があるのだ。

 

「姿現しは使わないほうがいいわね。目くらまし魔法は使えるわよね?」

 

「あ、それなら……」

 

 ロンは一度杖を仕舞うと、背中に手を回し薄い布を取り出す。

 私はその布に見覚えがあった。

 

「透明マント……あなたが持っていたのね」

 

「ダンブルドアだよ。遺品として送られてきたんだ」

 

 ダンブルドア自身、先が長くないことは理解していただろう。

 だが、そうだとしてもあまりにも用意周到じゃないか?

 ロンは私やハーマイオニーの足を支点に使いながら空中を泳ぎ、透明マントで私たちの全身をくるむ。

 これでそのまま地上へ降りていっても人目に付くことはないはずだ。

 

「このまま魔法省の上まで行こう」

 

 体がマントからはみ出ないように私たちは身を寄せ合う。

 足を縮こませ、ファニーの体に身をうずめ、一塊になりながらゆっくり降下を始めた。

 その時だ。

 

「あれぇ、なかなか落ちてこないわねぇ」

 

 ホワイトが私たちの前を通り過ぎ、そのまま上空へ上昇していく。

 私たちは息を殺しながら、音を立てないようにそのままホワイトとの距離を空けた。

 

 

 

 

 

 透明マントで姿を隠しながら地面へ降り立った私たちは、そのまま路地裏に身を隠し現在地点を確認する。

 魔法省からはそこまで離れていない。

 ホワイトの気配も周囲には感じなかった。

 

「さっきの様子だと、姿現しの位置をずらしたのはホワイトね。だとしたらもう姿現しは使わないほうがいい」

 

「このまま透明マントを被ったまま歩いていくか?」

 

 ロンはそう提案するが、それはあまり現実的ではない。

 一年生の頃ならまだしも、今の身長ではマントから足先が出てしまう。

 

「魔法省の出入り口になってる電話ボックスまで百メートルもないわ。見つからないうちに移動しましょう」

 

 私たちは互いに頷き合い、路地裏の外へと出る。

 そしてそのまま速足で遠くに見える赤い電話ボックスへ向けて歩き出した。

 魔法省が位置している場所はあまり活気のある場所ではない。

 周囲にはオフィスが数件とパブが一軒、人通りは少なく、かなり寂れた印象を受ける。

 私たちは周囲を警戒しながら電話ボックスの扉を開くと、狭い電話ボックス内に無理やり体を押し込んだ。

 

「ちょっとロン! 足踏まないで!」

 

「言ってる場合か! で、ここからどうするんだ?」

 

 私はロンとハーマイオニーの体の隙間に左手をねじ込み、なんとか受話器を手に取る。

 そして感覚だけを頼りにダイヤルを回した。

 

『魔法省へようこそ。お名前とご用件をおっしゃってください』

 

 ダイヤルを回した数秒後、電話機本体から女性の声が聞こえてくる。

 なんと返すべきだろうか。

 いつもなら魔法省大臣への用件として中に入っているが、今現在私はお尋ね者の身だ。

 いや、そんなこと気にしている場合ではないか。

 私は深呼吸を一つすると、なるべく声色を落ち着けて言った。

 

「レミリア・スカーレットの従者のものです。主人に緊急の用件があって参りました」

 

『ありがとうございます。外来の方はバッジをお取りになって──』

 

「……ッ!? サクヤ!!」

 

 電話ボックスの隅のほうへ押しやられていたロンが鋭く叫ぶ。

 私が咄嗟に顔を上げると、電話ボックスのすぐ外にホワイトの顔があった。

 

「みぃつけたぁ」

 

「コンフリンゴ・マキシマ!!」

 

 間髪入れずにハーマイオニーが杖を振る。

 ホワイトに向けてではない。

 私たちの、足元に向けてだ。

 その瞬間、電話ボックスの床が粉々に砕け、私たちは狭い穴の中へ落下する。

 このまま地下八階まで落ちると痛いじゃすまない。

 

「ハーマイオニー! 横!」

 

 私はハーマイオニーのお腹に抱き着きながら必死に叫ぶ。

 私の叫びの意味が通じたのか、オレンジ色の光が穴の中を照らし、その瞬間私たちは一塊になって壁を突き破った。

 

「──ッ!? 何事かね!?」

 

 砂と埃にまみれながら、私たちは柔らかい絨毯の上を転がる。

 私は急いで体勢を立て直すと、部屋の中を見回した。

 

「ビンゴ」

 

 そこは大臣室だった。

 部屋の中には魔法大臣のルーファス・スクリムジョールと大臣補佐のパーシー・ウィーズリー、魔法法執行局長のパイアス・シックネス、レミリア・スカーレット、パチュリー・ノーレッジ。

 そして魔法の拘束具で雁字搦めになっている私のクローンの姿もあった。

 

「……な、サクヤ・ホワイトが二人……?」

 

 スクリムジョール驚愕の顔で私とクローンの顔を見比べる。

 レミリアも少々驚いた顔をしていたが、尋常じゃない様子の私の顔を見て、すぐに真剣な顔になった。

 

「何かあったのね」

 

「ホワイトが美鈴さんを……それに私の命も」

 

「諦めてなかったか」

 

 レミリアはパチュリーに目配せする。

 パチュリーが片手を持ち上げると、その瞬間スクリムジョール、パーシー、シックネスの三人が意識を失った。

 

「もうそこまで来てるの?」

 

「上にいます」

 

 私がそう報告すると、レミリアは天井を見上げる。

 そして少し声を張り上げて言った。

 

「ホワイト、美鈴に何をしたの?」

 

 返事はない。

 というよりかは、ホワイトは穴の中にまで追ってきていないようだった。

 レミリアはポケットの中から小さな黒い石を取り出す。

 そしてその石を手のひらの上で数回転がした。

 

「……美鈴のやつは死んでないわ。どんな状態かはわからないけど、生きてる」

 

 レミリアは壁に空いた穴の向こうを警戒しつつ、パチュリーの方を見る。

 

「パチェ、貴方は紅魔館に戻って美鈴の治療をして」

 

「それはいいけど……」

 

 パチュリーは心配そうな視線をレミリアに向ける。

 吸血鬼にとって、本来魔法使いは天敵だ。

 レミリアほどの吸血鬼なら並の魔法使いに後れを取ることはないが、今回は相手が相手だ。

 

「大丈夫。それより美鈴を。治療したらすぐに戻ってきて頂戴」

 

 パチュリーは無言で頷き、右手を軽く持ち上げる。

 そのまま少しの間静止し、小さく首を捻った。

 

「おかしいわ。移動できない」

 

 パチュリーは指に嵌めている指輪を外し、何かを確かめるように目の前に持ち上げる。

 その途端、パチュリーの顔が青ざめた。

 

「こ、これもしかして魔力がふうdwjqっう」

 

「ぱ、パチェ? どうしたの?」

 

「dぶcgwdjてrwぎsんじあbなえい」

 

 パチュリーは冷静な表情で何かを説明しているようだが、口から発せられている言葉は意味を成していない。

 パチュリーは震える手でローブの中に手を伸ばし、杖を取り出した。

 

「えgへhbyjげljにあぢおd」

 

 パチュリーが杖を振るところを初めて見る。

 普段は指に嵌められた指輪が杖の代わりをしているという話だったが、予備として杖も持ち歩いていたのか。

 

「ど、どうしたのかしら」

 

「……まずいわ。あいつ、本当になりふり構ってない!!」

 

 パチュリーは何度も杖を振るうが、何かが起こる様子はない。

 パチュリーは不思議そうに杖の先端を眺め、そのまま口から血を吹いて後ろに倒れた。

 

「毒ガスよ! 上から流し込んでる! 急いで下へ降りなさい!!」

 

 レミリアはパチュリーの腰を抱え、大臣室の外へと駆けだしていく。

 それを見てハーマイオニーは大急ぎで杖を振り、部屋の中に倒れている四人を宙に浮かせた。

 

「つ、使える! 私は使えるわ!」

 

「急げ!」

 

 ロンがスクリムジョールとパーシーの足を掴んで部屋の外へと駆ける。

 ハーマイオニーはシックネスを、私はクローンを抱えるようにして大臣室から通路へ出ると、急いで扉を閉めた。

 

「ファニー!」

 

「任せて!」

 

 ファニーは大臣室の前で仁王立ちする。

 ここにファニーを置いていっていいものかと一瞬迷ったが、既に死んでいるファニーだ、これ以上酷いことにはならないだろう。

 その瞬間、きっちり締めたはずの大臣室の扉がバンと開かれる。

 そこには口からとめどなく血を吐き続けているホワイトの姿があった。

 

「あらぁ、メラメラちゃんが私の足止め?」

 

 ホワイトはぴゅーと口から血液を吐き出す。

 あの様子では、どうやらホワイトにもこの毒は効いている。

 ただ蓬莱の薬の効果で死んでいないだけなのだろう。

 

「その名前で呼ばないで。不愉快だわ」

 

「なによぉ、メラメラ燃えてたのは事実じゃない。メラメラ燃えてたからメラメラちゃん。いい名前でしょ?」

 

「メラメラ燃やしたのはお前だろうがぁぁぁああああああ!!!」

 

 ファニーの怒りが爆発し、通路が熱気に包まれる。

 このままだと私たちも焼け死んでしまうので、大急ぎで距離を取ることにしよう。

 私たちは地下一階の廊下を駆け、階段を転がり落ちるように降りる。

 

「なんでノーレッジ先生にだけ症状が出たのかしら」

 

 階段を下りながらハーマイオニーが私に向かって叫ぶ。

 

「きっと毒ガスは空気より重たいのよ。だから一番身長の低いパチュリーさんから症状が出た」

 

「そ、それじゃあ地面に倒れてたパーシーたちは……」

 

 かなりの量を吸い込んでいる可能性は高い。

 私は足を掴んで引っ張っているクローンの口元に手を伸ばす。

 だが、クローンはまだ血を吐いている様子はなかった。

 

「気絶していたおかげで呼吸が浅かったんだわ。きっと他の三人もそこまでの量は吸い込んでいないはず」

 

 いや、ほんとか?

 まだ症状が出ていないだけじゃないのか?

 階段を地下六階まで駆け下りた時、不意にハーマイオニーが足を止める。

 

「dねういぐhrうぃlj」

 

 どうかしたのかと問おうとした。

 だが、私の口から出た言葉はすでに言語になっていなかった。

 

「──ッ!? dちえぬkぁぎぇj」

 

 やはり言葉にならない。

 頭では理解している。

 だが、全く発音できていない。

 

「cぶwkbcうkひふぇwねお」

 

 ハーマイオニーも同じだ。

 ハーマイオニーはわなわなと口を震わせると、大量の血液を口から吐き出した。

 

「──ッ!!」

 

 ロンが大慌てで杖を引き抜き、ハーマイオニーに振るう。

 だが、何も起こらない。

 それを見て、なんとなくホワイトの散布した毒の効果を察した。

 この毒の効果は『マグル化』、『体内からの出血』、それに『言語野の破壊』だ。

 

「bbくふぃlぇr」

 

 ロンがハーマイオニーを抱きかかえ、何かを叫ぶ。

 だが、理解不能なその叫びも、すぐに体内からあふれ出した血液の中に埋もれた。

 ハーマイオニーとロンがその場に力なく倒れる。

 口からはとめどなく血液があふれ出し、二人の体を赤く染めていった。

 

「ろcぬい! hでぇるいhでう!! ……hがあ、hづえでじおぽえこッ──」

 

 胃袋の底から何かがこみ上げる。

 おかしい、目的がわからない。

 ホワイトは私の血液が欲しいんじゃないのか?

 なのに、こんなわざと血を吐き出させるような真似をするなんて。

 口の中が血の味で溢れる。

 喉が血液で埋まり、息ができない。

 私は大急ぎで口の中の血液を吐き出した。

 

「ゴホ、おぇ……」

 

 口から夥しい量の血液が吐き出される。

 それも一度きりではない。

 とめどなく、喉の奥からとめどなく血液が溢れてくる。

 息ができない。

 常に気管が血液で埋まっている。

 ハーマイオニーたちが倒れたのは失血死じゃない。

 血液による窒息だ。

 

「……hぇgづえ」

 

 こんなところで……、こんなところで死にたくない。

 こんな……。

 全身の力が抜け、私はそのまま前のめりに倒れこむ。

 そして、意識を手放した。




設定や用語解説

レミリアが転がした黒い石
死の秘宝の一つである蘇りの石。これで呼び寄せれないということは、死んでいないということ

なりふり構ってないホワイト
どんな犠牲を払おうともサクヤを確保しにきている。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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