P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
一九六一年、私はイギリスのロンドンにある屋敷の一室で生を受けた。
私はこの身が穢れきるまでこの穢れた地で生きていかなければならない。
私は浄く美しい月の土地を思い出し、静かに涙を流した。
力のない人間が短い生を無駄に消費する様子を私はベンチに座って眺める。
ある男性は腕時計を睨みつけながら早足で改札を抜けていく。
ある子供はお菓子の屋台の前で駄々を捏ね、母親を困らせている。
どこを見回しても人、人、人、人。
人混み、人ゴミ、ここはまさに地獄だ。
「すまんセレネ、待たせたな」
私が群衆に顔を顰めていると、穢れに満ちた人間が一人、私の前に立つ。
人間の名前はシリウス・ブラック。
私の二つ上の兄だ。
「よし、それじゃあ九と四分の三番線に行くぞ。確かセレネは初めてだよな。しっかり俺についてくるんだぞ」
シリウスはそう言うとベンチの横に停めていた荷物が満載のカートを押して駅の中へと入っていく。
私は小さくため息を吐くと自分の荷物が載ったカートを押してシリウスの後を追った。
通勤ラッシュの時間は過ぎているが、ロンドンの主要な駅の一つであるキングズ・クロス駅は多くの人間で賑わっていた。
シリウスはそんな人混みの中をぶつからないようにカートを押しながらズンズンと進んでいく。
シリウスは親と仲が悪い。
きっと、家を離れられることが嬉しくて仕方がないのだ。
「七番線……八番線……九番線……よし、ここだ」
シリウスはホームの途中で立ち止まると、私の方を振り返る。
「いいかセレネ。ホグワーツ特急が停まる九と四分の三番線はあのレンガの壁の向こうだ。あの壁に向かって真っすぐカートを押していけばいい」
「……はい」
私はカートを掴む手に力を込め、レンガの壁に向かって歩く。
そしてそのまま壁をすり抜け、魔法で隠されたホームに出た。
私が後ろを振り返ると、すぐにシリウスが私の後を追ってホームへ入ってくる。
そして目の前に停まっている赤い汽車を指さした。
「あれがホグワーツ特急だ。あれに乗り込めばホグワーツ近くのホグズミード駅につく。ホグズミード駅についたらハグリッド……大きな男の人の指示に従えばいい」
私はシリウスの顔を見上げる。
どうやら彼は私の世話など放り出して、さっさと学友の元へ向かいたいようだ。
だとしたら、そのようにしたらいい。
どうでもいいとすら思っている妹の世話に、その短い命を無駄にすることはない。
私はシリウスの言葉に頷くと、自分から離れ、汽車の客車に乗り込む。
カートを埋めている大きなトランクを引き上げるのには少々難儀したが、通路まで上げてしまえばこちらのものだ。
私は大きなトランクを押しながら空いているコンパートメントを探す。
まだ出発まで時間があるためか、すぐに誰もいないコンパートメントを見つけることができた。
私はコンパートメントの座席の下にトランクを押し込むと、窓際の席に座る。
そして、窓に映る自分の姿を見て、小さくため息を吐いた。
真っ白な髪に青い瞳。
白く透き通った肌に整った顔。
これは、まさに私の姿そのものだ。
穢れに満ちた人間から産み落とされた私の姿は、月にいた頃の私の姿そのものだった。
2022年から匿名でこの作品のスピンオフを投稿しております。本日完結しました。
『月の薬師は魔法使いの夢を見るか?』
https://syosetu.org/novel/301870/
十六夜百夜がセレネ・ブラックとして転生し、サクヤをホグワーツへと送り出すまでの物語をホワイト視点で書いた作品です。
また、今作品に関しては次回で最終回となります。