P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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白と黒と私

 静寂に包まれた神秘部のエントランス。

 その中心で血液に塗れたホワイトは、じっと足元を見つめていた。

 そこには、先ほどまでサクヤとの間で繋いでいた管が静かに揺れている。

 ホワイトは自分の首と太ももに刺さっている針を引き抜き、地面へ投げ捨てた。

 

「逆転時計か……そういえば神秘部で保管していたわね」

 

 ホワイトは足元に転がるクローンの死体を蹴り飛ばし、円状に並ぶ扉の一つの前に立つ。

 

「過去へ逃げたのなら、過去へ追いかければいい。どれぐらい前に移動したかわからないけど、それよりも前に移動すれば捕まえられるはず」

 

 ホワイトは目の前の扉の封鎖を解き、押し開ける。

 扉の先は、先ほどサクヤが逃げ込んだ死の間だった。

 

「ここじゃない」

 

 一度扉を閉め、回転が始まる前に印をつける。

 そして扉の回転が収まると同時にすぐ隣の扉を押し開けようとした。

 その時だ。

 開けようとした扉が爆発し、ホワイトは反対側の壁まで吹き飛ばされる。

 ホワイトはそのまま無様に壁に激突すると、全身に炎を灯しながらヨロヨロと立ち上がった。

 

「いたた……なんで貴方がここにいるのかしらぁ? パチュリー・ノーレッジのかけた結界の上からガッチガチに封印したはずなんだけど」

 

「美鈴よ。外から破られること想定してなかったでしょ」

 

 ホワイトの全身を包み込んでいた炎は、次第に収まり、十秒も経たないうちに完全に鎮火する。

 

「あの妖怪……確実に仕留めたと思ったのに」

 

「美鈴の耐久力を見くびりすぎたわね。私やお姉さまなんかよりよっぽど頑丈よ」

 

 フランドールはゆっくり神秘部のエントランスに踏み込むと、室内を見回す。

 そして頭のないクローンの死体を見つけ、少し悲しそうな顔をした。

 

「アリアナに言っておかなきゃ。新しい子が来るって」

 

 フランドールは真っ直ぐホワイトに手を伸ばす。

 ホワイトはそれを見て、ゆっくり杖を引き抜いた。

 

「邪魔しないでもらえるかしら。姉のようにはなりたくないでしょう?」

 

「姉のよう?」

 

「神秘部の前に倒れていたでしょう? 根暗な魔女と一緒に」

 

 フランドールは一度後ろを振り返り、首を傾げる。

 そして、ホワイトに向けていた手を勢いよく握った。

 その瞬間、ホワイトの体が弾け飛び、周囲に飛散する。

 神秘部のエントランスにホワイトの肉片が飛び散り、その後すぐにホワイトの立っていた場所に火柱が立ち昇った。

 

「無駄よ。肉体がどれだけ破壊されようとも、私が死に至ることはない」

 

 蓬莱人はたとえどれほど体が損傷しても、魂を軸に無から肉体を再生できる。

 フランドールは何かを確かめるように右手を見つめ、再度ホワイトに向けた。

 

「じゃあ、魂を破壊すればいいわね」

 

「そんなこ──」

 

 フランドールの手が握り込まれる。

 それと同時にガラスが割れるような音が周囲に響き、ホワイトの体が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 フランドールは地面へ倒れたホワイトに近づき、真っ直ぐ見下ろす。

 ホワイトの体に火が灯る様子はない。

 ホワイトの魂は完全に消滅していた。

 

「こいつを殺せたってことは、サクヤはうまく逃げたのね」

 

 フランドールは地面に倒れているクローンの亡骸を抱え上げる。

 そしてホワイトの遺体をその場に残したまま、先ほど破壊した扉を通り、神秘部を出た。

 

「神秘部の前ってここよね?」

 

 クローンの遺体を抱えながらフランドールはエレベータへと続く通路を歩く。

 そして、そのままエレベータまで歩くと、神秘部がある方を振り返った。

 

「お姉さまとパチェの死体なんて、無いけどなぁ」

 

 

 

 

 全身が痛い。

 激しい耳鳴りがする。

 私の周囲で何かが起こっているが、私はそれをうまく知覚できない。

 私は指で弾いた逆転時計の回転を、手を握り込むことで止める。

 チクリとした痛みが右手に走る。

 手を開いてみると、手のひらの中で逆転時計の内部に埋められた砂時計が割れ、ガラスの破片が手に突き刺さっていた。

 私は、それを確認すると同時に意識を手放す。

 もう、色々と限界だ。

 

 

 

 

 次に目が覚めた時、私は薄暗い神秘部のエントランスに倒れていた。

 私はゆっくりと体を起こし、壁にもたれかかる。

 相変わらず耳鳴りは凄いが、動けないというほどではない。

 とりあえず、今が何年の何月なのかを確認しなくては。

 私は癖で懐中時計を取り出すが、すぐに意味がないことに気がつく。

 そして壊れた逆転時計と共にポケットに仕舞い直すと、ゆっくり立ち上がり扉の一つを開けた。

 扉の先はエレベータへと続く通路だった。

 どうやら運よく一発で神秘部の外へ続く扉を引き当てることができたらしい。

 私はバランスを崩しながらも、壁を支えに少しずつ体を前へと進める。

 ここまで、特に争った痕跡も、血痕もない。

 まあ、当たり前か。

 私はそのようなことが起こった前に来たのだから。

 私がエレベータのボタンを押すと、ガラガラと音を立ててエレベータが降りてくる。

 私は半ば転ぶような勢いでエレベータの中に乗り込むと、地下八階のボタンを押した。

 金属の擦れ合うガチャガチャとした音を立て、エレベータが上がっていく。

 ここまで誰ともすれ違っていない。

 だが、流石に魔法省の玄関口である地下八階には流石に誰かいるはずだ。

 エレベータが開くと同時に地下八階に降り立った私は、誰かいないかと周囲を見回す。

 だが、アトリウムはおろか、守衛室にも人がいる気配がない。

 私は支えにしていた壁沿いから離れ、守衛室へと近づいていく。

 だが、守衛室の灯りは落ちており、誰かが仕事をしている雰囲気はなかった。

 

「……守衛って二十四時間いるものじゃないの?」

 

 守衛室を覗き込むが、やはり誰もいない。

 私は守衛室に設置されているカレンダーから今日の日付と時間を確認した。

 

「一九八一年、十月三十一日。時間は……深夜の十一時」

 

 あと一時間で十月が終わる。

 私は少しの間ぼんやりと書類を眺める。

 そして、すぐ今日何が起こったか思い出した。

 

「ヴォルデモート卿がハリー・ポッターに敗れた日だ……」

 

 そんな緊要な時期に守衛室が空というのは少し気になるが、考えて答えの出る問題でもないだろう。

 私は守衛室を離れ、アトリウムの中央を通って反対側に向かう。

 第一次魔法戦争の真っ最中だ。

 きっと煙突飛行は封じられている。

 私は暖炉の横へと移動し、壁に埋め込まれているボタンを押す。

 しばらくするとガタゴトと音を立てて電話ボックスが降りてきた。

 

「これは機能してるのね」

 

 私は一度大きく深呼吸をし、電話ボックスに乗り込む。

 私が電話ボックスの扉を閉めると、電話ボックスはまたガタゴトと音を立てて上昇を始めた。

 

 

 

 

 

『ご利用、ありがとうございました』

 

 地上に着いた瞬間、電話ボックス内に女性の声が響く。

 私は電話ボックスの扉を開け地上に降り立つと、すぐに近くの路地裏へと隠れた。

 

「これからどうしようかしらね」

 

 夜の十一時ということは、お父さんはもうハリーに敗れている。

 長く続いた魔法戦争が終わり、これから十年以上の平和が続く。

 戦争終結のどさくさに紛れてどこかに転がりこもうか。

 それか海外に移住するのもありかもしれない。

 

「……いや、そういえば私魔力も能力も失っているんだったわね」

 

 だとしたら、マグルとして生きていくしかない。

 私は建物の壁に背中を預け、ゆっくりと地面に座り込む。

 血が足りない。

 ホワイトにやられた傷も全然癒えていない。

 将来のことを考えるよりも先に、怪我の治療のことを考えた方がいいかもしれない。

 私は目を瞑り、少しでも体力を回復させようと大きく深呼吸をする。

 その時、私の真横を白い影が通り過ぎた。

 

「──ッ!」

 

 長い白髪に整った顔立ち。

 髪の色とは対照的に黒色のローブを身に纏っている。

 腕には何かを抱えており……いや、何かではない。

 私の目が正しければ、間違いなく赤子を抱えていた。

 間違いない、この人物は

 

「おかあさ──」

 

 私が声をかけたその瞬間、目の前の女性は物凄い速度で杖を引き抜き、私に向かって呪文を掛ける。

 体が万全の状態なら避けることも出来ただろう。

 だが、ホワイトとの戦闘で消耗している身ということもあり、女性の放った呪文は私の頭に直撃した。

 その衝撃で、私は路地の壁へ吹き飛ばされる。

 赤子を抱えた女性は油断なく杖を構えながら、鋭い眼光をこちらに向けた。

 

「その様子ですと、私の仕掛けたトラップにはきっちり引っかかったようですね。お加減いかがですか? ホワイト様」

 

 違う。

 私はホワイトじゃない。

 そう伝えようと口を開くが、口が上手く回らない。

 そもそも、今私の口はちゃんとついているのか?

 それすら判断が難しい。

 私は両手でペタペタと自分の顔を触る。

 大丈夫だ、かなりの出血はしているが形は保っている。

 どうやら先ほどの呪文は切り裂き呪文の一種だったようだ。

 額や頬がパックリと割れ止めどなく血が溢れ出ている。

 きっと頬の傷は口内へと貫通しているのだろう。

 口の中は血の鉄臭い味でいっぱいになっていた。

 

「身勝手な行為だということはわかっているつもりです。ですが、それでもこの子の処遇については納得していません。この子は私が育てます。たとえ貴方を殺してでも、私はこの子を守ってみせる」

 

 その言葉一つ一つが自分の胸を打つ。

 今の言葉は、全て、母親から私に向けられた言葉だ。

 私は、確かに母親に愛されていたのだ。

 それが確認できただけで、私としては満足だ。

 もう、思い起こすことは何もない。

 私のお母さん、セレネ・ブラックはきっと私を幸せにしてくれるだろう。

 きっとこの先この親子は幸せに……

 

 

 

 脳内に、緑色の閃光がフラッシュバックする。

 夢で見たあの光景。

 私を抱えて逃げる母親が、ホワイトに殺されるあの光景を。

 このままでは、きっとあの夢の通りに収束する。

 このままでは、私の母親はホワイトに殺される。

 その先に待っているのは、今と同じ結末だ。

 

「……ぁ、う」

 

 壁を支えに、ゆっくりと立ち上がる

 全身に力が漲るのを感じる。

 私の母親を助けなければ。

 今なら、全てを変えることができる。

 

 

 

 赤子の私さえ殺してしまえば、大きく運命を変えることができる。

 

 

 

「ははっ」

 

 乾いた笑いが口から漏れる。

 これは自殺だ。

 過去の自分を殺したら、その先の未来にいる自分がどうなるかなんて目に見えている。

 だが、全てを変えるにはそれしかない。

 私さえいなければ、孤児院の子供達が死ぬことも、ハリーが死ぬことも、ロンやハーマイオニーが死ぬこともなかったはずだ。

 赤子を殺されたことにより、きっとホワイトは新しい私を作るだろう。

 だが、戦争が終結し、ヴォルデモートの肉体が滅びた今、全く同じ私を作ることはできないはずだ。

 私は、私の意思で運命のサイコロを振り直す。

 私が……私自身が──

 

「納得していただけないようで。それなら容赦はしません」

 

 セレネは赤子の私をしっかり胸に抱えると、私にまっすぐ杖を向ける。

 向けられている杖と視線でわかる。

 セレネは戦い慣れていない。

 クラウチやシリウス、ルーピンほどの使い手ではない。

 だとしたら、勝機はある。

 残りの命を燃やし尽くすかの如く、私は両足に力を入れる。

 そしてセレネ・ブラックに……私の母親に向かって低い姿勢のまま疾走した。

 

「──ッ!?」

 

 地面を蹴り、加速する。

 セレネは私の突進に一瞬反応が遅れる。

 そもそもホワイトはこんな闘い方はしない。

 私をホワイトだと勘違いしているセレネからしたら、予想だにしていない行動だろう。

 セレネは遅れた一瞬を取り戻さんとばかりに杖を振り上げる。

 私は地面に転がる小石を掠め取ると、セレネの額に向かって投擲した。

 

「ッ! プロテゴ!」

 

 セレネは咄嗟に杖を振り直し、盾の呪文で小石を弾く。

 ほら、戦い慣れてない。

 私はセレネが盾の呪文を張った隙をつき、一気にセレネに肉薄した。

 私の目的は、赤子の私を殺すことだ。

 セレネ自身に攻撃する必要はない。

 細く弱い首をへし折って仕舞えばそれで死ぬ。

 私はセレネの足を払い、腕を絡めとる。

 その勢いで懐に入り込み、重心を崩して背中から地面へ叩きつけた。

 

「ぐっ……」

 

 セレネの口から肺の空気が一気に溢れ出す。

 私はそのままセレネの顎を膝で押さえ込み、腕に抱えられている赤子に手を伸ばした。

 その瞬間、私の脇腹に激痛が走る。

 だが、気にしている場合ではない。

 きっとナイフか何かが刺さっているだけだ。

 いや、むしろ好都合か?

 私は痛覚を頼りに脇腹に手を伸ばし、そこから生えている棒状の何かを引き抜く。

 私の予想通り、刺さっていたのはナイフだった。

 血で濡れているため若干滑るが、取り落とすほど素人でもない。

 私はナイフを逆手で持ったまま、セレネの腕の中の私に振り下ろした。

 

「あはは……は?」

 

 赤く濡れたナイフの刃が私の首の上を滑り、そのままの勢いでセレネの胸に突き刺さる。

 どうやら先程の盾の呪文は、赤子の私に対して掛けられていたらしい。

 私は大慌てでセレネからナイフを引き抜く。

 その瞬間、セレネの胸から大量の血が溢れ出した。

 セレネの顔が苦痛に歪む。

 違う、そんなつもりはない。

 お母さんを傷つけるつもりはないっ……

 私はナイフを投げ捨てセレネの胸に手のひらを押し付ける。

 止まらない、止まらない……止まらないっ!!

 

「あああああぁぁああああッ!!」

 

 言葉にならない叫び声が路地裏に響く。

 果たしてその声は私のものなのかセレネのものなのか。

 もはやそれすらわからない。

 頭に衝撃が走り、視界が反転する。

 意識はある。

 死んではいない。

 まだ私も、セレネも、私も死んでいない……

 地面を転がり、喉の奥に溜まった血を吐き出す。

 世界がぼんやりと赤い。

 私は腕で右目を拭い、立ち上がってセレネの状態を確認した。

 

「……ぁぁ」

 

 セレネは、本当にただ死んではいないだけだった。

 地面に仰向けに倒れ込んでいるセレネは腕の中の赤子をぼんやりと見下ろしている。

 左手に杖を握っているが全く力が入っておらず、もう振ることは叶わないだろう。

 胸からは今もとめどなく血液が溢れ出し、地面の血溜まりを広げていた。

 セレネと……私の母と目が合う。

 開いてはいるが既にその目に光はない。

 私はフラフラとセレネに近づき、地面に落ちているナイフを拾い上げる。

 もうセレネは助からない。

 また私は……私はまた……。

 

 

 だったら、私だけでも。

 

 

 赤子の私を殺せば、運命が大きく変わる。

 お母さんは助けられなかったが、せめてハリーや他のみんなは……

 ナイフを片手に、赤子の私を抱えるセレネへと近づく。

 盾の呪文の効果時間はそれほど長くはない。

 きっともう赤子の私に掛けられた盾の呪文の効果は切れているだろう。

 私は仰向けに倒れるセレネの横に膝をつく。

 セレネは、杖を持っている左手をゆっくり持ち上げたが、杖を振る前に力が抜け、そのまま動かなくなった。

 

「ごめんね、ママ。でも安心して。今、二人でそっちに行くから」

 

 柄が血で濡れたナイフを滑らないように両手で握りこむ。

 そして、セレネの腕の中にいる私に向かって私はナイフを振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 その時、私の目の前に赤い腕が出現した。

 

「……え?」

 

 いや、違う。赤い腕が出現したのではない。

 赤い腕は、私のお腹から生えている。

 

「──ッ!」

 

 激痛。

 頭の中を痛覚が支配し、何も考えられなくなる。

 何が起こった?

 何が起きている!?

 私のお腹から生えている、この腕はなんだ?

 赤い腕はするするとお腹の中に引っ込むと、腹部に大きな穴を残してどこかに消える。

 力が入らない。

 ナイフが自然と手から零れ落ち、赤子の横へと転がる。

 私は、錆びついた機械のような動きで首を捻り、背後を確認した。

 

「あれぇ? こっちはマグルか。ていうか母親死んでるし。ウケる」

 

 そこに立っていたのは右手を赤く血で濡らしている美鈴だった。

 美鈴はいつも通りのへらへらとした表情で私とセレネ、そして赤子の私を見下ろしている。

 

「いやー、残念残念。助けられたかなって思ったんですけど、手遅れでしたか。これが骨折り損のくたびれ儲けってやつですね」

 

「なん……で……」

 

「え? 気分ですけど。でもどうしようかなぁ。最近食糧庫の肉は余り気味だし、わざわざお屋敷に持って帰るのもなぁ」

 

 美鈴は血で濡れた右手で私の首を掴むと、路地裏の建物の壁に叩きつける。

 大きな木の枝をへし折ったかのような音が脳内に響き、私の体は全く動かなくなった。

 首の骨をやられた。

 もう、どうすることもできない。

 美鈴は私への興味を無くしたのか、セレネのそばに座り込んでいる。

 そして、セレネの腕に抱えられている赤子の私の首根っこを掴んでひょいと持ち上げた。

 

「とりあえずこの赤ちゃんだけ持って帰りますか。ちょうど部下が欲しかったんですよねぇ。あ、でもお嬢様たちは反対するかな?」

 

「……ぁ、だ……め……」

 

 掠れる声で美鈴に呼びかける。

 その赤子は殺さないといけない。

 私は……私は死ななければいけない!

 ああ、どうか、お願いします。

 神でも、悪魔でも誰でもいい。

 美鈴さん、お願いします。

 その赤子を、私を殺してください。

 

「おや、しぶといですね。命乞いですか? ウケますね。人間風情が。どうせ何もしなくてもすぐに消えてなくなるのに」

 

「私を……わ、た……しを……」

 

 

 

 

 

「わたしを、ころして……」

 

「はい。いいですよ」

 

 美鈴の足が私の頭に振り下ろされる。

 頭蓋骨が砕け、目の前にピンク色の固形物が飛び散った。

 それが自分の脳であることを、死の間際に理解する。

 私はその中に銀色に光るカケラを見つけ──

 

 

 

 

 

 

 

「さて、警察や闇払いが来る前に退散しますかねー」

 

 美鈴はポケットの中からハンカチを取り出すと、赤子の頬についた血を拭う。

 そしてそのまま自分の手についた血も軽く拭き取り、赤子を左手に抱え上げた。

 

「んじゃ、帰りますか。ようこそ紅魔館へ。歓迎しますよ」

 

 薄暗いロンドンの路地裏に、一つの足音が響き渡る。

 その足音は次第に小さくなっていき、そのまま路地裏の闇の中に消えた。

 




『私の世界は硬く冷たい』へ続く。
https://syosetu.org/novel/73238/
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