P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
「私は、貴方のクローンよ」
真相は逆だ。
私がオリジナルであり、目の前にいるのが記憶を操作されたクローン。
だが、ここで真実を伝えたところでなんになる。
目の前にいるクローンは、私が助かるためだけに作り出された......いや、レミリアとパチュリーを厄介払いするために作り出されたと言ったほうが正しいんだったか。
そんな真実を伝えたところで状況が好転するとは思えない。
「私の......クローン?」
「ええ。貴方の遺伝子をもとにパチュリー・ノーレッジによって作り出された」
「何のために?」
「ホグワーツに潜入して情報を探るためにね。その情報をもとにパチュリーがホグワーツを襲撃し、貴方や美鈴、フランドールを捕らえた。それで私の役割は終わりのはずだったんだけど──」
クローンは顎に手を当てて何かを考え込む。
そしてその手があったかと言わんばかりに頭を抱え込んだ。
「フランドールさんが存在を感知できるのは魔力を持つ者だけ。ほぼマグルみたいな存在になってる私のクローンなら潜入できちゃうのか」
クローンはそのまま大きなため息をつく。
だが、すぐに顔を上げ、私に対しにこりと微笑んだ。
「まあいいわ。生まれちゃったものはしょうがないし。それに、クローンってことは私の血を分けた妹みたいなものってことでしょ?」
「......妹?」
「そうよ。それにレミリアもパチュリーも死んだ今、貴方も身寄りがないでしょう? だったら、私たち二人で寄り添って生きていくしかない」
「......ごめんなさい」
クローンだって生きているのだ。
それに、私だって培養槽で育てられている。
クローンと何も変わらない。
「え、なに......だめ?」
「──いえ、違うの。ありがとう」
私は頭を軽く振る。
そして、改めてクローンに対し右手を差し出した。
「よろしく。私」
「ええ、よろしく、私」
クローンは、私の手を握り返す。
その時、私の後ろの扉がガチャリと開き、白いローブを赤く染めたホワイトが顔を出した。
「「あ」」
「ん?」
私たちとホワイトの目が合う。
しまった、少しゆっくりしすぎた。
「ノーレッジ先生!」
私はホワイトの意識を他の方へ向けるために叫ぶ。
そしてそれと同時に目の前にある扉を開けて部屋の中に転がり込んだ。
「.....ああ、くそ」
私は顔を上げて部屋の中を見回す。
石のアーチがある死の間へと転がり込めたらよかったのだが、目の前にあるのは石のアーチではなく大小さまざまな時計だった。
「奥へ!」
クローンが部屋の奥に走り出すと同時に私は入ってきた部屋の扉を蹴飛ばし強引に閉める。
そして予言の間へと続く扉を開け放つと同時に時計が並べられた棚の陰へ同時に隠れた。
流石、私と記憶や経験を共有しているクローンだ。
「もういい加減諦めなさいな。頼りの吸血鬼も、引きこもり魔女ももう死んだわ。ほら、いい子だから私のもとへ戻っておいで」
ホワイトは時計の置かれた棚の間をゆったりと歩き、そのまま開かれた扉の先へと歩いていく。
扉の先に広がる予言の間はかなり広大な空間だ。
一度捜索を始めてしまえば多少は時間稼ぎができるだろう。
私はホワイトの足音が聞こえなくなったと同時に棚の陰から飛び出し、入ってきた扉へと戻る。
部屋を出た瞬間、再度部屋を囲む扉が回り始めた。
「扉が回り始める前に扉を開けまくるしかないわね」
少なくとも部屋の扉が回っている間はホワイトが出現することはないはずだ。
私は次第に回転が遅くなる扉を目で追う。
そして回転が止まると同時に目の前の扉を開けた。
「あら?」
扉の先に立っていたのはホワイトだった。
私は急いで扉を閉めるが、ホワイトは強引に扉の間に指を掛ける。
扉と壁の間でホワイトの白い指が潰れ、鮮血が飛び散るが、ホワイトは痛がる素振りも見せずそのままカづくで扉をこじ開けた。
「みぃつけたぁ」
潰れたホワイトの指に火が付き、赤く燃えながらゆっくりと再生していく。
ホワイトは再生しかかっている手とは反対の手で扉をきっちりと閉めた。
扉が回転を始める。
扉の回転が止まるまでは、私たちの逃げ場はない。
そして、きっとホワイトは扉の回転が止まるまでは待っていてくれないだろう。
「──ッ!」
その瞬間、私の横にいたクローンが重心を落とし、ホワイトに飛び掛かる。
そしてそのままホワイトの足を絡めとり、ホワイトの頭を大理石の床へと叩きつけた。
私も、その動きに合わせて地面を蹴る。
ここまで対峙してわかったが、ホワイトは戦い慣れてはいない。
ホワイトはあくまで研究畑の人間だ。
学者であって兵士ではない。
私は思い切り加速をつけると、ホワイトの頭に向かって渾身の力で足を振り下ろす。
その瞬間、ホワイトの頭蓋骨がパキリと音を立てた。
「うっ」
ホワイトが呻きながら手を地面につく。
私はホワイトが体を起こす前に顎を力いっぱい蹴飛ばし、何度も頭蓋骨に足を踏み下ろす。
そのたびに鈍い音が室内に響き、ホワイトの頭が少しずつひしゃげていった。
だが、ホワイトは頭が潰れるのもお構いなしに腕を動かし、クローンの腕を掴む。
クローンは咄嗟に関節を極め腕の骨をへし折るが、ホワイトは痛がる素振りも見せなかった。
「行って!」
クローンはホワイトの体を押さえつけながら私に向かって叫ぶ。
扉の回転は止まっている。
「でも......」
「早く!」
私は急いでその場を飛びのき、一番近くの扉に手を掛ける。
そしてそのままその先の部屋の中へと転がり込んだ。
それと同時に部屋の扉がひとりでに閉まる。
私はすぐに顔を上げ、何が置かれている部屋かを確かめた。
「ここだ」
私が飛び込んだ部屋は死の間だった。
死の間は中央が窪んだ形状になっており、中央に向かって急な石段が刻まれている。
そしてその中央には石造りのアーチが置かれており、そのアーチには薄く黒いカーテンのようなベールが掛けられていた。
このベールの向こう側にホワイトを叩き込むことが出来れば、ホワイトを殺すことが出来る。
私は大急ぎで入ってきた扉を押し開けた。
「こっち!」
私は神秘部のエントランスのほうへ向かって叫ぶ。
だが、そこに立っていたのはホワイトだけだった。
私は部屋を見回し、クローンの姿を探す。
「そんな──」
クローンは、壁際の床の上に横たわっていた。
目ぼしい外傷はないが、魔法界には傷すらつけずに相手を殺す魔法が存在している。
ホワイトは私の視線に気が付いたのか、少々肩を竦めながら言った。
「戦闘能力が高いことは知ってたつもりだったけど、ちょっと苦戦しちゃったわ」
「私の......私の妹をよくも......」
「妹?何言ってるのよ。それに、まだ死んでないわよ」
ホワイトは壁際に倒れているクローンの首を掴んで空中へ持ち上げる。
その瞬間、クローンは苦しそうにうめき声を上げた。
「もしかして、自分の血を分けたから妹だって識別したってこと? それ、かなり興味深いわね」
ホワイトはクローンを見ながらけらけらと笑う。
そして何かを思いついたかのように口を歪めた。
「そうだ。それじゃあトレードしましょうか。貴方が素直に血液を差し出せば、これ以上貴方の妹を痛めつけるのはやめるわ。私だって鬼畜や外道じゃないし、人の形をしているものを虐めるのは心が痛むのよ?」
ホワイトは、クローンの首を掴んでいる右手に力を込め始める。
ホワイトの爪がクローンの首に食い込み、血が滲み始めた。
「ま、待って!」
「待たないわぁ。妹さんが大切なら、大人しくこっちにいらっしゃいな」
このままでは妹が殺されてしまう。
私の家族が、また一人いなくなってしまう。
頭の中が真っ白になる。
今すぐにでも、妹を助けなければ。
今すぐにでも......!
「わ、私は.....私は──」
死の間から、神秘部のエントランスに向かって右足を出す。
妹を助けなければ。
家族を助けなければ。
私の命を差し出してでも。
「なんというか、哀れよね。作られた存在っていうのは」
ホワイトの表情から笑顔が消える。
そして、クローンの首を掴んでいる手とは反対の手を私に向かって差し出した。
「いらっしゃいな、サクヤ。お母さんのもとへ」
「あ.....あ.....う、うん。お母さんのもとに.....家族の言うことは.......お母さんの言うことには従わなきゃ......」
一歩、一歩とホワイトの方へと歩みを進める。
ホワイトは、クローンを掴んでいた手を離し、両手で私の体を抱きしめた。
「もう逃がさないぞ。私の血」
もう、なんかいいや。
私が素直にホワイトの言うことに従えば、これ以上被害者が出ることもない。
私は本来罪人だ。
孤児院の子供たちを殺し、親友を殺し、親戚を殺し。
私がホワイトに抵抗したから、美鈴もレミリアもパチュリーも死んだ。
ロンやハーマイオニーだって私が殺したようなものだ。
私が、私の身を捧げるだけでこれ以上被害が拡大しないなら──。
「よし、じゃあもうこれはいらないわね。紛らわしいし」
ホワイトは、足元に倒れこんだクローンの頭を踏み潰した。
「......え?」
私の足元にクローンの脳髄が飛び散る。
先ほどまでうめき声を上げていた私の妹は、一瞬にしてただの肉塊になった。
「あー、なんとかなってよかったよかった。研究が二十年近く巻き戻るところだったわ。やっぱり保険をかけておいて正解だったわね」
ホワイトは私を抱きしめていた手を離すと、周囲の扉を手当たり次第に魔法で封鎖していく。
私は地面に膝をつき、先ほどまで妹の頭に詰まっていたものをかき集めた。
「あは、あははは。なんで? なんでぇ? 私ちゃんと従ったよ? お母さんの言うとおりに──」
「それは妹じゃないわ。ただ記憶という情報を吸った肉の塊。っと、邪魔が入る前にもうここでやっちゃいますか」
ホワイトはあちこちに杖を振り、いそいそと血液を入れ替える準備を始める。
私は血と脳髄に塗れた手を持ち上げ、じっと見つめた。
「あ、ああ、ああああああああぁ.....」
消えた。
家族が、妹が。
「なんだか酷く手間取った気がするわ。やっぱり綺麗に収拾をつけるのは難しいわね。結局魔法省も壊滅させちゃったし。でもまあ、いっか。もう私には関係のない話だわ」
ホワイトは魔法で細い管を二本出現させると、片方を自身の首に、もう片方を太ももに突き刺す。
そして、その管の反対側を私の首と太ももに突き刺した。
「ロコモータ、血液よ動け」
管の中が赤く染まる。
私の血液が抜き取られていく。
私の命が、私の能力が──
「蓬莱人になったらどうしようかしらねえ。あ、そうだ。月を地球に落とすなんて面白そうね。私をこんな穢れた土地に落とした者たちを全員同じ目に合わせてやる。いや、もしかしたら途中でお師匠様が止めに来るかな? それもそれでいいわね。お師匠様に報告できるし。私は、私一人の力で蓬菜の薬を完成させたぞって。そしたらお師匠様びっくりするかな? びっくりしすぎて弟子にしてくださいなんて言ってきたらどうしましょう? 輝夜なんか捨てて私と一緒に暮らしてくれるかな? うふふ、あはは。あははははは」
なんなんだこの化け物は。
人間の所業じゃない。
こんな奴が何故野放しになってるんだ。
レミリアもパチュリーも、ダンブルドアもヴォルデモートも。
なんでこいつを早く殺さなかったんだ。
いや、殺せなかったのか。
このまま世界はホワイトの好きなように遊ばれて、滅亡していくんだろう。
私は、震える手でホワイトに突き刺された管の先端を持つ。
「あら、ダメよ。抜いちゃ」
ホワイトが私に向かって杖を向ける。
その瞬間、私の全身に衝撃が走り、目の前が赤く染まった。
キーンと甲高い耳鳴りがする。
まっすぐ立っていられない。
鼓膜、いやその奥をやられたのかもしれない。
私はそのまま平衡感覚を失うと、地面に頭を打ち付けた。
衝撃、混乱、鈍痛。
ああ、これで終わりだ。
これが最期だ。
私は目の前に倒れる妹の亡骸を抱き寄せる。
せめて最期は、最期ぐらいは......。
私は、静かに目を瞑り、妹の手に自分の手を重ねた。
ん?
手を重ねたその時、私の指にチクリとした痛みが走る。
何か金属片が突き刺さったかのような、そんな痛みだ。
私は、妹が握りしめていた何かを手に取ると、目の前に転がした。
「……あ」
手に握られていたのは逆転時計だった。
金属製の円状の枠の中に砂時計が収められている。
先ほど、時計の置かれた棚の陰に隠れた時に持ち出したのだろう。
私は目線だけでホワイトを見上げる。
気がついている様子はない。
これを使えば、全てをやり直すことができる。
『時間遡行による過去の改変は今まで幾度となく試行されてきたけど、全て碌な結果にならなかった』
パチュリーの言葉が脳内にフラッシュバックする。
過去へ飛んでもきっと碌なことにならない。
無駄に苦痛を味わうだけかもしれない。
だったら、こんなもの使っても意味は……。
「……」
いや、待て。
逆転時計で行う時間遡行は肉体ごと過去へと移動する。
だとすれば、少なくともこの世界から私の存在そのものを消すことは出来る。
私が肉体ごといなくなれば、ホワイトは時間操作の能力を得ることが出来ない。
完全な蓬莱の薬が完成しなければ、誰かがホワイトを殺してくれるかも知れない。
少なくとも、ご機嫌なホワイトの鼻を明かすことは出来る。
私は手のひらの中で逆転時計を隠すように握り込む。
「ん? あっ!? 待ちなさ──」
ホワイトが私の動きに気がついたがもう遅い。
私は最後の力を振り絞り、逆転時計の砂時計を指で弾いた。
設定や用語解説
逆転時計
時間遡行を行うことが出来る魔法具。円盤上の金具の中に収められている砂時計をひっくり返した分だけ過去に飛べる。その場合、肉体ごと過去へ移動するため、同じ時間軸に同じ人物が二人存在することになる。
Twitter始めました。
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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。