P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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灰と旅立ちと私

 私の目の前で、似たような背格好の人影が何やら話をしている。

 視界がぼやけているためか、その者の顔や表情までは分からない。

 だが多少くぐもっているが、声だけは聞き取ることが出来た。

 

『もう目も開いてますし、もしかしたらこちらが見えているかもしれませんね』

 

『見えてるわけないでしょ。向こうは水中にいるんだから』

 

『それでも、ぼんやりとは見えてるはずです。それに音だって』

 

 目の前にいる女性はコツンと何かを叩く。

 私はその女性に向かって手を伸ばした。

 

『ほら、反応してますよ。こっちを認識してるんです』

 

『そりゃ、生きてるし、それに五感も正常に働いてるんだから反応ぐらいするわよ』

 

『こんなに可愛いのに、ホワイト様は冷めてますね』

 

『あのねぇ。そりゃ可愛いに決まっているでしょう? 私の遺伝子を引き継いでいるんだから』

 

 ああ、なるほど。これは私の過去の記憶だ。

 目の前にいる人物はホワイトと、そのクローンなのだろう。

 

『そういう意味ではなくてですね……愛着とかないんです?』

 

『論外よ。私には養豚場の豚を愛でる趣味はないの。それに、こうしてこれを見にくるのは貴方の勝手だけど、大きくなったら殺して血を全部抜くってことを忘れないように。これが培養槽から出る時は、死ぬ時よ』

 

『それは……わかってますけど』

 

『わかってないように見えるから言っているのよ』

 

 パチンという音がして、周囲が暗くなる。

 そしてシャッという引き裂くような音とともに一気に周囲が見えなくなった。

 きっと目隠しのカーテンか何かを掛けられたのだろう。

 あの二人が、私の親だ。

 一人は育ての親であるホワイト。

 そしてもう一人が、私の実の母親であるホワイトのクローン。

 そう思うと私の出生はかなり複雑だ。

 月の都で暮らしていた十六夜百夜が地上に堕とされセレネ・ブラックとして転生し、そのセレネ・ブラックが作ったクローンとヴォルデモートの遺伝子を掛け合わせて私を作った。

 確かに、ホワイトからしたら私は自身の成果物だろう。

 だが、だからと言って「はいそうですか」と命を差し出す気にはなれない。

 私はぼやける視界の中、一度目を瞑る。

 次に目を開けた時、今度は私は誰かに抱えられていた。

 私は顔を上げて自分を抱えている人物の顔を見る。

 その人物はホワイトにも見えるが、表情を見る限りきっとクローンのほうだ。

 クローンは私を抱えたまま夜の街を駆ける。

 表情から察するに、何者かに追われているようだ。

 

『はぁ、はぁ、……っ』

 

 クローンは一瞬後ろを振り返ると、路地の角を曲がり地面に転がっているゴミ箱を飛び越える。

 その瞬間、緑色の閃光が私たち二人を包み込んだ。

 

『──ッ!』

 

 クローンの腕に抱えられたまま、私は地面を転がる。

 赤子の泣き声が路地裏に響くが、きっとこれは私の声だ。

 

 『まったく。予想以上に手間を掛けさせられたわ』

 

 路地裏にホワイトの声が響く。

 ホワイトは私を抱き抱えているクローンを蹴飛ばすと、しゃがみ込んで私の治療を始めた。

 そうか……そうか。

 私の母親を殺したのは、ホワイトだったのか。

 魔法省の記録では、セレネ・ブラックを殺したのはロングボトム夫妻だということになっている。

 それは、ホワイトの偽装工作だったのだろう。

 私は地面に転がったまま、ホワイトの顔を見上げる。

 薄っすら微笑みを浮かべたその顔に埋まっている目は、どこまでも……どこまでも深く……。

 視界が暗転する。

 ゆさり、ゆさりと定期的な振動が私の体を揺らす。

 今度は、いつの記憶だろうか。

 瞼が重い。

 私は重い瞼をこじ開けるようにして、なんとか片目を薄っすらと開く。

 暗い通路、揺れる視界。

 どうやら、私は何者かに背負われているようだ。

 私を背負っている何者かの吐息が連続的に聞こえる。

 息遣いは荒い。

 私は、縋るようにその何者かの体に回している腕に力を入れた。

 

「──意識が戻ったのね」

 

 聞き馴染みのある声が暗い通路に反響する。

 私は、首を少し回して私を背負っている者の顔を見た。

 

「エントランスのある地下八階は崩壊したわ。煙突飛行も姿現しももう使えない」

 

「……ここは?」

 

「地下九階。神秘部前よ」

 

 透き通るような白い肌に、純白にも近い白髪。

 整った顔立ちに、青い瞳。

 私は、私……クローンに背負われていた。

 私を背負っているクローンは、重そうな足取りで一歩一歩前へと進んでいたが、目の前に現れた扉の前で立ち止まった。

 

「一度降ろすわ」

 

 クローンはゆっくりとしゃがみこみ、私を壁へともたれ掛からせる。

 私は軽く咳き込み喉の奥に引っかかっている血液を床へと吐き出した。

 

「ホワイトをエントランスの崩壊に巻き込むことはできたから、もう少しは時間が稼げると思う」

 

「あれ? 喋れる……なんで──」

 

「わからないけど、少なくとも吐血は止まった。もしかしたら吸い続けないと意味がないのかも」

 

 クローンは天井の先にあるエントランスを見上げる。

 

「地下八階を崩壊させたことでガスが堰き止められたのだわ。と言っても時間の問題だとは思うけど……少なくとも時間稼ぎにはなる」

 

 クローンはゆっくりしゃがみ込み、私の横の壁に背中を預ける。

 私は軽く首を回し、クローンの横顔を見た。

 随分と憔悴しているが、目はギラギラと輝いている。

 

「にしても、ホワイトがレミリアたちを裏切るなんて運がいいわね」

 

「……ぁ」

 

 そうか。

 ここにいるクローンは何も知らないのだ。

 クローンからしたら、ホグワーツで突然意識を失い、気が付いたらパチュリーに拘束されていたということになる。

 クローンにとってレミリアとパチュリーはまだ敵という認識なのだろう。

 私はクローンに状況を理解させようと、口を開きかける。

 だが、その瞬間通路の奥の方から何かを引きずる音が聞こえてきた。

 

「誰か来る……」

 

 私は小声でクローンに囁く。

 クローンも感づいたらしく、壁から体を起こし、油断なく暗い通路の奥を見つめた。

 

「……あら、おそろいのようね」

 

 通路の奥から歩いてきたのはパチュリー・ノーレッジだった。

 全身血まみれの彼女は貧血のためかかなり青い顔をしており、いつも以上に顔に生気がない。

 片手には大きな人形のような何かを握っており、先ほどの音はパチュリーがそれを引きずる音だったようだ。

 パチュリーはふらふらとした足取りで私たちに近づいてくると、目の前に立って私たちを見下ろした。

 

「……ふふ、こうしてみると姉妹のようだわ。本当に瓜二つ」

 

「ノーレッジ先生……今は争っている場合ではないですよね? ここは共闘と行きませんか?」

 

 クローンはパチュリーの顔を見上げながら問う。

 パチュリーはそれを聞き、私の方を向いた。

 

「残念だけど、私はもう戦う気はないわ。魔力を失った私はホグワーツの新入生にも負けるほどの力しか出せない。それに、私はもう生きている意味がない」

 

 パチュリーは引きずっていた何かを引き寄せる。

 そしてそれを優しく抱え上げた。

 

「……そんな」

 

 パチュリーが引きずっていたのはレミリアだった。

 ピクリとも動かないその様子から、既に息がないことは確認しなくてもわかる。

 レミリアの遺体は下半身がなく、その断面は灰となり少しずつ崩れ始めていた。

 

「ついさっきよ。息を引き取ったのは」

 

「う、嘘ですよね? あのレミリアさんが……こんなあっけなく死ぬわけ──」

 

「吸血鬼という生き物はね、貴方が思っている以上に弱点が多いの。普段は私がそれを補っているけど……」

 

 パチュリーはレミリアの遺体を見下ろす。

 

「魔法使いは、吸血鬼の天敵よ。魔法を使えば吸血鬼の様々な弱点を突くことが出来る。まったく、ホワイトにしてやられたわ」

 

 パチュリーはレミリアの遺体のそばに腰を下ろす。

 そして、レミリアに添い寝するような形で寝転がった。

 

「レミィのいない現世なんて興味がないし、私はレミィの後を追うわ。貴方たちは?」

 

 パチュリーの問いに、私はクローンと顔を見合わせる。

 ここで死ぬつもりはない。そんな表情だ。

 

「その言い方からして、何か策があるの?」

 

「限りなくゼロに近い可能性に賭けるなら、神秘部のどこかにあるベールのかかった石のアーチを探しなさい。ホワイトをそのアーチの中に叩き込むことができればほぼ間違いなく彼女は死ぬわ」

 

「石のアーチ?」

 

 私が聞き返すと、パチュリーは頷く。

 

「死後の世界へと繋がるアーチよ。潜ったものは、例外なく死後の世界へと旅立つことになる」

 

 ホワイトは蓬莱の薬を飲み不死身になっている。

 だがホワイトの飲んだ蓬莱の薬はまだ完成していないものだ。

 ホワイト自身も薬の効能に恒久性がないと言っていた。

 パチュリーの予想と、ホワイトの発言が本当なら確かにそのアーチで殺せる可能性があるだろう。

 

「でも、できるかしら。魔力を失っている私たちで」

 

「そんなこと私の知ったことではないわ。ゼロに近い可能性だって言ったでしょ」

 

 パチュリーは小さくため息をついた後、静かに目を瞑る。

 

「とにかく、先生からの最後の助言よ。彼女のようなリアリストは神秘部なんてところに微塵も興味がない。きっとアーチのことも知らないはず」

 

 パチュリーはレミリアの右腕を掴み、手元へ引き寄せる。

 そして、その鋭い爪を自らの首元へ差し込んだ。

 レミリアの爪は柔らかなパチュリーの皮膚をいともたやすく引き裂き、深々と突き刺さっていく。

 指が差し込まれた場所からは赤い血が溢れ出し、パチュリーとレミリアを染めていった。

 

 

 

 

 パチュリー・ノーレッジの旅立ちを見送った私たちは、壁を支えにしながらなんとか立ち上がる。

 そしてレミリアとパチュリーの遺体に一瞬視線を落とし、そのまま通路の奥へ向けて歩き出した。

 足取りは重い。

 そもそも血が足りない。

 今でこそ吐血の症状は治まっているが、失われた血液が回復するわけではない。

 私はクローンと支え合うようにしながら少しずつ通路の奥へと進んでいく。

 しばらく歩くと、神秘部に繋がる重厚な扉が目の前に現れた。

 

「ホワイトは?」

 

 私たちはここまで歩いてきた通路を振り返る。

 追ってきている様子はない。

 地下八階で埋もれて身動きが取れないのだろうか。

 もしそうならどれほどよいだろうか。

 私はクローンと頷き合うと、神秘部の扉を開け、中へと入る。

 扉を抜けた先は円形の部屋になっており、壁に沿ってぐるりと扉が並んでいた。

 

「石のアーチはどの部屋かしら」

 

 部屋を取り囲む扉に表札はない。

 順番に開けて中を確かめていくしかないだろう。

 私たちが他の扉を開けようと部屋の中を少し歩いたその瞬間、私たちが入ってきた部屋の扉がひとりでに閉まる。

 そして部屋の壁が物凄い勢いで回転し、入ってきた扉の位置をわからなくしてしまった。

 

「……前来た時こんな感じだったっけ?」

 

「わからないわ。いつも時間を止めてたし。シックネスと一緒に入った時は許可証があったし」

 

 私がそう呟いた瞬間、クローンが驚いたように私の顔を見る。

 

「そもそも、貴方は一体誰なの? 私とそっくり……いや、そっくりとかそんなレベルじゃないぐらい似てるんだけど」

 

 そうか、クローンは何の事情も知らないのか。

 私は次第に回転が遅くなりつつある扉を目で追いながら少し考える。

 そして、扉の回転が止まると同時に言った。

 

「私は、貴方のクローンよ」




設定や用語解説

ベールの掛かった石のアーチ
神秘部の死の間に保管されているアーチ。潜ると死ぬ。

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