P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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ようやくホグワーツに到着した秘密の部屋編


読者と遅刻と私

 一九九二年、九月一日、十時四十分。

 私はホグワーツ特急のコンパートメントの中で一人本を読んでいた。

 今日で長い夏休みも終わりだ。

 ホグワーツに戻れば新しい学年が始まる。

 私も晴れて二年生というわけだ。

 私は窓越しに九と四分の三番線を行き交うホグワーツ生を見る。

 皆大荷物を載せたカートを押しており、家族との別れを惜しんでいる者もいれば友達と協力してホグワーツ特急に荷物を引っ張り上げている者もいた。

 

「なんというか、あっという間の一年よね」

 

 私は初めてホグワーツ特急に乗った時のことを思い出す。

 あの時は九と四分の三番線への入り方がわからず、通りすがりのウィーズリー一家にハリーと一緒に付いていったんだったか。

 まさかそのままハリーやロンと仲良くなるとは思ってもいなかった。

 まあ、他に仲良くなるきっかけのある者がいなかっただけという話でもあるが。

 私は駅のホームから手に持っている本へと視線を戻す。

 今読んでいる本はギルデロイ・ロックハートの『バンパイアとのバッチリ船旅』だ。

 教科書に指定されているということは、学術書やバンパイアへの対処の仕方などが載っている本なのかと思ったが、なんてことはない。

 『バンパイアとのバッチリ船旅』はロックハートがバンパイアとの船旅でどのような事件に巻き込まれ、どのような活躍をもってしてその問題を解決したかがティーンズ小説のような書き味で書かれている。

 

「教科書っぽくはないけど、読み物としては面白いわよねこれ。ハーマイオニーが夢中になっているパチュリー・ノーレッジの書く本より三十倍は面白いわ」

 

 この本から何かが学べるとは思えないが、暇を潰すにはもってこいだと言えるだろう。

 

「ほう、そんな本から何かが学べるとは思えないがね。所詮は大衆向けの冒険活劇だ」

 

 突然、そんな声がして私は咄嗟にコンパートメントの扉の方を向く。

 そこには今手に持っている本の表紙にでかでかと載っている写真と同じ顔があった。

 

「ギルデロイ・ロックハート……先生?」

 

 音もなくコンパートメントの扉を開けたのは、今私が読んでいた本の著者であり、今年からホグワーツの闇の魔術に対する防衛術の担当になるギルデロイ・ロックハートだった。

 

「ふむ、君一人か……。生憎どこのコンパートメントもいっぱいでね。良ければご一緒してもよろしいかな?」

 

「はい、ここで良ければどうぞ」

 

 私が向かいの席を指し示すと、ロックハートは軽く会釈してコンパートメントに入ってくる。

 そして私の正面を空けるようにして向かい側の席に座ると、トランクから学術書を取り出して読み始めた。

 その様子からは本屋でサイン会を行っていた彼の面影はない。

 私が本屋で見たのはあくまでロックハートの外向けの姿だったということだろうか。

 ホグワーツ特急がロンドンを出てしばらくの間、私とロックハートはコンパートメントの中で静かに本を読み続けた。

 私とロックハートの間に会話はない。

 ロックハートは私がまるで存在すらしていないかのように最近の魔法の発見がまとめられた学術書に目を落としている。

 私は私でロックハートの目の前でロックハートが書いた本を読み続けた。

 

 一時間ほどが経っただろうか。

 不意にコンパートメントの扉がノックされ、私は意識を扉の方に向けた。

 

「車内販売ですよ。何かどうです?」

 

 どうやら車内販売の魔女のようだ。

 私は本から顔を上げすらしないロックハートを横目に見ながらコンパートメントの扉を開ける。

 

「お嬢ちゃん、お菓子はいかが? そちらの男性も……」

 

 車内販売の魔女はロックハートを見るとその場でぴたりと固まってしまった。

 

「も、ももももしかしてギルデロイ・ロックハート?」

 

 魔女はどもりながらもロックハートの名を口にする。

 ロックハートは名前を呼ばれたことにより、ようやく本から顔を上げた。

 

「人違いでは?」

 

「まさか、ご冗談を……わたくし貴方の大ファンなんです! 是非サインをお願いしたく……」

 

「申し訳ないが……今の私は教師です。ホグワーツで教師をしている間はそのようなことは控えようと思っていましてね」

 

「そ、そうですか……」

 

 ロックハートはそう言うと先程まで読んでいた本に視線を戻す。

 なんというか、本屋で見たロックハートとはまるで真逆の印象だ。

 私は車内販売の魔女からお菓子を少し買うと、横の座席に広げる。

 そして蛙チョコの箱を一つ手に取り、ロックハートに差し出した。

 

「おひとつどうです? 私だけ食べるのは忍びないので」

 

 ロックハートは本から視線を上げると、蛙チョコと私を交互に見る。

 

「あまり生徒からこういうものを貰わない方がいいとは思うのだが……そういうことなら有難く頂こう」

 

 ロックハートはそう言うと、私から蛙チョコを受け取る。

 そして手慣れた様子で箱から蛙を取り出し、逃げ回る蛙を器用に捕まえ口の中に放り込んだ。

 私も私でドギツイ色をしたヌガーを口の中に放り込む。

 

「カードは集めているかい?」

 

 ロックハートは蛙チョコの箱から一枚のカードを取り出す。

 私が小さく首を振ると、ロックハートは外箱ごとカードをくしゃくしゃと丸めてそのまま消失させてしまった。

 私はそんなロックハートに物凄い違和感を覚える。

 本を開きながらしばらく考え込み、そしてその違和感に気が付く。

 そう、ロックハートは杖を握っていない。

 

「今、杖を使わずに魔法を──」

 

「不思議かい?」

 

 ロックハートはそう言うと、今度は掌の上に先程の丸めた蛙チョコの箱を出現させる。

 そして掌を返すようにしてもう一度蛙チョコの箱を消失させてみせた。

 私は少し考え、そして一つの結論に達する。

 

「マジック(魔法)ではなくマジック(手品)ですね?」

 

「そう、これはマグルがよくやるような手品だ。魔法使いはよく騙される。魔法を使えるが故に、なんでも魔法で解釈しようとする。魔法使いの悪い癖さ」

 

 ロックハートは今度は杖を取り出して蛙チョコの箱をつつく。

 すると蛙チョコの箱は勢いよく燃え上がり、今度こそ跡形もなく消えた。

 

「さて、じゃあ今のは魔法かな? 手品かな?」

 

「今のは……魔法ですね?」

 

「ああ、その通り。でも先程の魔法を見たマグルはこう思うだろう。『見事な手品だ』とね」

 

 ロックハートはそう言って肩を竦めると、また本に視線を落とす。

 私はそんなロックハートの様子に素直に感心していた。

 

「なんというか、少し意外でした。本で読んだ貴方の印象とは随分違ったので」

 

「所詮大衆向けの娯楽書だ。内容もそれに合わせて書いている」

 

「なるほど、確かに読んでて面白くはありますね」

 

 本に書かれているロックハートは賢く、勇敢でウィットに富んでいる優男として書かれている。

 その様子はよく言えば英雄的、悪く言えば目立ちたがりなように感じた。

 

「では、本に書かれている内容は真実ではないと?」

 

「脚色をしていないと言えば嘘になる。事実は小説より奇なりとは言うが、だからといって事実が小説より面白いというわけでもない。読者が求めているのはエンターテイメントであって、リアリティじゃないんだよ」

 

 確かに、ロックハートの言うことは一理あると言える。

 特にロックハートは印税で収入を得ている身だ。

 売れる本を書かなければ生活が成り立たないのだろう。

 

 

 

 

 

 結局ロックハートとの毒にも薬にもならない会話はホグワーツ特急がホグズミード駅に到着するまで続いた。

 話してみて感じたことだが、本に書かれているロックハートより実際のロックハートは知的な印象を受ける。

 あくまで本の中では道化を演じているということなのだろうか。

 

「では、私はお先に失礼しよう」

 

 ロックハートはそう言うと、トランク片手にコンパートメントを出ていく。

 私はコンパートメントの扉を閉めると、時間を止めて私服からホグワーツの制服に着替えた。

 時間停止を解除し、ホグワーツ生に交ざってホグワーツ城を目指す。

 一年生の時はハグリッドの引率で湖をボートで渡って城まで行ったが、二年生からは変な生き物が牽く馬車に乗って行くらしい。

 私は同じグリフィンドール生のネビルと一緒にその馬車に乗り込んだ。

 

「久しぶりサクヤ。夏休暇はどうだった?」

 

「んー、まあそこそこって感じよ」

 

 ネビルは馬車を牽く生き物の方を恐る恐る伺っていたが、馬車が動き出すとこちらに向き直った。

 

「そういえば、ハーマイオニーがサクヤのことを探してたよ。まあ、探してたのはサクヤだけじゃなかったけど……」

 

「ハーマイオニーが? こっちのコンパートメントには来てないわね。それで、私の他に探してたのって?」

 

「ロンとハリー。ハーマイオニーは三人一緒のコンパートメントにいるはずだって言ってたけど……その様子じゃ一緒じゃなかったみたいだね」

 

 私はてっきりハリー、ロン、ハーマイオニーの三人でどこか一緒のコンパートメントに入っているのだろうと思っていたが、どうやら違うようだ。

 

「ええ、私のコンパートメントの中にいたのは私とロックハート先生だけよ」

 

「へぇ、ロックハート先生と……って、君ギルデロイ・ロックハートと一緒のコンパートメントだったのかい!?」

 

 ネビルはロックハートの名前を聞いてわかりやすく目を見開く。

 

「ええ、そうだけど……ネビルもロックハートのファン?」

 

「あ、そういうわけじゃないけど……でも凄い有名人じゃないか! いいなぁ……サインとか貰った?」

 

 どうやら純粋に有名人と同じコンパートメントになって羨ましいだけだったようだ。

 

「いえ、どうも教師職に専念するために学校ではそう言うことはしないみたい」

 

「そっかー。残念だなぁ。あ、でもおばあちゃんはロックハートのことが嫌いみたいだからサインなんて貰ってきた日にはまた怒られちゃうかも。ロックハートがホグワーツの教師になるって発表された時なんて、ダンブルドアに抗議の手紙を出すって言って聞かなくて」

 

「それはまた……どうして?」

 

「名前だけ有名なだけの小僧じゃホグワーツの教師は務まらないって」

 

「厳しいおばあさんね」

 

 しばらくネビルと話していると、馬車がホグワーツ城の真下に到着する。

 私はネビルとともに馬車を降り、上級生の流れに交じって大広間のグリフィンドールのテーブルに座った。

 既に大広間には大勢のホグワーツ生が集まっており、もう少しで新入生の歓迎会が始まりそうな雰囲気だ。

 

「サクヤ! やっと見つけた……どこのコンパートメントにいたの?」

 

 不意に後ろから声が掛けられる。

 私が振り向くと、そこには安心した表情を浮かべているハーマイオニーが立っていた。

 

「あらハーマイオニー。もう歓迎会が始まるわよ。早く席についた方がいいわ」

 

「席についた方がいいわ……じゃないわよ。ずっと探してたんだから」

 

 ハーマイオニーは私の横に腰かける。

 

「一体どこのコンパートメントにいたの? 私ホグワーツ特急を三往復もしたのよ?」

 

「先頭の客車のコンパートメントにいたけど……本当に三往復もしたの?」

 

「ほんとに? 先頭のコンパートメントは全部覗き込んだはずだけど……」

 

 ハーマイオニーは納得できなさそうに首を捻っている。

 

「それじゃあ、ハリーとロンもサクヤと一緒にいたのよね? それにしては姿が見えないけど……」

 

「いえ、一緒じゃなかったわ。私のコンパートメントにいたのは──」

 

 その瞬間、大広間の扉が開き一年生が列をなして入ってくる。

 一年生はレイブンクローとハッフルパフの机の間を通って職員の机の前に整列した。

 

「っと、始まるわね」

 

 私は一年生の中からロンの妹であるジニーを探す。

 ジニーは端のほうで硬い表情で顔を青くしていた。

 

「そういえば、列車の中でも随分緊張した様子だったけど、どうしたのかしら」

 

 ハーマイオニーがジニーを見ながら心配そうに呟く。

 

「多分必死になってどんな一発芸をしようか考えているんだと思うわ」

 

「どういうこと?」

 

「いやほら、私休暇中にロンの家にお泊りに行ってたじゃない? その時ジニーの部屋で寝泊まりしていたんだけど、あんまりしつこく組み分けの話をせがむものだから教えてあげたのよ。全校生徒の前で一発芸をして、その面白さで寮に組み分けされるって」

 

「貴方ねぇ……」

 

 ハーマイオニーは苦笑いを浮かべながらも心配そうにジニーの方を見る。

 

「ちなみに一発芸が滑ったらスリザリン行きだって伝えてあるわ」

 

「サクヤはアレね。ジニーと全スリザリン生に謝った方がいいわね」

 

 そうしているうちにも組み分け帽子が運び込まれ、組み分け帽子が歌い出す。

 歌が終わるころにはジニーが涙目になりながらも凄い形相でこちらを睨んでいた。

 

「……ちゃんと謝りなさいよ」

 

「まあ、そのうちね」

 

 マクゴナガルが新入生に組み分けの仕方を説明し、組み分けが始まっていく。

 組み分け帽子に寮を決められた新入生は皆安堵の表情でそれぞれの寮のテーブルについていった。

 その瞬間、私は窓の外から視線を感じ、その方向を見る。

 そこにはハリーとロンが少々薄汚れた格好で大広間の中を覗き見ていた。

 

「あら、何で外にいるのかしら」

 

 私はハーマイオニーの肩を叩いてハリーたちに気づかせる。

 ハーマイオニーはハリーたちが外にいることに気がつくと、理解できないといった顔をした。

 

「全然姿が見えないと思ったら、そんなところにいるなんて……でも、一体どうして?」

 

 私が小さく手を振ると、ハリーは苦笑しながら手を振り返してくれる。

 次の瞬間、ハリーとロンの後ろにスネイプが姿を現した。

 スネイプは何かを二人に言うと、城の方へと歩き出す。

 ハリーとロンも絶望したような表情でスネイプの後をついていった。

 

「当然っていえば当然だけど……大丈夫かしら?」

 

 ハーマイオニーは心配そうに二人の後ろ姿を目で追う。

 どういう事情があるにせよ、この時間に大広間にいない時点で異常事態だ。

 

「まあ、遅刻したぐらいで退学にはならないでしょ。減点される可能性はあるけど」

 

 なんにしても、私たちができることは何もないだろう。

 私が組み分けに視線を戻すと、ちょうどジニーの寮がグリフィンドールに決まったところだった。

 ジニーは組み分け帽子を椅子の上に置くと、小走りでこちらに近づいてくる。

 そしてハーマイオニーとは反対側の私の隣にちょこんと腰かけた。

 

「一発芸で寮を決めるなんて大嘘じゃない! 昨日眠れなかったんだから!」

 

 そして私の横に座るなり私の頭をポコポコと叩き始めた。

 

「貴方が、しつこく、聞いてくる、からでしょ。叩くのやめなさい。なんにしても、グリフィンドールへようこそ」

 

 私はジニーの手を軽く払いのけて、そのまま右手を掴み握手をする。

 ジニーは顔を少し紅くすると、途端に大人しくなった。

 

「あ……うん。ありがと」

 

 どうやら組み分けが無事終わったようで、組み分け帽子の退場とともにダンブルドアが立ち上がる。

 その瞬間、ガヤガヤと喧騒に包まれていた大広間がシンと静まり返った。

 

「おほん。新入生諸君。ホグワーツへようこそ! 歓迎会を始める前に一言だけ言わせて欲しい。ひとこと! 以上!」

 

 あっけにとられる新入生をよそに、在校生はダンブルドアの言葉に拍手喝采する。

 その瞬間、机に並べられていた食器の上に沢山のご馳走が出現した。

 

「……凄い」

 

 ジニーは目の前のご馳走を見て呆然としている。

 私は私で、自分の皿の上にローストビーフを山盛りにした。

 

「そういえば、ジニーはハーマイオニーと一緒のコンパートメントにいたのよね?」

 

「え? ああ、うん。そうだよ」

 

 ジニーは我に返ると、ナイフとフォークを掴んで料理をよそい始める。

 

「じゃあハリーとロンがどうやってここまで来たかはわからないわけね」

 

「あれ? サクヤと一緒にいたんじゃないの?」

 

 大広間にいなかったところを見るに、ホグワーツ特急に乗り遅れたのかもしれない。

 だとすると、どのようにしてホグワーツまでやってきたのだろうか。

 

「おい聞いたか! あのハリー・ポッターとウィーズリーのノッポが空飛ぶ車を墜落させて退学になったって!」

 

 隣のレイブンクローの机からそのような会話が聞こえてくる。

 耳を澄ますと、ところどころで空飛ぶ車の話題が会話の中に出ていた。

 

「空飛ぶ車……なるほど。あの二人はアーサーさんの車を飛ばしてここまでやってきたのね」

 

 だとすると、本当に退学になる可能性は出てくる。

 二人がスネイプにどこに連れていかれたかはわからないが、今は二人が談話室に戻ってこれることを祈ることしかできないだろう。

 




設定や用語解説

マジックとマジック
 ようは手品と魔法のこと。魔法使いは手品に気がつかない。マグルは魔法に気がつかない。

馬車を牽く変な生き物
 ネビルもサクヤも見えているが、ハーマイオニーは見えていない。

一発芸で組み分け
 マルフォイ「マルフォイ頑張るフォイ! ハリー・ポッターには負けないフォイ!」
 組み分け帽子「アズカバン!」

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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