P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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燃えた羊皮紙と指の味と私

 フィルチの飼い猫のミセス・ノリスが石にされてから数日が経った魔法史の授業中。

 私は魔法史を担当しているビンズの低調な声を子守唄代わりに机の上に突っ伏してうたた寝をしていた。

 魔法史には実技試験が存在しない。

 つまり何も覚えていなくても試験で満点が取れるということである。

 魔法史のクラスで唯一真剣にビンズの話を聞いているのはハーマイオニーぐらいだろうか。

 彼女は今も私の隣で熱心にノートを取っている。

 

「言っておくけど、写させませんからね」

 

 ハーマイオニーは机に突っ伏している私に向かって毅然な態度で囁く。

 私は大きな欠伸をすると、頭をひっくり返しハーマイオニーとは反対の方向を向いた。

 

「勝手に見るからいい……」

 

「良くないわよ」

 

 ハーマイオニーは大きなため息をついて、羽ペンを机の上に置く。

 

「だったら、目が覚めるようなことをしてあげる」

 

「一体何を……」

 

 私はもう一度ハーマイオニーの方を見る。

 そこには天を貫かんばかりの鋭さで一直線に手を挙げているハーマイオニーの姿があった。

 まさか、私の居眠りを先生に報告するつもりなのだろうか。

 私はビンズがハーマイオニーの挙手に気がつく前にのっそりと体を起こす。

 その瞬間、ビンズがハーマイオニーの存在に気がつき、驚いたようにハーマイオニーに問いかけた。

 

「えっと君は確か……」

 

「グレンジャーです。質問よろしいでしょうか? 今学校で起こっている事件の……秘密の部屋について何か教えていただけませんか?」

 

 その瞬間、秘密の部屋という単語を聞いて居眠りをしていた生徒たちが一斉に覚醒し、ハーマイオニーとビンズを交互に見始める。

 ビンズは目をパチクリさせながら答えた。

 

「私が教えとるのは魔法史です。事実を教えとるのであり、伝説や神話を教えているわけではありません」

 

 ビンズはそういうと、また授業を再開し始める。

 やはり何も教えてはくれないかと、私は居眠りの続きを始めようと思ったが、ハーマイオニーの手はまだ挙がったままだった。

 

「先生、お願いします。伝説や伝承というのは、何か史実に基づいているものではありませんか?」

 

「あー……それはもっともではありますが……秘密の部屋の伝説というのは荒唐無稽で人騒がせな──」

 

 ビンズはそこまで言ったところで教室の中をぐるりと見回した。

 クラスの全員がビンズに対して熱い視線を送っている。

 ビンズの授業で全員がビンズの話を熱心に聞こうとしているなど、奇跡のような状況だった。

 ビンズは生徒たちの視線に負けたのか、ようやく重たい口を開き始める。

 

「あー、よろしい。秘密の部屋とは──」

 

 ビンズはホグワーツの創設者の話から入り、最終的にスリザリンが秘密の部屋を城に残してホグワーツを去ったという話を皆に話して聞かせた。

 その内容は概ね数日前にロックハートから聞いた話と同じだったが、話の中に五十年前秘密の部屋が開かれたという話はない。

 ビンズは五十年前もホグワーツで教師をしていたはずである。

 つまりはビンズ自身秘密の部屋を荒唐無稽な作り話だと言っているが、実在していることは知っているはずなのだ。

 やはり昔からいる教職員の間では、秘密の部屋が過去に開かれたという事実は隠しておきたいものらしい。

 

「もっとも、これは神話であり、秘密の部屋などホグワーツ内に存在しない! スリザリンは部屋どころか、箒置き場さえ作った形跡はないのです!」

 

 ビンズは声を荒げてそういうと、魔法史の授業に戻ってしまう。

 私は居眠りをする体勢に入りながらロックハートの話を思い出した。

 五十年前、秘密の部屋が開かれて生徒が一人死んだ。

 これ以上秘密の部屋について調べるなら、その時のことを詳しく調べる必要があるだろう。

 

 

 

 

 

 夕食を食べた後、談話室に戻ってきた私たちは、暖炉の前を占領し呪文学の宿題を片付けていた。

 ロンは羊皮紙にインクの染みを作ってしまい、インクを拭おうと杖に手を伸ばす。

 だが杖に触れた瞬間杖から火花が飛び散り、羊皮紙が燃え上がった。

 

「あらら」

 

 私は机に引火する前に羊皮紙に杖を向け、暖炉の中へと羊皮紙を飛ばす。

 ロンは暖炉の中で灰へと変貌していく書きかけの宿題を悲しそうな目で見つめたあと、諦めたように呪文学の教科書を閉じた。

 

「それにしても、何者なのかしら」

 

 ロンと同じタイミングで教科書を閉じたハーマイオニーが言う。

 

「出来損ないのスクイブやマグル生まれの子をホグワーツから追い出したいと願っているのは誰?」

 

「僕は一人心当たりがあるけどね」

 

 ロンは灰になった羊皮紙への未練を断ち切ったのか、少々不機嫌な様子で答えた。

 

「僕らが知ってる中でマグル生まれはクズだと思っているのは誰だ?」

 

「もしかして、マルフォイのこと言ってるの?」

 

「もちのロンさ! あいつが陰でマグル生まれのことをなんて呼んでるか、知らないわけじゃないだろう?」

 

 ロンはハーマイオニーに向かって言う。

 私にはマルフォイがマグル生まれのことをなんて呼んでいるか見当もつかなかったが、ハーマイオニーには心当たりがあるようだった。

 

「マルフォイがスリザリンの継承者?」

 

 ハーマイオニーは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに肩を竦める。

 だが、ハリーもロンと同意見なようだった。

 

「マルフォイの家系は全員スリザリンの出身だって聞いたことがある。スリザリンと血の繋がりがあってもおかしくないよ」

 

 まあ確かに、スリザリンは千年ほど前の人物だ。

 マルフォイが血を引いている可能性がないわけではない。

 

「そうね。その可能性は大いにあるわ」

 

 ハーマイオニーも考え直したのか、ハリーとロンの意見に同調し始める。

 

「でも、どうやってそれを確かめよう?」

 

 ハリーが顔を曇らせると、ハーマイオニーがすぐさま答えた。

 

「方法がないわけじゃないわ。でもとっても危険だし、校則を五十は破ることになる」

 

「待って。それ絶対ロクな方法じゃないでしょ」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーは頷いた後に言葉を続けた。

 

「スリザリンの誰かになりすましてマルフォイから話を聞けばいいのよ。ポリジュース薬が少しあれば十分可能なはずよ」

 

「なにそれ?」

 

 ハリーとロンは声を揃えてハーマイオニーに聞く。

 

「ポリジュース薬は自分以外の誰かに変身するための薬よ。それを使えばスリザリンの誰かになりすますことぐらい簡単なはずだわ。それでマルフォイと親しい生徒になりすましてマルフォイから話を……」

 

 そこまで言ってハーマイオニーは私の方を見る。

 

「マルフォイと仲がいいって言ったら誰だ? 取り巻きのクラッブ、ゴイルとあと……」

 

 ロンそこまで言った後、スッと私の方を見た。

 

「サクヤ、君マルフォイと仲が良かったよね?」

 

「確かに仲が悪いわけじゃないけど……私が聞くの? 『貴方はスリザリンの継承者ですか?』って?」

 

 確かに私はマルフォイと仲が悪いわけではない。

 魔法薬学の授業ではよくペアを組むし、校内で会ったら世間話ぐらいはする。

 だが、言ってしまえばその程度の間柄だ。

 

「嫌よ。仮にマルフォイが喋ったとして、その後どうするのよ。マクゴナガル先生にでも言いつける? そしたら私生涯スリザリン生からチクリ魔ってレッテルを貼られることになるわ」

 

「スリザリン生からの評価なんて構うもんか。それより犠牲者が出る前にこの事件を解決すべきだよ」

 

 ロンの言葉にハリーが賛同する。

 私は助けを求めるようにハーマイオニーの方を見た。

 

「確かに、校則を山ほど破ってポリジュース薬を作るよりそっちの方が手っ取り早いのは確かね。サクヤがマルフォイにそのことを聞くにしても、出会い頭にいきなり尋ねるっていうのも不自然だわ。何かこうマルフォイがつい話したくなるようなシチュエーションを考えないと……」

 

 どうやらハーマイオニーの中では私がマルフォイに話を聞きに行くことは決定事項らしい。

 私はため息を一つつくと、諦めたように言った。

 

「わかったわよ。マルフォイから継承者のことを聞き出してあげる。でも、あまり期待しないでね?」

 

「ありがとうサクヤ」

 

 私は机の上に広げていた羊皮紙や教科書をまとめると、鞄の中に仕舞い込む。

 

「その代わり、それに関しては私一人でやるわ」

 

「どうして? 僕たちも手伝うよ?」

 

 ハリーがそう言うが、これに関しては人数がいてどうにかなる問題でもない。

 

「いや、むしろ貴方たち三人とは仲が悪くなったフリをした方がいいぐらいよ。マルフォイには私がスリザリンに入り損ねたグリフィンドール生ぐらいの印象を与えておきたいの」

 

 私は鞄を机の上に置いて三人を見回す。

 

「いい? 私と貴方たちは秘密の部屋の一件で考えが合わずに仲違いしたってことにするわ。情報共有の時以外はなるべく話さないようにしましょう」

 

「わかったわ。そしたら情報共有は……女子寮がいいわね」

 

 ハーマイオニーとは同じ部屋なので仲違いしていたとしても寝る時は一緒になる。

 情報共有をするならそのタイミングが一番だ。

 

「わかった。何か聞き出せたらハーマイオニーに伝えて。こっちはこっちで秘密の部屋について調べてみるよ」

 

「それなら、前に秘密の部屋が開かれた時のことを調べるといいかもしれないわ。五十年前の話だからあまり情報がないかもしれないけど」

 

 私はハリーにそう言うと、鞄を掴み女子寮の方へと向かおうとする。

 だが、一歩も歩かないうちにハーマイオニーに腕をがっしりと掴まれた。

 

「待って。私その話知らないわ。五十年前に一度秘密の部屋が開かれたの?」

 

 そういえばまだ三人にその話はしていなかったか。

 私は鞄を置き直すと、五十年前に一度秘密の部屋が開かれたこと、その時に生徒が一人死んでいることを三人に教えた。

 

「もしその話が本当なんだとしたら、ビンズがあんなに必死になって秘密の部屋を否定していたのも頷けるな。死者が出てると知れ渡ったら学校中がパニックだよ」

 

 ロンはそう言って肩を竦める。

 

「でも、そんな話誰から聞いたの?」

 

「ん? ロックハートよ」

 

 私はハリーの問いに正直に答えた。

 

「ロックハートが? でも、その頃まだ産まれてすらいないだろう?」

 

 ロンは私の話を聞いて怪訝な顔をする。

 

「そうね。だからこの話の裏をとって欲しいのよ。本当に五十年前に秘密の部屋が開かれたのか。一体誰が死んで、どのように事態が解決したのかとか」

 

 私自身ロックハートの話の全てを信じているわけではない。

 だからこそ、この話が本当なのかを調べる必要がある。

 

「わかった。五十年前のことは私たちで調べるわ。でもいつの間にそんなことを先生に聞いたの?」

 

 ハーマイオニーは少し羨ましそうに私に聞く。

 

「この前の日曜に教材を運ぶのを手伝ったときに少しね。でも、この話をロックハートから聞いたっていうのは内緒よ? 本人も隠したがっていたし」

 

 私は三人が頷いたのを確認すると、今度こそ鞄を持って女子寮へと上がった。

 五十年前のことは三人に任せるとして、私はマルフォイに取り入る方法を考えなくては。

 私は螺旋階段を上り、自分のベッドがある部屋へと入る。

 そして鞄をベッドの脇に放り投げると寝巻きに着替えてベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 

 お腹が空いた。

 真夜中のロンドンを包丁片手にふらふらと歩く。

 なんでもいいから口に入れたい。

 喉が乾いて仕方がない。

 ぽつりぽつりと灯っている街灯に照らされて私の髪が橙に染まる。

 その時、運良く私の目の前を一人の少女が通りかかった。

 私はその少女の手を掴み、こちらに引き寄せる。

 

『私は食べても美味しくないよ』

 

 金髪の少女は真っ赤な瞳で私の顔を見つめている。

 

『そんなの、食べてみないとわからないわ』

 

『そう、ならどうぞ。貴方にあげる』

 

 少女はにっこり微笑み私に右手を差し出した。

 私は少女の白く細い人差し指をゆっくり咥える。

 そして、そのまま力任せに少女の指を噛み切った。

 

 

 

 その瞬間、私はベッドの上で目を覚ました。

 私はゆっくり目を開けると、ここが女子寮の自分のベッドの上であることを確認する。

 そして大きく深呼吸をすると、そのまま融けてしまうのではないかと思うほど脱力した。

 

「どんな夢よ……」

 

 私は少女の指を噛み切るという生々しい感覚が残る口を指でなぞる。

 しばらく口の周りをペタペタと触り、あることに気がついた。

 

 口の中が血の味がする。

 

 その事実に気がついた瞬間、私は裸足で洗面所に駆け込む。

 そして水道の水で口の中を何度もすすいだ。

 私が水を吐き出すごとに紅く血の混じった水が排水口へと流れていく。

 だが、数回すすぎを繰り返しているうちに吐き出す水は透明になっていった。

 

「本当に夢……よね?」

 

 私は月明かりが照らす自分の顔を鏡で見る。

 いつもと変わらない真っ白な髪に、澄んだ赤い瞳。

 整っているが、まだ幼さを感じさせる顔には不安と恐れの表情が浮かんでいた。

 

「ん?」

 

 私はふと違和感を感じ目を擦ってもう一度鏡を覗きこむ。

 そこにはいつも通りの青く澄んだ瞳を持った私の顔が写っていた。

 

「気のせい……」

 

 私は何度か深呼吸をして自分の心を落ち着かせる。

 きっと悪夢を見て気が動転しているのだ。

 よく考えれば、驚くほど現実味のない夢だったじゃないか。

 私はベッドに戻ると、毛布を頭の上まで引き上げてミノムシのように体を包む。

 人を殺す夢なんて誰だって見る。

 人を殺す夢を見たからって、実際に人を殺すわけではないのだ。

 私が人を殺すわけ……。

 その瞬間、恐怖に歪んだクィレルの顔が鮮明に脳裏に浮かび上がる。

 ダメだ、次から次へと嫌なことが頭に浮かぶ。

 

『サクヤ・ホワイト。貴方は一九九八年の夏に死ぬわ』

 

 ふと、レミリア・スカーレットの予言を思い出した。

 そういえばあの占い師はまるで私の死が決定事項かのような言い方をしていた。

 占いとは、そこまで的確に当たるものなのだろうか。

 今度の個人授業のときにでもロックハートに聞いてみるのがいいかもしれない。

 私はじっと目を瞑ると、そのまま朝が来るのを待った。




設定や用語解説

カスバート・ビンズ
 ホグワーツで魔法史を教えているゴースト。ゴーストになる前から教師をしており、ある日朝起きた時に生身の体を忘れて教室に来てしまい、それ以来ゴーストになった。また、授業は退屈で、唯一面白いのは毎回黒板をすり抜けて教室に現れるところぐらい。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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