P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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茶葉と鞄と私

 大広間近くの階段を下り、私は地下廊下に来ていた。

 地下廊下は薄暗く少々肌寒いため全く人の気配がないが、私にとっては好都合だ。

 私は地下廊下の壁に掛かっている大きな果物皿の絵画の前に立つ。

 そしてそこに描かれている洋梨を指でくすぐった。

 すると洋梨は逃げるように身を捩り、緑色のドアノブに変わる。

 私はそのドアノブを掴み、ゆっくり絵画を開いた。

 

「おお、これはこれは……」

 

 絵画をくぐった先は思っていた以上に大きな空間だった。

 天井は上にある大広間と同じぐらい広く、壁の近くには真鍮の鍋が山積みになっている。

 部屋の中央には大広間に置かれているような大きな長机が四つ並べられており、この部屋は大広間を模して作られているように思えた。

 

「これはこれはお嬢様。よくお越しくださいました!」

 

 そして四つの長机を取り囲むように設置されている調理スペースでは小さく不細工な妖精が忙しそうに料理の下拵えをしている。

 正確に数えたわけじゃないが、百人以上の小さな妖精がここにいるように見えた。

 そして妖精たちは私の存在に気がつくと、一度料理の手を止め恭しくお辞儀をする。

 どうやら彼らがホグワーツの台所を預かっているようだ。

 想定以上の光景を目の当たりにしてしばらく呆然としているうちに、私の前には座り心地の良さそうな椅子と淹れたての紅茶、いい香りのクッキーが用意される。

 私が遠慮がちに椅子に座ると、小さな妖精は恭しくティーカップを差し出した。

 

「どうぞごゆっくりお過ごし下さい」

 

「凄い。まるでお姫様だわ」

 

 私は紅茶の香りを嗅ぐと、ゆっくり口にする。

 変なものが入っていないか確かめてはいなかったが、普段自分が口にしている料理はここで作られているのだ。

 今更毒を気にする必要はないだろう。

 私は紅茶とクッキーを楽しみながら忙しなく働く妖精を眺める。

 なんともご苦労なことだが、丸一日ホグワーツで働いて幾らぐらい稼げるのだろうか。

 彼らのような便利な使用人が一人でもいれば家事がグッと楽になるはずだ。

 

「ちょっとそこの貴方」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 私は洗い終わった皿を抱えて私の前を横切った妖精に話しかける。

 妖精は運んでいた皿を近くの机に置くと、私の方に向きなおった。

 

「貴方たちは月にどれぐらいお給金をもらっているの?」

 

「めっそうもありません! わたくしども屋敷しもべ妖精はお給金など頂きません!」

 

「凄い、タダで働いているのね。って、屋敷しもべ妖精って言ったかしら」

 

 屋敷しもべ妖精、どこかで聞いた言葉だ。

 私は少し考え、ハリーの部屋に現れた妖精が屋敷しもべ妖精だったことを思い出した。

 

「なるほど、屋敷しもべ妖精ね……ねぇ貴方、私の屋敷しもべ妖精にならない?」

 

「申し訳ありませんが私はホグワーツに仕える身。その契約が切れない限り他の人間に仕えることは出来ません」

 

 屋敷しもべ妖精は丁寧にお辞儀すると、皿を抱えて作業に戻ってしまう。

 まあ、彼らは学校の備品のような扱いだと思うので、勝手に引き抜くのはまずいか。

 私は一人で納得すると、茶葉を貰うために違う屋敷しもべ妖精に話しかけた。

 

「紅茶の茶葉が欲しいん──」

 

「茶葉でございますね! どのような銘柄をご希望でしょうか!」

 

 私が言い切る前に屋敷しもべ妖精は意気揚々と注文を聞いてくる。

 

「ダージリンは定番だとして……ウバとアッサムも欲しいわね。あ、それとコーヒー豆もある?」

 

「ダージリンにウバにアッサムですね! ちなみにコーヒー豆は──」

 

「コロンビア」

 

 私の注文を聞き、屋敷しもべ妖精は飛ぶように厨房を走り回り指定の茶葉とコーヒー豆を掻き集める。

 そして数分もしないうちに私のもとに帰ってきた。

 

「どうぞ! お受け取りくださいお嬢様!」

 

 屋敷しもべ妖精は茶葉とコーヒー豆を紙袋に入れると恭しくこちらに差し出してくる。

 私は紙袋を受け取ると椅子から立ち上がった。

 あまりここに長居しても彼らの邪魔になるだろう。

 私は一度厨房内を見回してから出入り口の扉に手を掛け、ゆっくり押し開ける。

 そして地下廊下に誰もいないことを確認し、素早く外に出て扉に変化している絵画を閉じた。

 

「厨房……いいところね」

 

 まさかホグワーツにこんな都合のいい空間があったとは。

 特に用事なく厨房に入り浸るのもいいかもしれない。

 私は紙袋片手に上機嫌で地上へと続く階段を登った。

 

 

 

 

「検知不可能拡大呪文とは、簡単に言ってしまえば指定した空間を魔法を用いて広げる呪文のことだ。そして名前にもあるように魔法による検知が不可能……要は実際にその空間を確認しなければこの呪文が使われているかどうかがわからない」

 

 日曜日の午前十時。

 私はロックハートの私室の机の上に羊皮紙と羽ペンを広げていた。

 私の横ではロックハートが上級生用の教科書片手に検知不可能拡大呪文の説明を行なっている。

 

「魔法によって検知ができない……というのは何か意味があるのでしょうか」

 

「勿論だとも。例えばホワイト君。ここにある本棚をこの部屋のどこかに隠さないといけない時、君ならどうする?」

 

 私はロックハートが指し示した本棚を見る。

 この私の背よりも大きな本棚を隠すとなると、それ以上大きなもので本棚を覆うか、または本棚自体を小さくするしかない。

 ロックハートは杖を取り出すと、窓とカーテンの隙間に向かって呪文をかける。

 そして魔法で本棚を浮かし、数センチしか隙間がないように見えた窓とカーテンの隙間に本棚を押し込んでしまった。

 

「そう、大きな物を隠すとき、この呪文は非常に便利な呪文なんだ。誰もカーテンの隙間に本棚が入り込んでいるとは思うまい」

 

 確かに、本棚という大きな物を探す場合、物理的に入らなさそうなところまではわざわざ探さない。

 それよりかは空いている空間に透明になって存在しているのではないかと勘繰る方が自然だ。

 

「過去に自分のトランクの中に部屋を作ってしまった者もいたと聞くが……まあそういう使い方もある。勿論、君のように単に何でも入る鞄が欲しいという単純な理由もありだ」

 

 単純な理由とロックハートは言うが、学生にとっては大きな問題だ。

 鞄一つでホグワーツにやってくることができればどんなに移動が楽になるだろうか。

 

「では、早速魔法の練習に入ろう。持ってきた鞄を机の上に出してくれ」

 

 私は机の下から普段使っている革の手持ち鞄を取り出す。

 ロックハートはその鞄の中が空であることを確認すると、杖を取り出して呪文をかけた。

 

「鞄を開いてごらん」

 

 私は鞄を開き、中を確認する。

 するとそこには自動車一台分ぐらいの空間が広がっていた。

 

「……凄い」

 

「試してみるといい」

 

 ロックハートは反対呪文を鞄にかけて中の空間を元の大きさに戻す。

 私は椅子から立ち上がり、真紅の杖を鞄に向けて呪文を唱えた。

 

「さて、どうだろうか」

 

 ロックハートは鞄を開けて中を確かめる。

 私もロックハートの脇から中を覗き込んだ。

 

「ふむ、呪文も正確で魔法に対する理解も深そうだったから成功したと思ったが……」

 

 鞄の中の空間は外見通りの大きさを保持している。

 要するに、魔法は失敗したということだろう。

 

「まあ、焦る必要はないさ。この魔法はそこそこ高度な魔法だ」

 

 ロックハートはそう言うが、私には手応えというものがまるで感じられなかった。

 まるで子供用のおもちゃの魔法の杖を振っているような、そんな感覚がする。

 私は何度か教わった呪文を試してみたが、鞄の中の空間が広がることはなかった。

 ロックハートもその様子を見ながら首を傾げている。

 私は一度大きく深呼吸し、意識を切り替える。

 今までは習った通りに魔法を発動させようとしていた。

 だが私がやりたいことは検知不可能拡大呪文ではなく、鞄の中の空間を広げたいだけだ。

 中の空間を広げるだけなら、検知不可能拡大呪文に拘る必要はない。

 私は右手をポケットに入れ懐中時計を握りしめる。

 そして懐中時計が刻む四ビートの鼓動に意識を向け、時間を止める時のような感覚で鞄に呪文をかけた。

 その瞬間、バチンという大きな音とともに青い閃光がロックハートの私室を照らす。

 私は予想外の強い光に少々後ずさったが、ロックハートは真剣な表情で鞄を見ていた。

 

「検知不可能拡大呪文でこのような閃光が出ることは……とにかく中を見てみよう」

 

 ロックハートは鞄の中を覗き込む。

 私も先程と同じようにロックハートの脇から鞄の中を覗き込んだ。

 

「これは……」

 

 そこには虚空が広がっていた。

 鞄の中は少しの光もなく、今まで見た中で最も黒い色をしている。

 つまりは、光が反射して返ってきていないのだ。

 ロックハートは恐る恐る鞄の中に手を突っ込み、弄るように動かす。

 だが、その手は何かを掴むことはなく、ただ虚空を掻くだけだった。

 

「何もない。いや、光が届かないほど空間が広がっているということか」

 

 ロックハートは杖明かりを灯し、慎重に中を覗き込む。

 

「エクスペリアームス!」

 

 そして何度か呪文を唱え何かを確かめると、鞄の中から頭を抜いた。

 

「あくまで僕の予想でしかないけど、この鞄の中に宇宙に匹敵するような規模の空間が広がっている。こんな結果は初めてだ。ダンブルドアですらこのような空間を生み出すことはできないだろう」

 

 私も鞄の中を軽く覗き込む。

 そしてポケットの中に入っていた羊皮紙の切れ端をそっとその空間に置いた。

 どうやら、この鞄の中は無重力らしい。

 羊皮紙の切れ端はゆっくりと回転しながら遠くへ遠くへと飛んでいってしまった。

 

「これじゃ物を収納するのは難しそうですね」

 

「……まあ、そうだね。興味深くはあるが、実用性には欠けるだろう」

 

 ロックハートは鞄に対し反対呪文をかける。

 だが、鞄の中の巨大な空間が消えることはなかった。

 

「やはり縮まないか……ジェミニオ」

 

 ロックハートはもう一度鞄に、先程とは違う呪文をかける。

 すると鞄は一度ブルリと震え、二つに分裂した。

 

「双子呪文だ。そのもののそっくりな偽物を作り出す呪文だよ。取り敢えず、この複製した鞄で練習しよう」

 

 ロックハートは無限を内包した鞄を机の下に置くと、複製した鞄を私の前に置く。

 私は先程の感覚を元に、今度は教わった通りに魔法をかけた。

 

「成功、したと思います」

 

 確かな手応えを感じ、私は鞄を開く。

 そこには談話室と同じぐらいの大きさの空間が広がっていた。

 壁や床が革で出来ているところを見るに、どこか別の空間に繋がっているのではなく、本当に空間が広がっているのだろう。

 

「素晴らしい。コツを掴んだようだね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 ロックハートは鞄の中を確認すると、私にその鞄を手渡す。

 その後、やや苦笑いしながら机の下に置いたもう一つの鞄を見た。

 

「でだ、こっちの鞄はどうする? 君が扱いに困るならこちらで処理するが……」

 

「そっちも引き取ります。一応思い出の鞄なので」

 

「そうか。扱いには気をつけるんだよ」

 

 ロックハートはもう一つの鞄のほうも私に手渡すと、机の上の後片付けを始めた。

 私はその様子を見て懐中時計を確認する。

 気がついたらもう昼食の時間になっていた。

 

「今日はここまでにしよう。他に習いたい魔法がなければここから先は私が授業のスケジュールを組んでいくが、どうだろうか」

 

「先生にお任せします。今日はありがとうございました」

 

 私は鞄を両手に持ち、小さく頭を下げる。

 ロックハートは教材を抱えながら小さく手を振った。

 

「いや、こちらとしても楽しかった。また来週の日曜日でいいかい?」

 

「はい、では同じ時間に」

 

 私はそう言い残し、ロックハートの部屋を後にする。

 そして少し進んだところにある空き教室に入ると、誰もいないことを確認して時間を停止させた。

 

「さて、我ながら恐ろしい物を生んでしまったわね」

 

 私は止まった時間の中で無限の空間が広がっている鞄を開く。

 そしてポケットの中から蛙チョコのゴミを取り出すと、鞄の中にそっと置いた。

 やはり鞄の中に少しでも入ると無重力になるようで、ゴミは鞄の中でゆっくりと動いている。

 そのまま鞄を動かしても、中のゴミは鞄と一緒に動いた。

 

「ということは、今私と蛙チョコのゴミは同じ空間を共有してないってことかしらね。鞄の中に別の空間が広がっていると考えた方がいいみたい」

 

 つまりなんらかの方法で物体をその場所に固定することができれば、この無限の空間を活用出来るということだろう。

 

「ん? 別の空間が広がっているということは、別の世界がこの鞄の中にあるって考え方もできない? だとしたら、鞄の中だけを……」

 

 私は鞄の持ち手を左手でしっかりと握り、そのまま鞄の中に足を踏み入れる。

 そして真っ暗な鞄の中をぷかぷか浮かびながらいつもと同じように時間を停止させた。

 すると先程まで私の横でゆっくり回転していた蛙チョコのゴミがピタリと動きを止める。

 どうやら鞄の中の空間の時間を止めることに成功したらしい。

 

「いや、よく考えたらさっきからおかしかったんだわ。外の時間を止めてたのに鞄の中のゴミは動いていたじゃない。その時点で外の世界と鞄の中の世界は別だとわかるはずなのに」

 

 私は鞄から這い出ると、時間停止を解除する。

 空き教室に設置されていた置き時計がカチコチと作動し始めたのを確認し、鞄の中の様子を伺った。

 

「成功ね」

 

 鞄の中のゴミはピタリと動きを止めている。

 私が手を突っ込んでゴミに触れると、ゴミの時間だけ動き出したのかゴミを自由に動かすことができた。

 私はゴミを引っ張り出し、複製されたもう一つの鞄を無理矢理鞄の中に入れる。

 そして手の届く隅の方に配置し、ゆっくりと手を離した。

 複製された方の鞄は時間が止まったのか、ガッチリと鞄の中の空間に固定される。

 これなら勝手に鞄の世界の果てまで移動していってしまうことはないだろう。

 

「我ながら便利なものを作ってしまったかもしれないわ」

 

 鞄の中の時間が止まっているということは、この中に入れたものはその状態を保ち続けるということである。

 中に入れたアイスは溶けないし、いつでも焼きたてのスコーンを食べることができる。

 無限の空間が広がる鞄は、そのまま無限の可能性の広がる鞄へと変わった。

 

「まあなんにしても、この鞄のことは秘密にした方がいいわね。明らかにこの世界の法則に反しているもの」

 

 私は鞄を閉じると、廊下に誰もいないことを確かめた後、静かに教室を出る。

 そしてそのまま鞄を片手に大広間へと駆けだした。




設定や用語解説

ホグワーツの厨房
 上にある大広間を模して作られてあり、厨房にある机から大広間の机へと料理を転送する仕組み

サクヤの鞄
 鞄内部に別世界があり、無限の空間が広がっている。無限の空間と聞くとあまりにも莫大なように聞こえるが、内部の空間が光の速さで広がっているため無限の空間が広がっているように見えるだけ。
 まあこの辺の理屈はどうでもよく、重要なのは別世界が広がっているとサクヤが認識したこと。それより、鞄内部の時間を止めることによって容量無限の永久保管庫のようなものを完成させてしまった。
 これによりサクヤはいつでもどこでも冷たいアイスを食べることができる。やったね!

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